日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 519
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三浦半島南部,小網代湾の津波堆積物調査から推定された過去三回の関東地震
--1703年元禄関東地震の一つ前の関東地震について--
*金 幸隆島崎 邦彦千葉 崇石辺 岳男松岡 裕美岡村 眞都司 嘉宣佐竹 健治
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抄録

1.はじめに
 相模湾を震源とする関東地震は,大正関東地震と元禄地震が良く知られている.しかし,元禄地震の一つ前の地震の発生履歴は明らかにされていない.三浦半島の南端の小網代湾では,湾奥にデルタ性干潟(幅約50 m,長さ約200 m)が形成されている.関東地震の発生時期および再来間隔を明らかにするために,小網代湾の干潟において中潮位海面から幅10cm,長さ3mのジオスライサーによる掘削調査を20地点で実施し,堆積構造,粒度,珪藻および年代測定を行った.
2.イベント堆積物の特徴  採取された堆積物は,おもに溺れ谷を埋める内湾性の泥質砂層(内湾堆積物)と同層を覆う厚さ40cmの干潟の泥質砂層(干潟堆積物)から構成されるが,河口に近い掘削地点では河成の砂礫層からなる.ほぼ全ての掘削地点の深度50~60cm,105~130cm,180~220cmの3層位に貝片,砂,礫の粗粒物質から構成される層厚50cm以下の砂礫層(イベント堆積物)が認められた.泥質砂層に狭在するこれら粗粒物質からなる層を上から下にT1,T2およびT3堆積物とする.内湾堆積物に挟まれる淘汰の悪い砂礫層を横方向に追跡すると,厚さや層相が大きく変化している.堆積物が潮汐や小河川の影響を強くうける陸域近傍やデルタフロントでは急激に薄くなり,陸域の河成砂礫層の中からはT1,T2,T3の砂礫層は認められない.
 T1,T2およびT3の砂礫層には,内湾堆積物に含まれる砂や細礫および貝殻片と同じ堆積物を多量に含むとともに,泥底に由来する偽礫が認められた.また周辺基盤に由来する第三系の泥岩礫や岩礁破砕岩に付着したヤッコカンザシが認められ,異地性の貝化石種であるサザエも含まれていた.砂礫層の上部と最下部の粒度は細かく,中間部では粗い.中間部の砂礫層における貝殻片や礫の並びに基づくと,巻き上げ・巻き込みの混濁状態での堆積構造が明瞭であり,また平行ラミナの発達する砂礫層も認められた.平行ラミナは一方向の強い流れ,また混濁状態の堆積構造は乱泥流の先端で生じるようなローリングの流れを示していると考えられる.さらには砂礫層は,下位の内湾性の泥質砂層を削り込んでおり,侵食面が認められる.侵食面の形状タイプは判明しないが,砂礫層の形成時に掃流力の強い水流が浅海底で発生したことを示唆し,これらT1,T2およびT3堆積物は内湾極浅海に生じた大規模なイベントによる堆積物である.
3.関東地震の津波イベントの推定
 イベント堆積物の起源を明らかにするために,粒度分析および珪藻分析を実施した.粒度分析は,模式点に関しては干潟から内湾の泥底堆積物をメッシュファイ0.0~4.5の9段階に,また海側から陸側に向かう測線上の掘削地点のうち5地点のコアについてシルト,細粒砂,中粒砂および粗粒砂以上の4段階に篩い分けし,それぞれ乾燥重量の比によって粒度(平均値,中央値,淘汰度,歪度,尖度)を求めた.模式地点のサンプル間隔は2cmであるが,詳細観察を要するところでは最大1 cmまで間隔を狭めた.イベント堆積物T1~T3では,それぞれ粗粒物質の量が増え,粒度曲線ではスパイク状のピークとなって現れる.泥質砂層では,上方に細粒化し,シルトや細粒砂が増え,中粒砂や粗粒砂が減る.泥質砂層の粒度をイベント堆積物の直上と直下で比較すると,イベント堆積物の直上に堆積する泥質砂層の粒度は直下の層よりも急激に粗くなる.これらのことは,イベント後に運搬媒質のエネルギーが大きくなり,イベントの間では徐々にエネルギーが低下したことを示唆している.すなわち,イベント後に地盤が相対的に隆起し,掘削地点と河口の距離が縮まった可能性がある. 珪藻分析では,T2とT3の間の層準よりも上位の層から珪藻殻が認められた.珪藻殻の量は,イベント層の中では極めて少なく,イベント後に堆積した泥質砂層の中で増加する.泥質砂層では,上方に向かって海生浮遊性種が増加している.また,最後のイベントT1後に堆積した干潟層では淡水性種が現れる. 粒径分布PSDと珪藻分布は,油壺験潮場は,1923年大正関東地震の相対的隆起(隆起量:約1.4 m)と地震前および地震後の地震間沈降(沈降速度:約3.05 mm/yr)を記録している.関東地震後の沈降量は干潟堆積物の厚さに相当しており,大正関東地震によって小網代湾の干潟は拡大したものと推定される.潮位変化イベント堆積物を境界に上下の層で堆積環境の突発的かつ急激な変化がみられる. 粒度や珪藻は,相対的海面変動を反映していると考えられる.もしこの仮定が正しいとしたならば,イベントT1,T2およびT3層は三浦半島に突発的な隆起をもたらす関東地震に伴って発生した津波イベントによってもたらされたと判断される.

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