抄録
【はじめに】 心停止等の重篤な傷病者の社会復帰率等を高めるには,傷病者発生から5分以内でできるだけ早くAEDによる除細動が行われることが望ましく,救急医療体制や地域防災体制に速やかに連携できる「地域住民が協同できる一次救命処置(BLS)」の実施体制の強化が必要である。BLSの普及のために,その知識と手技を一定レベルで獲得できる講習等が日本赤十字社や消防機関等で実施されているが,BLSの地理的空間についてはその中でほとんど触れられていない。その理由の一つとして,BLS環境の定量的評価に関する研究が進展の途上にあり,坂道,階段,道の曲がり等の環境構成要素がBLS行動に及ぼす影響を明確に把握できていないことが挙げられる。また,BLSに限らず,地域住民の防災や安全等に対する行動が環境条件に応じて空間的に十分にシミュレーションされているコミュニティは少ない。
対象地域の霧島市で,救急医療体制や地域防災体制に速やかに連携できる「地域住民が協力し合えるBLS体制」の強化に貢献するために,走行実験等に基づきBLSマップを作成する。そして,このBLSマップを霧島市消防局HP上で閲覧できるようにして,1つのAEDを取り巻く「BLS環境」や自主防災組織等が有事に有効に機能できる範囲とも係る「BLS安全域」を救命講習時に説明してもらう仕組みづくりを行った。
【霧島市BLSマップ】 霧島市消防局に登録されているAED設置事業者のうち237事業者のAEDの位置が明記されているAEDマップを基図とした。そして,全てのAEDの周辺道路で距離を計測し,AEDから道のり200m以内(青),200~350m以内(黄),350~500m以内(赤)を区分した。これらは,走行実験での「一般体力者の走行による連絡方法での片道平均約227m」がBLS安全域と危険域との閾値と設定したこと,「男子運動部員相当の高体力者での片道平均約390m」が閾値であること,「往路」での携帯電話の活用と「復路」での高体力者運搬の組み合わせで片道平均約561mが閾値となること,往復になれば距離が長くなってAED運搬者の走行速度が多少遅くなること,一般的に認識されやすい値としたこと等によって決定された。これらの道路区分で示されるBLS安全域,携帯電話や自動二輪車等を活用してAED設置事業者と地域住民が連携することによって道のり200mから最大1㎞程度まで拡大できる。
【BLS安全域と日常徒歩生活域と地域コミュニティ】 「BLSマップ」で「連携がない場合でのBLS安全域の広がり(道のり約200mの範囲)」を参考にしつつ,地域住民は,移動の障害となる坂や階段,道の曲がりや建物内の屈曲等, BLS環境を個別に把握・認識し,1つのAEDから「道のり約1km」の範囲を目安にBLS環境を克服して「BLS安全域」を広げる手段を考える必要がある。そして,個々のBLS安全域を広げるために地域住民が連携できる仕組みを1つのAEDごとにつくり,かつそれぞれBLS安全域が空間的に境界づけられずに,隣り合うBLS安全域が重なり合うように重層的・複合的・立体的に地域で整備される方向を目指すべきであろう。
「道のり最大約1km」の範囲は,東日本大震災被災地の高齢な仮設住宅住民の「日常徒歩生活圏(域):道のり約1kmが平均で約500m以内が高頻度(岩船2013)」とほぼ同じ広さである。従って,この日常徒歩生活圏内を「基本空間単位」として,「地域コミュニティ」を基盤にBLSだけでなく防災についても地域住民が連携できる体制を強化するべきであろう。つまり,「道のり最大約1㎞」までは,地域で即応性が高い「共助」が実現できる最大の範囲ともみなせる。また,この「基本空間単位」は,内閣府が推進し始めた「地区防災計画」での「地区(≒Community)」の広さとの関連性が高く,「避難勧告等の判断・伝達マニュアル」を構築する場合での空間とも関係している。
【AEDの公共性】 心停止等による突然死が健康との係りで「個人の死」に止まり,火災での延焼による被害拡大を初期的に食い止める働きを持つ消火器と比較すると, AEDを地域的に等間隔で普及させる公共性は明らかに低い。しかし,広義の「防災」に「BLSを含めた救急医療・災害医療」が含まれること等を考慮すると,AED空白域への公共的なAED設置は,今後の検討課題となる可能性がある。ただし,地域住民の健康状態や年齢等と関連した心停止者発生のリスク,人口密度,災害発生のリスク,財政等,地域や住民の様々な特性と併せて検討するべきである。
なお,本研究は,平成23~25年度科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金(基盤研究(C))「BLS環境の定量的把握とBLSマップの作成(研究代表者:岩船昌起)」の一部である。