日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 105
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発表要旨
過疎農山村における大規模アートプロジェクトに伴う関係性の創出
新潟県十日町市松代地域を事例に
*伊藤 春陽
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抄録
Ⅰ はじめに 日本の農山村の多くは,高度経済成長期以降,若年層を中心とした人口流出に伴い過疎化や高齢化を経験するとともに,それに伴う問題を抱えてきた.それに対し,長年,国や自治体により様々な農山村振興策が試みられてきた.中でも,バブル経済期のリゾート開発に象徴されるように,外部資本を積極的に活用した開発は,主要な農山村振興策のひとつであったといえよう.しかし,こうした振興策は環境破壊や住民への配慮の欠如といった問題を内包していた. こうした動きと並行して1980年代頃から,内発的発展論に代表されるように,外部資本に依存するのではなく,住民の自律的な意思に基づいた維持可能な農山村振興のあり方が模索されるようになっている(たとえば,保母1996).その中で特に最近では,外部主体の力を取り入れながらも,開発というかたちではなく,都市農村交流など,地域外の人々との「関わり合い」や「つながり」を重視した農山村振興策が注目されるようになっている.ここで留意が必要なのは,外部の人との交流が行われる場は,住民の生活の場でもあるということである.交流活動は住民の生活に直接影響を与えるため,交流活動を住民がどのように捉えているのか把握する必要がある(中島ら2001).その際,交流型の取組みを通じて住民が外部の人とどのような関係性を構築しているのかについて,住民が活動をいかに受け止めているかを踏まえたうえで丁寧に検討することが重要な研究課題となる.本研究ではこの点を,農山村で実施されるアートプロジェクトを事例に検討する. II 研究の目的と方法 本研究の目的は,新潟県十日町市及び津南町で開催されているアートプロジェクト,「越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭」(以下,「大地の芸術祭」)を事例とし,過疎農山村においてアートイベントがいかに受け止められ,また,その中で住民と地域外の人々との間でどのような関係性が創出されているのかを明らかにすることである.2000年代以降,農山村において,本研究が対象とするようなアートプロジェクトが増加している.こうしたプロジェクトはしばしば,当該地域の住民がプロジェクトに参画することや,地域の外から訪れる人と住民との交流が目指されるケースが多く,地域の振興や活性化に寄与するものとして議論されている. 「大地の芸術祭」は,上述の両市町において2000年から3年ごとに開催されているアートプロジェクトである.同プロジェクトには,アートディレクター,自治体,ボランティア,住民組織をはじめ,開催地域内外の様々な主体が関わっている.「大地の芸術祭」開催期間中には,上記の2市町内の集落など様々な地区に現代アート作品が設置される. 本研究は,十日町市の中でも中山間地域に位置する松代地域(旧松代町)を対象とし,特にアート作品の設置会場の一つである室野集落に焦点をあてて分析を行なう.同集落は,松代地域の中心部から約4kmのところにあり,過疎化と高齢化の進む集落として特徴づけられる.2010年の国勢調査によると,室野集落の人口は288人で老年人口率は47.2%である. 分析に使用する主たるデータは,2015年10月から12月にかけて,室野集落の住民18名に加え,運営に関わるNPO職員,市役所職員,旧松代町長などに対して実施したインタビュー調査により収集した.また報告者は,「大地の芸術祭」や室野集落に断続的にボランティアとして関わっており,そこで得られた情報も分析に使用する. Ⅲ 結果と考察 室野集落の住民は,「大地の芸術祭」について一様に肯定的に捉えているのではなく,集落内での立場や芸術祭への関与の度合いによって異なる捉え方をしていることが明らかとなった.具体的には,肯定的に捉えている住民がいる一方で,懐疑的に捉えたり,あまり関心を持っていない住民も多くみられた.ただし,こうした住民の受け止め方は,様々なきっかけにより変化するものであった.中でも,主なきっかけとして,リーダーシップをとる運営主体の姿勢や,家族や友人など身近な人々の「大地の芸術祭」への関与,また,2014年3月に閉校となった集落内の小学校校舎が作品に転用されたことなどが挙げられる.  「大地の芸術祭」の受け止め方には住民の立場や関与の度合いによって違いがありながらも,多くの住民が「大地の芸術祭」を通じて外部の人々との交流を行い,そこで個人レベルでの関係性を構築していた.また,このような交流から生まれた関係性は次第に深化しており,同プロジェクトと関連のない集落独自の地域行事にも地域外の人々が参加するようになっている.すなわち,室野集落では「大地の芸術祭」を契機に,外部の人と個人レベルでの関係性が構築され,次第にそれは外部の人と集落という関係性に転じつつあると捉えられる.
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© 2016 公益社団法人 日本地理学会
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