日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 321
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広告産業における労働市場の特性
クリエイターの流動性とネットワークの視点から
*古川 智史
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抄録

1.はじめに
 広告産業は,デザインやイメージの創造,文化的生産物の経済的な利用などの活動を伴うことから,デザイン集約型,イノベーション集約型産業の1つであるとされる(Asheim et al. 2007).海外の広告産業に関する研究では,労働市場の流動性がイノベーションを拡散させ(Thiel 2005),同業者間での評価(peer regards)が活発に行われ(Pratt 2006),さらに集積内の高密度なネットワークを通じて情報が流通する点(Mould and Joel 2010)などが指摘される.
 そこで,本研究は,東京都23区の広告制作会社とクリエイターを事例に,労働市場の流動性とネットワークの実態から,広告産業の特性を検討する.具体的には,クリエイターの転職履歴,制作会社の雇用に関する経営方針,クリエイター間での結びつきの類型,交流に対する認識などを分析する.
 調査は,社団法人日本広告制作協会東京地区会員企業82社と会員企業に所属するクリエイターを対象に,2010年6月から9月にかけて実施した.まず,企業向けアンケート票を,会員企業82社に送付し,28社(回収率34.1%)から回答を得た.また,クリエイター向けのアンケートに関しては,1社当たり5部ずつ,合計410人分配布し,100名(同24.4%)から回答を得た.さらにアンケート回答者の中から,経営者ないし役員14名,クリエイター18名にヒアリング調査を実施した.
2.アンケート回答者の属性
 アンケート回答者の年齢は,20代が32.3%,30代が37.4%を占める.就業地は,中央区23人,千代田区25人,港区26人,渋谷区20人であった.雇用形態に関しては,92.0%のクリエイターが正社員として雇用されている.職種については,デザイナー31人,アートディレクター30人,コピーライター17人から回答があり,この3職種の合計は総回答数の78.0%となる.
3.分析の概要
(1)クリエイターの転職
 クリエイターは転職を契機として,東京都心部を中心に移動している(図1).アンケートの転職履歴データによれば,20代のクリエイターのうち転職経験者は28.1%であるのに対し,30代は62.2%,40代は81.0%であることから,年齢が上がるにつれ転職経験者の割合が増加する.また,転職回数も増加することが明らかとなった.
 クリエイターが転職をする主な動機は,クリエイター自身のステップアップを目的としたものである.転職に関する情報も,転職情報を提供するサイトだけでなく,知人・友人などを介して入手することも明らかとなった.
 広告制作会社の雇用に関する経営方針は,クリエイターの定着よりも入替という方針が若干上回る.ヒアリング調査によれば,クリエイターを入替えることに関して,新しい発想が期待される一方で,クリエイターが持つクリエイティブな力や社内で培ってきたノウハウの流出,クライアントとの信頼関係の喪失などが危惧された.
(2)クリエイター間の結びつき
 クリエイター間の結びつきは,取引・仕事を通じた結びつき,前の会社の同僚,会社内の結びつき,大学・専門学校時のつながりの4つに大別される.クリエイター間の結びつきが形成される契機として最も多いのは「同業の知人・友人による紹介」であった.しかし,「クリエイター間の結びつきは活発でない」という指摘もなされている.
 実際に,他のクリエイターと高頻度に接触する回答者がいる一方,接触頻度が低い回答者も存在することから,実際の交流は2極化している.また,クリエイター間の結びつき・交流に対する認識に関しては,「刺激を受ける」「視野を広げる」という理由から同業者同士の交流に積極的な回答者がいる一方で,自ら結びつきを形成する意識が弱く,また同業者間の結びつきを避けるなど,消極的な回答者も存在した.経営者の中にも,情報管理の点から消極的な見解を示す場合がみられた.
 本発表では,より詳細なデータをもとに,広告産業の労働市場における流動性とネットワークの実態を検討する.

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