日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 114
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フードデザートエリアにおける高齢者世帯の「食」と健康問題
-食品流通の光と陰(1)-
*岩間 信之
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抄録

1.研究の背景
 本研究の目的は,フードデザート(食の砂漠:FDs)エリアにおける「食」と健康問題の関係を検討することにある.近年,都市構造は大きな変革期にある.都市の構造がダイナミックに変わるとき,各種の社会サービスが及ばない,いわゆる空白地帯が発生する.FDsも,こうした空白地帯の一部と位置づけることができる.
 FDsとは,生鮮食料品の入手が困難な地域を意味する.具体的には,自家用車や公共交通機関を利用できないいわゆる社会的弱者が集住し,かつ生鮮食料品へのアクセスが極端に悪い地域が該当する.スーパーストアの郊外進出が顕在化した欧米では,1970-90年代半ばに,inner-city / suburban estateに立地する中小食料品店やショッピングセンターの倒産が相次いだ.その結果,郊外のスーパーストアに通えないダウンタウンの貧困層は,都心に残存する,値段が高く,かつ野菜やフルーツなどの生鮮品の品揃えが極端に悪い雑貨店での買い物を強いられている.
 FDsの性質は国や地域によって大きく異なる.FDsの規模や住民属性,住民に及ぼす健康被害も多様である.いち早くFDs問題が顕在化したイギリスでは,当該地区に居住する低所得者層(エスニック・マイノリティ,単純労働者,シングルマザー,高齢者など)の間でガンや心臓疾患などの増加が報告されている(リグレーほか2003).FDsエリアにファーストフード店が進出したアメリカでは,アフリカ系黒人層やシングルマザー,子供世帯を中心に,肥満問題やそれに付随する成人病の蔓延が深刻化している(リンダほか1997).一方,高齢者世帯が多い日本のFDsエリアでは,欧米とは異なる形で健康被害が拡大していると推測される.

2. 研究対象地域の概要
 報告者は,これまで中心市街地の空洞化が進む地方都市(茨城県水戸市)や過疎山村集落(茨城県日立市中里地区)等で調査を進めてきた.現在は,高齢化と進む東京都内の住宅団地(高島平団地)や再開発の中で旧住民が取り残された都心部(品川周辺)等で調査を進めている.今回は,従来と同様に茨城県水戸市を事例に報告する.なお,調査が間に合えば,高島平など東京都内の事例も報告したい.
 水戸市は,東京から約100km離れた人口26万(2005年度住民基本台帳)の地方都市である.水戸藩の城下町として栄えた同市は,目抜き通りである国道50号線を中心に,複雑な地割りの中心商店街を形成している.水戸市の中心商店街は,県内でも空洞化の著しい地域の一つである.水戸市中心部にはFDsが広がり,当該地区に居住する高齢者世帯の生活環境は急速に悪化している.

3. 食品摂取の多様性調査
 近年,日本の高齢者の間で「低栄養問題」が深刻化している.低栄養とは,偏食などにより本人が気付かないうちに栄養不足に陥る状態を意味する.低栄養状態におちいると,生活活動度が低下し,体重減少(痩せ)や骨格筋の筋肉量や筋力の低下,体脂肪の低下,感染を起こしやすくなる.これらの状態により運動機能が低下すると,「生活自立度の低下」や「要介護度の上昇」も誘引する.低栄養問題を研究する熊谷ほか(2003)は,低栄養の予防として多様な食材の接種の重要性を指摘している.食の多様性は,高齢者の「食」と健康状態を検討する上で有益な指標となりうる.
 発表者は,熊谷ほかの栄養学の専門家たちの協力を得て,水戸市中心部のFDsエリアにおける高齢者世帯の食の多様性を調査した.調査は2009年10月から12月にかけて実施し,215世帯から有効回答を得ることができた.今回は,アンケート調査の結果を中心に報告を行う.

主要文献
熊谷修ほか.2003. 地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衆衛生雑誌.50.1117-1124.
Linda, F. A. and Thomas, D.D., 'Retail stores in poor urban neighborhoods', The journal of consumer affairs, 31-1, 1997, pp. 139-164,
Wrigley, N., Warm, D. and Margetts, B., 'Deprivation, diet, and food-retail access: findings from the Leeds ‘food deserts’ study', Environment and Planning A, 35-1, 2003, pp. 151-188

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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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