日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 341
会議情報

広島アジア競技大会のレガシー:スポーツイベントボランティア
*和田 崇
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.研究目的

 本研究は,広島アジア競技大会の開催をきっかけに創設された広島市スポーツイベントボランティアの展開過程と効果などを明らかにすることにより,スポーツイベントのレガシー研究の一助とすることを目的とする.

2.スポーツイベントとボランティア

 地理学では近年,欧米諸国を中心に国際スポーツイベントのレガシーに関する研究が活発化している.そこでは,経済的/社会的,ポジティブ/ネガティブ,ハード/ソフト,短期/長期など,さまざまな分析視点が示されるとともに,五輪開催都市を中心に実態報告がなされてきたが,イベント開催を契機としたスポーツ人材の育成・確保やスポーツを支える仕組みに関する報告はほとんどみられない.

 本研究が取り上げるスポーツボランティアは,スポーツを支える仕組みの象徴といえるものである.日本では,1985年のユニバーシアード神戸大会,1994年の広島アジア競技大会,1995年のユニバーシアード福岡大会でそれぞれ1万人前後のボランティアが大会運営に関わり,さらに1997年9月の保健体育審議会答申「スポーツへの多様な関わり方」を受けて,スポーツボランティアが各地で導入されるようになった.

 日本の地理学では,1970年代からの住民運動・市民活動に関する研究を経て,1990年代からボランティアやNPOに関する研究が行われてきた.このうちボランティア研究について,前田(2011)は担い手をとりまく社会的・地域的文脈,担い手にとっての活動の場所・内容の意味,活動の場所・内容の変容が地理学的研究課題であるといい,また近年は観光ボランティアガイドの実証研究が活発化し,その仕組みや機能,参加動機,効果などが明らかにされつつある.

以上を踏まえて本研究は,広島アジア競技大会のレガシーの一つといえる広島市スポーツイベントボランティアについて,前田(2011)の示す三つの分析視点にもとづき,その仕組みや機能,参加動機,効果などを検討する.

3.広島市スポーツイベントボランティア

 1994年の広島アジア競技大会には延べ約30万の人員が運営に携わったが,その6割にあたる約18万はボランティアであった(広島アジア競技大会組織委員会 1996).その内訳は,約10万が競技運営委員,約8万が通訳や運転,端末操作,その他一般業務の要員である.

この経験を通じて,大会後には広島市民のスポーツイベントボランティアへの関心やニーズが高まったことから,広島市スポーツ事業団(現広島市スポーツ協会)は,1998年度から「これからのスポーツの振興のあり方」について調査研究を行い,「支える」スポーツを振興の柱の一つに据えるとともに,1998年度にバレーボール国際大会に公募ボランティアを派遣,2000年度には公募ボランティアをJリーグの試合運営補助要員として派遣した.2001年度からは「スポーツイベントボランティア育成事業」(広島市委託事業)として制度を確立し,2007年度以降は広島市スポーツ協会の自主事業(「スポーツイベントボランティア登録派遣事業」)として継続実施している.また2007年度からは,登録ボランティアを広島東洋カープ主催試合の運営補助要員として派遣している.

 ボランティアの登録人数は2000年度の166人から2019年度には388人へ,派遣回数は同じく21回から113回へ,延べ活動人数は同じく778人から3,485人へと増加しており,制度の定着と参加者の拡大がみられる.さらに2018年度からは,リーダー制を導入したり,運営委員会や専門部会を設置したりするなど,登録ボランティアによる主体的な活動を推進している.

 こうしたボランティア登録派遣制度の創設と定着は,1980-1990年代に国際スポーツイベントを開催した他都市にはみられない広島市独自のレガシーである.学会当日には,登録ボランティアを対象に実施したアンケート調査結果をもとに,こうしたレガシーを生み出した広島市の社会的・地域的文脈,登録者にとっての当該制度の意味についての考察結果を報告する.

著者関連情報
© 2022 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top