日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 306
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発表要旨
穂高岳、岳沢のモレーン
*小疇 尚佐々木 明彦長谷川 裕彦
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抄録

 はじめに 上高地から正面に仰ぐ奥穂高岳と岳沢圏谷の眺めは、日本で最もよく知られた山岳景観と言ってよいであろう。槍穂高連峰の氷河地形については多くの研究があるが、上高地から全貌が見える岳沢については、氷河地形分布図が発表されているもののモレーンに関する記述はない。そこで空中写真、Google earth 画像、細密地形図、陰影図などの判読と現地調査によって、岳沢圏谷内のモレーンを認定し、圏谷出口に端堆石を見出した。

 岳沢の地形構成 岳沢の地形は穂高連峰の山稜から岳沢谷出口にかけて、1)岩稜・岩壁、2)崖錐、3)谷底の礫堆、4)岳沢河床、5)岳沢谷出口の岩塊地に大きく区分できる。岩の露出する1)岩稜・岩壁は氷蝕によるアレートと圏谷壁で、その下方に分布する堆積地形は、氷河の作用および氷河後退時以降に岩壁からもたらされた岩屑がつくる地形である。

 岳沢圏谷内の堆積地形 2)崖錐は岩壁直下から下方に広がり、岳沢上流の海抜約2200 m以高ではガリーに刻まれている。灌木と草本におおわれていて、活発な形成期は過ぎたとみられる。3)谷底の礫堆は、海抜約2200~1700 mの谷底に伸びる幅最大300 mの細長い紡錘形の堆積地形である。登山道が通る左岸の段丘状地形の崖に、粘土質のマトリックスに充填された径1 m以下の角礫層が現れており、層相からモレーンと判断され、段丘状地形は側堆石と考えられる。岳沢河床右岸側の礫堆では露頭を見出せなかったが、疎らな灌木林中に数m大の岩塊が点在しており、右岸側の側堆石と判断される。左右の側堆石が合する海抜1800~1700 mの舌状部分が端堆石堤で、これと側堆石を合わせて高位堆石と呼ぶ。側堆石の間に伸びる幅数十mの新鮮な河成礫の堆積する部分が4)岳沢河床である。岳沢源頭域では遅くまで雪が残る狭い支谷とその出口の崖錐が下刻されて、岩屑が深さ10m前後、幅数十mの渓床に押し出し、数十㎝大の亜角礫・亜円礫からなる土石流堆群が河床を埋めて、その先端が海抜1800 m付近で端堆石をおおいつつある。

 低位堆石堤 上記の堆積地形は圏谷内に収まっているが、5)岳沢谷出口の岩塊地は岳沢圏谷出口の、海抜1800~1520m、長さ1 ㎞、幅300 mの狭い溝状の谷底を占めている。常緑針葉樹林におおわれて地形が分かりにくいが、図1の陰影図に示すように海抜1800 m付近から下流に伸びる、数本の低い畝を伴う舌状に伸びた岩塊集積地で、上流側の縦縞状起伏のある主部と、半月形の先端部(岳沢ロウブ)に区分できる。

 主部の縦縞状起伏は、左右両岸沿いの礫堆列にカモシカ沢合流部から下流で斜めに伸びる数列の同様礫堆列が重なったように見え、先端が岳沢ロウブに達している(図1)。岳沢ロウブは、谷の出口をふさぐ前縁部の盛り上がった溶岩ロウブ状の地形で、外縁に沿う治山運搬路から径数m大の花崗岩塊が累積しているのが観察できる。ロウブ上の最大の岩塊は長さ17 m、幅12.5 m、高さ12 m、推定重量約6000 tであった。岩塊地の平均傾斜は約12度、うち主部が約14度で上高地周縁の現成沖積錐のそれと大差なく、岳沢ロウブは約4度でそれより緩やかである。以上のような地形の特徴からこれは山体崩壊による単純な岩屑なだれ堆積地形ではなく、元の崩落堆積場所から粘性的流動によって現位置に移動・堆積したものと考えられる。

 この岩塊地の地形は、急速に後退しつつあるアルプスとニュージーランドの氷河末端部の現成氷河堆積地形との比較で次のように考えられる。岳沢ロウブは氷河上に崩落した岩屑が氷河の流動によって半月形に変形した端堆石堤、主部は右岸側のカモシカ沢の崩壊岩屑が氷河をおおって岩石氷河化したもので、両者を含めて低位堆石と呼ぶ。堆石の時代を決定できる資料は得ていないが、表面形態、分布位置、植生からみて圏谷内の高位堆石が涸沢氷期、低位堆石が横尾氷期に対比されると考えられる。

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