抄録
1.従来の研究および研究目的
従来,江戸の下谷地域に関しては,江戸城下町の成立に基づいた町割と地割,あるいは,都市空間の構造による研究が多くなされてきた。そのなかで,田中(2010)は,明暦大火の前後に作成された「寛永江戸全図」と「明暦江戸大絵図」を歴史地理学手法で比較検討した。寺社地・武家地・町人地の立地移動を示し,江戸の土地利用の変化を明らかにしている。また,陣内
他(1980)の研究では,江戸時代の都市構造をとどめており,下町の典型的な地域として下谷地域を挙げ,その社会組織を建物の利用を類型化して分析を行った。近年までも下谷地域の空間的利用と変化,その関連で下谷地域の居住者や所有権に関して主に研究されていきた。一方,江戸期に刊行された2つの買物案内書に記載されている飲食店を比較し,江戸期の食生活を検討した蟻川(2006)の研究がある。しかし,江戸における一部の業種を取り上げているため,江戸全地域と下谷地域の商業活動と,その比較による地域的特徴は検討していない。従って,従来の研究を踏まえながら,本研究では江戸期の下谷地域の都市空間,その空間で生活する人々の行動の観点から,下谷地域の内部に関する研究を深化させることを目的とする。生活空間としては,商業活動とその立地を示したうえ,商業内容による空間的な特徴を明らかにするともに,当時の人々の消費行動を類推する。さらに,上野山内,上野の北方,下谷池の端と東南部の下谷地域内における空間構造の地域差を比較・検討する。
2.史料の吟味
本研究では,江戸期の下谷地域における商業活動と当時の人々の消費および行楽行動を把握する史料として,蟻川(2006)の同様に,江戸全域にわたる商業活動がわかる『江戸買物独案内』(図1)と,この形式を模倣し,江戸の飲食店の内容がわかる『江戸名物酒飯手引草』(図2)を使用する。また,江戸期の古地図・絵図を補足史料とする。
3.研究方法
『江戸買物独案内』と『江戸名物酒飯手引草』により,江戸期の下谷地域の商店および飲食店のデータ化する。さらに地理情報システム(GIS)を用いて可視化することで,江戸期の下谷地区における商業活動と観光空間の復原をすることを試みる。
参考文献
蟻川トモ子 2006 .『江戸名物酒飯手引草』に見る江戸の食文化圏を『江戸買物独案内』と比較して. 生活文化史(50):88~102.
小谷俊哉・窪田陽一1993.
旧江戸武家地の空間構造の変遷に関する研究. 土木史研究(13):405~411.
加藤由利子1990.
戦前における借地上賃家経営について-東京下谷区のM家の事例-. 青山学院女子短期大学紀要(44):79~93.
田中麻衣・古田悦造2010.明暦大火前後における江戸の土地利用変化.東京学芸大学紀要 人文社会科学系Ⅱ(61):61~77.
陣内秀信・板倉文雄・二瓶正史・森 誠二・局 淳資 1980. ケーススタディ東京-下谷・根岸. 法政大学工学部研究集報(16):127~140.