抄録
近現代日本社会ではどのような知識をなぜ地理的知識と見なしたのかという問題を考えるために、まず風土記という書名を取り上げ、近代日本においてこの書名がどのように使われているかを調べた。資料としては国会図書館の蔵書を対象とし、書名に「風土記」を含むものまたは「風土記」を含む題名をもつ文章を収録したもの(以下、風土記類)を検索した。その結果、以下の点が明らかになった。
①近代に刊行された風土記類は3200冊以上になる。それらを、古風土記関連・近世風土記関連・それ以外(=近代風土記)の三つに分けると、前2者に属するのは全体のそれぞれ14%程度であり、近代刊行の風土記類の7割以上が近代風土記であった。②風土記類の刊行は1920年代に増加しはじめ、戦後に多くなる。特に1980年代が顕著である(ただし古風土記関連の図書は1990年代以降に刊行数の山がある)。③近代風土記には多様なものが含まれる。まず何らかの事実的な報告・叙述を目的とするものと、それ以外のものとに分けられる。後者は小説・戯曲・詩歌(紀行詩歌を除く)などである。前者は、地名を冠するものと冠しないものとに分けられ、さらに内容により、古典地誌的なもの、特定のテーマを扱ったもの、ある場所にかかわる話題を雑然と集めたもの、に区別できる。
近代風土記の相当部分は局所的な文献として作成・流布されている。それに対して文学作品として作られた風土記はある程度広域に流布することで、「風土記」のイメージを形成するのに影響があるのではなかろうか。また子どもの風土記(子どもを作者または読者とするもの)は教育にかかわることが多いので、やはり同じように強く影響するのではないかと考えられる。