日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S203
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発表要旨
新たな手法による棚田の復旧
*吉川 夏樹
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キーワード: 棚田, 復旧, 等高線区画
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抄録

1. はじめに

 中越地震の被災地の復旧にあたり,新潟県は「復興ビジョン」を示し,「創造的復旧」の名のもとに中山間地域の活性化を目指した.被災した中山間地域の経済基盤は農業であるが,平野部と比較して立地条件が不利という特徴をもつ.こうした地域における農地の放棄,荒廃化を抑制するためにも,農地復旧には,作業性・経済性を高める工夫が必要であり,農業の近代化(機械化)へ対応した区画設計が求められていた.それと同時に,美しい棚田の保全という景観への配慮も必要であった.そこで,新潟大学は震災で壊滅的被害を受け原形復旧が困難である地区を対象に農地の区画整理案を提

案した.

2.区画整理案の提案

 案作成にあたり,特に配慮したのは,①営農作業の負担軽減,②圃場管理作業の負担軽減及び作業安全性の確保,③移動土工量の削除,④将来への展望,⑤景観への配慮の5つの項目である.これらの実現のため「平行畦畔型等高線区画」を採用した.この区画整理手法の重要な特徴として,区画の幅が一定,長短辺比が大きい,農作業に支障のない屈折部角度などが挙げらる.この手法を用いると,少し曲がった細長い区画になるが,平場の区画と同等の作業効率を確保することができ,従来の棚田の弱点を克服することができる.また,地形に沿って設計されるため,区画間の法面面積や段差を縮小することができ,管理作業の負担軽減や作業の安全性確保にも繋がる.

 この案を提案するにあたって,GIS(地理情報システム)を用いた設計手法を開発した.本手法の開発によって,簡便に地形の複雑な中山間地域における設計が可能になっただけではなく,より効果的で説得力のある提案ができるようになった.

3.中越地震被災地への手法の適用

 中越地震で深刻な被害があった山古志地区の農地への適用を目指し,設計案を作成した.2006年10⽉に対象⼯区の関係権利者を対象とした区画整理案の説明会を開催した。しかし、筆者らが提案した時点では、既に換地計画案が⽰されており,この段階での⼤幅な計画変更はできず,採⽤には⾄らなかった.

4.長野県北部地震被災地における手法の適用

 この中越地震での経験は,2011年3 月12日に発生した長野県北部地震で生かされた.本地震によって新潟県十日町市(旧松代町)の「清水の棚田」で大規模な地すべりが生じ,災害関連緊急地すべり対策事業および農地の災害復旧事業が実施された.本地区の農地および周辺の地形が大きく破壊されていたことに加え,全国的な景勝地として知られた棚田であったことから,被災農地を個別に原型復旧するのではなく,区画形質の変更を伴う被災農地全体を単位とした災害復旧が計画された.また,十日町市等より観光資源保全の観点から,区画形状等,棚田景観に配慮した災害復旧計画が求められたため,新潟大学に平行畦畔型等高線区画に基づく復旧案作成の検討が要請された.

 設計案作成は迅速性が要求された.地すべりが発覚したのは雪解け後の 4 月に入ってからであった.復旧指針の協議に 2 ヶ月を費やしたことから,新潟大学に原案作成依頼があったのは6月中旬であった.原案作成に与えられたのはわずか2 週間ほどであった.しかし,中越地震で復旧案作成の手続きをマニュアル化していたことが,期限内での対応を可能にした.現地で開催された説明会で復旧案を受益農家を含めた関係者に提示し,そこで得られた意見に基づき微修正を施した後,正式に区画整理案として採用された.

5. おわりに

 新潟大学が作成した原案に基づいて工事が進み,2013 年には復旧が完了した.耕作者からは,かつてと比べて格段に作業効率が向上したといった評価があった.平行畦畔型等高線区画はこれまでの伝統的な棚田景観とは異なるが,中山間地域の農地資源保全のための新たな形としての意義をもつと考える.本手法の更なる普及を期待する.

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