主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
Ⅰ.はじめに
2020年から現在に至るまで新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19する)は流行している。初期の頃は,日本に居住する多くの人々が不要不急の外出の自粛や3密(密集,密接,密閉)の回避,テレワーク・在宅勤務の推奨など,これまでの生活様式には無かったルールを自ら実践した。
地理学において,COVID-19による生活への影響を取り扱った研究の多くは,感染の地理的伝播や居住移動の研究に関するものが多い(加藤,2022;中谷,2024)。しかし,どのような社会階層の人々がどの程度影響を受けたのかを分析している研究は必ずしも多くない。本研究では,既存の調査データと時間地理学の視点を用いて,COVID-19によって変化した社会的属性の異なる人々の生活行動を比較し,その時空間の変化を分析する。
Ⅱ.研究方法
本研究は,国土交通省の「新型コロナ感染症の影響下における生活行動調査(2020年,2021年,2022年)」と内閣府の「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動に関する調査(2020年,2021年)」の個票データを基に分析した。前者は行動パターンごとの時空間の変容を捉え,後者は意識変化を捉えるために使用した。
対象地域は,サンプル数が一定数あり東京都の感染状況を踏まえて一定の感染症対策を講じた,埼玉県・千葉県・神奈川県の3県である。このうち分析対象の業種は,事務従事者,管理的職業従事者,専門的・技術的職業従事者,サービス職業従事者,主婦,定年退職者の6つとした。
Ⅲ.分析結果
事務従事者は勤務先で行わなければならない仕事が多く,移動制限の影響を受けやすいことが分かった。このため,通勤時間帯を中心に最も時空間の変容が起こった。管理的職業従事者は勤務先での時間に大きな変化はなく,行動変化が生じた場合も比較的早く元の勤務形態に戻ったため,2020年頃の影響は少なかった。専門的・技術的職業従事者は,第1回緊急事態宣言(2020年4月〜5月)を機に自宅での仕事が増えた結果,比較的大きな時空間の変容が起きた。
サービス職業従事者は,顧客との対面接触が必要なため,感染症対策の有無によって,勤務先での滞在時間(仕事時間)が大きく変化することが分かった。他方,主婦は元々外出時間が短く,自宅で過ごす時間が多いため,COVID-19による時空間自体の変容は起きにくかった。定年退職者は一定の時空間の変容が見られるものの,流行前と同様の活動内容であった。
次に生活意識に対する変化について,流行前は仕事と子育てのしやすさが生活の満足度を構成していたが,第1回緊急事態宣言後からは仕事と健康へと変化していた。すなわち,COVID-19を機に健康意識が高まったと考えられる。
Ⅳ.結論
コロナによる日常生活への影響は画一的なものではなく,社会属性によって異なることが明らかとなり,時間地理学的な視点によると,感染症対策は「権威の制約」と捉えることができよう。首都圏だけでなく,地方都市との比較を行い,地域的な差異があるのかも考慮しなければならない。