日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 1024
会議情報

要旨
アメリカ都市における旧都心地区の保存と再活性化
シアトル・パイオニアスクエアの事例
*杉浦 直
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

シアトルのパイオニアスクエア(Pioneer Square、以下PS)地区は、ボストンの港湾地区、ニューオーリンズのフレンチクォーターなどとともに、保存と再活性化を大規模に実施してきた修復型都市更新地区の代表的な事例の一つである。本発表では、同地区の都市更新事業の過程とその性質を確認し、その成果と地区の意義・役割及び地区のかかえる問題点と今後の課題を考察する。
 PS地区は、1889年シアトル大火の後再建されたシアトルの旧都心地区であるが、第二次大戦後1950年代、60年代には、多くのビルで空きユニットが目立ち、不動産価格もCBDの10パーセント以下に下落
、市のビル・コードや防火規制に違反する建物が多数となってスラム化したインナーシティの典型的な状況を呈していた。しかし、PS域はシアトルの行政地区や金融地区に近接した地区であり、また域内の建物は凝った造りの「アメリカン・ロマネスク」様式が多く、位置的にまた歴史的・建築的に潜在的な価値は高かった。そのため、都市計画を志向するいくつかの組織は同地区の保存や再活性化を目指す地区計画調査書を作成・発表し、それらを議論する過程で保存修復型の都市更新への方向性がコンセンサスを得ることになる。
 PS域の都市更新事業促進のきっかけの一つは、1961年、当時の代表的なホテルの一つであったシアトルホテルの廃棄が歴史的な価値を重視する保存主義者に危機感を与えたことである。また、1966年のNational Historic Preservation Actの制定と National Register of Historic Placesの制度創設 は、PS域の保存・修復に大きな刺激を与えた。これらを背景に1967年ごろからPS域全体の集合体としての建物群を修復・保存する(歴史地区を創設する)ための条例制定の運動が進められ、歴史地区案支持の署名や調査書(提案)が市長・市計画員会に提出 、1970年4月6日、歴史地区案(条例)がシアトル 市議会を通過し、“Pioneer Square Preservation District”(一般には “Pioneer Square Historic District”;PSHDと呼ばれる)が発足、保存・修復事業を管理するPSHD Preservation Boardが組織された(後にPioneer Square
Preservation Boardに改称)。さらに1973年、同地区を包含する「特別調査地区(Special Review District; SRD)」が設けられ 、実際的な規定・基準が定められている。以上のような制度的背景の下に、1970年代には初期の修復・保存事業が集中し、その後のPS地区の方向性が定まることになる。その後、“1991 Pioneer Square Plan Update”、“1998 Pioneer Square Neighborhood Plan”を経て、2009年11月にはPS再活性化委員会が結成、2010年より毎年ネイバーフッド戦略プランが策定・発表され、きめの細かい保存・再活性化策が継続されている。
  PS地区は、シアトルの都市地域構造のなかで固有な意義を有し役割を担っている。まず、PSは1889年大火の後再建されたシアトル旧都心部の景観を留める地区として歴史的・象徴的意義を有している。言わば、シアトルのアイデンティティを確認する特別な「場所」なのである。また、現実的・機能的な役割としては、以下のことが特に重要であろう。1)現ダウンタウンに隣接する地区としてダウンタウンの機能の補完、2)アート地区、 3)歩行者志向の娯楽空間、観光空間 、4)低所得者用住宅の供給、5)イベント時のバッファ空間 。しかし、これらの役割を十全に果たすためには以下のように課題も多い。1)歴史的景観のさらなる維持・強化、 2)経済的活性化のさらなる促進 3)大規模イベント時の駐車スペース不足と終了後の通過交通の混乱の解決 4)一部にある荒廃した雰囲気の除去 。保存と再活性化を両立させつつ、インナーシティ問題解決のモデルとなり得るのか、今後の歩みが注目される。

文献
Andrews, M.T. (ed.): Pioneer Square: Seattle’s Oldest
Neighborhood.
Univ. of Washington Press, 2005. 

著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top