日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 305
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市民団体によるバスマップの作成と市民活動のネットワーク
*今井 理雄
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抄録

1.市民によるバスマップの作成とその背景
近年,市民団体による地域のバスルートマップ(以下,バスマップ)作成の例が,全国的にみられるようになった.独立採算の営利事業として位置付けられる日本の公共交通を取り巻く環境下では,その広告や利用促進策の一環と認識されるバスマップの作成は,事業者やその業界団体が独自に行うものであり,あるいは地域の公共交通ネットワークを維持,活性化するため,行政などの公的機関が作成,配布する例が一般的であった.一方で地域によっては案内,配布用バスマップそのものが存在しない例も少なくない.さらにバス交通をはじめとする地域公共交通の利用者が漸減していることは周知の事実であり,とくに規制緩和以降,地域の公共交通ネットワークが寸断され,持続可能な交通システムの確保が不確実になってきている.このなかで,公共交通利用者である市民が,自らの手で情報ツールを作成し,活用する動きがみられることは,いわば“新しい公共”の一端となりうる現象である. そもそもバスマップは,公共交通が独立採算の営利事業として認識される日本の場合,前述のようにバス事業者の営業促進ツールのひとつであると考えることができる.同様なものとして,時刻表や広報紙などがあげられるが,鉄道交通や航空交通に比べバス交通は,ネットワークの複雑さと一般的な地図上での記載が不明確な点から,情報の取得を独自の路線図に頼らざるを得ない.小規模な地域で限られた利用者を対象に事業を展開する地域の乗合バス事業者の場合,外部への情報提供を鉄道時刻表のような出版社による公刊に頼ることは不可能である.この結果バス事業者は,利用者に対して提供するサービスの情報を,自ら何らかの方法で発信せざるを得ないはずであるが,必ずしもそれが満足に達成されていないのが現状である.またバスマップ,路線図といった事業者による紙媒体での情報提供ツールの作成,配布は,地域によってその有無や方法等に大きな差異があり,事業の慣行ともいえるものである. 市民団体が中心となって作成されるバスマップの多くは,このような事業者によって作成されるバスマップが存在しないケースや,地域内に複数事業者が存在することで,情報の一貫性が欠如していることを補うことを目的にしている.団体の存立基盤やバスマップ作成の背景,有償,無償の差異など,条件は異なるものの,乗合バスを利用する際の情報の捕捉と公共交通利用促進を目的としていることは,概ね一致している. ところで交通地理学においては,これまでバスマップの作成やその活動について,殆ど関心を払ってこなかった.一部でその成果がみられるものの,実証的な分析や具体的な提言等は,極めて不足していると言わざるを得ない.
2.市民活動のネットワーク
市民団体によるバスマップの作成は,岡山市における事例が嚆矢であるが,これを契機に各地で同様のバスマップが作成されるようになった.このようなバスマップ作成団体が中心となって,2003年,岡山市において「バスマップサミット」が開催され,以降,毎年各地で開催されている.これまでの開催地は,幹事団体として位置付けられる主要なバスマップ作成地域であり,ノウハウをはじめとした情報交換のネットワークを形成し,“市民による交通まちづくり”を目指し,公共交通利用促進策を模索している.一方で,交通を取り巻く環境は政治力と行政の強い監督権限に影響を受け,市民団体として可能な活動には限りがあり,とくにバスマップ作成の資金確保をめぐって共通の課題を抱えている.
3.札幌市におけるバスマップ作成の事例
たとえば札幌市においては2006年から,NPO法人によって『なまら便利なバスマップ』が作成,無料配布される.札幌市ではバス事業者が複数存在するとともに,市内バス交通のなかで最大のシェアを有した市営バス事業の全面民営移譲もあって,情報提供の一貫性が失われていた.主要3社はそれぞれ独自のバスマップを作成,配布していたが,市営バスの路線が分割,移譲されたこともあり,従来交通局による情報提供で大部分が網羅されていたネットワークを,利用者が把握することさえ困難になりつつあった.さらに市営バス事業の民営移譲は,市内におけるバスネットワークの脆弱な体質をも露呈させる結果となり,そのような不便の解消と,公共交通の利用促進を目的に,バスマップの作成に至った.当初,行政との協働に重点を置いた発行体制が取られたが,その後,NPO法人が各方面からの助成金等を活用し,独自に発行を継続している.またNPO法人の運営にあたり,交通分野のみならず,環境,福祉,土木工学といった様々な団体との連携,協力体制を有しており,広範な人的ネットワークを活用している.しかし全国的にみてもバスマップ作成範囲の規模が大きいなど,課題は少なくない.

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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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