アジア経済
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Print ISSN : 0002-2942
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紹介:加茂具樹・林載桓編著 『現代中国の政治制度――時間の政治と共産党支配――』
慶應義塾大学出版会 2018年 iii + 213ページ
鄭 成
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2019 年 60 巻 2 号 p. 111

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めまぐるしく変化する現代中国の政治制度について,新しい視座から理解を深めたいと願う読者にとって,本書は待望の一冊となるだろう。本書は,歴史的制度論の概念,およびそれを応用する意義を論述する序章と,中国政治の諸制度を考察する7本の論考から構成され,高い理論的志向を持つ研究書である。

日本の中国政治研究はすでに豊富な蓄積がある。そこになぜ歴史的制度論の視座を導入するのか。これについて,編著者の林載桓が序章で次のように説明する。これまで日本の中国政治研究では「実証的知見を統合する,または他の争点領域への適用を意図した,理論枠組みの構築または概念化の試みは,一部の例外を除き,必ずしも十分に行われてこなかった」(1,2ページ)。そこで歴史的制度論を応用する意義は「中国政治における過去と現在のつながりをより体系的に理解し,またその将来へのより確かな展望を獲得することにあるだけでなく,共通の理論枠組みをあえて用いることで,広く比較政治学の関連研究との対話を試みることにある」(7ページ)という。

そして,制度分析の具体的展開に関して,林は決定的分岐点(critical juncture),経路依存(pathdependence),制度変化(institutional change)という歴史的制度論の3つの中核的概念を提起するとともに,これらの概念の意味および論点の再検討を行った。林はさらに制度変化の分析にあたって,その内生的メカニズムの解明を目指すべきだと主張する。

序章に続いて,7名の研究者が中国政治制度に対する具体的な分析を展開している。第1章(加茂具樹)は1970年代末から1980年代初期までの間に実施された人民代表制度の改革を扱う。同章は改革を進めるにあたって,当時の政治指導者らが「統治の有効性の向上」を意図したかどうかを,人民代表制度の性格を考察するポイントに据えている。第2章(金野純)は中央政府が政治運動の形をとって行う反犯罪闘争で,「厳打」という中国独自の刑事司法制度について歴史的考察を行い,そのメカニズムが伝統的な中共の大衆路線にあると指摘している。第3章(林載桓)は,権威主義体制と集団支配の理論を応用し,1980年代以来の「集団領導制」の制度的発展を考察するとともに,中国の事例を通じて権威主義体制と集団支配の理論に対して補完的検討を行う。第4章(山口信治)は制度変化の理論を応用しつつ,建国以来の領導小組の歴史的変化を考察したうえで,その特質として,高度な集権化に加え,政策の策定と実施を一体的に進める機能を持つことを指摘している。第5章(高原明生)は,中国の幹部選抜任用制度の考察を行ったうえ,制度の変遷を決める3つの要因を提示している。第6章(倉田徹)は,香港の選挙制度を取り上げ,中央・地方関係という視点からその歴史的経緯を考察し,今後の見通しについて2つのシナリオを提示する。第7章(梶谷懐)は経済制度を取り上げる。ここでは,加藤弘之の「曖昧な制度」概念が中国経済の制度的背景の説明に応用されている。

上記の7本の論考は,一定の濃淡はみられるものの,政治制度の決定的分岐点,経路依存の提示と制度メカニズムの解明において,歴史的制度論の中核的概念をもとに分析を行い,理論的・実証的な先行研究の成果を幅広く取り入れた点で共通している。本書の理論的アプローチを通じて,著者たちが狙った「広く比較政治学の関連研究との対話を試みること」(7ページ)が実現できた。この一冊を通じて,学生や研究者は中国政治制度の歴史的経緯について理解を深め,多くの理論的示唆を得られるだろう。

 
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