日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 702
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要旨
市街地券発行地における明治の地籍図の成立過程
大津市街の壬申地券地引絵図と地籍編製地籍地図に注目して
*古関 大樹西村 和洋
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抄録

はじめに
盛んに研究利用される明治の地籍図だが、これは5つの段階(①壬申地券地引絵図、②地租改正地引絵図、③地籍編製地籍地図、④地押調査に伴う地図、⑤更正地図)があり、地域ごとで作られた種類や地図の性格が大きく異なる。近世から近代の過渡期に作製された資料で、①や②は検地に倣って農民が土地調査や地図作製を行った場合が少なくなかった。地域によっては和算家の参画もみられ、明治の地籍図の地域差は、近世末の豊かな絵図文化を示すものとして注目される。並行して西洋の測量技術が導入された一方で、その進捗には大きな開きがあり、明治22年施行の土地台帳制下でも、大きな地域差は解消しなかった。同制度下の旧公図は、現在の登記情報の基礎となっている。そこにみられる地域的差異や地域固有の慣習は、現在の法制度や土地行政でも大きな障害とみなされている。このように明治の地籍図の基礎研究には、その資料的性格を明らかにするだけでなく現代的な役割も求められている。地方別の基礎研究が増えてきているが、地域固有の性格を帯びた資料であるため、残された課題は多い。
本発表では、大津市街地の明治の地籍図の成立過程と資料的性格を考察する。地租改正は、徳川時代の町場を対象とした(1)市街地券発行地、一般耕宅地を対象とした(2)郡村地券発行地、(3)山林原野及その他雑種地で土地調査や地価の算定方法などが異なっていた。そのため、 同じ府県内でも(1)~(3)で異なる性格の地図が整備された場合もある。県内では、大津町・彦根町・長浜町・八幡町(近江八幡)が市街地券発行地となり、それ以外は郡村地券発行地とされた。なお、大津町の範囲は、豊臣秀吉が整備した大津百町と呼ばれる空間を指し、膳所城下や坂本門前などを含まない。

明治
7年の壬申地券地引絵図
市街地券発行地は、郡村地券発行地に比べて基礎研究が非常に乏しい。第二次世界大戦の戦災被害が少なかった大津市では、戦後も明治の地籍図が市役所で利用され(現在は大津市歴史博物館に移管)、県立図書館にも対になる資料が残されている(県の重要文化財)。
滋賀県では、明治6年を中心に郡村地券発行地で壬申地券地引絵図が整備された。大津町は少し遅れて開始されたようで、明治6年7月18日の県庁文書に具体的な指示がある(県政史料室、簿冊番号:明41、編次:52)。この布達は、両側町ごとに一町限ノ図と野帳を作り、旧沽券に拘らず現地の反別を一筆限り取り調べるようにとある。佐藤甚次郎によると、東京など市街地券の調査が先行した地域では、実地丈量を伴わず、旧沽券との比較で進んだ場合があったというが、大津では抜本的に実地調査が行われたようである。この布達によると、一町限ノ図の完成後に各区ノ絵図をまとめ、これらを接合して大津町全図を作るようにとある。それぞれ対応する古地図が大津市歴史博物館などで現存している。
郡村地券発行地の壬申地券地引絵図の縮尺は約1/600だが、大津町の場合は約1/300と極めて大縮尺である。丈量は十字法を基本としながらも、間口と奥行きが計測されており、道幅や川幅もかなり精巧に計測されている。大津町には元禄期の町図も残されているが、奥行きの数値はかなり異なっており、丁寧に丈量が行われたことがうかがえる。県庁文書に数名の和算家の名前がみえ、専門家によって丈量や地図の作製が進められた事が分かる。大津町では、軒下地の帰属が江戸時代から問題になっていたため、道路や溝渠と分けて、これを詳細に描いている。

明治17年の地籍編製地籍地図と現在の土地登記制度への影響
滋賀県内の郡村地券発行地では、明治8年末~14年初頭にかけて地租改正地引絵図が作られたが、市街地券発行地では確認できない。壬申地券地引絵図をもとに地租改正が進められたものと考えられる。明治17年には、県下全域で地籍編製事業が進められた。市街地も対象となり、地図が新しく作られたが、全面的な丈量は行われなかった。基本的な情報は明治7年の壬申地券地引絵図から写され、部分的に変更があった所が修正されている。内務省主導の地籍編製事業は、大蔵省主導の地租改正とは異なり、非課税地も対象としたため、道路や水路に新しく地番が与えられた。軒下地は道路(官地)扱いで地番が降られた。
法務局で明治22年の旧公図を閲覧すると、地籍編製地籍地図に地押調査の成果を反映させた地図が出てくる。これも新規丈量が行われておらず、明治7年の情報が基礎になっている。和算家によって作られた壬申地券地引絵図が何十年にもわたって利用されたことを学術的に証明できることは、全国的にみても非常に珍しい。近世から近代の地図の連続性と変化を理解できる事例であり論点を整理したい。

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