アジア経済
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研究レビュー
天然資源と政治体制――「資源の呪い」研究の展開と展望――
向山 直佑
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2018 年 59 巻 4 号 p. 34-56

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《要約》

石油をはじめとする天然資源が民主主義を阻害するという「資源の呪い」に関する研究は,石油と民主主義の間に負の相関関係を見出す「資源の呪い」肯定論に対し,それを真っ向から否定する否定論,そして「呪い」は特定の場合にしか成り立たないとする条件論が修正を迫るという形で展開してきた。最近の研究では,「資源の呪い」には時間的・空間的な限定が付されるようになっており,これは一方で理論の精緻化に結びつくものではあるが,他方で歴史的,あるいは国際的な要因の軽視に繋がる危険性を孕んでいる。植民地支配から脱植民地化に至る期間にまで遡って分析の対象とし,かつ国際関係の影響に注目しつつ研究することで,資源と政治体制の間の因果関係のより的確な理解に近づくことができる可能性がある。

はじめに

Ⅰ「資源の呪い」研究の展開

Ⅱ「資源の呪い」の「修正」への疑問符

Ⅲ 因果関係のより包括的な理解へ――植民地支配・脱植民地化と石油――

おわりに

はじめに

それだけで一国の経済を支えることができるような資源に恵まれた場合,その国の政治はいかなる影響を受けるのか。一般的な通念とは対照的に,天然資源,特に石油は,産出国に権威主義,内戦,経済の停滞,国際紛争といった弊害をもたらすことが指摘されてきた。こうした議論は「資源の呪い」と総称され,1990年代以降,数多くの研究が発表されている。本稿は,その中でも特に,石油と政治体制との関係を議論する研究に注目し,この分野の研究動向を概観する。

「資源の呪い」に関する議論は,単純に石油と民主主義の負の関係を指摘する段階から,より厳密な検証が進み,反論が出され,さらに特定の条件下でのみその関係が成立するとの修正が付される,という経緯を経て展開してきた。現在では,「資源の呪い」には時間的・空間的な限定が付され,理論の精緻化が進みつつあるが,本稿では,こうした既存研究の方向性では見逃されてしまう要素があると主張する。その要素とは,第1に,植民地時代にまで遡る歴史的な要因であり,第2に,旧宗主国の関与をはじめとする国際的な要因である。本分野は高度な統計手法を用いた議論が中心となっており,テクニカルな論争へと向かう傾向にあるが,本稿ではそうした動向を相対化し,理論的な発展に貢献するためには何が必要かという観点から,事例から導かれる知見や国際関係の与える影響に特別の注意を払いつつ,考察を進める。

本稿の構成は以下の通りである。第Ⅰ節では,「資源の呪い」研究の起源を明らかにし,これに続く研究上の対立を「肯定論」,「否定論」,「条件論」の3つに分けて評価する。第Ⅱ節では,「資源の呪い」が成立する時期と場所について限定を付す最近の研究の傾向によって,歴史的要因と空間的要因が見落とされてしまっているとの問題提起を行う。最後に第Ⅲ節では,既存研究が考慮していない,植民地支配から脱植民地化に至るまでの経緯を分析に含めることで,「資源の呪い」のより包括的な因果関係の理解に繋がる可能性を指摘する。

Ⅰ 「資源の呪い」研究の展開

1. 「資源の呪い」の起源

今日では政治学でも広く用いられている「資源の呪い」(resourcecurse)という言葉であるが,これを最初に用いたのは経済学者のアウティであった[Auty 1993]。といっても,彼が議論したのは,天然資源が経済成長や開発に悪影響を及ぼすという意味での「呪い」であり,本稿で扱う内容と直接関係するものではない。「資源の呪い」という言葉は資源がもたらす弊害の総称であり,具体的なその内容は論者によって様々である。大別すれば,この言葉は今日の学界では主に3つの従属変数に関連して用いられている。第1は,経済成長や開発といった経済関連の指標であり,上述のようにアウティもこの範疇に入る。これに対して,残りの2つは政治的な変数であり,第2は政治体制,第3は内戦である。資源(石油)(注1)とこれら3つの変数との関係を議論する研究が蓄積され,「分野」と呼べるまでのまとまりを形成するようになった背景には,それぞれの変数との関係において,体系立った理論を構築し,実証可能な仮説を提供する先駆的な研究の存在があった。経済との関連においてはSachs and Warner[1995],政治体制との関係においてはRoss[2001],最後に内戦との関連ではCollier and Hoeffler[1998]がこれにあたる(注2)。以下ではこれらのうち,政治体制との関係についての諸研究に焦点を当ててレビューし,特に断りがない限り,「資源の呪い」という言葉も,資源が民主主義を阻害し,あるいは権威主義体制を支えるという「呪い」を意味するものとして扱う(注3)

既に述べた通り,政治体制をめぐる「資源の呪い」研究の実質的な生みの親は,ロスだといってよいRoss[2001]。しかしながらロスは,資源>が政治体制に与える影響を論じた最初の人物というわけではない。ロスが一般的な仮説として,「資源の呪い」を議論し始める前から,中東地域研究の分野では,いわゆる「レンティア国家仮説」が研究されていた[Mahdavy 1970; Beblawi and Luciani 1987]。レンティア国家仮説とは,レント収入に依存する国家では経済成長の鈍化,あるいは民主主義の後退などの弊害が生じるという仮説を指す(注4)。元来中東は,政治学や経済学において,ヨーロッパやラテンアメリカといった地域に比べて研究対象とされにくく,される場合でも部族主義,宗派主義,地域主義などが強調され,多くの面で長らく例外として扱われていた[Anderson 1987,1]。このような中東諸国で,当初は経済的・政治的な発展を確約する存在だと思われていた石油資源を有する産油国が,実際には経済的にも政治的にも停滞しているという事実は,経済発展と民主化を結びつけてきたリプセット仮説[Lipset 1959](注5)に代表されるような近代化論的な枠組みでは説明できない逆説的な現象であった。レンティア国家仮説は,このような中東諸国における諸々の弊害に,「石油」という説明を与えるものであった。ロス自身が論文中で述べているように,彼の研究は,レンティア国家仮説が中東研究者以外には注目されておらず,これまで一般性を検証されたことがないことを問題として行われたものであり[Ross 2001,325],その後の「資源の呪い」研究においても,ほとんど常にレンティア国家論に関する前掲の2つの研究が「資源の呪い」研究の起源として引用されている(注6)

Ross[2001]の具体的な内容に入ろう。ロスのリサーチ・クエスチョンは,「石油は反民主主義的性質を持っているのか,他の鉱物や産物はどうなのか,そしてその効果を説明するのは何なのか」というものである[Ross 2001,325]。彼は石油が民主主義を阻害するという主張に関して,3つの側面を検討している。第1にその主張の妥当性,第2にその地理的な一般化可能性と他の資源への適用可能性,第3にその因果メカニズムである。ロスはまた,この論文を通じて,民主主義の研究に中東を含めることを推進し,かつ従来経済発展や内戦を対象に議論されてきた「資源の呪い」に,民主主義という新しい従属変数を導入することを目的としていると述べている。このような問題関心から,彼は1971年から1997年までを対象年度,113カ国を対象国とする,プールされたクロス・ナショナルな時系列データを使用し,従属変数にPolityスコア,独立変数に石油・天然ガス・石炭の輸出額の対GDP比とその他の鉱物の輸出額の対GDP比の2つを取って,一般化最小二乗法により回帰分析を行った。統制変数としては,1人当たりGDPやイスラム教徒の割合,OECD加盟,5年前のPolityスコア,そして各年度のダミー変数が加えられている。分析の結果,ロスは,交絡要因となりうる変数を統制した上でも,石油やその他の鉱物資源と民主主義との間には,なお統計的に有意な負の相関が存在すると結論付けている。

資源と権威主義体制を結びつける因果関係の経路(メカニズム)について,ロスは「レンティア効果」(rentiereffect),「抑圧効果」(repressioneffect),「近代化効果」(modernizationeffect)の3つを挙げている。レンティア効果とは,石油収入によるレントがもたらす効果であり,その中でさらに3つに分かれる。1つ目は,いわゆる「代表なくして課税なし」の逆,つまりレントによって課税の必要性が下がるため,代表制の必要性も下がるという「課税効果」(taxationeffect),2つ目は支持を獲得するためのパトロン・クライアント関係に多くの資金が充てられることで,結果的に民主化圧力が弱まるという「支出効果」(spendingeffect),そして3つ目は,政治的権利を求める社会集団の形成が妨げられるという「集団形成効果」(group formationeffect)である。次に,第2のメカニズムである抑圧効果とは,産油国の政府は潤沢な資金をもって市民の民主化要求を実力で弾圧できる,というものである。最後に第3のメカニズムである近代化効果とは,産油国では,経済が発展しても教育レベルの向上や職業の特化が遅れるため,文化的・社会的変化が生じず民主化の基盤が整わないとするものである。

2. 肯定論

この研究を端緒として,政治体制を巡る「資源の呪い」は多くの政治学者によって議論されるようになった。ロスの結論は「資源の呪い」の存在を肯定するものであったが,この後発表された研究の多く(以下では「肯定論」と呼ぶ)も,従属変数や因果メカニズムには多少の違いがありつつも,概ね民主主義に対して石油を中心とする資源が悪影響を与えるという結果を支持している。例えば,Jensen and Wantchekon[2004]は,アフリカ諸国における資源と政治体制の関係を検証し,資源に依存する経済は,①権威主義になりやすい,②政府支出が多い,③ガバナンスが悪い,④1990年代に民主主義が崩壊しやすい,という結論を導いた。資源の豊富さが権威主義体制に繋がる因果メカニズムとして彼らが挙げるのは,①既に優位な政党や政党連合が大衆の人気を獲得したり権力を安定させたりすることで,民主化や民主主義の安定を難しくする,②現職が有利になり,反体制派に抑圧的な政策を取る,③紛争(内戦)が生じ,それが現職あるいは反体制派の独裁に繋がる,という3つである。また,Andersen and Aslaksen[2013]は,同一政党が政権についている期間を従属変数として,石油が政治体制に与える影響を分析した結果,資源が政権の存続を長引かせる効果が,権威主義体制と中間的体制においては存在する(が民主的体制においては存在しない)と結論付けている。Smith[2004]は,石油と体制の関係に注目し,石油収入は体制の延命に繫がる一方で,抵抗運動や内戦のレベルを下げることを示した。彼によれば,体制の頑健さは,リーダーが収入を国家の制度や政治的組織を作るのに使用し,困難な時期を切り抜けるだけの基盤を形成したことによるものであり,反体制派を抑圧することが原因ではないという。同様にWright, Frantz and Geddes[2013]も,体制の存続を従属変数として設定したが,ここでは既存の指標ではなく,権威主義体制の存続に関する独自の指標が使用されている。これを用いて「資源の呪い」を検証した結果,結論としてこれを支持するものの,そのメカニズムは従来Ross[2001]などが主張してきたものとは異なり,「他の権威主義的グループの革命を防ぐ」というものであると述べている。一方,Ulfelder[2007]は,天然資源と民主化を繋げる理論の多くは権威主義の存続についての理論であって,すべての体制変動や民主主義の崩壊についての理論ではないことを指摘する。そこで彼は,権威主義からの移行をもたらす要因と,民主主義の崩壊をもたらす要因が異なることを想定し,天然資源は民主主義への移行を妨げるのかという問いを設定して,前者に絞った分析を行った。その結果,資源が豊かな国では権威主義がより存続しやすいと結論付けている。

3. 否定論

「資源の呪い」に肯定的な諸研究が登場する中で,逆にこれまでの結果に疑いをかけるような研究も相次いで発表されている。こうした研究は2つの種類に大別することができる。第1に,「資源の呪い」の妥当性を真っ向から否定する研究(以下では「否定論」と呼ぶ)が挙げられる。Herb[2005]など,比較的早い段階から「資源の呪い」の結論に否定的な研究は存在していたが,学界に与えた影響力の上で,最も代表的なのはHaber and Menaldo[2011]であろう。ヘイバーらは,政治学における計量分析手法の発展を背景に,Ross[2001]をはじめとする初期の研究の方法論的問題点を指摘する。曰く,「資源の呪い」は,実際には時間の経過に沿って進行するダイナミックなプロセスであるため,空間的(クロス・ナショナル)な比較ではなく時間的(タイム・シリーズ)な比較が必要であるにもかかわらず,既存の研究は専ら時期を狭く限定してクロス・ナショナルな回帰分析のみを行ってきた。また,逆因果や交絡要因の存在の可能性を考慮した上で厳密に因果効果を推定するためには,「現在の産油国に,もし石油が存在していなかった場合,体制がどのようになっていたか」という反事実(counterfactual)を想定し,その反事実と現実との差を推定しなければならないが,ごく一部の例外を除いてこのような処置は行われてこなかった。彼らがこのような問題意識に基づき,168カ国を対象に,従来よりも大幅に対象期間を広く取り(1800~2006年),国別・年別の固定効果を組み込んだモデルを設定して,反事実のアプローチを考慮した差分の差分法などの手法を用いて回帰分析を行ったところ,たとえ「資源の呪い」の主張に最大限好意的なモデルをデザインしたとしても,石油と民主主義の間に負の関係は見出せず,むしろ特定の場合には正の効果さえ見られたという。この論文の共著者の1人であるメナルドはさらにこの議論を発展させ,「資源の呪い」は,制度が政治体制にも石油生産にも影響する交絡要因であるために生じた,見せかけの相関関係に過ぎないと主張する[Menaldo 2016]。つまり,一見石油と民主主義の間の因果関係であるかのように見えるものは,制度の質が低い国では民主主義が成立しにくく,またそのような国では短期的な利益を追求するために石油増産が行われやすいがゆえに見られる,擬似相関だというのである。また,Liou and Musgrave[2014]も,Haber and Menaldo[2011]と同様に既存研究の因果推論上の問題点を指摘し,synthetic controlという新しい手法を用いて「資源の呪い」を検証したところ,その主張は支持されないとしている。

こうした指摘に鑑みると,「資源の呪い」はそもそも未熟な方法論によって導き出された間違った結論であり,「正しい」方法論を駆使する研究者からの反論を受けて,もはや擁護不能であるかのように見えるかもしれない。しかし,肯定論からは否定論に対する再反論が出されていることには注意しなければならない。例えば,Andersen and Ross[2014]Haber and Menaldo[2011]に対する再反論の試みであり,彼らによれば,石油が民主主義に与える負の効果は,1970年代までは確かに存在しないが,1980年以降には強い効果が見られるのだという。石油の効果はいつの時代でも一定なのではなく,国際的な石油会社の力が弱まり,石油産業の国有化が相次いだ1970年代の「石油の大きな変化」(the big oilchange)を経た後にのみ見られるものであるというのだ。また,Lall[2016]Haber and Menaldo[2011]にも欠測データの扱いに関して問題があったことを指摘し,Andersen and Ross[2014]の結果を支持している。このように,方法論上の問題点を指摘して既存研究を批判したHaber and Menaldo[2011]が自らの方法論上の問題点を指摘されるなど,「より厳密な推定」を巡る論争は決着が付きにくく,結論が二転三転しうることが分かる。

4. 条件論

ここまでで見てきた諸研究はいずれも,石油をはじめとする資源が持つ,全体としての「平均的な因果効果」(average causaleffect)が正であるのか負であるのか,それとも効果は存在しないのかという点に分析の主眼があり,「資源の呪い」は個々の国家の状況に依存しない普遍的な現象として想定されているか,あるいは石油収入以外の面での各国の状況はあくまで「統制」されるべきものとしてモデルに含まれるのみであり,分析の主眼とはされていない。これに対して,以下で取り上げるタイプの研究(以下では「条件論」と呼ぶ)は,「資源の呪い」は普遍的な現象ではなく,一部の国々に限って認められる現象であると想定する。すなわち,資源が豊富で体制が非民主的である国々と,資源が豊富だが民主主義体制が成立している国々の両方が存在することを前提に,この2つを分ける条件を解明することを目的としているのである。ここでは各国の差異は単に「統制」されるべきものではなく,それこそが説明の対象であり,議論の中心に置かれている。

条件論の代表例としては,Dunning[2008]が挙げられる。ダニングは,1960・70年代にラテンアメリカで権威主義化が進行した際には,石油が豊富なベネズエラは権威主義にならなかったが,石油収入が減少した1980・90年代に民主主義が不安定になったという事実に着目し,天然資源の豊富さが民主主義を促進する場合もあると考えた。彼は理論的考察と数理分析から,「資源への依存度」と「資源以外の部分での社会の不平等性」を,資源が豊富な国々の体制を分ける条件として同定し,同様に石油資源が豊富な社会の中でも,前者が高く後者が低い社会では民主主義が阻害されるのに対し,前者が低く後者が高い社会では民主主義が逆に促進されることを,統計分析とラテンアメリカ諸国を中心的な対象とする事例研究を用いて実証した。彼の説明する,石油が民主主義を促進するメカニズムとは,以下のようなものである。政治を富めるエリートと貧しい大衆の間での,レント分配と私有財産への課税(再分配政策)をめぐるゲーム関係として捉えた場合,レントの分配をめぐる紛争は,直接的には従来指摘されてきたように権威主義化の効果をもたらす。しかし,レント収入が豊富にあることで,それ以外の私有財産に対する課税に対してエリートは寛容になり,彼らにとっての民主主義のコストが下がるため,間接的にレントは民主主義化の効果をもたらす,というものである。前者と後者の効果のどちらが大きくなるかは,その社会が置かれた状況,すなわち資源への依存度と社会の不平等性によって変化することになる。つまり,資源への依存度が高く社会の不平等性が低い社会では,資源を巡る闘争が唯一の争点になり,エリート側が民主主義を受容することが難しくなる一方,大衆側は民主主義による再分配にそれほど大きな魅力を感じないため,民主主義は阻害される。逆に前者が低く後者が高い社会では,大衆による民主主義要求が強い一方,唯一の収入源ではない資源から多くの収入が得られていることで,そうでない場合と比べてエリート側は私有財産への課税への脅威をそれほど感じないことになり,民主主義が促進されるのである。

同様に「資源の呪い」の条件に関連する研究としては,Karl[1997]を挙げることができる。カールは,ベネズエラやアルジェリア,ナイジェリア,イランといった国々が,1970年代の石油ブームから20年も経たないうちに,一様に国家官僚機構の崩壊と政治体制の混乱に苦しんだことに注目し,石油収入の存在がこれに影響していたことを事例分析によって明らかにした。とはいっても,出版年を見れば分かるように,カールの研究はRoss[2001]よりも古く,「資源の呪い」をめぐる上記のような議論が起きる以前に発表されたものであり,「資源の呪い」の「修正」を目的として書かれたわけではない(注7)。むしろ,サウジアラビアとイエメンを事例に石油が政治制度に与える影響を議論したChaudhry[1997]と共に,レンティア国家論から「資源の呪い」へと繋がる流れの途上にある萌芽的な研究だといえるだろう。本項で彼女の研究を取り上げる理由は,同研究に後の条件論と共通する要素が含まれるからである。というのも,彼女の主張は,西洋先進国の場合とは異なり,近代国家の建設が完了する以前に石油が発見された場合には,政策環境や産業化の形態が石油に規定され,放漫財政やレントシーキングが横行して国家の能力が著しく下がるとともに,政治的不安定が生じるというものであり,ここでは「石油開発のタイミング」が,石油が政治体制に与える影響を条件付ける要素として重視されているのである。

この「石油開発のタイミング」に注目した研究としては,もう1つSmith[2007]を挙げることができる。石油ブームとその崩壊の流れの中で,倒れた体制と存続した体制が両方存在することに着目したスミスは,インドネシアのスハルト政権とイランのシャー政権を中心とする比較事例分析と統計分析を通じて,その体系的な説明を試みた。彼にとって重要なのは,いつ石油が豊富な国になったのかであり,前者のように,十分な石油収入を得る前に経済発展が始まり,かつ国内の反体制派が強力である場合には,支配者は堅固な体制連合を形成しつつ,徴税によって財政基盤を整え,国内を支配する制度を整備しなくてはならない。そうして基盤を整えた体制は,結果的に,石油収入が落ち込んだ場合にも強固な支配を維持することができる。これに対して,後者のように,政権が発足して経済発展に乗り出す際に既に石油収入が十分に存在し,かつ反体制派が弱体であれば,わざわざ徴税制度や体制連合を整備する必要はなく,恩顧主義的な関係によって統治を行うようになる。その結果,危機に弱い体制ができ上がるのである。

こうした研究に共通なのは,初期の研究や「資源の呪い」を完全に否定する研究が産油国全体を対象に石油の平均的因果効果を争っているのに対し,産油国の間の違いを議論の中心に据えている点である。単純化していえば,例えば図1のような散布図を与えられたとき,肯定論と否定論は,この図に引く回帰直線が右下がりなのか,水平なのか,あるいは右上がりなのかを議論する。それに対して条件論は,観察の分布が一様でないことに注目し,特に図右側(つまり石油が豊富な国々)の中で,上部と下部に位置するものの間の相違を第三の要因によって説明しようとするわけである(注8)。とはいえ,条件論に関しても,肝心の「資源の呪い」の有無を左右する条件は何であるか,という点に関しては研究によって結論がまちまちであり,議論の終着点はまだ見えていない。

図1  石油と民主主義の関係

(出所)筆者作成。

(注)縦軸はMarshall, Jaggers and Gurr[2013],横軸はRoss[2012]のデータを使用。図中の英字は3桁のISO国名コード,灰色部分は回帰直線の95%信頼区間を表している。

5. 分析結果の比較可能性

ここまでの議論では,「資源の呪い」に関する諸研究を肯定論・否定論・条件論の3つに分けて説明してきたが,なぜ同じ「資源の呪い」をめぐる研究においてこのような異なる結果が生まれるのだろうか。また,そもそも異なる研究の結果は,互いに同等なものとして比較可能なのだろうか。本項では,それぞれの研究の分析対象や使用するデータ,そして分析手法など,異なる実証戦略と分析結果の関係について簡単に考察する。

こうした問題については,Ahmadov[2014]によるメタ分析が既に概ね扱っており,良い参照点となる。同論文は,この分野の29の統計分析の246の推定値に対して,分析対象に含まれる地域,独立変数と従属変数の操作化,用いられた回帰分析の手法,特定の統制変数が含まれているか否かといった分析方法における違いが,資源の民主主義に対する効果の推定値にどのような影響を与えたかを検証している。その結果,中東・北アフリカとサブサハラ・アフリカがサンプルに含まれる場合,独立変数として石油輸出額の対GDP比が使われる場合,従属変数としてPolityスコアが用いられる場合,そして統制変数に教育程度を含めた場合には,いずれも石油が民主主義に与える影響の推定値が負になりやすい傾向にある一方,ラテンアメリカが分析対象に含まれる場合,国別固定効果がモデルに加えられる場合,過去の体制を統制した場合,そして統制変数にOECD加盟を加えた場合には逆に影響の推定値は正になりやすいとしている。本項では特に,地域差,独立変数と従属変数の操作化,そして異なる資源の持つ影響の差異について議論する。

第1に,中東・北アフリカやサブサハラ・アフリカを対象に含む場合には推定値が負になりやすく,ラテンアメリカはこれと逆の効果を持つという結果は,Ross[2001]等が中東の事例から出発しているのに対し,資源が民主主義に正の影響も与えるというDunning[2008]の主張がラテンアメリカの事例を主に念頭に置いていることと一致する。石油産業が置かれた歴史的・地理的・社会経済的な文脈によってその影響は異なり,地域差の存在はやはり否定できないと考えられる。

第2に,独立変数の操作化については,これまで何が適切な変数であるのかについて様々な議論が行われてきた。Smith[2015]によれば,多くの産油国で国家財政に関する正確なデータが公開されていない状況にあって,今までに提案されてきた「資源の豊富さ」の代理変数は10以上もあり,それぞれに問題を抱えているという。例えば最も単純な方法として,OPECへの加盟の有無で産油国か否かを測るというものがあるが,OPEC非加盟の産油国が存在することを考えるとこれは明らかに不適当である。他には輸出総額に占める石油輸出額の割合などが使用されることもあるが,支配者と国民の関係について,その指標が何を意味するのかは明らかではなく,最適とはいえないという。Ross[2012]をはじめとして,近年よく使われる指標が「1人当たり石油収入」だが,これも国家収入の測定値ではなく,かつ石油収入と政治体制の間に内生性があるとの指摘がMenaldo[2016]などによって行われていることから,この論争は決着には程遠いといえる。

第3に,従属変数については,Ahmadov[2014]は国家を分析単位として民主主義の程度に関する指標を用いた研究だけを対象としてメタ分析を行っているが,別の従属変数を用いて分析を行う研究は少なくない。例えば,既に述べたようにSmith[2004]Ulfelder[2007]Wright, Frantz and Geddes[2015]といった研究は,体制を分析単位,体制の存続・崩壊を従属変数として分析している。両者が比較可能か,またそれぞれがどのような分析結果をもたらしやすいかについては明らかではなく,これらを単純に同列に議論可能なものとして扱うのは危険であることは念頭に置く必要がある。

最後に,Ahmadov[2014]では議論の対象となっていないが,「資源の呪い」の枠組みの中で, 具体的にどの資源を対象とするのか,という重要な問題が存在する。政治体制に関する「資源の呪い」が,実質的には専ら石油と天然ガスについて議論されていることは上述の通りだが,資源による政治的効果の違いに関しては,内戦を従属変数とする研究においてはある程度知見が蓄積されている。例えば, Le Billon[2001]は資源の「奪取可能性」(lootability),つまり当該資源がどれだけ反乱軍によって収奪されやすいかに注目し,奪取可能性が高い資源は内戦に結びつきやすいのに対し,それが低い資源は国家が独占することができるため,内戦を促進しないと主張した。彼によると,資源は集中型資源(pointresource)か分散型資源(diffuseresource)か,そして中心地に近い資源(proximate re-source)か遠い資源(distantresource)か,という 2つの軸によって 4つに分類することができ,近い集中型資源は政府の支配を争うクーデター型の内戦に,近い分散型資源は反乱や暴動に,遠い集中型資源は分離主義に,遠い分散型資源は軍閥割拠にそれぞれ結びつきやすいという(図2)。政治体制に関する議論の中でも,異なる資源の間の差異について議論する余地はあるだろう。

図2  石油と民主主義の関係

(出所)Le Billon[2001]より筆者作成。

異なる分析アプローチが分析結果に与える影響についてはまだ明らかになっていない点が多く,個別的な点について詳細な記述を行うことは本稿の射程を超えるが,自らの実証戦略に自覚的になり,異なる研究の比較可能性について慎重に考えることが求められるのは確かである。

Ⅱ 「資源の呪い」の「修正」への疑問符

1. 時間的限定と空間的限定

ここまで見てきたように,政治体制に関する「資源の呪い」の内容は,ロスが最初に主張していたものからは,既に大きく様変わりしている。「資源の呪い」が完全に誤りであるとの主張は別として,何らかの形でそれが存在すると考える論者の間でも,従来の限定なき「資源の呪い」は既に放棄されているといってよい。「資源の呪い」は,あくまで何らかの限定された条件の中で成立するものだと理解されるようになっているのである。

こうした限定は,時間的なものと空間的なものに大別することができる。第 1に,「資源の呪い」の肯定論者であるロスらは,ヘイバーとメナルドなどの批判を受けて以降,「資源の呪い」を,「石油の大きな変化」を経て 1980年代以後に見られるようになった新しい現象として捉え直している[Ross 2012; Andersen and Ross 2014; Haber and Menaldo 2011]。第 2に,ダニングをはじめとする条件論者は,「資源の呪い」はいずれの国においても成立するようなものではなく,特定の条件を満たす国々においてだけ成立する現象だと主張している[Dunning 2008]。種々の批判を受けて,徐々に時間的・空間的にその射程を狭めるという流れは,一見,理論が検証を経てその粗さを削り取られ,より堅実な理論へと発展していく生産的なプロセスであるようにも見える。そうであるならば,これは歓迎されるべき変化に違いないが,果たして本当にそうだろうか。このテーマが専ら,同様の研究手法を用いる狭い共同体に属する研究者によって研究されてきたことで,問われることなく置き去りにされてきた論点,あるいは,当然に受け入れられているものの,その妥当性に疑義が残る前提は存在しないだろうか。分野全体の方向性がまとまりつつあるように見える現在だからこそ,その方向に進むのが本当に望ましいのか否かを,一度立ち止まって慎重に検討する必要があるのではないだろうか。

そこで,本節では上記のような時間的・空間的限定という近年の研究の方向性を批判的に検討する。本稿の批判の要点は,時間的限定は「資源の呪い」の歴史的要因の,空間的限定は国際的要因の軽視に繋がりうるというものである。

2. 時間的限定への疑問符――歴史的要因の重要性――

既に述べたように, Andersen and Ross[2014]は,「資源の呪い」の肯定論者として知られてきた研究者が,これまでの立場を転換し,ある種の条件論的な主張を行ったものであった。1800年にまで遡るデータを利用して分析を行い,「資源の呪い」の存在を否定した Haber and Menaldo[2011]に対する反論を主眼として発表された同論文は,石油産業の国有化や産油国と石油会社の間の利潤の分配率の改定が相次いだことによって産油国の石油収入が大幅に増加した 1970年代の変化が,「資源の呪い」を引き起こすきっかけであったと主張する。この変化の前と後は別の時期として扱われており,前者においては「資源の呪い」は存在しないが,後者においては存在する,という立場が取られている。これは分析対象とするタイムスパンの長さを 1つの長所として提示しているヘイバーらに対して,期間を長く取ることに分析上の意義はないと指摘するものであり,彼らへの批判としては有効である。一方で,「資源の呪い」に繋がる議論であるレンティア国家論は,そもそもこの 1970年代の石油ブーム後の産油国における政治的変化を観察する中から生まれてきた議論であることを考えれば,限定を付さないこれまでのロスらの議論が例外的であっただけで,新たな主張は,原点へと回帰しただけと考えることもできる。

しかしながら,産んだ子を親が否定したからといってその子の価値が失われるわけではないのと同様,「資源の呪い」肯定論を牽引してきたロスがその立場を後退させたからといって,これまでの「資源の呪い」の議論自体がその意義を失うわけではない。ロスの新しい主張に対しては,例えば Morrison[2013]が疑問を呈している。ロスは石油が悪影響を及ぼす原因として,scale(得られる収入の多さ), source(国営企業からの税外収入であること),instability(価格の上下が激しいこと),secrecy(市民には収入についての情報が与えられないこと)の 4つを挙げているが,モリソンはなぜこれらの 4つの要素が,1970年代の前後で異なる影響を与えるようになったのかについてロスは明確な説明を行っておらず,そのため, 1970年代より前には「資源の呪い」が存在しなかったが,その後には存在するとする根拠が説得的でないと指摘する。1970年代を画期とする断絶についての主張は,「資源の呪い」に対する完全否定への反論としての意義はあるものの,批判への対応として出てきただけに,明確な理論に裏打ちされているとは必ずしもいえないものになっている。

「資源の呪い」の存否を,1970年代をもって区切る考え方の問題点は,大きく分けて 2つ存在すると考えられる。第 1に,こうした主張は初期条件を無視しがちである。すなわち,1980年の時点で既に現在の権威主義的な産油国の多くは権威主義的であった。例えば,現在最も権威主義的な産油国として知られるサウジアラビアやカタール,バーレーンといった国々は,1980年の時点でもう既に極端な権威主義体制を取っていたし,石油生産はその数十年も前から行われていた。具体的には,これらの国々の1980年の Polityスコアはいずれも-10(最低値)であり,これらの国々の石油生産はそれぞれ1938年, 1949年, 1933・ 34年にまで遡ることができる(注9)。「資源の呪い」が 1970年代より前には存在しなかったと考えるならば,それはその他の外生的な要因のみによって説明されなければならないが, 1970年代より前の政治体制を,その時既に存在していた石油と完全に切り離すことなど果たして可能であろうか。モリソンが述べているように,政治的な影響を与える石油の 4つの特徴は「石油の大きな変化」の前後で必ずしも変わっているとはいえず,そうであるならば 1970年代より前にも石油は政治体制に影響を与えていたはずだと考える方が,むしろ自然であろう。「石油の大きな変化」より前に既に存在していた権威主義体制についてロスらの理論は何ら説明を与えることができていないのである。もっとも,繰り返し述べてきたように,ロスらの主張はあくまで「石油の持つ平均的因果効果」についての主張であるから,幾つかの事例をうまく説明できないとしても,その理論全体が否定されるわけではない。しかし,上に挙げたような国々は,「資源の呪い」にとって最も典型的であるはずの事例であり,典型事例に適合しない理論の意義は疑われることを免れ得ないであろう。

第2に,もし実際に 1970年代に起きた変化の後にのみ「資源の呪い」が観測されるようになったのだとしても,その原因が 1970年代に存在するとは限らない。ロスらがデータ分析によって客観的に示しているのは, 1980年前後でデータを区切ると,その後の時期においては一貫して石油と民主主義の間に統計的に有意な負の関係が存在するということのみであり,これが「石油の大きな変化」によるものだという議論はあくまでその分析結果の「解釈」でしかない。分析結果を認めるとしても,それに対する説明は他にもあり得る。ピアソンが指摘している通り,政治現象の原因と結果には短期的なものと長期的なものがあり,短期的なものだけに注目することで見逃してしまう長期的な要因は往々にして存在する[Pierson 2004]

そもそも,特定の時期をもって区切りを設けることで見えにくくなるが,「資源の呪い」は長期にわたる歴史的なプロセスなのではないかというのが,本稿の立場である。一般に石油は,1859年にアメリカで初めて掘削されたといわれている。その後,スタンダード石油を中心とする諸企業によってアメリカ国内の石油は世界各地へと輸出されるようになり,これに対して,ノーベル兄弟やロスチャイルド家といったヨーロッパの勢力がロシア産の石油をもって対抗するという形で, 19世紀の石油産業は展開していた。19世紀末から 20世紀初めになると,スマトラ島やボルネオ島,メキシコ,ルーマニア,ビルマ,ペルシャといった他の地域でも大規模な石油生産が開始され,さらに戦間期には中東 各地で石油開発が本格化した。これらから遅れて, 1950・ 60年代にはアフリカでも石油開発が進んだ(注10)。石油開発が行われた状況や,利益の配分等の取り決めは場合によって異なるが,数多くの地域で,石油の安定供給のために,ある場合にはヨーロッパ帝国が産油地域への直接支配を強め,またある場合には現地支配者にロイヤルティが支払われて「信頼できる」支配者が政治権力を握り続けることができるように政治的な支援が行われた。1970年代になって,産油国の政府の手に入る石油収入が増加したのは間違いないとしても,「石油をめぐる政治」は何も 1970年代に始まったものではなく,石油はその開発開始以来,直接的・間接的に政治体制に影響を及ぼし続けてきたのである。「石油の大きな変化」の前と後を明確に区別しようとする方向性は,石油と政治の関係についての,近視眼的で単純化された理解に繋がる恐れがあるというのが,本項での主張の要点である。

3. 空間的限定への疑問符――国際的要因の重要性――

一方,「資源の呪い」はすべての場所で同じように起こるのではなく,特定の条件下でのみ生じるのだと主張するのが,条件論の立場であり,これは「資源の呪い」の理論に空間的な限定を付与するものだといえる。社会的,経済的,歴史的その他の条件がまったく異なる地域において,石油が普遍的に同様の効果をもたらすと考えるのはそもそも理論的にも不自然であるし,ノルウェーやカナダといった,明らかに民主的な産油国が存在することから,経験的にも問題があることが分かる。Ross[2001]をはじめとする初期の研究は,このような限定をかけることなく一般的な文脈で石油と政治体制の関係を論じていたことを考えると,「どのような条件下で『資源の呪い』は生じるのか」を解明しようとする新しい研究の方向性それ自体は,建設的な発展であると考えられる。この点で,空間的限定は,前項で論じた時間的限定とは多少性格を異にするといえるだろう。

しかしながら,必然的な帰結ではないものの,産油国それぞれの違いに注目する既存研究が見逃しがちな点が 1つ存在する。国際的要因である。そもそも湾岸戦争やイラク戦争などに由来する一般的な通念とは異なり,政治体制に関する「資源の呪い」研究において,国際的な要因が注目されることは稀である。なかでも,各国の違いを強調する研究においては,特に国内の制度や社会状況が説明要因として中心的な役割を担いがちである。例えば Dunning[2008]においては,説明変数は「石油への依存度」と「社会の不平等性」という国内要因であり,国際的な要因についてはほとんど議論がなされていない。ダニングは石油が民主化を促進した事例としてラテンアメリカ諸国を,逆に権威主義化を促進した事例として湾岸諸国などを挙げているが,両者は石油への依存度と社会の不平等性において異なっているだけでなく,置かれた国際環境においても大きく異なっているにもかかわらず,である。湾岸産油国の中でも特にアラブ首長国連邦,カタール,バーレーン,オマーンなどは独立が 1971年と遅く,それまではイギリスの保護国であった。そのため当然,内政・外交においてイギリスの影響を受けていたのみならず,その国家としての成立そのものにもイギリスが関与している。一方でラテンアメリカ諸国は,旧宗主国やイギリス,後にはアメリカ の影響を受けているといっても, 19世紀前半から独立を保ってきたのであり, 1970年代まで植民地支配の下にあった湾岸諸国とは状況に開きがあると考えるのは自然であろう。「資源の呪い」の理論に空間的な限定を付すことが必ず国際的要因の軽視に繋がるわけではないが,現状としては,実際には重要であるはずのこうした要因が意外なほど注目されていないという事実が存在する。

それでは,具体的に,国際的要因は石油と政治体制の関係にどのような影響を与えているのだろうか。まず,周知の事実として,石油の安定供給を重視する旧宗主国のイギリスや,アメリカ等のその他の西側諸国は,自らに協力的なこれらの国々の体制を陰に陽に支援してきた(注11)。東南アジアの小国で,最も 1人当たりの石油収入の値が高く,かつ最も権威主義的な国家の 1つである(したがって「資源の呪い」の典型事例であるといえる)ブルネイの例を挙げてみよう。ブルネイでは,独立以前の 1962年に,ナショナリズム隆盛の時流に乗り,支配者であるスルタンに対抗する政治勢力として人々の支持を集めていたブルネイ人民党(Parti RakyatBrunei:PRB)が武装蜂起するという事件が発生した(いわゆる「ブルネイ反乱」)。同党はブルネイ全土をほぼ掌中に収める勢いであったが,従来の専制的な統治の存続が脅かされたスルタンが,宗主国であるイギリスに軍事的支援を求めると,イギリスは即座にこれに応じ,ブルネイに部隊を派遣した。その結果,わずか 2週間ほどで反乱は鎮圧され,ブルネイの政治権力は再びイギリスの統治の協力者であるスルタンの手に戻り,PRBは非合法化されて完全に勢力を失った[Hussainmiya 1995,300-310]。以後同国で権威主義的な統治が継続しているのは周知の通りである。同じくイギリスが保護国としていた湾岸諸国(ブルネイと同じく「資源の呪い」の典型事例である)においても非常に類似した経緯が見られる。すなわち,商人層を中心とする政治勢力や,支配一族内での不満分子との政治闘争において,イギリスは重要な石油資源を安定的に供給してくれる協力者としての首長を直接的・間接的に支援し,現在の体制が維持されるように計ってきた[Crystal 1990]。さらには,記憶に新しいイラクのクウェート侵攻に対するアメリカを中心とする多国籍軍の介入(湾岸戦争)も,この介入がなければ,クウェートの体制が存続し得ないのみならず,クウェートという国家自体が消滅していたという点において,石油の存在と密接に関係した西洋諸国の利益という国際的要因が体制維持に深く関係していることは明らかである。「資源の呪い」を他国との関係の文脈から切り離し,専ら各国の国内事情を分析の対象とするという方向性は,こうした国際的要因を見逃す原因となりうるのだ。

こうした傾向により拍車をかけると考えられるのが,サブナショナルな単位を分析単位とする研究の出現である。例えば,Goldberg, Wibbels and Mvukiyehe[2008]は, 1929年から 2002年の 73年間にわたるアメリカの州のデータを用いて「資源の呪い」を検証している。著者らは,資源への依存度を独立変数とし,経済成長率や1人当たり収入などの経済指標,そして当選者と落選者の得票率の差や現職の得票率など,選挙の競争性を測る政治指標を従属変数とした計量分析と,テキサスとルイジアナの事例研究を行った。その結果,資源への依存は,低成長,低開発,そして低い政治的競争性などと結びつ いていると結論付けている。この分野の代表的なレビュー論文である Ross[2015]はこうした近年のサブナショナル・レベルの研究を多く取り上げ,国家間比較に比べてデータの質が高く,より説得的な因果効果推定ができるとしてこれを肯定的に捉えている(注12)

確かに,国家間比較に比べて,サブナショナルな単位の比較においては各国固有の要因を統制することができ,より精度の高い因果効果の推定が可能になる。その意味で,こうした分析戦略は方法論上効果的だといえる。しかしながら,国家内の地域を単位とする分析の結果が,そのまま国家を単位とする議論にも応用可能だと考えるならば,それは誤りである。なぜなら,国家とサブナショナルな単位が置かれている環境,特に国際環境は大きく異なるからである。もちろん個別の事例に依存するが,国家とは異なり,一般にサブナショナルな単位について「政治体制」を論じることはできないし,サブナショナルな単位に対する他国からの影響は,あくまで主権国家によって媒介される。両者は単位としての規模も異なるし,石油収入に対する課税の権限も中央政府と地方政府では異なる。サブナショナルな単位を分析した結果得られる知見はそれ自体として重要だが,それは基本的に国家を舞台に生じている現象とは別個のものとして考えられるべきであって,両者を同列に語ることは避けるべきである。

Ⅲ 因果関係のより包括的な理解へ ――植民地支配・脱植民地化と石油――

前節では,近年の「資源の呪い」研究における時間的限定と空間的限定に疑問を呈し,歴史的要因と国際的要因の重要性をそれぞれ指摘した。それでは,より長い期間について,国際関係に注目しつつ石油と政治の関係を観察することで,既存の「資源の呪い」研究の知見はどのように見直されるのだろうか。以下では,「単位同質性」と「根本原因」という, 2つのキーワードに即して簡潔に考察する。

これまで取り上げてきた「資源の呪い」に関する諸研究はいずれも,分析に含まれる国家を互いに比較可能で同等な単位として想定してきた。いかなる比較分析においても分析単位を揃えなければならないのは当然であり,観察数を増やして大規模なデータセットによって計量分析を行うのがこの分野の支配的なアプローチであることを考え合わせれば,こうした前提が置かれるのはますます無理もない。個別事例の分析ではなく,独立変数が従属変数に与える平均的因果効果の推定を目的とする肯定論や否定論はもちろん,産油国の多様性を前提として異なる産油国を比較する条件論においても,これは同様である。というのも,条件論の研究というのはあくまで,産油国を石油以外の 1つあるいは複数の変数を基準に比較するものであり,これは各国が比較可能で同等な単位でなければ成り立たないのである。

しかし,こうした研究には 2つの疑問が残る。第 1に,本当に産油国は互いに比較可能で同等な単位なのだろうか。カタールとノルウェーとベネズエラが,現在の政治・社会・経済に関する 1つや 2つの変数によって比べられるという前提は,分析上当然とされているが,実は非常に強い仮定である。むしろ,産油国は「国」としての成り立ちや性質においてそもそも互いに大きく異なっているのではないだろうか。

第2に,条件論が異なる産油国を分ける基準として用いている変数自体は,そもそもどこから来るのだろうか。Dunning[2008]が重視する社会の不平等性や石油への依存度が各国によって異なるのは,なぜだろうか。Smith[2007]が注目する経済発展開始時の石油収入の多寡と反体制派の強弱は,そもそもなぜ生まれるのだろうか。Menaldo[2016]は,ペルシャ湾岸の君主制国家は石油によってではなく,君主制という制度によって安定した権威主義が生まれているのだと主張するが,そもそもなぜこれらの国にだけ君主制が存在するのだろうか。また,政治体制を従属変数とするものに限らず,この分野の研究の多くが重要な変数として取り上げる「制度の質」(注13)は,何によって規定されるのであろうか。

第1の疑問を解く鍵となるのは,脱植民地化という歴史的な重大局面である。権威主義体制という意味での「資源の呪い」に苦しめられている産油国の多くは,旧植民地である。石油開発の開始から現在へと至る時間的な流れの中には,脱植民地化という大きな「事件」があり,それによって我々が今日観察している国家が誕生した。しかし脱植民地化は,計画的に実行されたものではなく,現地の政治家や本国の事情や国際関係によって多分に左右された結果である。ほとんどの場合,どの植民地がいつ独立を達成し,それがどの単位をもとにして行われるのかは,事前には予想されていなかった[Jackson 1990]。つまり,植民地の独立には多様な要素が影響していたわけだが,前述のように,多くの旧植民地において石油生産は植民地期に開始されている。そうすると,国家の成立の経緯そのものに,石油の存在が影響を与えていた可能性を疑うのは,決して的外れではないだろう。仮に,研究者が 1つの単位として「資源の呪い」における比較に用いている「国家」という存在自体が石油の産物であるとすれば,これまで外生的なものとされてきた国家は,資源をめぐる政治に内生的なものとして扱わざるを得ず,この分野の蓄積の根本的な前提が問い直されることになる。旧植民地である一部の産油国の成立過程には石油の存在が影響し,石油開発当時から独立国であった他の国々は石油と関係なく成立しているとすれば,石油をめぐる政治を論じるにあたって,すべての産油国を同等の単位として論じることができるかは,極めて危うくなる。各産油国の成り立ちに着目する必要があるだろう。

もっとも,国家の成立過程に注目する本稿の視点に類似した知見は,第Ⅰ節でレビューした条件論の一部にも既に見られる。特に Karl[1997]は,ノルウェーとベネズエラなどを比較して,国家建設と石油開発の前後関係によってその後の体制が左右されると主張しており,これは一見本稿の視点と同一に見える。しかし,カールが比較しているのは,西洋先進国と,最も早期に独立を遂げた旧植民地の 1つであるラテンアメリカのベネズエラ,独立国であったイラン,石油開発が独立前後であるアルジェリアやナイジェリアなどであることに注意が必要である。すなわち,国家の成立過程そのものに深く石油が影響していると思われる事例は,インドネシアを例外としてここには含まれておらず,また同書の事例について石油の影響が議論されるのは 1970年代の石油ブームの後が中心であり,植民地時代に遡った議論はなされていない(注14)。類似した視点は既に存在しても,国家形成あるいは国家建設と石油との関係は,その歴史的な経緯を踏まえて十分に掘り下げられてきたとはいえないのである(注15)

第2の疑問については,植民地期の統治のあり方が独立後の政治・経済に大きな影響を与えていることを指摘する研究が参考になる。例えば,Acemoglu, Johnson and Robinson[2001]は,本国からの植民者の死亡率によって定住の有無が決まり,それが初期の制度の質を左右し,さらに現在の制度へとそれが影響し,最終的に経済的なパフォーマンスへと帰結すると主張している。一方 Mahoney[2010]は,ラテンアメリカ諸国の開発の程度の違いについて,植民地化前の社会の制度化の程度の高低と,宗主国の政策が重商主義か自由主義かという 2つの要素の組み合わせによって植民地化の程度の高低が決まり,自由主義政策を取る宗主国のもとで植民地化の程度が高い,または重商主義政策を取る宗主国のもとで植民地化の程度が低い場合に高度な発展が見込まれるとする。このように,我々が今日観察している政治的状況の原因が,しばしば植民地時代にまで遡ることができることは特筆に値する。そう考えれば,前述のような条件論が挙げる諸要素も,植民地時代に生まれたものである可能性は否定できない。国家の独立時に既に存在した差異は,独立よりも前にその原因を求めざるを得ないのである。

Pierson[2004,81]は,近年の政治学が原因と結果のどちらにおいても,専ら直近のものに注目するようになっており,長期的過程が軽視されがちであると警鐘を鳴らしている。「資源の呪い」の分野においては特に,直近の因果関係をできるだけ厳密に推定するという方向性がほとんどの研究に共通の前提となっている。そうした方向性自体に問題があるわけではないが,これまで概観してきたような歴史的・国際的な過程が存在すると考えれば,そのような研究ばかりが行われている状況は望ましいとはいえないだろう。

「資源の呪い」に関連する研究のうち,国際的・長期的な過程に注目した数少ない例外的な研究として挙げることができるのは,Mitchell[2011]である。ミッチェルは,「資源の呪い」の研究者は,石油の性質やその製造・流通・使用過程についてほとんど注意を払わず,単なる石油収入しか見ていないと厳しく批判する。彼は,石炭産業は多くの労働力を必要とし,また鉄道や港湾などの関連産業と相互依存の関係にあったため,労働者が連携して生産を遅らせたりストライキをしたりすることが可能になり,労働者の政治的権力が強まって民主主義の発展に繋がった一方,石油産業は,液体であり流れ出すという石油の特徴から,生産に労働者をそれほど必要としないため,民主化要求を行う労働者の力を弱めたことを指摘している。また,中東の石油を独占し,その生産を最大化するのではなく逆に制限して不足を生じさせることで価格を上げるというイギリスやアメリカの戦略についても歴史的に概観しており,国際要因についても考慮している。しかし,「資源の呪い」を研究する比較的狭い研究者のコミュニティから離れたアウトサイダーであり,歴史的・叙述的なミッチェルの研究は,Ross[2012]Mitchell[2011]を比較してレビューした Morrison[2013]のような例外を除けば,「資源の呪い」研究の主流からはほとんど無視されてきた(注16)。しかし,単に変数上の関係が存在するというだけではなく,具体的な事例において,歴史的に石油が政治にどのような影響を与えてきたのかを明らかにする研究は,この分野にも必要ではないだろうか。

おわりに

「資源の呪い」をめぐる議論は,石油と権威主義体制の関連性の指摘から,その検証,反論,修正という経緯を経て展開してきた。しかし実は理論を「頑健」なものにする過程で失われた要素があり,問われなくなった前提が存在する。それを問い直す研究は少数ながら存在するものの,「資源の呪い」を研究する中心的な研究者には必ずしも顧みられていない。現在必要とされているのは,既存研究のアプローチや議論の動向を理解し,それを踏まえた上で,彼らが見落としている点を指摘することのできる研究ではないだろうか。

天然資源の存在は,歴史上常に政治と密接に関係してきた。資源をめぐる政治に関する研究の蓄積は進んでいるが,その関係は未だ十分に明らかになっているとは言い難い。「歴史への回帰」は,「資源の呪い」研究に新しい命を吹き込むことのできる可能性を秘めており,今後の発展の 1つの鍵となるというのが,本稿の結論である。

(オックスフォード大学政治国際関係学部博士課程,2018年2月20日受領,2018年8月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)

(注1)  「資源の呪い」という言葉の意味を字面通りに取る限り,これはすべての資源に該当する理論であるかのように思われる。しかしながら,実際に「資源の呪い」研究が想定している「資源」は石油と天然ガスが主である。Ross[2012]のように,近年では「石油の呪い」(oilcurse)として石油(と天然ガス)に限定した議論を行うこともしばしばではあるが,依然として多くの研究では「『資源』の呪い」を標榜しておきながら,実際には「『石油と天然ガス』の呪い」を扱っているのが現状である。

(注2)  なお,近年「資源の呪い」は新たに国際紛争との関係でも議論されるようになりつつある。代表的な研究であるColgan[2013]は,産油国の天然資源と国際紛争を,「革命的な政府」という要素によって結びつける。革命的な政権と石油という 2つの要素を備えた国家は,そうでない国家に比べてより好戦的になるというのだ。革命の指導者は通常リスクへの許容度が高く,国際紛争による利得を過大評価して攻撃に打って出やすい傾向にある。産油国においては石油が指導者の行動の自由をさらに広げてより好戦的な対外行動に向かわせ,結果としてより攻撃的な政策が取られるというのである。その他にも研究はあるが,政治体制や内戦に関する蓄積と比べれば,まだ分野としては未発展である。

(注3)  内戦との関係については,日本語でも既に大村[2010]という優れたレビューが存在する。政治体制との関係については,Ross[2015]が最も包括的なレビューであると思われるが,ロスはこの分野で最も中心的な研究者でもあるため,自ずからそのレビューも彼自身の立場を代表するものにならざるを得ないという側面は否定できない。

(注4)  イランを事例に,石油輸出に依存する国家の経済成長が鈍化することを示したMahdavy[1970]がこの分野の先駆的業績であり,Beblawi and Luciani[1987]がこれをレンティア国家仮説として定式化した。なお,Mahdavy[1970,428]は,レンティア国家を「定期的に大量の外的レントを得ている国家」と,外的レントを「外国の個人,企業,あるいは政府から,自国の個人,企業,あるいは政府に払われる賃借料」とそれぞれ定義している。レンティア国家仮説については,邦語文献では松尾[2010]に詳しい。

(注5)  リプセット仮説は従来経済発展が民主化に結びつくという仮説だと解釈されてきたが,Przeworski and Limongi[1997]は,経済成長は民主化ではなく民主主義の維持に繋がるものだと主張する。

(注6)  もっとも,レンティア国家論が発展して「資源の呪い」研究になり,前者が後者に吸収されたと考えるならば,それは誤りである。現在でも中東地域研究においてレンティア国家論は活発に議論されており,比較政治学の「資源の呪い」研究とは別個の分野として存在している。レンティア国家論における近年の動向については,山田[2013]に詳しい。なお,レンティア国家論からの繋がりを指摘する多数派的な理解に対し,経済学において「資源の呪い」が議論される中で,資源が経済成長に対して与える効果を決定づける条件として政治体制が注目され,これが資源と政治体制の関係についての議論に繋がっていったのだとする見方も存在する。例えば Kurtz and Brooks[2011]は先行研究をそのように整理している。とはいえ,今日の研究が Mahdavy[1970]Beblawi and Luciani[1987]を引用するのは,その内容を取り上げるというよりも,あくまで形式的な引用に留まり,また現在の議論の内容は研究の系譜とは関係がないため,あまり系譜について議論する実益はないだろう。

(注7)  なお,Karl[1997]は「資源の呪い」(resourcecurse)ではなく,「豊富さの逆説」(paradox ofplenty)という言葉を用いている。

(注8)  ただ,実際の「資源の呪い」研究の分析は,各国の各年度(country-year)を単位としているため,この図のような国家間比較をしているわけではない。ここでは単純化して述べていることを注記しておく。

(注9)  Polityスコアについては Marshall, Jaggers and Gurr[2013]の,生産開始年度については Lujala, Rod and Thieme[2007]のデータを参照した。

(注10)  詳細な石油産業の歴史についてはYergin[1991]を参照。

(注11)  西洋諸国に加え,近年においてはアフリカを中心的な対象として中国の影響力拡大が議論されることも多い。旧宗主国に比較すればその歴史は浅く,産油国の政治体制に対して中国の関与がどのような影響をもたらすかは目下研究が進行している段階である。この点についてはAlden,Large and Soares de Oliveira[2008]に詳しい。

(注12)  もっとも,ロスは「すべての問いにサブナショナルな分析で回答できるわけではない」と述べており,サブナショナルな研究が困難なものの例として権威主義体制の存続を挙げている[Ross 2015,241]。しかしなぜ権威主義体制の存続が他のテーマと比べてサブナショナルな分析にそぐわないのかについては説明しておらず,さらに後段ではサブナショナルな分析によって「レンティア効果」を検証する研究,すなわち権威主義の存続に関する研究を肯定的に取り上げていることから,この点に関して必ずしも一貫性は見られない。

(注13)  制度を「資源の呪い」の条件とする研究の例としては,Luong and Weinthal[2006], Mehlum, Moene and Torvik[2006]Boschini, Pettersson and Roine[2007]Snyder[2006]などがある。

(注14)  カールが湾岸諸国などの事例を対象としていないのは,分析の対象を「資本不足の石油輸出国」(capital-deficient oilexporters)に限定し,「資本剰余の石油輸出国」(capital-surplus oil exporters)を除外しているためである[Karl 1997,17-19]。両者を分ける明確な基準は説明されていないが,前者は後者よりも人口規模が大きく,石油ブーム前の埋蔵量が少なかった国々だとされており,湾岸産油国はほとんどが後者に分類されている。すなわち,カールの理論の射程は比較的狭い範囲の産油国であるといえる。同じく条件論の例である Smith[2007]は,計量分析による一般化を試みてはいるものの,議論はインドネシアとイランの体制の比較,すなわちカールが同じ「資本不足の石油輸出国」に含めている事例の中での比較に出発していることから,さらに狭い範囲から理論が導き出されているといえるだろう。

(注15)  厳密には国家という存在が成立する過程と国家がそのキャパシティを向上させる過程は区別されるべきであり,本稿が前者への注目を呼び掛けているのに対して,条件論の議論で注目されているのは後者であることにも注意が必要である。

(注16)  例えば,現在最も包括的なレビュー論文であるRoss[2015]は 172もの文献をリストアップしているにもかかわらず,ここにはMitchell[2011]は含まれていない。

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