主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
研究の背景と目的
全国各地の内湾では,漁業者や養殖漁業者,遊漁船業者が操業している.これらの漁業者や遊漁船業者,さらには釣り客といった観光客を含めて,津波が発生した場合には素早く避難を行う必要がある.海上における津波避難行動には,津波の影響を受けない十分な水深まで船を移動させる沖出しと最寄りの漁港などを目指す陸上への避難という選択肢がある.沖出し・陸上への避難のどちらの選択肢においても,海上での津波避難行動にとって海上浮体構造物が障害となることが考えられる.
以上を踏まえ,本研究は三重県度会郡南伊勢町古和浦を対象地域に,海上浮体構造物が海上からの津波避難に与える影響について検討することを目的とする.南海トラフ想定の津波においては,想定される津波到達時間が非常に短く,沖出しが難しい海域も存在する(小池ほか2017).そのため,本研究では海上から陸上へ避難した場合を想定して分析する.具体的には,GPSを用いて船の上から海上浮体構造物の位置情報を収集し,地図上に海上利用状況について示し,海上から津波避難した場合に障害となる海上浮体構造物について明らかにする.
研究対象地域および調査方法
本研究は,三重県南伊勢町古和浦を対象地域とする.南伊勢町は,海岸線延長245.6㎞におよび,南海トラフ巨大地震による甚大な津波被害が想定されている.最大津波高22m,平均津波高12m,津波到達時間最短8分と予測されている(内閣府2012).
2018年6月30日に遊漁業船2艘に乗船し,古和浦の海上利用調査を実施した.各船にはGPSを搭載し,船の軌跡の情報を取得するとともに,海上の利用についてGPS付カメラやスマートフォンで位置情報付きの写真を撮影した.また調査員は印刷した国土地理院の地理院地図を用意し,船の上から海上浮体構造物の位置とその内容についても記録した.次に,国土地理院の地理院地図を用いて,得られた海上浮体構造物の情報を基に地図化した.その際に,国土地理院の地理院地図の空中写真も海上浮体構造物の位置の参考として利用した.
結果
古和浦における海上浮体構造物の位置を図1に示す.古和浦湾における海上浮体構造物は,釣り筏(57基),釣り堀(6基),作業用筏(13基),養殖場(16基),生け簀(1基),廃筏(12基),渡船場(17基)であった.湾内の広い範囲に海上浮体構造物が分布しているが,多くが海岸沿いに立地していることがわかった.廃筏については,古和浦の東側海岸に集中しており,破れた網や壊れた浮等のゴミが筏に載せられている事例もみられた.こうした廃筏は流されないように固定されているものの,筏自体の劣化もあり,固定しているロープが破損し,海上からの避難時に船の妨げになる可能性が考えられる.釣り筏や釣り堀については,釣り客といった観光客が使用していることが考えられ,場所によっては岸から遠いため自力での上陸が困難なものもある.また養殖場,定置網,生け簀は湾の中程に位置しており,移動には時間がかかるため,津波発生時には急いで陸を目指す必要がある.
以上より,海上浮体構造物は,①要救助者がいる可能性があるもの,②漁業関連施設として管理されているもの,③避難ルートの障害になるもの,の大きく3つに分類することができた.これまで津波避難ルートについては,多くが海上浮体構造物を考慮せずに検討されてきたが,海上浮体構造物が津波避難に与える影響を無視することはできず,海上浮体構造物を考慮した海上からの津波避難ルートを再検討する必要がある.海上浮体構造物の現状を把握することで,津波避難ルートをより実情に沿うように検討することが可能となる.
参考文献
小池則満・森田匡俊・服部亜由未・岩見麻子・倉橋奨2017.海上津波避難マップ作成を通じた漁船の避難方法に関する
実践研究〜三重県南伊勢町を事例として〜.土木学会論文集D3(土木計画学)73(5): I_45-I_55.
内閣府2012.南海トラフの巨大地震に関する津波高,浸水域,被害想定の公表について.http://www.bousai.go.jp/
jishin/ nankai/nankaitrough_info.html(最終閲覧日2019年1月15日)