日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S214
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発表要旨
「地理総合」における自然地理と防災
*鈴木 康弘
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抄録

1. 本発表の目的

 これまで日本学術会議地理教育分科会や地理学会地理教育専門委員会や災害対応委員会は、2022年度から大きく改革される高校地理教育にどのように臨むべきかを検討してきた。筆者は2017年に日本学術会議から発出された提言「持続可能な社会づくりに向けた地理教育の充実」の取りまとめに関与した。その中で、学会や関係省庁へ緊急的な提言しているが、課題解決を急ぐ必要がある。

 本発表は、主に自然地理および防災教育の具体的内容、指導方針および留意点について議論することにある。またシンポジウムの趣旨により、「現場となる初等・中等教育だけでなく、教員養成を担う大学教育や関係省庁が取り組むべき様々な課題を整理し、新しい地理教育を今どのように推進すべきかを提案する」ことを念頭に置く。なお発表当日は、第二部:「地理総合」と防災:何をどう教えるか?」(主担当:災害対応委員会)の議論の結果を踏まえる。



2. 提言「持続可能な社会づくりに向けた地理教育の充実」の内容

 日本学術会議は以下の5点を提言した。(1) 「持続可能な社会づくり」に向けた解決すべき課題の明確化、(2) 「持続可能な社会づくり」に資する地理教育の内容充実、(3) 「持続可能な社会づくり」に向けた地理教育を支えるための体制整備、(4) 「持続可能な社会づくり」に向けた学校教育・教員養成を支える大学教育の充実、(5) 「持続可能な社会づくり」を支える地理教育の社会実装。

 現状を批判的に見れば、「持続可能な社会づくり」とはいうものの、社会的軋轢から問題の所在を明確に指摘しづらい風潮がある。そのような状況の中でどのように教育を保障するか。例えば学習指導要領は地球的課題の解決について、「・・複数の立場や意見があることに留意すること。・・産業などの経済活動との調和のとれた取組が重要」としているが、重要なことは立場ではなく価値観であり、また経済活動のみでなく伝統や文化が尊重されるべきではないか。これは教育方針に直結する問題であり、早急にオープンな議論が求められる。また教員育成において大学教育にも深く関わる。



3. 「地理総合」における自然地理の課題は何か

(1)防災教育の一部ではない

 新指導要領ではC(1)「自然環境と防災」として、防災と自然地理がセットで取り上げられているが、「自然地理はここで教える」と短絡的に理解することは以下の2つの理由で適切ではない。第一に、災害に関連する自然地理はネガティブな極端現象であり、人間の営みと関係する平常の自然環境を扱いづらい。また「災禍」が強調され、「恵み」を確認できない。B(1)の基礎として自然の恵みの地域性を学習させる必要がある。また突発災害のみでなく、B(2)においては徐々に進行する自然環境変動とその影響を科学的裏付けを含めて扱うべきで、教科書の章立てに明示される必要がある。自然地理が「持続可能な社会づくり」へ貢献するには、自然と人間(地域社会)の関係を多面的に捉える教育が重要である。

(2)「統合自然地理学」的扱い

 必須の「地理総合」は、生徒の学習意欲の高低にかかわらず、全員に地理的素養を教授しなければならない。そのため、①「地形」「気候」「植生」といった系統的扱いではなくそれらの統合(岩田、2018)として扱う。②教科書の記述も大→小スケールではなく、具体例から地域規模→世界規模へと視野を広げる(大地形や気候区分の詳細は「地理探究」へ譲る?)。③自然現象そのものから教えるのではなく、結果から見る(例えば地震はマグニチュードからではなく震度から)。以上の取り扱いは理科と大きく異なる。なお、「地理総合」で身近な現象から地球規模現象への有機的つながりを実感させることにより、「地理探究」の要素分析的学習が活きる。

(3)大学の入試問題における扱い

 「地理総合」と「地理探究」は従来の「地理A」「地理B」とは構造的に異なるため、今後は「地理探究」のみを入試科目として指定することがないように文科省ならびに全国の大学に呼びかける必要がある。これは自然地理に限ることではない。狭義の「地理探究」のみでは、例えばGISも防災もSDGsも無関係と誤解され、「地理総合」必修化の意義が薄れる。「地理探究」の教科書において、「地理総合」の重要項目が記述されることも重要(解説には注意書き有り)。

 また、防災や地球的課題について、「よりよい社会の実現を視野にそこで見られる課題を主体的に追究、解決しようとする態度を養う」という教育目標に留意した出題配慮が強く求められる。これは現状の大学の自然地理研究者が必ずしも得意としていない。地理学界内の分野連携で補うとともに、これからの地理教育に必要な素養を有する大学の自然地理研究者の育成も課題である。

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