はじめに/研究目的・方法 長野県諏訪湖では冬季に湖水が結氷しその氷が鞍状に隆起する御神渡りと呼ばれる現象が見られ、その記録が580年にわたり現存している(石黒2001)。この記録には湖の結氷期日も含まれており、藤原・荒川によってデータベース化され(Arakawa 1954)その記録が長期的な日本中部の冬季の気候を復元できる資料として広く活用されてきた(Gray1974など)。表1:御神渡り記録の出典と期間表2:諏訪湖御神渡りデータベース暫定版の抜粋 しかしこれらのデータは複数の出典に分かれており(表1)、出典ごとに記載されている内容が異なる。そのため演者らはこのデータを均質的なデータとして全期間にわたって使用することは問題と考えている。出典毎にそれぞれ、観測・記録した団体が別々のものであったり、2次資料としてまとめられているものもある。表1に示した出典のうち1、2は諏訪史料叢書9に活字化されて残されているが、同時代には9に掲載されていない資料もある。活字化されていないものについては原本にあたる必要があるが、現在ではその原本が焼失などで所在不明なものもある。また、気候復元に広く活用されている表1の6は、データ編纂当時に入手できうる記録を全て統合してデータベース化されたものであり、このデータベースでは、それら1つ1つのデータがどの出典によるものかが明記されていない。そこで演者らは、活字化されていない資料も含めて、現存する原本を全て確認し、あらためて全てのデータの出典を明記する形でデータベースを作成した。
2. 結果:データの出典による違い データベースは1444年から2024年までで作成されているが、その中で特徴的な3つの時期のデータを表2に示す。表2a)1444-1682年は当社神幸記が出典の中心である。この文書は毎年の御神渡りの報告書を編纂しまとめたものであり、この編纂文書以外に大祝(諏訪大社の現人神で御神渡り記録の報告を受ける立場でもあり、奉行所に報告する立場でもあった)の日記に記録が掲載されている年もある。b)1683年からは記録の内容が大きく変わり、結氷日や御神渡り日が記載されていないが御神渡りの走向を確認した/御神渡りを外記太夫(諏訪大社の神官)に報告した日付のみが掲載されている。ただし同年の大祝日記に当社神幸記と同じフォーマットで結氷日・御神渡り日・報告日が掲載されている年もある(c)。記載内容が違うということは別々の観測が行われていた可能性が考えられるが、この時の大祝日記に記載されている情報の元となる観測体制がどうなっていたのかは記録がないため不明である。