抄録
それまで伝統的で自給的な生活を送ってきた農民が、グローバルな市場経済に取り込まれていく中で、良くも悪くもその農業形態や生業構造、または生活スタイルそのものを変容させていくという現象は、歴史的に見ても、そして現在でも多くの途上国の農村で見られるものである。しかしながら、農村が市場経済に取り込まれていく過程は多様であり、変容のあり方もまた多様である。そこで必要となるのが、村落レベルあるいは世帯レベルで変容の過程をとらえるミクロな視点での研究である。従来の東南アジア大陸部における生業の変容に関する研究は、森林伐採の規制と商品作物の導入による焼畑の常畑への移行を軸に論じられる場合が多い。このことから、国家や国際的な状況などの大きな枠組みと地域社会の生活や文化、つまり、その地域に住む人々の生業や生態、自然利用との関係を扱う政治生態学的な研究の必要性が増していると考えられる。 そこで、本稿では、生業や土地利用の変化の大きな要因である換金作物、特にトウモロコシ栽培の導入に着目し、国際・国内市場におけるトウモロコシの需給関係とそれに関わる政策の動向などを含めた栽培導入の背景を論じる。そして、調査村における世帯ごと聞き取り調査から得たデータを用い、村人の生業活動、または2011年の作付けの状況について説明することを目的とする。 調査村の村人は村周辺の山地斜面(標高660~980m)を利用した畑において、自給用の陸稲、商品用のトウモロコシ、ショウガ、ラッカセイ、ゴムなどを作付けしている。以前は焼畑農耕を営んでいたが、大規模なトウモロコシ栽培の導入後、常畑化した。トウモロコシ栽培の導入年の平均は2006年である。作目ごとの作付面積の割合は、トウモロコシが全耕地面積の69%、陸稲が18%、パラゴムノキが10%、その他が3%である。農業以外の生業としては、村長やその補佐役の公務職(3人)、学校の教員(1人)、軍隊(1人)、商店経営(2世帯)、町の自動車整備会社(8人)、大工(1人)などがある。バンコクへの出稼ぎは6人である。主業の農業に加え、出稼ぎを含めた農業以外の生業にも従事する世帯は、全世帯の30.1%である。 以上のことから、調査村の人々はコメの自給は達成しつつ、換金用のトウモロコシ栽培による収入にその大部分を依存していることがわかる。