抄録
研究の背景と目的 来訪者の目線を重視した観光レクリエーション空間の評価にあたり,来訪者の環境の視覚的刺激への認知や嗜好が測定されてきた.これら一連の研究スタイルは景観評価として,様々な分野で蓄積されてきた.近年は,地理情報システムを中心とした情報技術を利用した評価手法が多く提案されている.本研究は,観光地の来訪者の目線に立った空間評価手法として,来訪者の詳細な写真撮影地点(関心点)の位置情報を応用した一手法を提案する.先行研究として,杉本(2012)は回遊空間上での来訪者の関心点の密度集積や写真のカテゴリ別の分布から,関心の集積する空間とその関心対象の特徴を明らかにした.Sugimoto(2013)は,関心点の空間集積のみならず,時間集積について詳細な分析を行い,来訪者の鑑賞意識の時間的変化の特性を明らかにした.しかし,これらの研究は水辺を中心とした観光空間を対象とし,あらかじめコースを設定しているため,対象地を自由に歩き回った場合の評価ではない.対象地の移動に制約を持たせない場合の空間評価には,被験者(来訪者)の実験条件の差によって生じる複数のバイアスを取り除く必要がある.また,杉本(2012)は好ましさが高い関心点ばかりが集まる空間,好ましさが低い関心点ばかりが集まる空間,好ましさが一定しない空間を抽出し,選好される空間には階層性があることを示した.したがって,評価対象の好ましさのレベルも重みとして取り入れる必要がある.本研究は,こうした複数のバイアスを考慮した関心点の密度推定によって,観光ポテンシャルを空間的に可視化する.研究方法 調査日は2011年10月22日の休日で,調査対象地は都立日比谷公園である. 20代~30代の若者21人を対象として,調査当日にデジタルカメラ(Casio EX-H20G,GPSと電子コンパス内臓)を携帯してもらい,園内を自由に散策しながら写真撮影をしてもらった.また,写真を撮りながら出会った環境刺激への好ましさ(likability)を5段階で評価してもらい,さらに撮影した写真を複数のカテゴリに分けてもらった. 観光者が写真撮影した地点をポイントデータとして抽出し,カーネル密度推定によって観光ポテンシャルを評価する.その際,重み得点を密度推定時の計算に取り入れることで,適切な観光ポテンシャル地図を作成する.重み得点は,5つの重み要素の積によって設計した.重み要素は,評価対象の好ましさ(5段階評価),写真カテゴリの重み(「人」と「動物」は0~0.5の範囲,「その他」は0,それ以外は1),各被験者の撮影枚数の逆数,撮影地点とスタート地点の距離(対数変換処理),撮影時刻の逆数(スタート時間は0に基準化,対数変換処理)である.なお,好ましさを重み得点の最も重要な指標とみなし,残りの4つはバイアス除去のための変数とみなしている.結果 各関心点に算出した重み得点を付加し,2次元のカーネル密度推定を行った.密度分布図の可視化には,全て10の等間隔分類を用いた.また,検索半径が30mの場合と70mの場合それぞれについて,重み得点を付加しない密度分布図と,重み得点を付加した密度分布図とを比較した.その結果,重み得点を付加した密度分布図の方が,好ましさ得点の分布,被験者の条件差という観点からみて,適切な観光ポテンシャル地図を作成できたと判断された.したがって,論理的にバイアスとして考えられる項目や各関心点の感動の大きさを考慮することで,関心点の密度推定を応用した空間評価により有用な結果をもたらすことができる.