日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1504
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発表要旨
ホスト社会としてのケベックのディレンマとエスニック・コミュニティ
「ケベックの価値」憲章をめぐる論争から
*大石 太郎
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抄録

1.はじめに  
本報告では、2013年秋にカナダのケベック州で世論を二分した「ケベックの価値」憲章をめぐる論争を取り上げ、そこで改めて浮き彫りになったケベック州におけるエスニック・コンフリクト、より具体的にはホスト社会としてのケベックとエスニック・コミュニティとのコンフリクトを現地調査に基づいて速報的に紹介し、議論の材料としたい。ケベック州は現在に至るまでカナダのなかでは比較的均質な社会であり、その意味ではホスト社会としてのケベック社会のあり方は、日本社会にとっても参考になる点が多いと考えられる。  
2.「妥当なる調整」の是非  
ケベック州が比較的均質な社会であるといっても、かつてのカナダ経済の中心であり、現在もケベック州最大の都市であるモントリオールを中心に、エスニック・コンフリクトはしばしばみられてきた。いうまでもなく、カナダの伝統的なエスニック・コンフリクトである英語話者とフランス語話者との軋轢は、ケベック州でもっとも深刻であった。  
しかし、最近ではホスト社会としてのケベックと移民集団との間でコンフリクトが目立つようになりつつある。なかでも目立つのが宗教集団とのコンフリクトであり、彼らの宗教的慣行をどこまで、どのように受け入れるのかという「妥当なる調整」(飯笹 2009)のあり方が焦点となってきた。2007年2月には当時のケベック州政府が2名の高名な研究者を中心とする諮問委員会を発足させ、委員会は実態調査に基づき「妥当なる調整」の是非を検討した報告書を2008年5月に提出し、一時はコンフリクトが沈静化する効果をもたらした。  
3.「ケベックの価値」憲章をめぐる論争
2012年9月の州議会総選挙において、少数与党ながら9年ぶりに州政権を奪回したケベック党政権は「ケベックの価値」憲章の制定を目指したが、2013年9月にその内容が明らかになると、イスラム教やシーク教、ユダヤ教などの宗教集団を中心に反対運動が巻き起こった。というのも、州の公務員等が宗教的シンボルを身にまとうことを禁止するといった内容を含んでいたからである。そして、論争が続くなか、2013年11月に第60号法案として州議会に上程されたが、2014年4月の州議会総選挙においてケベック党が歴史的惨敗を喫したため、本稿執筆の時点で「ケベックの価値」憲章はいったん宙に浮いた状態となっているようである。  
4.ケベック社会のディレンマと日本への示唆  
多文化主義を標榜する現代のカナダでは、宗教的シンボルを身につけながら公の場で働いている人の姿を見かけることは少なくない。したがって、ケベック州におけるこのような動きは一見するといかにも狭量のようにみえる。しかしながら、とくに男女の区別に厳格な宗教的慣行によって、「静かな革命」を経て近代化したケベックが実現してきた脱宗教化や男女平等といった、まさに「ケベックの価値」が脅かされているという危機感があっても不思議ではない。
また、モントリオールで聞き取り調査をすると「ここはトロントではない」という声も聞く。たしかに、もともと多様なものを内包しているといえるアングロサクソン文化が基盤になっている社会では、多文化主義が受け入れられやすい素地があるとも考えられる。日本ではアングロサクソン型多文化主義がしばしば紹介されてきたし、また近年では海外への関心自体が英語圏に集中する傾向さえ感じられるが、別の道を模索する非英語圏にも目を向けてみる必要があるだろう。

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