日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 816
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要旨
ネパール,ヌプツェ岩石氷河の流動と温暖化
*朝日 克彦白岩 孝行渡辺 悌二梶山 貴弘
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抄録

1.はじめに ヒマラヤでは地球温暖化の指標として,氷河変動の研究が盛んに行われている.一方,氷河とともに雪氷圏の両輪をなす永久凍土の研究はきわめて乏しい.また,ヒマラヤ高所では気象観測点が僅少で,なおかつ欠測も多いため,実際に気温上昇が生じているか不明な点も多い.そこで,永久凍土によって形成されている岩石氷河について,その表面流動を計測するとともに,流動量の変化から気温変化を推定する.   2.ヌプツェ岩石氷河と計測方法 研究対象のヌプツェ岩石氷河は,エベレスト南隣のポカルデ山塊に位置する(27°56’30”N, 86°51’10”E).岩石氷河の末端は約5240m,面積は0.31km2である.前縁斜面の比高は約50mある.小氷期のモレーンを溢流して氷舌部が形成されていることから,小氷期以降に発達したと考えられる. 流動を計測するため,前縁斜面直上に7つの測点からなる測線A,中流部に6つの測点からなる測線Bを設定した.岩石氷河表面の巨礫中にアンカーボルトを埋め込み,これを測点としている.それぞれの測線を計測するため,測量基点を2ヶ所設置している(図1).測量基点からそれぞれの測点座標を計測し,測量期間における差分をもってその地点の流動とする.測量はセオドライトと光波測距儀またはトータルステーション(1秒読み)を利用し,1989年,1997年,2000年,2004年,2015年に行った.4期,26年の流動を求めることができた.   3.結果 アンカーボルトを埋設した測点の巨礫にはケルンを積んでおいた.いずれの測点,計測期間においてもケルンは崩壊することなく残置していたことから,測点の転石はなく,流動は純粋に永久凍土クリープによるものといえる. 前縁斜面直上の測線Aにおいて,7測点の平均は1989-’97年では0.48ma-1の流動であった.以降1997-’00年では0.78 ma-1,2000-’04年では0.74 ma-1,2004-’15年では0.82 ma-1であった.同様に中流部の測線Bにおいて,6測点の平均は1989-‘97年では0.30ma-1の流動であった.以降1997-‘00年では0.71 ma-1,2000-’04年では0.49 ma-1,2004-’15年では0.60 ma-1であった(図2).1989-1997年と2004-2015年を比較すると,測線A,Bそれぞれ71%,100%流動速度が速くなっている. 垂直方向の変位は,各測点が各期間で傾斜した表面を前進していることから,流動による表面位低下の効果を差し引くと,13ヶ所すべての測点で表面位の変化はほとんどないことがわかった.このことから,岩石氷河の表面レベルに変化がないにも関わらず,表面流動速度は加速している.   4.考察 岩石氷河の流動速度は,地温,傾斜,変形層の厚さ,凍土の密度,含水率などで決まる.これらを踏まえ,岩石氷河の表面流動速度と年平均気温に高い相関があることが指摘されている(Kääb et al., 2007).ヌプツェ岩石氷河の近傍,西方2kmの地点の気象観測では,2002-‘08年の年平均気温は-2.4ªCであった.岩石氷河流動速度の急速な加速は平均気温の上昇を示唆する.

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