日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 731
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発表要旨
スペイン・カタルーニャ自治州のランドスケープ政策
―ランドスケープへの関心と政策の地理学的基盤―
*竹中 克行
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抄録

1.カタルーニャ自治州のランドスケープ政策

 スペインにおいて,ランドスケープとの関わりが深い環境,文化,地域計画などの政策領域は,原則的に全国17の自治州の管轄下に置かれている。国の統一的なランドスケープ法は存在せず,ランドスケープ政策の展開は,制度と実践の両面で自治州ごとに大きく異なっている。とりわけ活発な取組みがみられる自治州のうち,アンダルシア自治州を対象に実施した調査研究の成果(竹中,2019)をふまえて,本報告では,カタルーニャ自治州のランドスケープ政策に焦点を当てる。

 カタルーニャ自治州は,欧州評議会による欧州ランドスケープ条約(以下「ELC」)の採択を受けて,ELCの原則を取り込んだ自治州法をスペイン政府による条約批准に先立つ2005年に制定した(齊藤,2011)。また,ランドスケープ政策の制度づくりと実践過程では,地理学の深い関わりが認められる。そうした特徴をもつカタルーニャ自治州について,本報告では,ランドスケープへの社会的関心および地理学の政策的貢献の両面から検討したうえで,ランドスケープ政策の地理学的基盤について考えたい。報告内容の中心をなすのは,2019年9月に実施した現地調査である。

2.ランドスケープへの社会的関心

 カタルーニャにおけるランドスケープへの社会的関心は,地域(territori)に対する知識欲を熱源の一つとする市民運動の展開と結びついている。とりわけ,19世紀末以降の巡検運動(excursionisme)は,スポーツ振興ではなく文化運動として,地理的知識の蓄積に大きく貢献した。近年の独立運動を通じて日本でも知られるカタルーニャ・ナショナリズムは,しばしば言語ナショナリズムに矮小化したかたちで紹介されるが,同時に,カタルーニャという土地とその風景に対する貪欲な関心と鋭敏な感性に突き動かされきたことを見逃すことはできない。

 ランドスケープへの市民社会の広範な関わりを理解するには,地域紛争,とりわけ土地利用権や風景への価値づけをめぐって提起される争いを注視するのが有効である。特筆すべき事例としては,スペイン内戦に関わる数多くの戦跡を擁するテラ・アルタ郡での風力発電開発への反対運動,かつてブドウ栽培・ワイン醸造地域として知られたコスタ・ブラバにおける観光開発への異議申し立てなどがあげられる。カタルーニャに関して強調すべきは,地域変容の規模やスピードそのものよりも,それに対する市民社会の応答の力強さである。

3.ランドスケープ政策への地理学の関わり

 カタルーニャ自治州におけるランドスケープ政策への地理学の関わりは,地域計画(ordenació del territori)を基軸とする公共政策立案への貢献と,ランドスケープを関心事とする市民運動への直接・間接の参加という大きく2つの側面を有する。政策立案を支える制度づくりの面では,2000年代の左翼系州政権の時代に自治州地域計画担当長官を務めたネッル(Oriol Nel·lo),自治州の外郭団体として2004年に設置されたランドスケープ観測院(Observatori del Paisatge)の所長を長年務めたヌゲ(Joan Nogué)という2人の地理学者の役割が特筆される。

 自治州の地域計画に組み込まれるランドスケープの質目標は,観測院が公刊するランドスケープ・カタログの中で提案される。その作成過程では,大学のアカデミック地理のみならず,カタルーニャ地理専門家協会(Col·legi de Geògrafs de Catalunya)に組織されている職業地理の専門家が活躍する。職業地理のランドスケープへの関わりは,とりわけ市民運動への支援・協力の領域で重要となる。先述の例でいえば,テラ・アルタ郡における風力発電計画に反対する市民運動では,地理学コンサルタントのサラディエ(Sergi Saladié)が鑑定書の作成などを通じて全面的な支援を行っている。

4.ランドスケープ政策の地理学的基盤

 カタルーニャ自治州において,ランドスケープ政策に地理学が重要な役割を果たしてきたことには,建築学などの工学系分野が得意とする視覚的形象ではなく,自然環境を基盤とする土地利用の履歴や人間の意味づけを基本に置くという,ランドスケープへの理解のあり方が深く関わっている。環境(生態系)の保全や文化財(文化的景観)の保護など,多様な切り口があるなかで,地域計画を主軸に据えるカタルーニャのランドスケープ政策は,地域(area/territori)としてランドスケープを定義するELCの考え方と重なる部分が多い。

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