日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P002
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発表要旨
滋賀県朽木におけるトチノキ巨木林をめぐる地域変容
*飯田 義彦藤岡 悠一郎手代木 功基藤田 知弘山科 千里水野 一晴
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抄録

【はじめに】滋賀県高島市朽木には,胸高直径1mを超えるトチノキの巨木が数多く生育する“巨木林”が存在する。全国的にも類例がなく,かつて薪炭材やパルプ用材の採取場であった,人の手が加えられてきた山や谷に成立するという点で特異な存在である。ところが,近年家具用材としてのトチノキ巨木の価値が知られ,多くの巨木が伐採販売される事態が発生した。この状況を受け,滋賀県は2010年より巨木林の保全事業を展開し始めており,同地域はまさに過渡期に直面している。本研究では,朽木地域におけるトチノキ巨木林と地域社会の現状および関係性の変化を,住民の生活様式の変遷,資源利用ネットワークの発達,山の生態系の変化に着目し,包括的な地域変容として明らかにすることを目的とする。【方法】滋賀県高島市朽木地域(旧朽木村)を対象に,2011年7月~11月,2012年4月~11月にかけて現地調査を実施した。本研究では,多様な問題群を明らかにするために,地域研究領域を核としながら,人文地理学,自然地理学,人類学,森林科学,景観生態学などの多様なバックグランドを有する複数研究者によって研究を進めた。主な調査項目は,朽木の22の集落(大字)のうち,9集落11世帯における広域調査,トチノミの獣害調査,U集落におけるトチノミの入手調査,植生調査である。【結果】(1) 巨木林と人々の関わりにおける地域内の多様性朽木地域において,巨木が密生する巨木林が複数地点あることが確認された。巨木林と人々との関わりには,地域内部で多様性がみられ,成立要因も異なることが明らかになった。例えば,U集落では,巨木林は個人の私有地に成立し,個々人の巨木に対する認識や山林利用の差異が成立要因として重要であった。他方,村有林であった場所に複数のトチノキが生育している谷もみられ,その場所では,複数の住民の意思で巨木が残されてきた。また,一部の集落では,トチノキの巨木を山の神とし,木を伐採せずに残したという説明もされた。(2) トチノキをめぐる地域変容元来トチノキは朽木住民にとってトチ餅の原料となる果実を生む重要な資源であり,貴重な財産であった。住民がトチノキを業者に販売した背景には,過疎・高齢化の進行や果実の獣害の深刻化,都市―農村間や中山間地域間の結びつきの変化に起因する資源の調達・消費ネットワークの拡大,などによる,地域の複層的な変容が認められた。(3) トチノキを軸とした新たな地域づくりの試み伐採に反対し,保全活動をすすめる団体により,トチノキの保全と地域振興に向けた活動が始められた。過疎・高齢化が進む中で,地元の活動の担い手の不足や地域内部での意見の差異,外部者の関わりなどが課題となっていた。

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