本研究は、1975年から2014年における日本の技術革新の空間的動態を分析し、技術分野ごとの集中度と共立地パターンを明らかにすることを目的とする。特に、地域イノベーション政策の導入による技術分野間の知識フローや空間的特性の変化に着目し、政策の影響を検討する。より具体的には、日本特許庁の特許データを用い、1975–1994年と1995–2014年の2期間に分けて比較分析を行った。分析においては、m関数を用いて技術分野ごとの空間的集中度を測定し、特定の距離範囲での技術の集積パターンを評価した。また、Colocation Quotient(CLQ)を用いて、技術分野間の共立地関係を定量化し、技術間の相互作用を明らかにした。
分析の結果、農業、食品、無機化学といった分野では、研究期間全体を通じて高い集中度を示す一方、電子回路や通信技術のような汎用技術はより分散したパターンを示したことが明らかとなった。特に1990年代以降は、バイオテクノロジーや健康関連技術の集中度がさらに高まり、特定の地域で専門化が進行したと考えられる。また、これらの技術分野の集中度の変化は、都市部や主要産業集積地を中心に顕著であった。
一方、共立地分析では、期間を通じて技術分野間の知識フローの多様性が低下していることが示された。1975–1994年の期間には、建設技術、鉱業、電子技術が密接に相互作用するパターンが観察されたが、1995–2014年にはバイオテクノロジー、化学、食品技術が他分野から孤立する傾向が見られた。この結果は、知識フローがより限定的で特化したネットワーク内に集中する方向に変化していることを示唆している。
本研究では、これらの分析結果をもとに、技術の空間的動態を「広範的技術」「集中的技術」「支持的技術」「特異的技術」という4つのカテゴリーに分類した。例えば、農業のような広範的技術は広い地理的分布を持つ一方で、他分野との相互作用が限られている。一方、半導体やバイオテクノロジーといった集中的技術は、高い空間的集中度と強い分野間の相互作用を示しており、特定地域でのイノベーションハブの形成が確認された。
これらの結果は、日本の地域イノベーション政策が地域専門化を促進しつつも、分野横断的な知識交流の低下を引き起こしている可能性を示唆している。特に、政策が特定地域での技術集積を成功させる一方で、知識フローの分断がイノベーションの長期的な持続可能性に影響を与える可能性がある。本研究は、空間的分析手法(m関数とCLQ)を活用し、イノベーションの地理的分布と分野間の相互作用の複雑な動態を定量的に解明した。
今後の研究では、これらの空間的動態が経済パフォーマンスに与える長期的な影響を検討することや、他国の事例と比較分析を行うことで、イノベーション政策の最適な設計に関する知見を得ることが期待される。また、地域間の知識フローの橋渡しを可能にする政策の導入により、より包括的で持続可能なイノベーションシステムの構築が求められる。