日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P071
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発表要旨
京阪神大都市圏郊外のA団地における高齢住民のモビリティ問題
*田中 健作
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抄録

1.はじめに  高齢化の進む大都市圏郊外において、住民の生活の質はいかにして保たれるのであろうか。こうした関心から、本報告では京阪神大都市圏郊外を例に、高齢住民のモビリティと日常生活様式との相互関係を検討し、その特質および問題点を明らかにすることを目的とする。 2016年10月に集合住宅型のA団地において、自治会の協力を得てアンケート票を488世帯に配布し、63世帯79人より郵送回答を得た(回収率12.9%)。回答者は男性35人、女性44人、60歳以上は59人(74.7%)であった。2010年国勢調査小地域集計によると当該地区の高齢化率は37%であり、アンケートでは高齢者からの回答を多く得たことになる。アンケート調査後、10世帯(14人分、2016年1月時点)へのインタビュー調査も実施した。   2.A団地住民による生活圏の形成  A団地は兵庫県東部X市の中心部から2~3km離れた丘陵地に1960年代半ばに建設されたものである。大阪・神戸方面にアクセスする最寄りのB駅との距離は2km弱、標高差は約60mである。団地前のバス停からは日中に6本以上の最寄駅行バスが発着し、B駅周辺には複数のスーパーマーケットや飲食店、病院などが集積している。また、B駅から大阪中心部までは約30分、神戸中心部まで約40分である。一方、X 市内中心部との距離も2~3kmであり、A団地は生活利便性の高い居住地区であるといえる。  アンケート結果によると、通勤者の大部分は60代以下であり、主な通勤先は大阪市であった。住民全体の移動回数は、大阪市中心部より神戸市中心部の方がやや多いと推定される。これら主要都市への移動手段はB駅からの電車であった。一方、近隣生活圏に関して生鮮品の買物をみると、大部分がB駅周辺・週1回以上であった。その移動手段は多い順にバス、徒歩、自家用車と続いた。買物頻度の年代間差異は大きくなく、80代でやや低下していた。A団地住民はB駅を中心とした生活圏を形成している。  B駅までの移動に関し、団地内の歩行環境をみると、棟内階段への抵抗感は各年代共通して上層階ほど高く、団地内の坂への抵抗感は高年齢層ほど高かった。なお、階段や坂に抵抗を感じない人は各年代共通して3割程度みられた。駅までの移動手段は、60歳未満では徒歩、自転車、バイク、自家用車、バスの利用が分散していたものの、70代より二輪車、80代より自家用車の利用割合が低下しており、年齢の上昇に伴いバス利用と徒歩に集約されているといえる。 そのもとで自家用車はB駅を核とした基本的な生活圏を拡大させる手段として機能していた。   3.加齢によるモビリティ問題の発生  年齢の上昇に伴う移動手段の集約や住民生活圏の拡大に深く関わる運転免許の有無をみると、60代以下で免許保有者の割合が高かった。免許返納意向割合は50代以下で低かった。日常的に運転をしない人の割合が高い60代は「いずれ返納したい」層が高かった。70代以降は日常的な運転に不安を感じない人が一定数おり、「いずれ返納したい」層の割合も下がったが、「返納した」層の割合は高くなった。免許返納を返納したくない理由には、通勤利用や不便さ回避だけでなく、身分証明書になることも挙げられていた。免許保有すなわち運転継続意思、とは異なるようである。年代によって日常生活における自家用車の役割は異なっている点に留意する必要はあるが、二輪車の利用状況も加味すれば、高齢住民のモビリティの転換期は70代であるとみられる。団地内住民間の送迎サポートはさほど活発ではないため、モビリティの維持・再編に対しては、住民本人および各世帯レベルの対応が問題となる。  そこで、各世帯・個人レベルのモビリティとの日常生活との関係を、モビリティ維持型(①自家用車あり、②自家用車なし)、モビリティ縮小型(③自家用車運転とりやめ)に区分して検討した。歩行能力の低下による影響は、それぞれの類型においてみた。検討の結果、怪我や加齢による歩行能力の低下は住民の外出回数の減少をもたらしていたものの、福祉サービスの利用や家族のサポートによって住民生活は維持されていた。また、モビリティが縮小しても、個人や世帯の活動に投入する時間量は多くあり、その下でバス利用や徒歩を拡大させることにより、基本的な生活圏、日常生活を維持することができていた。しかし、加齢に伴う自家用車運転の取りやめや歩行能力の低下といったモビリティの縮小は、住民の生活の質の低下や団地内における孤立化に少なからず影響を与えていた。

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