アジア経済
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書評
書評:西山美久著 『ロシアの愛国主義 ――プーチンが進める国民統合――』
法政大学出版局 2018年 vii + 314 + 21ページ
中村 裕
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2019 年 60 巻 1 号 p. 91-94

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Ⅰ 本書の構成

本書は,副題にもあるように,ロシア愛国主義の理念体系それ自体の分析ではなく,愛国主義を掲げるプーチン政権の下での国民統合の実相を明らかにすることを課題としている。著者が提示するプーチンの愛国心の定義は「国家への帰属意識を育み,さまざまな民族をロシアへ統合する理念」(15ページ)というシンプルなものである。その愛国主義は,特定民族のナショナリズムや,ユーラシア主義やロシア正教といった特定の理念に収斂されることはなく,多民族を統合し得る全ロシア的な価値観を基底にしている,とされる。この定義づけはいかにも曖昧であるが,著者の問題関心は,その理念を標榜している政権の下で推進される政策の決定・施行の実態にある。

当然のことながら,国民統合はトップダウン方式のみでは遂行できず,政策の立案においてはさまざまなアクターが関与している。著者はこの点を最初に確認したうえで,なかでも退役軍人と青年に注目している。

第1章「プーチン政権の思惑」では,社会秩序と国家の統治能力の破綻を招いたエリツィン時代に替わるものとして自らを位置づけようとするプーチンの愛国主義政策が概観される。具体的には,第2次世界大戦(ロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれる)におけるスターリンの指導的役割の再確認,コサックの復権などが挙げられるが,そうした愛国主義政策を通じ,体制の違いを超越したロシア国家の歴史的連続性という観点から国民の教化が図られることになる。そこで著者が注目するのが,愛国主義に基づく歴史認識の共有と,教科書の記述への反映である。ここでは若者の国家への忠誠があるべき姿として語られているが,そうした愛国主義に関するスパーリング[Sperling 2009]の「軍事愛国主義」(62ページ)という性格づけを,著者は方法論として積極的に採用している。青年層を対象とした愛国心教育により,大祖国戦争の参加者の体験を記憶として共有させ,兵役に主体的に応じる態度を育成しようという政権の意図を説明するうえでも,この概念が有効だということであろう。

それをふまえて,政権の愛国主義政策に呼応する(またそれを期待されている)アクターの動きが分析される。第2章「連邦構成主体の取り組み」および第3章「戦勝記念のダイナミズム」では,ロシアの愛国主義は上からの強権的な統合や大衆の草の根的な気分だけでは説明できないということが,具体的な事例を挙げつつ論じられている。ここで明らかにされているのは,連邦構成主体の側からの要求・突き上げがむしろ連邦中央の政策決定を促したこと,なかでも退役軍人会の役割が大きかったという事実である。第2章は,ヴォルゴグラード市の名称を「スターリングラード」に変更することを求める動きを取り上げている。ここで著者は,社会保障政策の是正を求めて全国で活動し,半ば利益集団と化している退役軍人会の主張を,ヴォルゴグラード州知事は無視することができなかったのではないかと指摘する。つまり,単にイデオロギーだけで問題を捉えるのではなく,アクターの置かれている社会的・経済的立場,および政治的要求の現実的脈絡を考察に組みこむことの必要性を示唆しているといえよう。こうした視点は,「軍事栄光都市」制度の創設とその称号付与の選定において,退役軍人の社会的問題の解決が考慮されたことを述べた第3章においても現れている。

第4章「民族共和国の動向――タタルスタンと連邦中央――」ではタタルスタンが取り上げられている。タタルスタンでは,かねてからタタール語(ロシア語と同じキリル文字で表記されている)のラテン文字化が議論されていたが,2002年11月にロシア連邦議会で言語法が改正され,その動きが封じ込められた。著者はその経緯を紹介しつつ,ロシア国民としての意識形成をも射程に入れたタタルスタンの愛国主義について考察している。そのうえで「中央の反発により文字改革が頓挫したため,タタルタンは民族主義を前面に出すのではなく,プーチン政権が推し進めた愛国主義にうまく接続し,自民族意識とともにロシアへの忠誠を育んで対立を避ける道を選択した」(167ページ)と総括し,多民族国家ロシアのなかでの愛国主義的統合政策について肯定的に展望する。

青年層に焦点を当てた3つの章(第5章「青年層の台頭と政策の転換」,第6章「官製青年組織の設立」および第7章「ナーシの再編」)は,本書の中心部分をなしている。著者は,「カラー革命」の影響を過大評価することに対しては批判的であるが,第5章ではその問題をロシアの青少年組織「ナーシ」(Nashi)設立の背景として取り上げている。さらに「愛国心プログラムⅡ」(2006~2010年)では青年層への働きかけが重視されたと指摘し,議論を2005年4月のナーシ設立につなげていく。

ナーシの基本的な立場について著者は,マニフェストに基づき次のようにまとめている。まず強調されているのが,十月革命や大祖国戦争の勝利に代表される,20世紀におけるロシアの世界史的役割である。ロシアは,一極支配を志向するアメリカに対峙するユーラシア大陸の中心的戦略空間として位置づけられ,そのためには多民族からなる「強い国家」が必要とされる。ただし,その国家は欧米流の民主主義とは異なる「主権民主主義」の下での近代化を課題としており,ロシアは「個人の自由」を過信するリベラル派,「国家の自立性」のみを尊重する左派,さらにファシストとも異なる方向を採用すべきことが再確認される。

ナーシの活動は,大統領選挙・下院選挙での政権支持キャンペーンへの参加,愛国主義理念の教化に加えて,近代化・技術革新を掲げる多彩なイベント(その一例が,企業活動の担い手を育成する企画など,多様なメニューを盛り込んだ毎年のサマー・キャンプである)を含んでいたことが紹介される。その「官製青年組織」が政権の愛国主義・歴史認識を共有していることを誇示しようとしたのが,2007年春のエストニア大使館への抗議行動であった。ナーシは,エストニア政府がタリン中心部のソヴィエト兵の銅像を郊外の戦死者墓地に移転したことに対して,他の親政権派の青年組織と共に「ファシズム国家エストニア」の大使館に対して攻勢をかけた。これについて著者は,「ナーシはこれも利用して政権の政策を正当化し,与党の支持に結びつけようとした」(242ページ)と分析する。

第7章「ナーシの再編」は,2013年の活動停止に至るまでの過程の叙述である。そこでは,「カラー革命」の再燃を懸念する必要がなくなり,青年層を愛国主義で動員するのではなく,近代化・技術革新の担い手を彼らの中から育成する方向に政策の力点が変わったという事情が説明される。その一例として,2009年にナーシが企画したサマー・キャンプに,アメリカの財団関係者が参加していることが紹介されている。

終章「ロシアの愛国主義」では,ロシアの愛国主義が,特定民族への帰属意識としてのナショナリズムとは区別される(場合によってはそれを抑制する)多民族国家ロシアへの帰属意識であることが再確認される。同時にそれは,「政権の支持基盤拡大を企むイデオロギーとしての役割も期待されていた」(299ページ)とある。

著者は,本書全体をとおして,国民統合政策としてのプーチンの愛国主義政策に関して,その一応の成功と有効性を認めている。もちろん,著者は楽観的な展望に終始しているわけではない。実態をより正確に浮き彫りにするためには,政治的混乱・対立の要因となっている民族主義勢力の動き,なかでもロシア・ナショナリストの動向の検討が課題であると指摘している。

Ⅱ コメント

評者は,ロシア愛国主義に関する事実関係や,それを分析する際の視角などについて,本書から多くのことを教わった。それを確認したうえで,若干の意見を述べることとしたい。

まず評者が疑問を持ったのが,ナーシのマニフェスト[Манифест молодежного движения «НАШИ» 2005]のまとめ方に関してである。著者の捉え方では,マニフェストは,ロシアが20世紀に果たしてきた指導的役割(ロシア革命や大祖国戦争の勝利など)を強調しており,ナーシはそうした肯定的な歴史の連続性を主張しているように読み取れる。しかし,その文書のなかでは,ロシア人とその歴史にとっての断絶,あるいは破綻について語られている箇所もある。それが,ロシアの脱共産主義化に関する記載である。マニフェストによれば,脱共産化したロシアは,10年間の経済的凋落,ソ連邦の解体,社会的不平等の拡大,民族紛争を経験することになった。ナーシの認識では,それらの原因は個人の自由が社会発展に果たす役割について無理解であった共産主義とその破綻にある。それゆえ,少なくともマニフェストに即して考えれば,ナーシは共産主義体制の基点となった十月革命やその体制の指導者スターリンについても全面的に肯定していたわけではなく,またその体制からの脱却を実現させたエリツィンの路線の妥当性をも認めていた,ということになる。これに関連して,スターリンに対してトータルに肯定的な評価を与え,大国ソ連に強い誇りとノスタルジーを覚えるというナショナリスティックな歴史理解,およびそうした理解に基づく教科書の記述が青年層にどれだけ受容されていたのかという問題は,ナーシに結集した青年の問題意識・価値観とも含めて再検討する必要があるのではないか。

ナーシは,個人の自由の獲得と国家の近代化をロシアの課題として設定し,それゆえにプーチン個人ではなく,彼の政治路線に対する支持を表明した。そのプーチンは「国家を強化して,最初に現実にオリガルヒ資本主義のレジームに挑戦を投げつけた」[Манифест молодежного движения «НАШИ» 2005]人物だからである。この記述で判断する限りにおいて,ナーシは,主観的には「オリガルヒ資本主義」の様相を濃厚に残している現体制・与党によって動員されたマシーンとしてではなく,むしろオリガルヒに支配されない民主国家と市場経済をめざす現行の体制の変革を志向する主体として,自らを位置づけていることになる。これは「官製青年組織」であるナーシが,プーチン個人,あるいは政権の単なる私兵,あるいは動員の対象に過ぎないのか,それとも青年組織として主体的な活動領域を確保していたのかということとも関連する。また,ナーシに結集したメンバーは実際にどのような問題意識や意図を持っていたのかという問題でもある。

この点に関しては,著者も本文(19~20ページ)や文献目録で紹介している先行研究の成果を,もう少し取り入れて然るべきではなかったか。これは本書でも指摘があるが,サマー・キャンプの参加者のなかに見られる企業家志向は,オリガルヒに支配されない市場経済の発展という,マニフェストに示された課題と整合性を持ち得る。しかし,その若者の志向が企業活動による社会的立場の上昇に収斂した場合,ロシアの独自性を標榜する愛国主義が欧米型の社会・経済モデルによって侵食されるという可能性も否定できない。つまり,ナーシは個人の自由,民主国家と市場経済を掲げたことによって,愛国主義政策の推進を柱とする自らの組織には包摂できない青年層をも抱え込まざるを得なくなったのではないか。

その一方で,ナーシは,エストニア大使館に対する抗議行動に見られるように,ロシア中心主義的で,グローバル化の中で民主国家と市場経済の道を選択するというマニフェストとは,相反するような言動で自らの存在感を誇示している。この点に関しては,本書の記述(242ページ)は,ナーシの当事者に寄り添い過ぎていると評者には感じられる。それは,愛国主義政策をやや乱暴に実践したというよりも,政権によっていずれ切り捨てられることを暗示させる「紅衛兵」(反プーチン勢力によるナーシに対する侮蔑的呼称)的逸脱であり,こうした自滅的な内部矛盾をこの青年組織は抱えていたのではないか,と判断する根拠を与えるものである。

プーチン政権の愛国主義は,リベラリズムに反発することによって国際社会では共有されないロシア中心の歴史認識で青年を糾合しようと試みた結果,近代化の課題とは逆行する層を抱え込み,ときにはそのエネルギーにも依拠するという矛盾に直面しているように思われる。ちなみに,著者は,「エリツィン政権半ばから次第に伝統的価値を重んじ権威主義的になったと指摘されているが,年長世代に比べて民主主義的価値観をもっている」「安定よりも変化を望む割合が他の世代よりも高」いという若者の価値観や傾向について述べている(16ページ)。政権サイドにとって,特にナーシの組織化という観点からは,「民主主義的価値観」をもつ若者は民主国家と市場経済を理解し,企業家の精神を育むには好都合である。しかし,そうした若者を,欧米流のリベラリズムやコスモポリタニズムには染まらず兵役も忌避しない,政権にとって望ましい人材に育て上げることが,はたして現実に可能であろうか。改めてその愛国主義政策にかかわる実際的な問題が浮上することになる。

その点で「愛国心プログラム」の位置づけは重要である。著者は,国民のどの層に対する働きかけを重視しているのかという観点から3つのプログラムを比較し,たとえば「愛国心プログラムⅡ」(2006~2010年)では青年層への働きかけに比重が置かれていることに注目する。ただ,その場合,プログラムが他の層,たとえば大祖国戦争を体験した高齢者層と比較して,専ら青年層の教育を重視したというのではなく,愛国心教育をとおした世代間理解・交流によって国民の間に精神的一体性・価値の共有を図ろうとしたことも見逃すべきではない。そこでは祖国防衛で亡くなった戦士の記憶の永続化が,ロシア国家に誇りを持たせる教育と並び,優先的措置として挙げられている。ロシア国家の歴史,特に戦争体験を肯定すべき,誇りの対象として共有することが国民,特に青年層に対して求められているのである。これは,著者も重視するスパーリングの「軍事愛国主義」を援用するならば,「愛国心プログラムⅡ」でも青年層と高齢者層を記憶の共有によって結びつけることを狙いとしているのではないかと思われる。なお,高齢者層は社会政策の対象として取り上げられがちであるが,政治過程における彼らの行動の主体性は,もう少し注目されてしかるべきであろう。その意味で,第2章,第3章で取り上げられている退役軍人の組織や活動について,中央・地方の議員・議会,さらには教育機関に対して,彼らがどのような形で影響力を行使しているのか,より詳しい記述が望まれる。

著者は,第4章の記述によって,タタルスタンのナショナリズムを封じ込めたプーチンの国民統合政策がともかくも有効に機能していると指摘する。ただ,特定民族のナショナリズムを抑制するロシアの愛国主義の下で,エスニックなロシア人の優位と主導性が前提とされ,タタール人を含む非ロシア人が自民族の言語や文化の存続に対し危機感を抱いている現状を重視するならば,173ページの「中央の反発により文字改革が頓挫すると,タタルスタンは自民族の伝統を前面に押し出すのではなく,愛国心教育にうまく接続することで中央との対立を回避した」という結論は,ロシア人の立場からの楽観論ということになるであろう。同時に,プーチンの統合政策の下で,ロシア・ナショナリストが,非ロシア人を含めた国民としての「ラシヤーニン」(rossiianin)の呼称の使用を強いられ,自らの民族的アイデンティティを示すものとしての「ルースキー」(russkii)の使用を抑制されていると感じ,それに強い不満を抱いていることは,よく知られている。終章にもあるように,こうした問題が現実の政治状況のなかで具体的にどのように展開されていくのかは,今後の検討課題であろう。

本書は,上述した疑問点を含めて,ロシアの愛国主義に関する考察を深めていく必要があることを示している。著者の西山氏は,研鑽の成果によって,多くの問題を投げかけているといえよう。

文献リスト
  • Sperling, Valerie 2009. “Making the Public Patriotic: Militarism and Anti-Militarism in Russia.” in Russian Nationalism and the National Reassertion of Russia. edited by Marlène Laruelle. New York: Routledge. 218-271.
  • Манифест молодежного движения «НАШИ» 2005.[青年運動「ナーシ」のマニフェスト](http://www.nashi.su/pravda/83974709 2018年7月14日アクセス).
 
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