日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 723
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発表要旨
オーストリア・チロル農山村におけるドイツ人による二地域居住の進展
*山本 充中川 聡史飯嶋 曜子
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抄録

今日、人々の移動は、一日を単位としても、一ヶ月や一年、そして一生においても頻繁となり、かつ、その距離も長くなっている。近年、こうした移動の頻度や距離が増すことをモビリティの増大として把握されている。モビリティの増大は、とりわけヨーロッパにおいて農村をも巻き込み、農村から都市へという移動だけではなく、都市から農村への移動という新たな動きとして現れている。 こうした移動は、週末に一時的に農村を訪れる農村観光から、季節的な訪問である滞在型観光、複数に生活の拠点をおく二地域居住multilocality、そして様々な目的による農村居住に至るシームレスで多様な態様をもつとされる。農村への来訪者が農村にもたらす影響を評価し、かつ農村への来訪を促進する施策を考える上でも、これら多様な移動形態を、移動主体の属性、目的、行動、滞在期間などによって再整理・分類してみることも必要であろう。 本報告は、ヨーロッパにおいて、アルプスに位置しているオーストリア・チロル州を取り上げ、多様な移動の中でも、セカンドハウスを利用した滞在に焦点を当て、どのような属性を有する人々がセカンドハウスをどのように利用しているのか明らかにすることを目的とする。その際、外国からの来訪に着目し、滞在期間や目的・行動から彼らの生活におけるチロル滞在の意義を評価する。
チロル州において、主たる居住地が他にあり副次的に居住しているとする第2居住地登録者は、2000年代に入って年々増加しており、2012年には109,967人となった(チロル人口統計)。このうち49.2%が外国人であり、第2居住地登録者の増加は外国人の増加によるところが大きい。これら外国人の9割以上をEU諸国で占めており、中でもドイツ人が多い。そして、チロルのゲマインデ(市町村)の約4割で、人口当たりの第2居住地登録者が10%を超えており、中には8割を超えるゲマインデも存在する。  これら第2居住地登録者は、就業や就学目的もあるが、主として保養を目的とするものであり、チロル州においては、主たる居住地を外国、とりわけドイツにおき、保養のためにチロル州に拠点をおき、一時的にチロル州に滞在するものが増加しているとみてとれる。
事例地域であるフューゲンベルク村は、シュヴァツ郡に属し、東西に走るイン河谷から南に延びるチラー河谷Zillertalの最下流部に位置する。インスブルックやドイツ・バイエルン州からは高速道路を用いてのアクセスがよい。その村域は、チラー河谷西岸斜面上に広がり、最高部付近で1961年に建設されたホーホフューゲン・スキー場を有する。 1993年の時点で、フューゲンベルク村におけるセカンドハウスは194棟で、そのうちアルム小屋など農業用建物の転用が156棟であった(Knapp, 1995)。2012年現在、フューゲンベルク村における第2居住地登録者は291であり、全人口に占める比率は20.9%である(チロル人口統計)。
   フューゲンベルクにおいて、農業用建物をセカンドハウスへ転用している5世帯、スキー場付近の別荘開発地にセカンドハウスを有する17世帯にアンケート調査、その一部でインタビュー調査を行った。  セカンドハウス利用者の大多数はドイツ人であり、なかでもミュンヘンを始めとするバイエルン州居住者が多い。年齢層は50代、職業としては企業経営者、次いで自由業が多くを占め、月収4000ユーロ以上が多数である。 フューゲンベルクを選択した理由として、美しい景観、冬季スポーツ、散策、居住地への近さが主として挙げられた。彼らのほぼ全てが、休暇期間のみならず、毎月、セカンドハウスを利用しており、利用率は極めて高い。彼らは、スキーや散策、登山、キノコ狩りなどを楽しみ、静かな環境、余暇活動の可能性、山の存在に満足している。 以上、仕事のある日常生活を過ごすバイエルンと多様な娯楽と休息をするチロルと2カ所に軸足を置いたいわゆる二地域居住が行われているとみることができる。
彼ら全てが地元住民と交流をもち、食料など日用品は持参する傾向にあるが、セカンドハウスの修理用品は地元で買うことが多い。また、アルム小屋など農業用建物をセカンドハウスとして利用している人は、建物を自ら改修し質を維持し、かつ高めている。 彼らの存在は、買い物行動を通して、また、賃貸料の支払いを通して経済的効果をもたらすばかりでなく、建物の改修を通して、農村景観の維持・質的向上にも貢献していると考えられる。

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