アジア経済
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
紹介
紹介:岸本千佳司著 『台湾半導体企業の競争戦略 ――戦略の進化と能力構築――』
日本評論社 2017年 vii + 326ページ
吉岡 英美
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 60 巻 1 号 p. 104-105

詳細

半導体産業では,1980年代から1990年代の日本企業による対米キャッチアップとその後の再逆転,1990年代以降のアジア企業による対日キャッチアップというダイナミックな変化が観察された。なかでも,主役のひとつである台湾企業の登場は,その目覚ましい成長ぶりもさることながら,ファブレス(設計専業)・ファウンドリ(製造請負)という新たなビジネスモデルを切り拓き,半導体産業に組織的な革新をもたらしたという意味で,画期をなすものであった。

本書は,「ファブレス・ファウンドリ分業体制の詳細な分析を行い,台湾企業の競争戦略と能力構築の実態を明らかにする」(1ページ)ことにより,「後発であった台湾企業が,1990年代以降,半導体産業で急成長できたのは何故か」(13ページ)という問いに迫ろうとする試みである。台湾の半導体企業が競争優位を構築しえた外的・内的な要因それ自体は,国内外の数多くの調査研究により,かなりの程度把握されている。これに対して本書は,経営学者の楠木健氏が提唱する「ストーリーとしての競争戦略」(戦略ストーリー)という枠組みによりながら,台湾半導体企業の競争戦略の全体像を描き出そうとするところに特徴がある。

戦略ストーリーとは,企業が顧客に提供する基本的な価値(コンセプト)を実現するよう,他社との違いをつくり出す個々の構成要素(ポジショニングと組織能力)を一貫した論理で結びつけ,最終的に意図する競争優位へとまとめ上げたものとして競争戦略を捉える方法である。ここで重要な点は,戦略ストーリーの一貫性の基礎となり持続的な競争優位の源泉ともなる「クリティカル・コア」として,競合他社からすると一見して非合理な要素が競争戦略の中核に組み込まれることである。こうすることで競合企業による模倣がおのずと阻止されるため,長期にわたる競争優位の持続が可能になる。

それでは,台湾半導体企業の事例では,どのような戦略ストーリーが浮かび上がるのだろうか。例えば,メディアテック社に代表される台湾のファブレス企業に関してみると,著者は,その成功要因とされる構成要素のなかでも「顧客密着,現場サポート」を「クリティカル・コア」に位置づける。台湾のファブレス企業は,コスト重視の標準品に注力するにもかかわらず,場合によってはエンジニアを駐在させるかたちで,海外も含めた顧客企業に手厚い量産支援を提供してきた。そもそも標準品を生産する部品企業が顧客のシステム製品の量産立ち上げに労力を費やすこと自体,非合理にみえる。だが,きめ細かい現場密着サポートは,自らの製品開発・改良に欠かせない顧客ニーズをつかむための情報源になるとともに,成長する新興国市場に参入するための強力な武器にもなったのである。

こうした現場密着サポートは,台湾ファブレス企業による合理的な選択の結果というよりも,その後発性に起因するものとみられる。つまり,おくれて参入した台湾ファブレス企業は事業開始当初,欧米のファブレス企業が相対的に軽視していた台湾や中国のローエンド・ミドルエンド市場に販路を求めざるを得ず,また技術能力の劣る後発国の顧客企業を開拓するには,至れり尽くせりのサポートが必要不可欠であった。とはいえ,「災い転じて福となし」,現場密着サポートはいまや欧米の競合企業には真似のできない台湾独自の強みに転化した,というわけである。

以上のファブレスの事例に加えて,本書では,台湾のファウンドリ企業が急成長できたのはなぜか,また台湾企業の台頭と入れ替わるように日本の半導体企業の多くが凋落したのはなぜか,という問いに関しても,戦略ストーリーの手法で分析が行われている。さらに,ファブレスとファウンドリのそれぞれの業界において,同じビジネスモデルであるにもかかわらず,台湾企業の間に大きな業績格差が生じたのはなぜか,という問いについても検討される。これらの多岐にわたる論点とともに,企業関係者の多方面にわたる数々の証言から,台湾企業と日本企業の戦略が生き生きと浮かび上がってくる点も,本書の魅力である。本書は,いささか総花的ではあるが,台湾半導体研究の集大成であり,その到達点を知ることのできる一冊であるといえる。

文献リスト
  • 楠木建 2010. 『ストーリーとしての競争戦略——優れた戦略の条件——』 東洋経済新報社
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top