日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 105
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グローバルな集積間関係での時限組織によるプロジェクトの空間デザイン
ハリウッド映画プロジェクトを事例に
*原 真志
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抄録

1.はじめに
 2000年代に入ってコンテンツ産業に関する研究が盛んになっている(Scott, 2005; Pratt, 2009).コンテンツ産業の中心的存在であるハリウッド映画産業はクラスターを形成する傾向があり,集積地「ハリウッド」が世界市場を支配しているが(Scott, 2000),他方で海外撮影の増加に見られるようにハリウッド映画プロジェクトの多くがすでにグローバル化しており,クラスター化とグローバル化という二面性が指摘されている(Scott, 2005; Coe, 2001; Hara, 2002).しかしながら,どのようなときにクラスター内の関係が選択され,どのようなときにグローバルな関係が選択されるかは明らかにされていない.クラスター関係とグローバル関係を統一的に分析する視点が求められる.
 近年のプロジェクトエコロジー論は時限組織に注目し,恒常組織である企業と時限組織の適切な関係を探究する必要性が指摘されている(Grabher, 2002).ハリウッド映画製作はプロジェクトベースで行われ,プロデューサー・監督・VFXスーパーバイザーなどから構成されるプロダクションと呼ばれる時限組織が主導し,重要な役割を果たしているが,これまで時限組織はどのように意思決定を行うかはブラックボックスであった.ヴェーバー以来の立地論や、マッシイの空間的分業論においては意思決定の主体は企業であり(Massy, 1984),経営学の組織間関係論や戦略提携論などでも同様である.しかし,ハリウッド映画プロジェクトでは,企業は時限組織に選ばれる側であり,企業と異なるロジックや戦略を有すると考えられる時限組織の意思決定にはどんな特性があり,それが立地を含めビジネス全体にどのような影響を与えるのかを検討する必要がある.

2.目的と方法
 本研究は,ハリウッド映画プロジェクトを対象として,時限組織であるプロダクションが,どのようにプロジェクト参加企業あるいは個人を選別する意思決定をしているのか,具体的には当該映画プロジェクトには,どの立地の,どの企業が,どんな基準で選ばれるのかを実証的に検討することを目的とする.特にハリウッド映画プロジェクトの中でもVFX(視角効果:撮影後にCGで付加される映像)のパートに焦点をあて,プロダクションにおけるVFXのリーダーであるVFXスーパーバイザーの意思決定を検証する.本研究では,「プロジェクトの空間デザイン」を,「どの立地のどの企業がどのように当該プロジェクトに参加するかを決める時限組織による意思決定」と定義する.
 企業や個人並びにその立地を選ぶ要因として,ヴェーバー以来の立地論(Weber, 1909),スコットのリンケージ費用論(Scott, 1988),知識ベースの集積論(Malmberg et al., 1996; Hara, 2002)を統合する形で,安い費用を重視するコスト要因,すぐれた創造性を重視するクリエイティビティ要因,この2つを補完する要因として,これまでの協働の経験を重視する経験要因という3つを設定した.作業仮説としては,「1-1 単純なタスクは低コストを求めてハリウッドの外にアウトソースされる.」,「1-2なぜならば,密なコーディネーションが必要でなく,対面コミュニケーションが重要でないから.」,「2-1 クリエイティブなタスクは高コストにも関わらずハリウッドにとどまる.」,「2-2 なぜならば,密なコーディネーションが必要であり,対面コミュニケーションが重要だから.」を設定した.具体的には,ロサンゼルスを拠点とするフリーランスのVFXスーパーバイザーであるケブン・トッド・ハウグ氏に対面調査ならびにEメールによる補足調査を実施し,同氏が参加した映画プロジェクト「ファイトクラブ」,「ザ・セル」,「パニックルーム」,「007慰みの報酬」に参加した企業や個人それぞれを選んだ理由として,コスト要因,クリエイティビティ要因,経験要因の3つについて,「最も重要」,「2番目に重要」,「最も重要でない」のいずれに該当するか,具体的理由は何かを回答していただいた.

3.結果
 作業仮説に適合するケースが確認される一方,クリエイティブなタスクがパリの企業に発注されるケースが存在するなど,近接-遠隔と,クリリティビティ-コストは単純な対応関係とは言えない.またヒアリングから「007慰みの報酬」では時間制約が近接性需要の大きな要因として確認され,予算規模とプロジェクト期間を含めた統合的な説明の必要性が示唆された.

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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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