主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2024/09/14 - 2024/09/21
Ⅰ. はじめに
Milankovitch(1920):Théorie Mathématique des Phénomėnes Thermiques Produits par la Radiation Solaireは,地表面温度日変化から第四紀気温変動まで惑星表面温度を幅広く取扱っているが, Hays et al.(1976)による再評価以降は,もっぱら第四紀氷期・間氷期の日射曲線に偏って論評されている.この度,我が国の微気象学・一般気象学におけるMilankovitch(1920)の取扱について検討したので,その結果の概要を報告する.
Ⅱ.ミランコビッチ理論の概要
太陽の高度角,赤緯,時角が既知の時の緯度の地点における瞬間大気外全天日射量(以下,太陽高度角公式と記す)はMilankovitch(1920)eq.18により表わされる.
Milankovitch(1920)Fig.16は, 太陽高度角公式を拡散方程式の外力項として用いて,春分の日の赤道における地表面温度日変化を解析的に求めた.積分変数を時角太陽黄経に日出時角から日没時角まで積分すると日積算大気外日射量はMilankovitch(1920) eq.30となる.任意の時代の軌道離心率軌道傾斜角および近日点太陽黄経の値から具体的なMilankovitch(1920)eq.30 の値を求めることが出来る.
Ⅲ.我が国の気象学・気候学の教科書における太陽高度角公式やミランコビッチ理論の取扱
初期の農業気象学教科書 中川源三郎(1899):『農業氣象學』は太陽高度角公式を示さずデビスの日平均日射量子午線黄経分布図を引用表記無しで掲載している. 初期の気象学教科書 馬場信倫(1900):『氣象學』は「太陽ハ明カニ地球表面上ノ熱ノ支配者タルコトヲ證スル二足ル(中略)熱ノ本源ハ太陽に帰スルノ説ハ素ヨリ疑ヲ容ルベカラズ」と記しているが太陽高度角公式や日射量子午線黄経分布に関する記載は無い. 初期の気候学教科書 中川源三郎(1916):『日本氣候學』は「太陽熱の為に支配せられるべき氣候を天體氣候又は數理氣候と稱す」と定義し,太陽高度角公式を示さずにデビスの図やMeech(1856)の計算結果に言及しているが,引用表記は無い.
Milankovitch(1920)以降の岡田武松(1935):『氣象學(改訂版)下巻』は巻末の数理解説においてMilankovitch(1920)eq.18, 30を明示し,緯度10度帯毎の月別全天日射量の計算結果を示しているが,引用表記は無い.福井英一郎(1938):『氣候學』はMilankovitch (1920,1930)にも言及しながらMilankovitch(1920) eq.18,30を比較的詳細に説明しているものの,引用表記が不十分なため,Milankovitch(1920)eq.18,30の総てがMilankovitch(1920)の功績であるようには読み取り難い.正野重方(1953,1960):『氣象力學序説』,『気象力学』は式(1)を示すことなく,八鍬利助(1961):『農業物理学』は式(1) (2)を明示したうえで,ともにMilankovitch(1930)の計算結果とその子午線黄経分布図を引用している.現在の気象・気候学徒に最もよく読まれている小倉義光(1978,1999):『一般気象学』,『一般気象学[改訂版]』は式(1)に関して比較的詳細に説明しているが引用表記は無く,孫引のList(1951),曾孫引のWallence and Hobbs(1977)経由でMilankovitch(1930)の図を玄孫引している.
岡田(1935)・福井(1938)以外はMilankovitch(1920)に関する記載が少なく,記載・引用がある場合は子午線黄経分布に限定され日変化への言及は無い.気候変動における重要研究者として周知されているMilankovitchによる太陽高度角公式や微気象への貢献を積極的に教育すれば,履修者の興味・関心を高め気象・気候教育に資することが期待される.