主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2024/09/14 - 2024/09/21
日本の温泉地は,戦後の高度経済成長期に大規模化・画一化が進み,観光地として発展したものの,オイルショック以降低迷に直面した(山村 1998).近年では,温泉地の現状と課題を踏まえつつ,高齢化の進展やワークライフバランスの確保といった社会情勢に照らして温泉地の役割が見直され,現代のライフスタイルにあった温泉地の過ごし方・楽しみ方である「新・湯治」が提起され,その実現に向けた取り組みが求められている(自然等の地域資源等を活かした温泉地の活性化に関する有識者会議 2017).
戦後日本において,多くの温泉地が歓楽街化する中で,独自の展開をみせた温泉地の1つが長野県鹿教湯温泉であろう.鹿教湯温泉集落の形成・発展を詳細に明らかにした山村(1976)によれば,交通条件の改善を背景に療養温泉地が観光地化する中で,鹿教湯温泉は長野県厚生農業協同組合連合会が開設した鹿教湯温泉療養所の立地を契機として,歓楽街化が進まず,全国屈指の療養温泉地として成長してきた.
その後,バブル経済の崩壊,インバウンドの推進,コロナ禍といった社会・経済の変化の中で,山村(1976)が描いた鹿教湯温泉集落はどのように変化したのか.本発表では,鹿教湯温泉の変容を明らかにするために行った土地利用調査の結果を報告する.
鹿教湯温泉は,大塩温泉,霊泉寺温泉とあわせて丸子温泉郷を構成している.1956年当時,内村温泉郷として国民保養温泉地に,1981年に国民保健温泉地に指定され,保養・保健・療養という温泉の特性を活かした健康の里づくりが取り組まれてきた(環境省 2023).
鹿教湯温泉の宿泊者数の動向をみると,1970年代にはピークとなる約39.8万人の宿泊客が訪れ,1980年代半ばから1990年代初頭まで34万人前後の宿泊者数で推移していた.バブル経済崩壊後に減少に転じ,2000年代後半から2010年代にかけて概ね12~13万人台で推移した.コロナ禍では5~6万人台まで落ち込んだものの,直近の2023年度は9.6万人にまで回復している.しかし,ピーク時と比較すると約4分の1の水準に過ぎない.
鹿教湯温泉が療養温泉地として成長する上で重要な役割を果たした集団保養事業に関しては,1970年代に10,000人を超える参加者数を誇ったものの,1980年代に入り徐々に減少し,2014年度をもって終了した.
鹿教湯温泉の土地利用調査は2024年5月5~6日に,ゼンリンの住宅地図を参照しながら実施した.山村(1976)の図に照らして,以下の点が明らかになった.
第1に,鹿教湯温泉に立地する旅館数の減少である.共同浴場に通じる湯端通り沿いに位置する伝統的な旅館集団のみならず,戦後に参入した農家旅館が撤退するケースが確認された.撤退した旅館に関して,建物が残存している一方で,更地になったケースも確認され,空洞化が進んでいるといえる.なお,同地に旅館があっても,その経営主体が変化しているケースが確認された.
第2に,商店,飲食店数の減少である.鹿教湯温泉は療養温泉地として発展したため,旅館以外の観光産業の立地は限定的であった(山村 1976).調査時点では,飲食店や土産物店などの淘汰が進み,その立地は数えるほどしか確認されなかった.その中で,比較的最近に建物のリニューアル,新規出店が行われたケースが確認されたことから,宿泊者数の減少を背景に鹿教湯温泉の観光産業が縮小しつつ,温泉地としての魅力を創出・更新する動きが進んでいるといえる.
第3に,行政が設置する観光関連施設の整備である.国民宿舎「鹿月荘」が現在地に移転しており,そこに隣接して「クアハウスかけゆ」が整備されている.また「鹿月荘」の跡地には,鹿教湯温泉交流センターが設置されている.
第4に,鹿教湯病院の機能拡充である.2023年秋に鹿教湯病院では新病棟が竣工し,三才山病院の機能が集約されている.したがって,鹿教湯温泉において当該病院の位置づけがより高まったといえる.
第5に,駐車場としての土地利用の増加である.とりわけ,鹿教湯病院の駐車場が多く,病院利用者向けのみならず職員向けの駐車場が多くみられた.これには鹿教湯病院の病床の拡大や職員数の増加,また域外からの通勤者が増加していることが背景として考えられる.
【参考文献】
環境省 2023.『丸子温泉郷国民保養温泉地計画書』.
自然等の地域資源を活かした温泉地の活性化に関する有識者会議 2017.『自然等の地域資源を活かした温泉地の活性化に向けた提言~「新・湯治 -ONSEN stay」の推進~』.
山村順次 1976.長野県鹿教湯療養温泉集落の形成と構造. 『地理学評論』49:699-713.
山村順次 1998.『新版 日本の温泉地―その発達・現状とあり方―』日本温泉協会.