日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1305
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要旨
社会・自然・技術ネットワークと食料の生産空間
*伊賀 聖屋
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抄録

現代の社会は,互いに異質な存在として捉えられる人間や自然物,科学技術がより複雑に混交する形で構成されるようになっている.たとえばペットの生産現場は,ブリーダーや動物のみならず,蛍光タンパク質や遺伝子組換え技術などが分かちがたく結びつくことで作り上げられている.自然物や技術は,様々な局面で人間の経済実践に接続するようになっており(土橋・上野 2006; 大塚 2006),とりわけ生産の空間を変容させる度合いを強めている. このような中,工業や食料生産,観光といった様々な分野で異なるタイプの生産空間が出現し,それらの総体である生産世界の異質化がより一層進展するようになっている.ここで注目したいのは,「経済活動をめぐって人間・自然・技術が複雑に絡み合う中で,人間の経済的実践がいかに方向づけられ,具体的な生産の空間を生み出していくのか」という点である.このようにハイブリッドな状況における生産空間の生成に焦点を当てることは,現代社会においてそのあり方が問われている人間・自然・技術の関わりを考える上での一助となろう. 本研究が具体的に焦点を当てるのは,食料の生産をめぐる空間である.食料は人間と自然の交差する領域において生み出されるものであり,その生産は自然的プロセスやそれを操作・改変する科学技術と強く結びつけられた経済的実践と捉えることができる.近年,この食料の生産空間は,工業化・グローバル化を背景として自然物や技術が混交することで,より一層多様化・異質化するようになっている.たとえば,野菜・遠隔操作装置・操作者からなる植物工場が砂漠に出現する一方で,地域の自然環境に埋め込まれた有機野菜の生産が再評価されるようになっている. ではそもそも,そのような多様な食料の生産空間の生成をどのように理解したらよいのだろうか.一般に,食料の生産空間は人的アクターの環境解釈や判断,それに基づいて行為を達成する能力(=人間の行為主体性)により構築される(Marsden and Arce 1995; Murdoch 1997).ただし,それらの行為主体性は必ずしも個人の動機や意図や能力に還元できるものではない(土橋・上野 2006).むしろそれは,自然物・技術などの非人間と人間との間に関係的に存在する効果(=ハイブリッドな集合体の能力)であり,あくまで人的アクターが連結された布置連関の状況に応じて生成されるものといえる(Whatmore 1998; カロン 2006; Suchman 1999).というのも,アクターは他アクターとの相互作用の中で定義づけられ,その関係性の中である特定の行為を行うよう仕立てられているためである(Latour 2005; Müller 2015).とりわけ,現代の食のように異種混交性の高い領域においては,自然物や技術などの非人間アクターが人的アクターの行為を予期せぬ方向へ押し進める介在者として積極的に振舞っている(Callon and Law 1997). したがって,特定の食料生産空間の出現メカニズムを理解する上では,当該食料の生産に関わる人的アクターの行為主体性が生み出される過程を問題視する必要がある.つまり,人間の行為主体性を規定する人間・自然・技術のネットワークに着目し,それがアクター間の相互作用(関心調整,動員など)を通じて形成・再編されていく過程を問うことが必要となる. ところが,従来の食料研究は,自然物や技術を人間社会にとっての外部要因(制約もしくは資源)として捉える傾向にあり,食料生産空間の生成に果たしうるそれらの能動性を捨象してきた.従来の研究の多くは,社会-自然,社会-技術といった二分論に立脚したものであり,自然物や技術を「人間の経済行為をあらかじめ決定する不可避の存在」もしくは「それらに先立ち存在する人間により構築されるもの」としてみなしてきたためである.結果として,自然的要素もしくは技術的要素が能動的に行為する場面のみられる食の実践の出現メカニズムや,それらを契機とした生産世界のヘテロ化の過程を十分に理解することができなかった. 以上を踏まえ本研究では,人間・自然・技術的要素のネットワークに着目しながら,具体的な食料生産の空間が生み出されるメカニズムを論じたい.その際,特定の生産空間が,①「食料生産に関わる諸アクター間の結びつきやその形成・再編」,②「それらにより生み出される人間アクターの行為主体性」を通じていかに構築されるのかを重点的に検討する.これらの作業を通じて,現代における人間と自然,技術との関わりについて考えたい.

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