抄録
■研究の目的と背景
本報告では,日本企業もしくは日本人がバンコクに設立したコールセンター企業をとりあげ,それらの立地の経緯と当該事業所から提供されるサービスの特徴について検討を加える。バンコクに日本人の労働力プールが形成され,それが涵養されることで当該企業の「日本語」によるサービス提供が可能となっていることについて,日本人の海外就職と関連づけながら議論する素材を得ることが念頭にある。 コールセンターは,オペレータが電話に代表される情報通信技術を用いて,販売・サービス等に関する問い合わせや注文受付などを行ったり,勧誘による販売などを行ったりする事業所である。それらの日本国内における立地をみると,1990年代後半より安価な労働力を求めて大都市から地方へと分散するとともに広域中心都市やそれに準ずる都市などに集積した(鍬塚,2008)。さらに,国境を越えて中国の大連へ日本語コールセンターを設立する動きもあった。ただし「ネイティブレベルの日本語能力」を持つオペレータを中国で継続的に確保することは難しく,電話を用いて業務を行う日本語人材の在り方が,当該事業所の存続を方向づけることが指摘されている(阿部,2012)。もっぱら日本語話者の利用者を念頭に置いた場合,当該サービスの提供者を,どこで確保するのかというコールセンター立地にかかわる問題は,アメリカ合衆国を市場として成長を遂げたインドの当該産業との比較において重要な意味を持つ。バンコクに設立された日本語コールセンターは,日本語を学習したタイ人ではなく,もっぱら日本語を母語とする人びとが当該サービスの担い手となっているからである。
■タイにおける外資規制とコールセンター立地
タイにおいて,サービス業分野の多くの業種は外資規制の対象となっている。こうしたなか,タイ語以外の言語でサービス提供を行うコールセンター業務は,2003年にタイ投資委員会(BOI)の投資奨励対象業種となり,当該事業を行う企業を外資100%で設立することが可能となった。またタイにおいて外国人を雇用するためには資本金の最低額,法人税の納税額,タイ人雇用比率,給与の最低額,雇用人数などの条件が課せられる。しかしBOI投資奨励対象として承認された事業には,こうした条件が適用されない。例えば,日本人の雇用にあたって月給5万バーツ以上という条件は適用されない。タイにおける外資規制のあり方が,日本語コールセンターの立地を可能としたことを,まず確認したい。 BOIの資料に基づくならば,タイ全体で2003年から12年までの10年間にあわせて48件のコールセンター事業がBOIによって認められた。国籍別にみると日本が10件と最も多く,バンコクを拠点としてあわせて900人弱の外国人雇用が承認された。それらのなかには日本に本社を置くコールセンター運営企業が設立したものもあり,もっぱら日本人を雇用している。このほかドイツ(5件),デンマーク(4件)からの投資によって設立されたコールセンターもあるが,英語圏からの投資が少ない。
■「声」によるサービス提供と担い手
コールセンター業務は,オペレータから利用者への対人サービスの提供というかたちをとることが多い。業務の性格もあって自動化には限界があり,またコールセンターの効率的な運営には勤務時間を綿密に計画し必要に応じて従業員数を増減させる必要がある。そのためコールセンターの立地を検討するにあたっては,常に変動する需要にみあったオペレータを確保可能な立地条件について,検討する必要がある。人口規模が大きく労働移動も活発な地域に立地することが,コールセンターの運営に有利に働くからである。 加えて,情報通信技術を用いた対人サービスの提供という点において,その立地には独特の論理が働いていることも見逃せない。コールセンター業務のように,もっぱら「声」によるサービスが成り立つためには,提供者と利用者との間において言語だけでなく,交わされる言葉の理解や解釈という点でも何らかの共通基盤があることが必要とされる。つまり当該サービスの提供者と利用者との関係は,サービスの特質や評価といった文化的な要素を多分に含み込んでいる。こうした条件を兼ね備えるのが,「若者」が流入し大規模な日本人の労働力プールが形成されているバンコクなのである。 当日は,報告者が実施したタイで日本語コールセンター事業を展開する企業へのインタビュー調査に基づき,その事業内容を日本人の労働力プールと関連づけながら検討する。