2019 年 60 巻 1 号 p. 2-36
はじめに
Ⅰ人口センサスにみる高等教育の発展状況
Ⅱ成人教育の制度と実績
Ⅲ成人教育の特徴と規定要因――CGSSに基づいて
Ⅳ成人高等教育の評価――収入関数の推計結果に基づいて
おわりに
1980年代以降の中国経済は驚異的な高度成長を遂げたが,それを可能にした重要な要素の1つとして人的資本の蓄積,言い換えれば,学校教育,特に高等教育の急速な拡張が挙げられる。『中国人力資本報告 2017年』によると,5.8年だった1982年の全国労働力人口の平均教育年数は2015年には10.1年へと33年間で4.4年も伸びた(都市部:7.3年→11.3年,農村部:5.3年→8.6年)。また,大学専科(2年制または3年制の短期大学。以下,大専と呼ぶ)卒以上の労働力全人口比も同期間中,1.0パーセントから16.4パーセントに大幅に上昇した(都市部:3.6パーセント→26.2パーセント,農村部:0.2パーセント→2.9パーセント)[李海峥 2017]。背景に,中学校までの義務教育制度が普及し,大専,大学および大学院が構成する普通高等教育が大きく拡張しただけでなく,働きながら様々な形で大専または大学,大学院の科目を履修して大卒,大学院修了等の資格(卒業証書や学位)を取得する,という「成人高等学歴教育」の存在も大きい[Tang 1994; Chinese National Commission for Unesco and Chinese Adult Education Association 2008]。
「文化大革命=文革」(1966~76年)が終焉した翌年に,10年間も中断された全国大学統一入試制度は復活したものの,教育資源(設備,教員等)が乏しく,全日制普通高等教育の学生募集定員が厳しく制限されざるを得なかった。他方,経済発展優先への舵が切られた中国共産党第11回大会第3次中央委員全体会議(「三中全会」,1978年12月)以降,経済成長に必要不可欠な大卒など高学歴者への社会的需要が高まり,10年以上も大学受験を諦めざるを得なかった数多くの若者も大学進学を渇望した。それに,鄧小平が1980年に提唱した幹部任用の「四化=革命化・若年化・知識化・専門化」基準の制度化(注1)が影響し,各級の共産党組織・行政機関(以下,党政機関と略す)や国有企業に勤める者ばかりでなく,各界の高学歴に対する需要が急増するようになった(注2)。普通高等教育機関の供給能力と高学歴への社会的需要の間で大きなギャップが生じ,それは社会人を対象とする成人高等教育が成長するチャンスとなった。
こうした時代背景をもつ中国の成人教育は,欧米や日本などの先進国で見られる生涯教育・学習[渡邊 2002; 高橋 2017]や特定の階層を対象とする職業訓練[OECD 2010; Jarvis 2010; Dukeand Hinzen 2011],あるいは計画経済期の中国で行われた識字教育や技能研修[Hunter and Keehn 2018; 何紅玲 2004; 応永祥・王憲平 2009]のようなものだけでなく,むしろ数年間で大専・大卒等の資格を取得する目的の,いわゆる「成人高等学歴教育」が主流であった。改革開放時代の下,幹部任用の要件としての「知識化,専門化」が具現化されねばならず,県級以上の党政機関では大専・大卒以上の学歴が原則として主要幹部任用の必要条件とされ,給与にもこうした最終学歴が反映される人事制度があるためである[孫世路・方敬・易濱 1989]。
近年の中国で,情報技術の進歩,普及と相まって,中央から地方の各レベルの党政機関や事業体(注3)・社会団体等(以下,事業体等と略す)に勤める主要幹部の個人情報が詳らかに公開され,指導者層の高学歴現象が確認できる(注4)。中央や各省・自治区・直轄市(以下,省区市と略す)の要職に辿り着いた指導者はそのほとんどが1950年代,60年代に生まれた世代であり[徐豪 2016],彼らが普通高等教育を受けるべき年頃はちょうど「文革」の時期に当たり,あるいは教育資源の乏しい1980年代であった。この世代では,普通高等教育機関に進学できた者はごく限られた一部の幸運者にすぎなかった。にもかかわらず,数多くの者が大専卒・大卒以上の学歴をもっているのは就職後,成人教育を受けることができたからにほかならない。もちろん,このような現象は企業を含む様々な組織で働く大勢の社会人の中にも存在する。
周知のように,近代経済学では学校教育が人々の潜在的能力を表す人的資本として重要視され,教育水準または教育年数が就職,昇進,給与に及ぼす影響の有無や強さ,時間の経過に伴うそれらの変化について個票データを用いた計量分析は,労働経済研究の大きな流れとなっている。中国の労働経済に関する研究では,全国をカバーする個票データの開発および一般公開が進んでいることもあり,国内外で膨大な実証研究の成果が蓄積し,教育と収入,昇進との関係に関する理解が深化している[李実・史泰麗・古斯塔夫森 2008; 厳 2016a,2016b]。また,所得格差や不平等に対し教育が重要な影響を与えることも多くの実証研究で明らかとなっている[Knight and Li 1993; Riskin, Zhao and Li 2001; 薛・荒山・園田 2008]。
こうした既存研究では,最終学歴または教育年数を1つの質点として扱う傾向が強く,教育達成の要因分析や教育格差のメカニズムを研究するものも多い[Postiglione 2006; Hu and Hibel 2014; Knight, Sicular and Yue 2013; 南・牧野・羅 2008; 厳 2015]。ところが,中国の成人高等教育では入試制度や教育方法が多くの問題を抱え,教育の質的保証も十分でないといった批判が多い[余小波 2008; 周春花 2013; 李保国 1995]。中国の高等教育を深く理解するには,普通教育と成人教育を区別してそれぞれの基本状況と相互関係,労働市場における就職や昇進,収入への効果を実証的に分析することも欠かせない(注5)。
残念ながら,そうした問題意識に基づいた先行研究は日本語文献では皆無に近く,中国語文献でもほとんど見当たらない。日本語文献では,南部[1994],黄[1995; 2000],鮑[2002; 2004],吉田[2007],および劉[2006],石井[2010]はそれぞれ中国における成人高等教育の一部分を研究テーマとしているが,ほとんどが制度の解説や実態の記述的分析に留まっている。また,中国には成人高等教育を専門的に扱う学術雑誌として『継続教育研究』や『成人教育』はあるが,掲載論文は主として成人教育制度の仕組みや特徴,入試制度,教育の内容・方法・質的保証にかかわる問題の定性的または記述的分析に集中する傾向があり[姜金林 2003; 李国斌・屈兵・楊学祥 2007; 余小波 2008; 張晨晨 2013],普通高等教育と比較し成人高等教育の収入増に及ぼす効果を計量分析するものもごく少ない[許玲麗・馮帅章・陳小龍 2008; 儲慶 2011; 楊中超 2017]。
そこで本稿では,上述の問題意識および先行研究の到達状況を踏まえ,ここ40年間の中国における「成人高等学歴教育」に焦点を絞って,普通高等教育と比較しながら,成人高等教育の実態と特徴を描き出し,成人高等教育が就業者の収入に及ぼす効果を実証的に明らかにすることを主な目的とする。国家統計局が行った人口センサスや教育統計の集計データ,中国人民大学等が開発した中国総合社会調査(Chinese General Social Survey: CGSS)の個票データを用いるが,分析対象は,所定の課程を履修し大専卒や大卒といった資格の取得を目的とする者に限定し,生涯学習,短期間の技能研修といった「非学歴教育」は本稿の分析対象外とする(注6)。
本稿の構成は以下の通りである。第Ⅰ節では,2000年と2010年の人口センサスに基づいて,大専卒以上の学歴をもつ人口が急増し,その相当部分が成人教育の拡張に起因したことを明らかにする。第Ⅱ節では,成人教育に関する制度の仕組みと変遷を概観し,成人教育の特徴と問題を整理する。第Ⅲ節では,人口センサスとCGSSで捕捉された高等教育の関連情報を比較し,CGSSに基づく実証研究の可能性を検討した上で,成人教育の実態を明らかにし,高等教育にアクセスする機会の有無およびその規定要因を分析する。第Ⅳ節では,就業者全体,非農業就業者,さらに大専卒・大卒就業者を対象にそれぞれの収入関数を推計し,収入に及ぼす成人教育の効果を計量的に分析する。最後に,本稿の分析結果をまとめ,その政策的含意を検討する。
中国は国際社会の慣行に従い10年毎に人口センサスを実施している。ここで2000年と2010年の人口センサスに基づいて大専以上の高等教育の発展状況を確認する。表1に2つのセンサスにおける大学専科,大学本科および大学院の人数(在学者を含む)と,10年間の変化が示されているが,同表の数字からは中国の高等教育がこの間大きな躍進を遂げたといっても過言ではない。大専または大学の学歴をもつ者はこの10年間で4314万人から1億1424万人へと7110万人増加し,増加率は165パーセントに達した。
(出所)国家統計局編『中国2000年人口普査資料』,同『中国2010年人口普査資料』より作成。
ところが,国家統計局の教育統計によれば,2001年から2010年にかけての10年間,普通高等教育を受けて大専または大学を卒業した者は3415万人しかなく,普通高等教育機関の在学者も1676万人増えただけである(注7)。高齢などで亡くなった高学歴者も相当数に上ることを考え合わせると,この間の中国では,2000万人以上(増加分のおよそ3分の1)の者は普通高等教育でなく,成人教育制度を利用して高等教育の学歴を取得したと推測することができよう。
成人教育を経由して学歴を高めた人々の年齢分布については,2つの人口センサスの集計データから捉えることができる。図1は調査実施年と調査時年齢に基づいた,生年コーホートの大専以上人口割合を示すものである。例えば,2000年人口センサスにおける22歳以上(1978況(単位:万人,%)年以前生まれ)の者は基本的に大学または大専を卒業していたとするなら,2010年人口センサスで捉えた同年齢層の大専以上人口割合の上昇分は,成人教育を受けてより高い学歴を手にした者の増加に由来したものとみてよい。具体的には,1950年代から70年代に生まれた者(つまり,2000年人口センサス実施時の21~50歳)のうち,2000年からの10年間で大専以上の学歴を手にした者が1518万人に上る(1950年代生まれ,60年代生まれと70年代生まれの割合はそれぞれ6.4パーセント,23.3パーセント,70.3パーセント)。ただし,1978年以降生まれた者における大専以上人口割合の上昇は普通高等教育の飛躍的な発展によった部分も大きいはずだが,人口センサスの集計データではそれを区別することができない。
(出所)表1に同じ。
大専・大学・大学院別,性別と年齢層別で高学歴者割合の上昇幅について計算してみたところ,図2に示された結果が得られた。2000年調査時に,25歳以上の者はそれ以降基本的に普通高等教育を受けることがないとするなら,10年間経過して35歳以上となった彼らの学歴の上昇幅は成人教育を通して達成したものと理解してよい。それを踏まえて,同図から以下の事実を指摘することができる。第1に,男女を問わず成人教育を通して学歴を高めた者が多い。第2に,比較的若い年齢層ほどその可能性が高い。言い換えれば,加齢と共に成人教育を通して学歴を高めた者が減少する。第3に,女性に比べて男性が学歴を高めようとする傾向が強い。
とはいえ,高等教育の急速な発展をけん引したのは主として普通高等教育機関であり,それを背景に,成人教育の制度改革が行われ,成人教育の使命も次第に変化した。ここで,普通高等教育の発展状況に触れておこう。
(出所)表1に同じ。
図3は国家教育省が承認した普通高等教育機関(私立の大学・大専も含む)に入学した者の18歳人口比(進学率),および在校生数の推移を表すものである(注8)。前述のように,「文革」が終焉した翌年の1977年に,全国大学統一入学試験が復活した。1980年代前半までの数年間,新入生の募集定員は毎年数十万人しかなく,各年の変化も大きかったが,1985年頃から高等教育制度がほぼ正常に機能した。募集定員は徐々に増え,28.1万人だった1980年の入学者は90年に60.9万人に,99年に159.7万人へと急増した。また,進学率は1985年に2.8パーセント,99年に8.4パーセントと依然として低い。実際,中国の大学がエリート教育から大衆化教育への移行を果たしたのは,世界貿易機関(WTO)に加盟した翌年(2002年)のことである(注9)。
1999年に,中国政府は高等教育の市場化方針を決定し,受益者負担の原則を高等教育の中に導入した。以来,政府の教育予算だけでなく,授業料の有償化で大学等の新設や規模拡大に莫大な資金が投入されている。その結果,普通高等教育機関の募集定員が急増し,進学率も急伸した。図3のように,2015年には在校生は2600万人を超え,同年の18歳人口に占める進学者の比率は48.5パーセントに高まった(注10)。2010年代後半に高卒者のほぼ全員が高等教育機関に進学できるようになった(注11)。
(出所)国家統計局編『中国統計年鑑』各年版,同『中国2010 年人口普査資料』より作成。
高等教育の大衆化に伴い,大卒等の高学歴が就職,給与,昇進などで果たした役割も大きく変化した[李 2011; Xue 2012; 厳 2016a]。また,普通高等教育における需給関係が激変したことで,成人教育に対する社会の見方も徐々に変わりつつある。
現代中国における高等教育制度や大学入試制度については優れた研究成果が多く[大塚 1996; 2007],高等教育システム,教育予算,科学研究などに関する包括的な報告書もある[CRCC 2011]。しかし,これらの文献は主として普通高等教育を対象としたものであり,成人教育についての分析は必ずしも十分とはいえない。本節では,高等教育の急速な発展の一翼を担う成人教育に焦点を絞り,成人教育制度の変遷を俯瞰し,成人教育の実績を統計データに基づいて明らかにする。
1. 成人教育制度の概観中国の学校教育は,全日制の初等教育(小学校),中等教育(中学校と高校)および高等教育(職業技術学院,大学専科,大学本科と大学院)の3段階から構成され,それと併行し,学校教育を終えた成人を対象とする識字教育や技能訓練,特に1970年代末以降注目されてきた大専卒・大卒等の資格取得目的の「高等学歴教育」といった社会教育(注12)も制度として整備されている。初等教育と中学校の9年間は授業料無償の義務教育だが,高校以上の普通教育も成人教育も1990年代末以降基本的に有償化となっている。
大専卒・大卒等の資格を取得する手段として,普通高等教育のほか,放送大学や夜間大学,独学大卒認定試験(以下,独学試験と略す),インターネット(網絡)教育といったものも,様々な事情を抱える社会人のニーズに応える形で補完し合いながら存続し,また,時代の変化に適応するため,成人教育の形態も自ら進化してきている。表2は普通教育と成人教育の概要をまとめたものであり,ここで,同表および附表に基づいて中国における高等教育,特に成人高等教育制度の大枠を俯瞰する。
(出所)附表に同じ。
第1に,大卒や大学院修了といった学歴は,人口センサスなどの政府の公式統計では一括りに集計されるが,実際,普通高等教育機関(大学院の場合は中国科学院,社会科学院等も含む)ばかりでなく,様々な成人教育,中でも教育省が承認していない中央党校(注13)系列の学校を卒業した者も数多く含まれる事実に注意を払わなければならない。日常生活の中で同じ「大卒」でも,それを取得した方法が普通教育か成人教育かにより,それへの評価は異なり,就職や昇進の際,学歴の中身が問われることも多いからである。
第2に,1970年代末から,社会人を対象とする放送大学,夜間大学,独学試験などのブームが巻き起こった。高等教育を受けたい個人の思惑と高度人材を求める社会のニーズが合致したことは重要な時代背景であったが,普通高等教育が大衆化の時代を迎えた1990年代末以降,成人教育も様々な制度改革を余儀なくされることになった。普通高等教育の市場化(注14),大学の新設や規模拡大に対する規制緩和が進む中,高額の授業料を徴収可能な全日制大学の運営する成人教育は急速に募集定員を増やしていった。それとは対照的に,独立成人教育機関,独学試験,党校といった伝統的な成人教育は新たな形態に再編されながら縮小することとなった。
中でも,中央党校系列の成人教育の展開が注目される。教育省の承認を受けていない(注15)にもかかわらず党政機関などの幹部任用・昇進で有効とされる,中央党校系列の大専・大学教育は2008年についに存続することができなくなった(注16)。2017年現在,中央党校および14省区市級の党校で普通コース,または社会人コースの大学院教育のみが教育省によって認められている。
第3に,情報技術の進歩と普及を背景に,成人教育は対面授業や通信教育からインターネットを活用する遠隔教育にシフトしつつある。いつでも,どこでも勉強できるようになった今日,高等教育へのアクセス自体がさほど難しくなくなっている。これは大いに評価されるべき事象であろう。しかし同時に,大専卒や大卒という学歴の質的低下も広く指摘された事実である[李進才 1990; 李保国 1995; 周春花 2013]。利益追求に走る教育機関が横行し,教育体制(教員,施設など),教育内容(カリキュラム),および教育方法(インターネットなどの遠隔教育)に多くの問題があるからである。
このように,人口センサスなどで捕捉された大専卒や大卒という学歴は,エリート教育と大衆教育,普通教育と成人教育,全国統一入学試験の有無,教育省による学歴承認の有無などで質的に大きく変わった内容を含んでいる。
成人高等教育の制度変化を反映して政府統計の指標体系も2003年までと2004年以降とでは大きく調整されている。ここでは,1988~2002年における成人教育の実態を示す表3に基づいて説明する。この5年間,中央ならびに省区市級の放送大学を除く各種学院は一様に学院数を減らしたが,放送大学の卒業生が減少し,各種学院の卒業生が比較的安定した。学校数が急減した主な理由の1つとして,中央省庁および地方政府の教育局等が所管する成人高等教育機関は,組織の再編などを経て普通高等教育機関に昇格したと考えられる(注17)。また,学院数が減少する中,卒業生があまり変わらなかったのは,学院の規模が全体として拡大し続けたからにほかならない。この頃の中国では,成人高等教育は大きな構造変動を伴って発展していったといえる。
(出所)国家統計局編『中国統計年鑑』1999~2003年版より作成。
さらに注目すべきは,普通高等教育機関が運営する成人教育の拡張である。5年間で卒業生が倍近く増え,中でも,全日制成人教育(原語では「成人脱産班」)の増加が際立つ。この人たちは基本的に,全国大学統一入学試験で落第したものの,所定の点数を上回り,高めの授業料を納めることで,成人定員枠で入学した者である。実に,入り口が異なった2種類の学生が同じ大学に入り,専門分野や課目の設置,科目の担当教員まであまり変わらないような成人教育は,高等教育の市場化が決定した1990年代末から盛り上がった。利益追求に走り,従来の成人教育の目的とかけ離れた大学教育に対して厳しい社会的批判も向けられた。それを受け,教育省は2008年に,普通高等教育機関による全日制成人教育の募集停止を決定した[劉奉越・翟暁梅 2009]。
2. 高等教育全体の発展と成人教育の貢献国家統計局発布の統計公報によれば,1982年に,全日制普通教育を受けた大専卒と大卒は45.7万人,成人教育および独学試験で高学歴を取得した者は20.4万人に上るが,1984年にはそれぞれが28.7万人,16.4万人である。高等教育卒者に占める成人教育の割合はこの2年にそれぞれ30.8パーセント,36.4パーセントと高い。また,全国大学統一入学試験が復活した直後の不安定な様相もこうした統計から読み取れる。
図4は高等教育体制がほぼ安定した1984年からの21年間における卒業者数および教育形態別卒業者構成の推移を表すものである。この間,高等教育を卒業した者は合計で3920万人に達するが,普通高等教育が44パーセント,成人教育が38パーセント,独学試験が18パーセントをそれぞれ占める。成人教育が高度人材の養成で大きな役割を担ったことが分かる。
図4を詳しく見ると,以下の2点が指摘できる。第1に,卒業者数は増える傾向にあったものの,1988~94年の横ばい時期もあれば,2001~04年の激増ぶりも見て取れる。第2に,普通高等教育のシェアが比較的安定しているが,成人教育が縮減し,独学試験が膨れ上がった。ただ,2003年,04年には成人教育と独学試験の関係が逆転する様相を呈している。
(出所)普通高等教育は国家統計局編『中国統計年鑑』各年版,成人教育および独学試験は余小波[2008]による。
高等教育制度の変遷に伴い,高等教育に関する統計が2004年以降,普通教育,成人教育およびインターネット(網絡)教育の三大類別で行われるようになった。普通高等教育に関しては,統計データが前のものと比較可能だが,成人教育もインターネット教育も新しい状況に合わせて調整されたものである。
教育省統計によれば,様々な形で高等教育学歴を取得した者は2004年に468万人だったが,2015年には1097万人へと倍以上増えた。そのうち,普通教育卒業者の占める割合は同期間中51.1パーセントから62.1パーセントへと10ポイント上昇した。また,この12年間の卒業者は合計で9774万人,それに対する普通教育の割合は63.4パーセント,成人教育およびインターネット教育がそれぞれ22.7パーセント,13.9パーセントである。成人教育等の割合は以前に比べて幾分下がったものの,依然4割近くの高い水準を保つ(注18)。
図5は2004年から2015年にかけての高等教育の発展状況を大専・大学別に示したものであり,同図から大専も大学もほぼ同じペースで急拡大を続けた姿が確認できる。数字を挙げて具体的に説明しよう。大専,大学の卒業者はこの12年間でそれぞれ2.1倍,2.7倍に膨れ上がったが,卒業者数では大学は2015年に520万人と大専の577万人に及ばない。ただ,普通高等教育に関しては,大専から大学へのシフトが進み,全期間でみると両者はほぼ互角の状態であった。
(出所)国家統計局・国家数据(http://data.stats.gov.cn/easyquery.htm?cn=C01)より作成。
また,非全日制高等教育では,大学本科が安定的な状況であるのに対し,大学専科がインターネット教育のシェア増大に伴ってさらに拡張している。大専卒業者に占める普通高等教育の割合は2008年から15年の7年間で,66パーセントから56パーセントに下がったのに対し,インターネット教育が11パーセントから20パーセントに上昇したのである。
また,教育省の統計には計上されないものの,党政機関など様々な組織で昇進や昇給の際に有効とされる中央党校系統の高学歴をもつ者も,全国で320万人に上る(注19)。党校系統で高学歴を取得した者は当然ながら,その学歴を自認し,人口センサス等の調査時にはそれを大専卒または大卒として申告するであろう。以下の実証分析では,中央党校系統の卒業者も当然含まれる。
1980年代以降の中国における高等教育の発展状況,および非全日制成人教育の果たした役割について,国家統計局の人口センサスや教育省の業務統計からそれぞれの全体的状況や特徴を描き出した。ところが,人口センサスの集計データだけでは個々人の居住地域や属性が高等教育にアクセスする機会とどのような関係をもち,また,成人教育と収入の関係についても不明な点が多い。そこで,本研究では成人教育に関する設問が盛り込まれた中国総合社会調査(CGSS)の個票データを用い,かかる課題の解明に取り組む。CGSSの各調査票には調査時の最高学歴に関する設問があり,回答用の選択肢にある「大学専科」,「大学本科」についてはさらに「成人高等教育」か「正規高等教育」かの区別も明記されている(注20)。中国人民大学は,2003年から全国の都市と農村で厳密な社会調査法に則ったサンプリング調査を実施し,2018年1月1日現在,2003年,05年,06年,08年,2010~13年,および最新の2015年の計9回の個票データを国内外の研究者等に公開しているが,そうした情報を用いた研究論文は2018年1月現在ほとんど見当たらない(注21)。本稿はCGSSによる成人教育に関する初めての本格的な研究といえよう。
CGSSにおける学校教育の調査結果がどの程度全国の状況を正確に反映するかについて,人口センサスに照らし合わせて検討する必要がある。ここで,CGSSの個票データを解析し,生年コーホートに基づく大専以上人口の割合(大専・大学および大学院の卒業・修了者と在学生)を算出し,人口センサスの結果と比較する。直近の人口センサスは2010年に実施されたものであり,それに合わせてCGSS2010を利用すべきだが,後者のサンプル数を増やし集計結果の安定性を高めるため,ここでは2010年から13年の4調査の個票データを1つのデータセット(以下,CGSS調査と略す)に結合して利用する。
図6はCGSS調査と人口センサス2010における大専以上人口の割合を生年コーホートに基づいて推計した結果を農村・都市別に示したものである(注22)。同図から見て取れるように,CGSS調査に基づいた推計値が非常に高い信ぴょう性を有することが分かる。2つのデータ系列がほぼ同じ傾向性を呈するだけでなく,それぞれの数値もかなり近い。こうした事実からCGSSを解析し,その結果をもって,全国の都市と農村における高等教育の実態や特徴を推測することが可能であるといえる。
図6が示すように,農村と都市を問わず,生まれた時代により高等教育を受ける機会がまるで異なり,全体として若い世代ほど大専以上の教育にアクセスする機会が飛躍的に増大するといえる。他方,都市部で暮らす大専以上人口の割合が農村部のそれを大きく上回っているものの,その格差は1960年代末以降生まれの世代では急速に縮小する傾向にある。人口センサス2010によれば,1950年から68年生まれの世代では,都市対農村はおよそ20~30倍で推移したが,1968年以降生まれの格差状況は急速に改善し,1970年生まれの20倍から89年生まれの3倍程度にまで低下した。改革開放以降,成人教育を含む高等教育全般の発展により農村・都市間における高等教育学歴の格差縮小がもたらされたのである。
(出所)国家統計局編『中国2010 年人口普査資料』,中国総合社会調査(CGSS)2010-13 の個票データより作成。
CGSS調査では,調査対象者に調査時の最終または最高学歴(13段階),および最終学歴の取得年次に関する設問があり,最終学歴が大学専科または大学本科である場合,成人教育か普通教育かの区別も分かるようになっている。CGSS2010-13の集計結果によれば,最終学歴の取得年次が判別できる者は農村部,都市部でそれぞれ7782人,1万8189人に上るが,大専卒以上が占める割合は農村部が3.1パーセント(242人),都市部が29.1パーセント(5297人)であり,農村部と都市部で暮らす者の間に学歴格差が顕著に存在することが分かる。また,最終学歴を取得した時期を1960年代まで,70年代,80年代,90年代と2000年代以降の5つに分けてみると,大専卒以上人口の割合は,農村部がそれぞれ0.4パーセント,0.2パーセント,0.8パーセント,2.4パーセント,16.3パーセント,都市部がそれぞれ9.2パーセント,4.5パーセント,18.4パーセント,33.4パーセント,65.9パーセント,となっている。農村部,都市部を問わず,1990年代以降,高等教育が急速に拡張しつつあったことが分かる。これはまた全国の集計データから見られた結果とも合致している。
高等教育全般の発展に対し,成人教育がどのような貢献を果たしたかを明らかにするため,ここで,高等教育に占める成人教育の割合を農村・都市別,大専・大卒別,卒業年代別に算出し,その結果を図7に示す。農村部と都市部の双方を含む成人教育全体の状況を表す図7-①を見ると,大専卒,大卒における成人教育の割合は全期間を通して,それぞれ42.2パーセント,31.8パーセントに達しており,成人教育が高等教育全体の発展に大きく貢献したことが理解できる(注23)。図7には示されていないが,大専卒・大卒に占める成人教育の割合は全体として37.5パーセント,卒業年代別でみた同割合はそれぞれ17.3パーセント,23.9パーセント,40.2パーセント,41.2パーセント,38.1パーセントとなっている。普通高等教育が大衆化した2000年以降,成人教育の存在意義は下がっていると言える。
(出所)中国総合社会調査(CGSS)2010-13 の個票データより作成。
ところが,大専卒・大卒別,卒業年代別で成人教育の割合をみると,成人教育の役割が時間の経過とともに変化してきたことも判明する。具体的には,概ね以下のような傾向が観測される。大専卒における成人教育は1980年代,90年代にわたり,重要な役割を果たしたが,2000年代以降はその役割が顕著に縮小している。それとは対照的に,大卒における成人教育は1980年代以降の全期間でその重要性を増し続けた。24.3パーセントだった1980年代の成人教育の割合は2000年代以降35.9パーセントに上昇したのである。
成人教育と高等教育全般の関係に関する上述の現象は,農村部のサンプルを対象とした図7-②では明確に観測できないが,都市部を対象とした図7-③では,全体とほとんど同じ傾向,すなわち,大専卒では成人教育の割合が高いものの下がっていること,大卒では成人教育の割合が急速に上がり続けていることが見て取れる。
以上を要約すると,改革開放が始まった1980年以降の中国では,成人教育は高等教育の発展に大きく貢献し,しかも農村部と都市部の双方についてその事実が確認できる一方,時間の経過とともに,大専卒における成人教育の役割は弱まり,大卒における成人教育の役割が強まっている。このことは,都市部でより一層顕著に観測される。また,2000年代に入ってから,成人教育の存在意義は全体として下がっている。
3. 成人教育機会の規定要因世の中には様々な職業で働く者がいる。ある者は高卒など中等教育の学歴しかもたないのに対し,ある者は普通高等教育を受け,また,ある者は成人教育制度を利用して大卒などの高学歴を取得する。もちろん,学歴の相違により個々人の就く職業も収入も異なる。そこで,高等教育を受けたか,どのような高等教育を受けたかということと,個人の属性や勤務先の形態の間に,どのような関係が存在するかを分析することは大きな意義をもつ。
ここで,CGSSの中から,最終学歴が高卒,大専卒・大卒である対象者を抽出し,高卒,成人高等教育卒,普通高等教育卒のいずれかを規定する要因について計量分析を行う。CGSS2010-13の対象者では,都市部における高卒が52.1パーセント,成人高等教育卒が17.4パーセント,普通高等教育卒が30.5パーセント,また,農村部におけるそれぞれが80.5パーセント,6.4パーセント,13.1パーセントと,都市・農村間に大きな学歴格差が存在する。
ここでは,最終学歴が高卒,成人高等教育卒,普通高等教育卒である者をそれぞれ1,2,3とする被説明変数を作成し,それを規定する要因として個人の属性,勤務先の形態,卒業年代,居住地域などを想定し,多項Logisticモデルを作成する。表4は高卒後の進路を規定する要因の推計結果を示すものであり(注24),B, Exp(B)はそれぞれ偏回帰係数,オッズ比(注25)である。以下,各説明変数の有意水準を吟味しながら,成人教育の規定要因に関する統計的事実を明らかにする。ただし,すべての記述はほかの条件が同じである場合の効果である。
(出所)中国総合社会調査(CGSS2010-13)の個票データより作成。
(注)(1)***,**,* はそれぞれ1%,5%,10%以下で有意であることを表す。
(2)参照カテゴリーは高卒レベルであり,性別,民族,政治的身分,地域はそれぞれ,女性,少数民族,非共産党員,西部地域が参照カテゴリー,勤務先の形態,卒業年代はそれぞれ,非雇用就業,1990年代卒が参照カテゴリーである。
(3)非農業従事者を対象とした推計結果である。
(4)調査年ダミーの係数は表に示されていない。
第1に,都市部では,男女の高等教育にアクセスする機会は平等であり,農村部でも男女間で普通高等教育機会の格差は検出されない。農村部の男性は成人教育を受ける機会が比較的少ない。女性に比べ,男性は高卒でなく,成人教育を受ける見込みが0.7倍程度しかないからである。
第2に,漢族か少数民族かの違いによって高等教育にアクセスする機会に有意な差が検出されない。都市部と農村部の双方において,高卒→成人高等教育,および高卒→普通高等教育のどちらでも,漢族が少数民族に比べ恵まれた状況にあるとはいえないのである。
第3に,一般人に比べ,共産党員である者は高卒でなく,成人高等教育卒である確率が都市部,農村部でそれぞれ,5.25倍,4.56倍となっている。これは普通高等教育卒である確率(都市部が3.66倍,農村部が2.22倍)よりはるかに高い。共産党員という政治的身分をもつ者は,成人高等教育を受けて大卒等の学歴を取得した傾向が相対的に強いことが示唆される。
第4に,勤務先の類型と成人高等教育の関係に関しては,非雇用就業者に比べ,党政機関,各種企業,事業体等に勤める者は高卒でなく,高等教育卒である確率が数倍も高い。しかも,それが都市部,農村部の双方でみられる。興味深いのは,非雇用就業者に比べ,党政機関においては成人高等教育卒である確率が普通高等教育卒である確率を上回り,都市部ではそれが4.33対3.06,農村部では3.23対2.61となっている。事業体等に関しても全く同じことがいえる。公権力の強い組織に成人高等教育を受けた者が多い,という社会的認識が統計的に裏付けられる形となったのである。
第5に,時間の経過とともに,高卒後,成人高等教育,あるいは普通高等教育に進む傾向が全期間にわたり持続し,2000年代以降は,都市・農村を問わず,成人高等教育よりも,普通高等教育にアクセスする勢いが強まっていることが読み取れる。
以上の分析から明らかとなった事実は,共産党員という政治的身分をもつ者や,党政機関や事業体等に勤める者はほかの者に比べ,成人教育を通して大専卒以上の最終学歴を取得した機会が多いということである。
中国では,社会人を対象とする中等教育,高等教育自体は,「文革」の混乱期を含む1950年代以降,制度的に行われてきている[孫世路・方敬・易濱 1989; 何紅玲 2004; 応永祥・王憲平 2009; 兪啓定 2014; Hunter and Keehn 2018]。兪啓定[2014]によれば,1953年に最初の成人向け通信大学・夜間大学が中国人民大学で開設されたのを皮切りに,1953年から57年までの第1次5カ年計画期に,全国で58大学が通信教育,36大学が夜間教育に乗り出した。「文革」直前の1965年に,通信,夜間の高等教育を行う大学はそれぞれ123校,83校に増え,成人教育専門の独立大学も964校に上った。高等教育資源が乏しい中,党政機関や国営企業の幹部職員を受け入れ,専門知識を習得させることは,高度人材の不足緩和に幾分かの役割を果たしたと評価される。
「文革」の間,従来の普通高等教育が中断された代わりに,党政機関等の幹部職員を対象とした「幹部学校」や国営企業等の労働者を対象とした非全日制の「職工大学」が大々的に作られた。学位取得を目的としないこうした教育機関は1976年に4.7万校を数え,在籍者数は262.9万人にも上るが,カリキュラムの体系や内容に問題が多く,入学者の選抜に公平なルールがないという問題も指摘される[兪啓定 2014]。
全国大学統一入試制度が復活した1977年以降の成人教育については様々な見方が存在するが,基本的には以下の2点に集約できると思われる。1つは,成人教育を受けた時代の違いによってその評価も大きく異なることである。高等教育機関への進学率が15パーセント未満のエリート教育が支配的だった1990年代末までは,成人高等教育は全体として一定の質的保証があったが,21世紀に入ってからは,高等教育の大衆化が進み,成人教育の質的低下も目立つようになった。とりわけ,普通高等教育機関の運営する成人教育(注26)の募集停止が決定した2008年以降,その傾向が顕著化している。インターネットなどの情報技術を駆使した遠隔教育が主流となり,入学試験による選抜機能も果たせなくなったところが多い。利益追求に走る大学と高学歴を欲しがる個人の思惑が一致し[俞啓定 2014],高等教育学歴の量産体制ができ上がった(注27)。エリート教育から大衆教育への移行過程において,高学歴の希少価値が低下し,就職や昇進に対する高学歴の影響が小さくなったという学歴インフレーションも発生しているといわれる。
もう1つは,成人教育にアクセスする機会が平等でないことである。エリート教育が支配的だった1990年代末までの間,「職工大学」,「幹部学院」,「夜間大学」といった成人教育機関への入学者は,だれでも受験できるような選抜ではなく,党政機関,国営企業などの組織を通して募集された者が多い。特に,中央党校系統に入学し高学歴を取得した者はそのほとんどが共産党員であり,また,各種組織の幹部を務め在籍期間の授業料等を公費で賄う者も珍しくない。共産党員という政治的身分を有し,党政機関,国有企業,各種事業体に勤める者は,成人教育にアクセスする機会が普通の労働者や農民に比べ顕著に多いということである(注28)。これは,改革開放時代における人事制度とも関連し,昇進に欠かせない高学歴への需要が高いことと表裏一体の関係にある[孫申 1999](注29)。
2. 年収関数に基づく成人教育の評価方法上述のように,ここ30,40年間の中国で,高等教育は飛躍的な発展を遂げたが,普通教育と共に,成人教育も急速に拡張したことが背景にある。その一方で,時間がたつにつれ,成人教育の質的低下が顕在化し,成人教育への社会的評価も大きく下がっている。にもかかわらず,成人教育を受けて高学歴を取得した者の数は増え続け,高等教育全体に占めるその割合も比較的安定している。成人教育は依然として一定の付加価値をもっているからであろう。そこでここで,成人教育が人々の収入にどのような効果を与えるかについて収入関数の推計を通して実証分析し,成人教育が存続するメカニズムを経済的側面から探ることにする(注30)。
実証分析では,CGSS2010-13の4調査を結合したデータセットから,4つのサブグループを抽出しそれぞれの収入関数を推計する。第1グループは,調査実施時の前週に収入を伴う仕事を1時間以上行った全ての就業者(調査票のA53の1)と定義し,回答者の59パーセントに当たる2万4095人が含まれる。農村・都市別でみると,それぞれの67パーセントに当たる1万743人,55パーセントに当たる1万3352人が該当する。
第2グループは調査実施時,非農業の仕事に従事する者(調査票のA58の1)と定義し,農村部,都市部でそれぞれ3125人,1万2909人が該当する。
第3グループは,勤務先の形態に応じ,非農業就業者を党政機関,各種企業,事業体等(事業体,社会団体・居民または村民委員会を統合したもの),および自己雇用(自営業等の非雇用就業)の4つに分類する(調査票のA59j)が,4形態の該当者数は,農村部でそれぞれ44人,929人,245人,1810人,都市部でそれぞれ635人,5642人,2112人,4291人となっている。
第4グループは,非農業就業者の中から大専卒・大卒の学歴を有する者を抽出してできたもので,農村部,都市部でそれぞれ172人,4240人となっている。
各グループのサンプル数にばらつきがあることを考慮し,以下,成人教育による増収効果を多面的に考察し,収入関数の計測結果の安定性に細心の注意を払うことにする。収入関数の推計に当たって,利子や配当を含む年間の総収入でなく,年間の職業収入または労働収入を用いることにする(調査票のA8b)。また,2010年から13年の年間収入を比較可能な形にするため,2009年を基準年とする消費者物価指数で各調査年の収入を実質化する(注31)。
年収関数を推計する際,ミンサー賃金関数の拡張型を用いる。すなわち,被説明変数は年収の対数,説明変数は性別,年齢,教育のほか,中国社会の特徴を反映する政治的身分(共産党員か否か),民族(漢族か少数民族か),戸籍(農業か非農業か)も導入し,さらに,調査年次,就業形態,勤務先の形態,就業時間,地域特性(国家統計局の分類に基づく東部・中部・西部)をコントロール変数として年収関数に投入する。また,収入に及ぼす成人教育の増収効果を検出するため,教育年数や教育水準という複数の形で人的資本を表す変数を作成し,それぞれの効果を検出する。具体的には,下記の重回帰モデルを用いて計測する[厳 2016a]。
\[\mathrm{ln} (w) =a+b_1E+b_Age+b_2Age+b_3Age^2+b_4P+\sum_i c_i DummyH_i+u \] |
ただし, \(w\) , \(E\) , \(Age\) , \(P\) はそれぞれ年収,教育年数または教育水準,年齢(就業経験の代理変数),党員身分, \(a\) , \(b\) , \(c\) , \(u\) はそれぞれ定数,偏回帰係数,誤差を表し, \(H_i\) は性別,民族,戸籍,居住地域,調査年などを表すダミー変数である。
この年収関数では,被説明変数は年収の自然対数\(\textrm{ln} (w)\) という形をとっているので,ある説明変数の偏回帰係数は,他の条件が同じである場合,当該変数が1単位変化したことによる年収の変化率を表すことになる。例えば,学校教育が1年延びたことによる増収効果は \(b_1\) となる(仮に, \(b_1\) が0.05だと教育収益率は5パーセント)。性別(女性=0,男性=1)や政治的身分(非共産党員=0,共産党員=1)の年収に及ぼす効果についても,偏回帰係数からその有無または度合いを知ることができる。上式でいうと, \(b_4\) は共産党員という身分のもたらす年収増の効果を表す(仮に,0.15という計測結果であれば,非共産党員に比べて共産党員の年収が15パーセント高いということになる)。
これまでの分析を踏まえ,労働市場における教育(人的資本),中でも成人高等教育と収入の関係について以下の4つの仮説を提起し,それらを年収関数の推計結果に基づいて検証する。
仮説1:学校教育の収入に及ぼす効果は全体としてポジティブで顕著である。
仮説2:普通高等教育に比べ,成人高等教育のもたらす増収効果は比較的小さい。
仮説3:勤務先の形態により,そこにおける成人教育の増収効果が異なる。効率優先の企業部門では普通教育の増収効果が成人教育のそれを上回るのと対照的に,党政機関や事業体では両者間の差異が比較的小さい。
仮説4:高等教育全体の拡張に伴い,あるいは時間がたつにつれ,教育収益率が次第に低下するという学歴インフレが進行し,成人教育のそれはより一層顕著である。
仮説5:公権力の強い党政機関,あるいは共産党員では,成人教育による大専卒・大卒の高学歴は普通教育よりも増収効果が強い。
3. 成人高等教育と年収表5は全就業者を対象とした年収関数の推計結果であり,表の左側に説明変数の記述統計も合わせて示されている。農村部,都市部における就業者の全体的特徴について,集計結果から以下の点が読み取れよう。(1)男性が女性より多く,男女間に就業率格差が存在する,(2)漢族就業者の割合が2010年人口センサスにおける漢族人口の割合91.5パーセントに近い,(3)都市部就業者における共産党員の割合が農村部の3倍近くに相当する,(4)都市部就業者の既婚者比率が農村部より低い,(5)都市就業者の平均年齢が若い,(6)都市部就業者における大専卒以上の高学歴者比率が圧倒的に高く(都市部,農村部における全就業者の平均教育年数はそれぞれ11.3年,6.5年),また,成人高等教育,普通高等教育のどちらについても同じことがいえる。
(出所)表4に同じ。
(注)(1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%以下で有意であることを表す。
(2)年収関数Ⅰ,Ⅱでは,教育水準はそれぞれ高校レベル卒,普通高等教育を参照カテゴリーとしている。
年収に与える教育の効果,中でも,成人高等教育と普通高等教育の増収効果に差異があるかについて,年収関数の推計結果に基づいて述べる。まず,教育水準を中卒以下,高卒,大専卒,大卒,大学院修了の5段階に分けた上,高卒を参照カテゴリーとした年収関数Ⅰによれば,学歴が高いほど年収も顕著に増加し,そのような効果が農村部よりも都市部で大きいといった統計的事実が読み取れる。例えば,他の条件が同じである場合,高卒者に比べ,大専卒,大卒の年収は農村部で17.6パーセント,34.4パーセント,都市部で26.1パーセント,48.6パーセントも高くなっている。
次に,大専と大学からなる高等教育についてその学歴を成人教育と普通教育のどちらで取得したかという次元で収入関数を再度推計してみたところ,年収関数Ⅱに示された結果が得られた。ここでは,普通高等教育を参照カテゴリーとしており,偏回帰係数はそれと比較してのほかの教育水準の相対的増収効果を示すことになる。興味深い点は,農村部では成人教育と普通教育による増収効果の差異が有意に存在しないのに対し,都市部では普通高等教育に比べ成人高等教育の収入が顕著に少ない(-12.3パーセント)ということである。ただし,都市サンプルでは,普通教育における大専卒・大卒別構成比は50パーセントずつであるのに対し,成人教育における構成比は58パーセント,42パーセントとなっている。成人教育を卒業した者の人的資本が質的側面で劣っている可能性があり,普通高等教育に比べ成人高等教育の収入が12.3パーセント低いという結果について,若干の留保が必要なのかもしれない。
人的資本の多寡を代理する教育の増収効果はプラスで有意であり,農村部よりも都市部でその効果が大きいことは,競争的労働市場が全体として機能していることを物語っているといえよう。人々は学校教育で生活や仕事に必要な知識を習得し,普通,就学年数の長い者はそうでない者に比べ思考力や行動力でその潜在的可能性が高いと考えられる。高い能力が高い生産性を生み出し,その結果として高い収入が与えられるというのは,競争的な市場があってはじめて可能なわけである。また,能力と学歴の間に正の相関関係が想定され,最終学歴の到達状況に応じて給与面で一定の差を設ける人事制度も一般的である[孫世路・方敬・易濱 1989]。
表5には示されていないが,教育水準の代わりに教育年数を年収関数に投入して推計してみたところ,教育年数が1年伸びると,年収が農村部で4.6パーセント,都市部で9.3パーセント増える,ということも分かった。これは既存研究で分かっている中国の農村・都市労働市場における教育収益率の推計値とほぼ同じ水準である。
さらに,個人の属性が年収に与える影響について表5に基づいて整理し,それぞれが既存研究とほぼ同じ傾向にあることを確認する(ただし,他の条件が同じである場合)。(1)男女間に大きな収入格差が見られ,農村部でその傾向がより一層顕著である,(2)少数民族に比べ漢族の年収が高いだけでなく,都市部における民族間の収入格差が農村部より大きい,(3)共産党員という政治的身分をもつ者は農村か都市かにかかわらず,一般人に比べ,およそ10パーセントの高い年収を得ている,(4)戸籍による年収の格差が大きく,農村部ではそれが際立つ,(5)既婚者は未婚者より2~3割の高い年収を得ている,(6)加齢とともに年収が増えるものの,一定の年齢を超えると年収が減少に転じる,(7)就業時間の多寡が年収に有意に影響し,東部,中部と西部の地域間に収入格差が存在する。広く知られるこうした社会的認識が年収関数の推計結果によって統計的に裏付けられたのである。ただし,公開されているCGSS2010-13の個票データでは,回答者の職業に関する情報が利用できないため,年収関数で職業の相違に起因する年収の違いは分からない。
続いて,前項と同じ方法で非農業就業者を対象とする年収関数も推計し,成人高等教育の増収効果を確かめる。表6は,就業形態(被雇用者,経営者,自営業者),勤務先の形態(党政機関,各種企業,事業体等,自営業等に従事する非雇用者)を表す変数を年収関数に加えた推計結果である。農村部では,民族と政治的身分の如何によって年収が有意に影響されないといった相違点を除けば,就業者全般の年収関数で明らかとなった統計的事実は非農業就業者にもほぼ当てはまるといえる。特に強調すべきは,普通高等教育を卒業した者に比べ成人高等教育を卒業した者の年収が,農村部では低いとは認められないが,都市部では12.9パーセント有意に低い,ということである(ちなみに,大学院修了者の年収は51.3パーセント多く,高卒レベル卒者,中卒以下はそれぞれ43.9パーセント,72.1パーセント低い)。これは全就業者について観測された結果とほとんど同じといってよい。
(出所)表4に同じ。
(注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%以下で有意であることを表す。
新たに追加された諸変数の年収への影響について触れておこう。(1)農村・都市を問わず,経営者,自営業者の年収が被雇用者に比べ顕著に高く,各種企業で働く者の年収も非雇用者より多い。(2)党政機関,事業体等で働く者と非雇用者の収入格差は農村部では検出されないが,都市部では後者が有意に低い。
4. 勤務先の形態別にみる成人高等教育の増収効果前述のように,高等教育学歴に対する社会的需要が増大し,党政機関,事業体等では幹部の任用や昇進に際し,大専卒以上の学歴が欠かせない場合も多い。実際,表4に示されたとおり,高卒後,普通高等教育に進まなかった者でも,成人高等教育を通して大専卒または大卒の学歴を手にすることができ,中でも,共産党員や,党政機関,事業体等に勤める者はほかに比べその可能性が格段に高い。そこで,形態の異なる組織に勤める高学歴者において,高学歴の取得方法,つまり,成人教育か普通教育かによって学歴の増収効果が変わるのかについて検討する必要がある。
図8は表6と同じモデルを利用し,都市部における党政機関,各種企業,事業体等,自己雇用等を対象とする年収関数の推計結果を用いて作成したものであり,数値は高卒を参照カテゴリーとした成人大専卒,普通大専卒,成人大卒,普通大卒の偏回帰係数であり,学歴別にみたそれぞれの年収が高卒者に比べ何パーセント高いかを表している。
(出所)表6に同じ。
一見して分かるように,自己雇用等で大専卒の取得方法如何によって年収が有意に影響されないのを除くと,形態が異なるいずれの勤務先でも,高学歴およびその取得方法が一定の差異を伴いながら年収に顕著なプラスの効果をもたらしていることが分かる。興味深いのは,成人大専卒→普通大専卒→成人大卒→普通大卒の順で学歴による増収効果が逓増し,特に効率重視と目される企業ではそのような傾向が強い,ということである。
成人教育と普通教育による増収効果の格差について検証してみると,それが意外に小さいことが分かる。党政機関の場合,大専卒,大卒における両者の比率はともに82パーセント程度,各種企業はそれぞれが79パーセント,72パーセント,事業体等は同71パーセント,76パーセントに留まり,自己雇用等の大卒に至っては成人教育と普通教育による増収効果の比率が89パーセントに達する。
全体として,各種企業では高学歴はシンボル的なものというより,能力を表す人的資本として重要視されているのに対し,党政機関では成人高等教育にせよ,普通高等教育にせよ,大専卒または大卒という学歴は,そのシンボル的意味が認められているといえそうである。また,教育・研究・文化・衛生といった事業体では,高学歴の中身(成人教育か普通教育か)が比較的重要な意味をもっていることも推察できよう。
5. 大専・大卒非農業就業者の年収と成人高等教育表4のように,共産党員や党政機関の勤務者が成人教育で高学歴を取得する確率はほかに比べ顕著に高い。この事実から,大専卒または大卒の学歴をもつ者に限定し,学歴の取得方法だけでなく,成人教育で高学歴を取得した者の政治的身分や勤務先の形態,さらにその学歴を取得した年代といった要素と収入の関係についても検討を深める必要がある。
表7は大専卒・大卒の非農業就業者を対象とした年収関数の推計結果(農村・都市別,都市部における大専・大卒別)を表すものである。年収関数のモデルは表6と同じだが,成人教育と党員,党政機関,卒業年代との交互作用項をモデルに加えている。これにより,成人教育の増収効果が普通教育のそれとどの程度ずれているかを判別することができる。例えば,都市部で普通高等教育を受けた共産党員は一般人に比べ年収が10.4パーセント高いのに対し,成人高等教育の共産党員は一般人に比べ年収が6.3パーセントポイント(10.4-4.1)高いということになる。このように表7に示された交互作用項の偏回帰係数に基づいて以下の統計的事実を読み取ることができよう。
(出所)表4に同じ。
(注)***,**,*,+はそれぞれ1%,5%,10%,15%以下で有意であることを表す。
第1に,成人教育で大専卒・大卒の学歴を取得した共産党員と普通教育の高学歴党員との間で年収格差が存在するとは認められない。共産党員の身分をもっていれば,その高学歴が普通教育によったものかどうかは収入に有意な影響を与えないということである。
第2に,「その他組織」(各種企業や事業体,非雇用就業)に比べ,党政機関で働く成人教育の大専卒・大卒者はむしろ普通教育の者よりも高い年収を得ている。都市部では普通教育の大専卒・大卒者よりも,成人教育による高学歴者は17.3パーセントも高い年収を得ている(ただし,大専卒では係数の有意性が低い)。農村部では偏回帰係数の有意性は低いものの,成人教育の高学歴者は普通教育の高学歴者よりも,86.5パーセントも高い年収を得ている。
第3に,高等教育の急速な発展に伴い,高学歴の増収効果が次第に低下するという学歴インフレーションの現象は確認できず,しかも,それは普通高等教育,成人高等教育の双方についていえそうである。それどころか,大学教育の大衆化を迎えた2000年代以降の都市部では,普通教育を受けた大専卒者の年収は1970年代までの卒業者に比べ2割程度高いことも年収関数の推計結果から分かる。
なお,個人の属性と年収の関係については,全就業者および非農業就業者を対象とする年収関数の推計結果と似通ったものが得られているので,ここではその説明を省く。
1980年代以降の中国では,人事政策の方針転換に伴い,党政機関や事業体で働く者にとって,大専以上卒の高学歴をもつことは出世する上で欠かせない要件となった。一方,高等教育を提供する全日制普通大学は,「文革」などに起因した教育資源の不足で,1990年代までの長い間学生の募集定員を大幅に増やせずにいた。こうした高度人材の需給ギャップを背景に,高学歴取得目的の成人高等教育が急速に生成し成長していった。ところが,普通高等教育の大衆化を迎えた1990年代末以降,成人高等教育を取り巻く環境が変化し,成人教育の質的低下もクローズアップされた。成人高等教育制度の大々的な改革が行われ,より健全な成人高等教育が図られてきた。その結果,成人教育で高学歴を取得した者が増え続け,大専卒・大卒者全体に占めるその比率も安定的に推移している。
本稿では,特殊な時代背景をもった中国の成人高等教育を俎上に載せ,成人高等教育の制度,実態と規定要因,さらに労働市場における成人高等教育の効果について普通教育と比較しながら実証分析した。以下は主な分析結果のまとめである。
第1に,大専卒以上の学歴をもつ者は1980年代以降の中国で急増し続けているが,成人高等教育はそれに対し非常に大きな貢献を果たしている。
第2に,改革開放の始動と同時に,中国政府は様々な教育資源を成人高等教育に動員し,高度人材の不足緩和に努め,一定の成果を上げることもできた一方,学生の募集で公平なルールが確立できておらず,教学の内容や方法で質的保証が必ずしも十分でないという成人教育制度の問題も指摘されている。
第3に,時代の変化に適応するため,中国政府は成人高等教育制度を絶えず改革してきた。その結果,成人高等教育は教学の形態を進化させ,各方面向けの人材育成で一定の成果を収めることができている。
第4に,成人高等教育は時間の経過とともに,その重点が大専から大学へとシフトしつつあった。また,成人高等教育にアクセスする機会は個人の属性や勤務先の形態によって大きく異なる。共産党員という政治的身分をもつ者,党政機関や事業体に勤める者は成人教育を受けて高学歴を取得した可能性が著しく高い。
多くの欠陥を内包しつつも,拡張を持続し,人材不足の緩和に一定の役割を果たした成人教育だが,それが人々の潜在的能力を表す人的資本だと考えた場合,どのような評価を与えることができるのか。ここで,年収関数の推計結果から明らかとなった事実をまとめるが,学歴インフレーション,および共産党員における成人教育の増収効果が確認できないのを除くと,前述の仮説がほぼ統計的に支持されていることが分かる。
第1に,中国の労働市場では,教育が人々の収入に対し有意でポジティブな影響を与える。教育水準が高い者ほど,あるいは受けた学校教育の年数が長い者ほど,その収入も顕著に増える。
第2に,高等教育に関しては,普通教育に比べ,収入増に与える成人教育の効果が小さい。同じ大専卒・大卒という高学歴でも,成人教育に対する市場の評価が比較的低いのである。
第3に,普通高等教育の大衆化に伴い(最終学歴の取得年代が若いほど),収入増に与える卒業年代の効果が逓減するという学歴インフレーションが支持されない。
第4に,勤務先が党政機関,各種企業,事業体等と自己雇用のいずれかによって,収入増に及ぼす成人高等教育の効果が異なる。経済効率を優先する企業においては,普通教育に比べ成人教育による収入増の効果が小さい。対照的に,高学歴それ自体が重要視される党政機関では,成人教育と普通教育による増収効果の差異が比較的小さい。
第5に,高学歴に限っては,「その他組織=党政機関以外の組織」に比べ,党政機関で働く者の間で成人教育による増収効果は大きいが,高学歴の取得方法による増収効果の違いは共産党員の中で見出せない。普通高等教育の大衆化に起因する学歴インフレーション(教育収益率の低下傾向)も確認できない。
以上を踏まえ,本研究で明らかとなった最も重要な発見を3つの点にまとめる。(1)成人教育は高等教育全体の拡張に大きく貢献し,共産党員,党政機関や事業体の勤務者が成人教育を経て高学歴を取得した機会はほかに比べ顕著に多い。(2)人的資本を表す学校教育の多寡は就業者の収入に有意に影響するものの,成人教育の増収効果は全体として普通教育のそれには及ばない。(3)共産党員の収入とその高学歴の取得方法との間に有意な相関関係が見出せず,党政機関では成人教育の増収効果が普通教育のそれよりも高い。
(出所)百度文庫(https://wenku.baidu.com/):「国家対学歴,学位認定有関規定匯編」,百度百科(https://baike.baidu.com/):「学歴教育」「継続教育」「成人教育」,何紅玲[2004],応永祥・王憲平[2009],中国成人教育協会[2008],中華人民共和国教育部職業教育与成人教育司(http://www.moe.gov.cn/s78/A07/),中共中央党校(http://www.ccps.gov.cn/),人民網:「尴尬身分惹争議,党校学歴淡出歴史」(http://npc.people.com.cn/GB/28320/80575/80577/8173306.html),などに基づいて作成。
本稿に対してレフェリーの先生方が非常に有益な修正意見を出してくださいました。哀心より感謝の意を表します。