日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1207
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発表要旨
観光地理学の視点と大地の遺産百選
小笠原諸島父島を事例に
*有馬 貴之
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抄録

Ⅰ 課題提起―観光地理学と大地の遺産
 観光地理学とは観光現象を対象とした空間と人間の諸相を探求する学問である。日本の観光地理学はその生起を1920年代とする比較的歴史の浅い分野であり、地域地理学の視点を中心に発達してきた。近年では、社会の観光への期待と注目により、研究論文と研究者も増加している。また、観光地理学はその盛運と共にさまざまな隣接分野の概念を取りこんできた。しかし、これまでの研究を総括すると、その主たる視点は【観光と住民生活の関係】、【観光客の行動と意識】、【観光現象の空間的特徴】の追及にある。
 このような学問的背景のもと、本発表では小笠原諸島を事例としながら、大地の遺産選定作業における観光地理学の有用性について議論する。

Ⅱ 観光地理学の研究動向
 観光地理学の中核を担ってきたのは地域地理学の研究であり、そこでは主に【観光と住民生活の関係】が考察されてきた。特に、民宿経営やリゾート経営に関わる地域住民の就業変化の諸相が明らかにされた。フィールドは温泉、海浜、スキー場などが中心であったが、近年では農村や自然地における観光と住民生活の関係も考察されている。これらのフィールドの多くは地方部を対象としているのが特徴である。
 【観光客の行動と意識】についても研究がなされ、主に各々の時空間スケールにあわせた観光行動のパターン把握とその説明が行われている。さらに、観光施設の分布や観光に関わる土地利用についての把握とその説明も行われ、数種の【観光現象の空間的特徴】が明らかにされている。

Ⅲ 小笠原諸島と観光地理学の視点
 観光地理学の学問的視点について、小笠原諸島を事例に具体的に示してみる。小笠原諸島は東京の南約1000kmに位置する海洋島である。
 人口約2000人の父島における産業構成をみると、観光業従事者が多い。観光業では民宿経営とガイド業が主たるものである。その背景をみると、近年小笠原に移住してきた住民は移住時から観光業を続けている一方で、古くから島内に住み続けていた住民は漁業からダイビングやホエールウォッチングへと職業を転換することで生計を立てるようになっている。つまり、小笠原の観光化が住民の職業転換を進めているといえる。当事者である観光客は島内でどのように行動しているのであろうか。彼らの活動空間と時間を調査すると、その多くが父島周辺の海上利用であることがわかる。しかし、彼らの活動空間は旅程の中で徐々に変化していた。なお、父島の観光地としての空間的特徴は宿泊施設や飲食店、土産物店などの集中にあり、その要因は国立公園等のゾーニング規制によるところが大きい。
 上述した観光地理学的な特徴を持つ父島は、島独特の生態系が認められ、2011年からユネスコの世界遺産に認定されている。登録以降、父島では観光客の量的増加と質的多様化、住民構成の変化が起きつつある。

Ⅳ 観光地理学の視点からみる大地の遺産の選定
 最後に、これまでの議論を踏まえ、観光地理学が大地の遺産の選定に寄与できる事項をまとめた。観光地理学の核となる【観光と住民生活の関係】についての研究成果を踏まえれば、サイトの観光地理学的な学術的価値の判定を行うことが可能とみられる。ただし、当該研究は社会状況と密接に関わっており、「観光地理学において真正な学術的価値と何か」が問われているといえる。
 一方、【観光と住民生活の関係】は、観光による地域への影響とも言い換えられる。その意味からすれば、大地の遺産の選定によってもたらされる住民生活の変化の把握と予測が可能かもしれない。また、観光客の需要把握や政策・管理運営の効果も【観光客の行動と意識】や【観光現象の空間的特徴】の視点による研究成果から算出できる可能性がある。
 以上のように、学術的価値の判定に加え、大地の遺産の選定によってもたらされる地域への影響を踏まえることは、観光地理学としても重要なテーマである。したがって、大地の遺産の選定自体が地域にどのような効果を生じ得るのかという事も選定において加味すべき事項ではなかろうか。

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