日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S405
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発表要旨
地方におけるソーシャルビジネスの実態と起業環境
*石丸 哲史
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抄録

1.日本における新規開業の実態

欧米諸国と比較して,日本の起業の実態にはいくつかの特徴がある。2017年版中小企業白書によると,日本の開業率は2001年から2015年にかけて5%前後と欧米諸国に比べて一貫して非常に低い水準で推移している。また,起業無関心者の割合は,欧米諸国に比べて高い水準であるとされている。「脱サラ」という言葉自体に必ずしも良いイメージがあるとはいえない日本にあっては,起業家=サラリーマン不適格者とみなされ,起業が歓迎されにくい。

2.日本におけるソーシャルビジネスの成長

2015年国連総会にて持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)が設定された。企業はこれに同調し持続可能性を追求することにも目を向け,経団連がSDGsに向けた事業を推進するなど,環境,社会,ガバナンスを志向するESG投資に傾注する企業も多くなってきた。このような持続可能性の追求姿勢はソーシャルビジネスの成長にも影響を与えた。

ソーシャルビジネスとは,社会的課題の解決を目的としてビジネスを展開するものである。SDGs達成への機運もあり,近年脚光を浴びるようになり,様々な主体が参入した。このような社会的課題は全国的にみられることから,そこにビジネスチャンスを見いだし,地方においても社会起業家が登場している。

3.地方におけるソーシャルビジネスの実態

前述のように,高齢化社会への対応や子育て環境の整備などは,全国あまねく対応が求められている社会的課題であり地方においても例外ではない。こういった社会的課題の解決に向かう目的で設立される法人は特定非営利活動法人(以下NPO法人とよぶ)や公益法人が多い。NPO法人は,福祉,環境,まちづくりなどの社会貢献をめざしているため税制上の優遇措置等が付与されているが,非営利活動にかなり限定されている。

営利目的では社会的課題には対処できない,あるいはこういった社会的課題の解決をめざすためには,収益性が見込まれないマーケットに参入すべきとする起業家の意識があるのも事実であるが,現実として規模や範囲においてマーケットが限定的であり収益化(マネタイズ)に限界があるため,地方においてはNPO法人の割合がかなり大きいといえる。

高齢者の介護・支援,子育て支援などのサービス充実への要請が地方ではとりわけ際立っていることから,これらの課題に立ち向かう起業家は,介護ビジネス,保育ビジネス市場に参入する場合が多く,一般的に社会福祉法人の形態をとる場合が多い。社会福祉法人は公益性の高い非営利法人であるため,税制面で優遇され,施設整備や運営費などの補助があることに加え,当該地域における需要が明確に見込めるため起業しやすい。

さらに,指定管理者制度などもあることから,保育園経営や特別養護老人ホームなどの施設を運営することによって行政から発生する需要に応え,「行政の下請け」的役割を担う起業家が少なくない。安定的な経営が維持できるからである。たとえ,社会的課題解決への強い意志があったとしても,マーケットの地域的特性から収益化に向かうことは困難であると考えるからであろう。

4.地方における社会起業家の活動

NPO法人など非営利性や公益性の高い法人形態での活動・活躍にほとんど限られている地方であるとはいえ,事業によっては利益が上げられる社団法人としてあるいは株式会社化して積極的に収益化をめざす社会起業家が存在しないわけではない。一例を挙げる。宮崎県出身の起業家は,福岡県の大学を卒業後,生誕地ではない県内の都市において株式会社を設立し起業した。就労継続支援(非雇用型)や就労移行支援・生活訓練の事業所を開設し,福祉サービスを核に関連業種を含め多方面に事業展開している。このIターン起業家は,延岡市商工会議所など創業支援サービスを受けたが,県外での経験が起業の大きな契機としており,常に域外からビジネスに関する情報を収集している。このように,地域労働市場や地域のマーケットニッチなど,エリアマーケティングに傾注し社会的サービスの空間的需給の洞察力に長けている起業家も存在している。地方だから収益化が困難であると単純には結論づけられない。

ソーシャルビジネスに関しては,生誕地から就業・修学目的で域外に移動し地方に帰還するパターン,大都市圏に生まれ卒業後あるいは一定期間の就労の後地方に移住するパターン,いずれのパターンをとる起業家も存在している。サプライチェーンやサービス需給は域内完結性が高いが,彼らはビジネスに関する情報や知見の獲得を少なからず域外に依存しており,同じビジネスモデルをもつ起業家のネットワークが形成されている。

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© 2019 公益社団法人 日本地理学会
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