アジア経済
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
書評
書評:Margaret E. Peters, Trading Barriers: Immigration and the Remaking of Globalization
Princeton: Princeton University Press, 2017, xv + 321pp.
橋本 由紀
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 60 巻 1 号 p. 95-98

詳細

Ⅰ 取引される国境

「住みたい」と思い立ってすぐに移住できるような国は,日本に限らず,世界をみてもほとんどない。移住を希望する国の機関に申請し,居住を認める在留資格(ビザ)を付与されてはじめて,移住が可能となる。もし,有効な資格がないまま住みつけば,不法入国や不法在留の「罪」に問われて,出身国に送還される。このように,人の移動の場合には,各国の入国管理制度や移民政策が実質的な「国境」となる。

こうした人の移動を制限する国境が「取引されるもの」というタイトルが本書にはつけられている。当然ではあるが,国境は,通常の財のように,金銭で売買されるようなものではない。本書でいう「国境の取引」とは,ステークホルダー(企業,国会議員,政府)の利害や相互の関係性次第で,入国の可否や範囲が変わりうること,つまり移民政策が調整されることを意味する。つまり,人々がどの国に居住できる(できない)かも,政策の「調整」の影響を強く受ける。そして今日,途上国からの移住希望者の多くが目指す先進国では,居住を認める外国人を厳しく選別する政策を採用し,特に高度人材の資格を満たさない低技能移民には,定住や永住を認めず国境の扉を閉ざしている。

移民に限らず,人の技能は単純に高低二分化できるものではないが,本書も含め,移民をめぐる議論では,「低技能労働者」と「高技能労働者」に分けて議論されることが多い(注1)。実際の移民や移住希望者の多くは低技能労働者であること,また反移民的な世論も歴史的に低技能移民に向けられてきたことから,本書でも低技能移民に焦点を当てて,各国の移民政策の調整,特に近年の低技能移民への制限的な政策が,なぜ,どのように行われてきたかについて論じられる。

Ⅱ 移民政策の「基盤」

本書の結論を先取りすると,各国の移民政策の形成に主導的な役割を果たしてきたのは企業であり,政治家や政府が決める移民政策は,企業の移民政策へのかかわり方の変化に敏感に反応してきた。つまり,企業の移民政策への影響こそが,移民政策の「基盤」(foundation)であったと著者は主張する。

既存の研究では,企業の移民への選好は一定(不変)と仮定したうえで,反移民団体の影響や世論の変化を移民政策の転換と関連づけたものが多かった。だがこの仮定は,企業の不変の選好をみて置かれたものではなかったし,反移民団体や世論が,移民政策に影響する要因の中でとりわけ重要だったわけでもない。その理由は,世論や反移民団体の主張は研究者が観察しやすかった一方で,企業の移民への選好は捉えにくかった結果にほかならない。

本書では,膨大な手間と時間をかけて収集した企業の選好や移民政策の変化を捉えるデータを用いて,グローバル化への対応過程で変化した企業行動こそが,移民政策を主導するトリガー的な役割を果たしてきたことを明らかにする。つまり,企業の移民雇用は産業や時代ごとに異なる特徴をもって変化してきたこと,企業の移民労働者への選好の変化が移民政策の変化を促したことを,丹念な分析によって確認してゆく。一方で,世論や反移民団体の影響は,企業が移民労働力を必要としなくなった時期に,相対的に発言力を増した結果とみた方がよい。

第2章では,移民政策の変化について4段階の仮説を提起する。まず,貿易の自由化や,企業の海外進出と生産性の上昇が,企業の低技能移民への需要を低減させ(第1段階),企業は低技能移民を広く受け入れる政策を支持しなくなる(第2段階)。こうした企業の変化をみた政策担当者や議員が,低技能移民の受入れを推進しなくなり(第3段階),低技能移民を制限する政策が採用される(第4段階)という流れである。

第3章では,19世紀から21世紀にかけての経済のグローバル化の進展が,低技能移民を制限する政策につながったことを,OECD諸国と中東・東アジア諸国の19カ国について確認する(第1段階と第4段階の関係の検証)。続く第4章は,米国の代表的な3セクター(繊維,鉄鋼,農業)に着目し,企業の競争環境の変化と移民政策へのロビー活動との関係を実証する(第1段階と第2段階の関係の検証)。産業団体のロビー活動や業界紙の議事録データを用いた分析の結果,直面する競争環境や移民政策への対応は,産業ごとに異なっていたことが示される。第5章では,移民政策に対する米国上院議員の投票行動に着目し,グローバル化や企業移転が進んだ産業を抱える州の議員ほど,移民開放政策を支持しない傾向を見出した(第1段階と第3段階の関係)。

第6章は,米国以外の事例としてシンガポールとオランダが取り上げられる。両国でも,貿易の拡大や企業の国外移転とともに企業が移民労働力を必要としなくなり,制限的な移民政策に変化したことを確認し,第5章までの議論を補強する。そして第7章では,移民政策の変化は,労働組合運動や国家の民主化などの要因によって説明される部分もあるが,これらを考慮したうえでも,グローバル化と移民政策との関係は頑健であることを再確認する。

Ⅲ 評価:日本の外国人政策への含意

各章でページを割いて論じられる,グローバル化と企業行動,移民政策の因果関係に関する注意深い識別戦略に基づく議論が本書の特長であることはまちがいない。だが,本評では,こうした技術的な観点からの評価よりも,分析結果の信頼性を前提としたうえで,本書の含意を日本の外国人政策と関連づけて議論したい。日本の政策が大きく変わろうとしている今,より時宜にかなうように思うからである。

 低技能移民拡大の「ジレンマ」への挑戦

著者は本書のなかで幾度も,低技能移民の拡大と,自由貿易は両立しないというジレンマを主張する。すなわち各国は,自国で労働集約財を生産するために「労働力」を輸入するか,低技能労働者が豊富な国で作られた「労働集約財」を輸入するかのいずれかを選ばなければならない。

これまで日本は,多くの先進国同様に,非高技能人材の受入れ制限と,自由貿易下での労働集約財の輸入という組み合わせを選択してきた。ところが,政府は,2018年6月に発表した「骨太の方針」で,非高技能人材の受け入れを表明した。先進国の多くが高技能移民と低技能移民を明確に区別し,後者を制限する近年の流れのなかで,日本は例外的に非高技能外国人に門戸を開いたと捉えられている。

この帰結を予測することは難しいが,低技能労働者の選択肢(行先)が限られるなかで,彼らが日本を目指す可能性は十分にある。だが,低技能労働者と高技能労働者を分けて考える従来の二分法的な方針から,今回の需要に基づく受入れ方針への転換過程で,評者が気になったのは,外国人労働者の技能の高低が曖昧にされた点である。日本がこれから受け入れようとする分野の外国人は,職業分類や移民研究の観点からは「低技能労働者」に分類されるのだが,骨太の方針では「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材」と呼称し,具体的な技能レベルには言及しなかった。

米国やシンガポールなど多くの先進国では,特に不況時に自国民の雇用に影響させないために,低技能移民を明確に区別して,定住への道を開かない。だが日本は,代表的な非高技能人材である技能実習生についても,段階的に技能を高めて高技能労働者に成長することを「想定」し,将来の定住への可能性を開いた。このことは,職務を明確に定義,ランク付けすることなく,経年的に職能が高まったとみなして職位や賃金が上がる,日本的雇用慣行とも対応するようにみえる。

政府は骨太の方針によって,非高技能人材の拡大と自由貿易の両立を目指す意思を示したかにみえるが,日本が低技能移民と自由貿易のジレンマの例外となりうるか否かは,新たに受け入れる非高技能人材が高技能人材として育成されるのか,そして確かな経済成長を実現できるかにかかっている。

 企業と世論

本書の第4章で述べられた,企業の低技能移民への需要と移民政策が連動してきた事実は,ロビー活動(陳情)を通じて伝える企業の意向を,政治家や関係省庁が政策に反映させてきたということにほかならない。企業の幹部が,政府首脳の外遊に同行する映像を見たことがある者も少なくないだろう(記憶に新しいのは,2017年3月に約1000人の随行団とともに来日したサウジアラビア国王の歴訪だろうか)。企業は陰に陽に政策決定にかかわろうとし,実際に影響を及ぼしている。

企業が費用と時間をかけて,特に移民労働者の拡大を求める局面で政府に近づくのは,移民の受入れによって,企業は確実に利益を得られるからである。移民雇用の結果,移民と競合する(代替される)労働者から移民を使う側の企業に富が移転することは,経済理論とデータ分析の両方から確かめられている[ボージャス 2017]。グローバル化にともなう企業の海外移転や,IT技術の進展による生産性向上の結果,多くの国では低技能移民への需要は弱まっているが,移民労働者の雇用コストが自国労働者の雇用コストを下回る限り,企業が移民労働者の受入れに反対する理由はない。

また本書では,企業の低技能移民の需要減退とともに,反移民団体やそれを支持する世論が相対的に発言力を強め,制限的な移民政策が実現していくことも示される。反移民団体は,「移民が増えると自身の雇用が脅かされるのではないか」「社会保障負担が増えるのではないか」といった人々が漠然と抱く不安に訴えて,支持を広げている部分はあるだろう。はたして,移民は自国民の雇用にどう影響するのか,確認した事実を広く共有することが肝要だと評者は思うのだが,著者も移民研究の第一人者であるボージャスも,イデオロギーを帯びた強い信念の前に事実は説得力がないという。

日本にはまだ企業と外国人政策の関係についての学術的な裏付けはないが,日本の企業は外国人政策に関心を持ち,政府も企業の意向を相応に汲んできたように思われる。評者が数年前に,技能実習生の受入団体や企業に行ったインタビュー調査では,(これまで実習生の受入れが認められていなかった職種を)新たな実習職種に追加するためには,産業団体の陳情によって,政府にニーズを把握してもらうことが重要であると聞けた。日本経済団体連合会(経団連)などの経済団体も,度々,外国人労働者の受け入れ拡大を求めて提言を行っている。その一方で,「アメリカ・ファースト」への賛同者が多い米国や極右政党が支持を広げる欧州諸国とは異なり,日本では,反移民団体が支持を増やしたり,地域住民が外国人居住者の増加に表立って反対したりする様子はみえない。日本の場合,反移民団体に政府の外国人政策を左右するほどの影響力は目下なく,外国人受入れ拡大を求める企業の主張の方が,政策により近いようにみえる。

 移民雇用と生産性:シンガポールの事例

第6章のシンガポールの移民政策の変遷に関する事例は,日本とは多くの前提条件が異なる米国よりも,比較検討に適すると思われたので,ここで改めて言及したい。

現在の日本が人口減少にともなう労働力不足に悩むように,シンガポールも,狭小な国家ゆえの労働力供給の制約に常に直面してきた。1970年代,周辺諸国の成長とともに競争が激化すると,シンガポール政府は通貨の切下げや賃金抑制策を実施し,低技能移民の需要が増大した。結果,シンガポールの企業は,労働集約的な生産に傾斜し,生産性が低下した。現在では,当時の政策は「まずいやり方」(poor strategy)だったと考えられている。

そこでシンガポール政府は,生産性の上昇を目指して,賃金の大幅引上げ,労働集約的産業の国外移転,移民の雇用コストを引き上げる外国人労働者課税などの政策を,1970年代後半以降に相次いで実施する。この結果,労働者1人当たりの付加価値額は増加し,企業の低技能移民への需要は低下,国内生産に労働集約的産業が占める割合も大きく下がった。

シンガポールの政策が他国と異なるのは,企業の生産性向上を第1の目標に掲げて,(米国のように企業のロビー活動や議員の投票行動を経るのではなく,)政府が直接,低技能移民の抑制を主導した点である。政策の推進過程で政府は,補助金等によって生産性の低い企業をボトムアップするのではなく,低技能移民の雇用抑制と低生産企業の淘汰を促した。移民政策と産業政策との連動,そして政府の果断な取捨選択が,1980年代以降,シンガポールの再度の経済成長につながったようにみえる。

この事例は,政府の移民政策の射程とイニシアチブについての検討材料を提供する。2018年の「骨太の方針」には,深刻な人手不足に対応するための非高技能外国人材の受入れとともに,生産性向上の継続的な推進も記されている。シンガポールは,1970年代の経験から,低技能移民の雇用と生産性の向上は両立しないことを学び,長期的な生産性向上を優先した。一方で,労働集約型企業には,製造拠点の海外移転や業態転換を促し,低技能移民の需要を下げる方向に強く誘導した。このシンガポールの事例は,足下の人手不足への対応として低技能外国人を受入れることは,企業の経営効率化へのプレッシャーを弱め,中長期的に生産性を抑制する方向に働く可能性を示唆する。さらに,海外移転や労働節約的な技術への投資が難しく,労働集約的な生産を続けざるを得ない中小の製造業企業やサービス業セクターに低技能外国人の雇用が集中すれば,企業規模間や産業間で生産性格差が拡大するおそれもある。「虻蜂取らず」とならないよう,外国人の高技能人材への育成と,企業の生産性向上の両方を実現するようなインセンティブを市場に付与することは,政府の重要な役割であろう。

 おわりに:富の再配分と移民政策

本書を見通すと,近年の低技能移民に制限的な世界各国の政策は,移民や難民送出国の一時的な混乱への対処というよりも,経済環境の変化を反映した長期的かつ世界的なトレンドの一部として説明されることがわかってくる。経済環境の変化とは,貿易の自由化や企業の海外移転であり,その結果,企業が国内の低技能移民を需要しなくなり,移民政策へのかかわりを変化させたことは,本書で繰り返し述べられてきた。

グローバル化と企業,移民政策「策定」の因果関係を明らかにした本書の評価は揺るがないが,現実の政策は,本書がカバーする範囲のさらに先,移民政策がもたらす「結果」への対処まで求められる。近年,特に重要な課題として認識されつつあるのが,移民によって生じた富やコストの偏在である。低技能移民の拡大によって,社会全体での富が増加したとしても,その恩恵に浴す者(企業や高技能労働者)と恩恵を受けられない者(移民と競合する低技能労働者)がいることは,多くの研究で明らかにされている。低技能移民の増加に反対するのも,後者の人々である。彼らの声が,価値観や感情論からのものではなく,低技能移民の雇用によって実際に生じた仕事や生活へのネガティブな影響を反映したものであれば,富の偏在や拡大した格差を是正するような取組みも,政府が担う移民政策の一部となるのであろう。ボージャス[2017,13]は,「移民とは単なる富の再分配政策なのだ」というが,移民が変えた富の分配に歪みがあれば,次段階の政策にはその歪みを修正する役割が求められる。

日本では,企業が外国人雇用で得た超過利潤の配分を明らかにするような研究はほとんどないが,外国人が集住する自治体が団結して声を上げたことで,行政が負う社会的費用の偏りが顕在化した。移民がもたらす移住国へのマクロの影響がポジティブであったとしても,その成果とともに種々の社会的費用が生じるならば,そのコストを誰がどのように担うかについても,外国人労働者政策が大きく変わろうとしている今,皆が考えるべき課題といえる。

(注1)  本書も技能の高低の定義は明示していないが,高校卒業以下のブルーカラー労働者を(相対的な)低技能労働者,大学卒業以上のホワイトカラー労働者を高技能労働者と考えてよいだろう。ただし日本では,以下で論じるように,「高技能」と「低技能」の境界が明瞭でないため,日本の議論に限っては,高技能を前提とした「高度人材」や「専門的・技術的人材」ではない人々を総称して「非高技能人材」と呼称する。

文献リスト
  • ボージャス,ジョージ 2017. 『移民の政治経済学』(岩本正明訳)白水社.
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top