日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P088
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発表要旨
戦前期の日本の大都市におけるホワイトカラーの居住地分析資料としての電話帳の利用可能性
*桐村 喬
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抄録

I 研究の背景・目的
職業別の人口構成は,社会経済的状況に基づく居住分化の状況を示す代表的な指標であり,年齢や世帯構成に関する指標などとともに,これまでの居住地域構造研究においても盛んに用いられてきた.しかし,日本の国勢調査に基づく小地域統計において職業別就業者数を把握できるのは1965年以降であり,これ以前に関しては,市などが独自に作成した統計資料が存在しない限り,職業別人口の分布を検討することは困難である.そのような資料が得られない都市や年代においては,様々な資料を組み合わせながら分析することになる.
そこで,本発表では,これまでに用いられてきた国勢調査,失業統計調査に加え,電話帳を用いて戦前期の大都市におけるホワイトカラーの居住地分布を把握することを試み,職業別の居住分化の分析資料としての電話帳の特徴や限界について整理することを目的とする.
II 戦前期の職業分類でのホワイトカラーとその居住地
2009年設定の日本標準職業分類において,一般的にホワイトカラーに相当すると考えられるのは,管理的職業従事者,専門的・技術的職業従事者,事務従事者である.一方,戦前期の国勢調査で用いられた職業分類に関しては,多くの既往研究において,公務自由業が「新中間層」としてホワイトカラーに相当する職業として扱われてきた.ただし,1920年の職業分類は産業分類に近く,公務自由業には民間企業の事務職は含まれていなかった.一方,1925年の国勢調査と同時に実施された失業統計調査では,給料生活者と労働者の区分がなされている.給料生活者の定義は「官吏,公吏,其他俸給給料又は之に準ずる報酬を得て事務又は技術に従事する者」であり,ホワイトカラーに相当すると考えられるが,有業者であっても雇主や月収200円以上の給料生活者は除外されており,管理職を中心とする高給のホワイトカラーは除外されている.
上野(1981)で用いられたのは国勢調査結果であり,1920年の東京市においては,公務自由業有業者が市域西半分の台地上に集住しており,東側の低地にはほとんど居住していなかった.また,大阪市における失業統計調査結果を利用した水内(1982)では,南部の台地上に開発された新しい住宅地だけでなく,都心部にも依然として多くの給料生活者が居住していたことが示されており,東京市とは異なるパターンとなっている.しかし,1925年の失業統計調査結果を確認すれば,東京市の都心部にある日本橋区などにも多くの給料生活者が居住しており,上野(1981)が指摘した周辺部だけでなく,都心部も含めた西側の広い範囲にホワイトカラーが分布していたことになる.
失業統計調査の給料生活者の数値はホワイトカラーの分布を示すデータとして重要であるものの,その後,失業統計調査は実施されておらず,時系列的に連続して把握することはできない.また,小地域単位で集計結果が利用できるのは大阪市や京都市など一部に限られている.
III 電話帳から把握できるホワイトカラーの居住地
電話帳は電話加入者の名簿であり,大都市を中心として時系列的にある程度継続して利用できる資料である.戦前期には職業が記載されていることが多く,職業別に配列された電話帳も刊行されている.戦前期の電話帳からは,会社重役・会社員や官公吏など,ホワイトカラーと考えられる職業別の電話加入者の住所を把握できる.企業や店舗以外での電話の加入率はまだ低く,これらの職業の電話加入者がホワイトカラー全体を示すものと考えることは難しいが,資料が限られている状況下においては,電話帳は一定の意義をもつデータといえる.
1935年の東京市における会社重役・会社員の電話加入者の分布をみると,都心部には少なく,西側にセクター的に広がっている傾向を確認できる.一方,失業統計調査で給料生活者に分類される商店員の分布をみれば,会社重役・会社員と比べて都心部の居住者が相対的に多い.郊外化は進んでいるものの,都心部にもまだ一定数のホワイトカラーが居住していたといえ,失業統計調査の結果や水内(1982)でみられたパターンと対応している.ただし,商店員の電話加入者数は会社重役・会社員と比べて非常に少なく,電話加入率が低いものと考えられることから,都心部のホワイトカラーの絶対数や規模を推測することは難しい.
東京に関しては,日本商工通信社が職業別の電話帳をおおむね年1回刊行しており,公共図書館には1920年代前半から1930年代後半までの資料が所蔵されている.また,大阪など他の都市に関しても職業が記載された電話帳が刊行されており,これらを活用すれば,都市間の比較も可能である.他のホワイトカラーに関する電話加入者のデータベース化を進めれば,戦前期のホワイトカラーの居住地分布の全体像の把握に近づくことができよう.

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