日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 303
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障害者自立支援法施行によるケア空間の変化
東京都世田谷区の精神障害者対象の作業所の事例から
*三浦 尚子
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抄録

 障害者自立支援法が施行され,今年で4年が経過する.
 社会福祉基礎構造改革の一環で成立した支援費制度は,障害者福祉等の領域に「措置から契約へ」と市場原理を導入した初めての制度だったが,在宅サービス利用者が急増し社会保障費が膨らんだ.社会保障費抑制のため,障害者に就労自立や自助を求めた言説が出始め,障害者に就労に適切な訓練を施し,生産領域に(再)参加させるための支援の構築,すなわち「ワークフェア」への政策転換が求められた結果,障害者自立支援法が成立した.
 障害者自立支援法は,「障害者が地域で暮らせる社会,あるいは自立と共生の社会の実現」を目指すために「利用者本位のサービス体系の再編」と「就労支援の抜本的強化」を挙げている.利用者本位と謳っているのに就労支援の抜本的強化を図るという,制度の矛盾が,従来の「ケア空間」にどのような影響を及ぼしているのか,調査方法 1 地域ケアの重要な担い手である事業者に,ケア実践の内容と新体系移行の影響を非構造的インタビュー調査(2010年),2 ケア空間を利用する精神障害者の経験を参与観察(2010年5月~10月)によって,ケア空間の変化を明らかにする.
 東京都世田谷区は,1919年公営の精神病院が開院し,関係者の熱心な地域精神保健活動によって精神保健福祉サービスが充実している自治体である.22か所の事業所は,東京都・世田谷区の潤沢な運営補助金をもとに私鉄沿線に点在している.新体系に移行している事業所(15カ所)のうち,就労支援の「中核」とされ,原則2年間の利用期間が設定され一般就労を目指す就労移行支援に移行した事業所は5カ所で,そのうち3カ所が就労継続支援B型の事業も提供する多機能型である.事業者と利用者が雇用関係を結ぶ就労継続支援A型は1カ所のみで,就労継続支援B型を単独で運営する事業者は16カ所(移行済11,移行前5),と最もこの事業に集中している.また就労継続支援B型の事業者でも,内職,清掃,喫茶店の接客といった作業内容で高工賃を目指す事業者と,積極的な就労支援を実践せず,居場所的な空間役割を果たす共同作業所の支援内容のまま(これを事業者間では「なんちゃってB」と呼ぶ)の事業者があることがわかった.「なんちゃってB」でも,利用人数が1日定員の7割前後の実績があれば,経営は安定し,利用制限がないため利用者も安心して利用できる点,一方で中~重度の障害の程度で生産性の低い利用者を想定する地域活動支援センターに移行すれば,自治体からの運営補助金が500万円削減されることがすでに決定していた点,この2点をふまえて,移行前の事業者は,移行後も積極的な就労支援は実践しない「なんちゃってB」を自称することにした.地方自治体も,財政負担が軽減されるため,「なんちゃってB」を容認している.
 「通常の就労継続支援B型を利用する利用者からも, 「精神障害者の雇用が広がったのはいいことだが,それは30歳代の若い人たちだけだ.40歳以上であれば生活の安定という点ですっと同じところで働いていたい」という意見が出て,ケア空間の利用制限を事前に設定し,利用者の不安を増長させるような制度は望まれていない点,また参与観察を通じて,利用者は誇りをもってケア空間で就労していることがわかった.
ワークフェアを前提とする新体系に対応するため,「なんちゃってB」で運営する事業者,容認する地方自治体,継続利用する利用者,3つの抵抗的主体が構築され,制度の内側に入り込んで生権力に抵抗していることが明らかになった.

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