主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2025/09/20 - 2025/09/22
1.はじめに
2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震(M6.7)は厚真川流域を中心とした東西約 20 km,南北約 20 kmに亘る地域に斜面崩壊を発生させた.この斜面崩壊による侵食と斜面から移動した大量の崩壊土砂による斜面脚部や谷底面の埋積は流域の地形を大きく変化させ,斜面は広範囲に亘って裸地化した.裸地化した斜面では,夏季の降雨流出によってガリー侵食が発生し,初冬及び初春の霜柱クリープによって面的な侵食(土砂移動)が起こっていることが観察された.ガリーは水系の先端であり斜面と水系を繋げる(connect) 一つの特異的な地形であるため,斜面上での両侵食プロセスの関係を理解することは意味深い.また,霜柱クリープは裸地斜面での植生回復が数年経ってもあまり進まない主要な要因である可能性が高く,その実態把握は北海道など寒冷地において斜面崩壊で荒廃した斜面を復旧する際の中核的な課題と言えるであろう.本報告では,北海道胆振東部地震による斜面崩壊で裸地化した斜面での霜柱クリープに関するモニタリング結果を示し,ガリー侵食に関するモニタリングについても予察データを併せて紹介する.そしてそれらの知見を基に北海道の環境下での斜面から水系への一つの土砂流出プロセスについて議論する.
2.調査対象地及び調査方法
調査対象地とした厚真川水系東和川は,比高 209 m,流域面積 4.88 km2,平均傾斜 21.3⁰(標準偏差 11.2⁰)の流域で,その基盤は新第三系の堆積岩である.この東和川流域の南斜面と北斜面(共に傾斜約25度)に 2 m x 2 m のコドラートを設定して,地温と土壌水分を観測し,トレイルカメラを用いて地表面を時系列に撮影した.また,土層クリープについて調べるためコドラート下端に鉛直穴を掘り珪砂を流し込んだ.ガリーに関しては南斜面中部に設けた簡易な土砂トラップに溜まった土砂量を現地調査時に計測し,その土砂流入の状況をトレイルカメラで撮影した.
3.結果
(1) 霜柱クリープ
2024年11月~2025年3月における南斜面コドラートのトレイルカメラ画像分析の結果,霜柱凍上による移動 (frost creep) と霜柱融解による移動 (gelifluction) によって,土砂粒子が一晩で斜面下方へ 12 cm 移動した例があることが分かった.また,地面に差し込んだ木杭や塩ビ管が凍結凍上で地面へ抜け,霜柱クリープによってそれぞれ81日間,77日間に斜面下方へ共に 200 cm 移動した.南斜面コドラート下端の珪砂穴を掘り返して観察したところ,霜柱クリープの深度は2~3 cm 程度であると見られた.地温は深度方向に漸増し,地下 5 cm の温度は厳冬期でも 0˚C 以上であって氷点下にはならず,この地温データは霜柱が発生する土層は地下5 cm 以浅であったことを支持する.気温と地温のデータ及びトレイルカメラ画像を総合すると,霜柱クリープは南斜面では初冬から初春にかけて2.5ヶ月~3ヶ月間断続的に発生するが,より冷涼な環境にあり初春季に積雪が残る北斜面では初冬季の3~4週間のみ発生すると見られる.
(2) ガリー侵食
2024年8月から11月にかけて3期間のトラップへの土砂流入量が計測された.8月27日の豪雨では大規模なガリー侵食が起こって土砂がトラップから溢れたが,他の2期間はトラップ容量範囲内であり,そのうち1期間は水位がトラップ上面に達しておらず流出土砂捕捉率は低くないと考えられる.
4.考察
裸地斜面での霜柱クリープによる移動土砂は,斜面上に凹地があればその凹地を埋積する.裸地斜面に形成されている無数のガリーは初春季までに霜柱クリープで移動した細粒土砂で埋められ,ガリーを埋めた細粒土砂は初春季以降の降雨流出でガリー内に発生する流水によって侵食され,水系へ運搬される.この一連のプロセスは東和川流域において斜面と水系を結ぶ土砂移動ルートとして重要であると考えられる.また,霜柱クリープが裸地における植生回復(幼樹の活着)を阻害していることが強く示唆された.