日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 819
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発表要旨
千葉県における保育労働力の供給と新規学卒労働市場
*畔蒜 和希
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抄録

東京大都市圏は保育サービスに対するニーズが高く、依然として待機児童問題は耳目を集めている。その一方で、保育を提供する労働力である「保育士」の不足も同様に問題とされ、人材確保は喫緊の課題とされている。しかしながら、地理学では保育サービスの需要側からの研究は蓄積されているものの、サービス供給側の視座に立ち、段階的なキャリアパスと労働市場の構造を捉えた研究は少ない。本研究はこうした状況を踏まえつつ、新たな人材供給という視角から、保育士養成校を卒業し就職を果たした新規学卒者の労働市場への参入過程を明らかにすることを目的とする。
 保育士は資格取得後、各都道府県に保育士登録を行うことが義務付けられているため、対象地域は千葉県をひとつの労働市場の単位として捉えた。県内には20校(計27課程)の保育士養成校が存在し、うち7校に学生の就労動向に関する聞き取り調査を実施した。
 本研究では新規学卒労働市場としての特徴を捉えるため、学生の出身地から保育士養成校を経由して採用に至るまでの就職プロセスに着目し、調査対象のうち3校からは2017年度卒業の学生の出身高校所在地および就職先の所在地に関するデータを取得した。加えて、千葉市の私立保育所に勤務する経験年数3年以内の18人の保育士を対象に、出身地から就職までの地域移動およびその経緯について聞き取り調査を行った。
 一連の調査の結果、保育士養成課程の学生のほとんどは千葉県内の出身であり、かつその多くは自宅から通学可能な範囲の養成校を選択していた。また就職先の選択においても自宅からの通勤および近接性を意識しており、保育士への聞き取りでは18人中13人が自宅から通勤可能な範囲に就職先を選択し、通勤時間は最も短い者は10分程度、長くても1時間以内であった。このように、千葉県では極めてローカルな保育士の新規学卒労働市場が展開されているといえる。ローカルな新規学卒労働市場が形成される背景として、初職先が養成校在学時の実習先であったことや、教員の紹介等が契機となっていたことから、養成校が学生の就職チャンネルかつ地域に人材を輩出するパイプラインとして労働市場に埋め込まれている構造が窺える。さらにこうした養成校は東京大都市圏に2000年以降急増しており、必然的に資格取得機会および就業機会が身近になることが、学生自身の就労志向が自宅を起点としたローカルな傾向と結びついていることも推察される。また養成校3校から取得したデータでは出身地から就職先への移動範囲にも差がみられたことから、必ずしも保育士自身の主体的な選択とは限らず、背後にある家庭の経済的な状況や保育士の低賃金な環境が離家の足かせとなっているといった経済的な要因がローカルな就労志向かつ新規学卒労働市場の形成に影響を与えている可能性も示唆された。

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