アジア経済
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
論文
ラテンアメリカの大統領制下における大連立――ブラジルの事例分析を通じて――
新川 匠郎舛方 周一郎
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 60 巻 2 号 p. 34-67

詳細
《要約》

本論はラテンアメリカにおける大連立政権の成立について問う。大統領制下の政党間協力は軽視されるトピックであったが,近年では「連立大統領制」に対する研究の見直しが進んでいる。本論は,大統領制下の連立パターン研究で十分に議論されていない以下の3点を検討する。まず,数ある政権形態のなかでもこれまであまり関心がもたれてこなかった「①大連立」を分析する。また,政権成立にまつわる条件の効果と比べて問われることが少なかった「②因果の複雑さ・仕組み」について深く検討する。以上の点と連動して「③大統領制下の政党間相互作用のモデル」について検討していく。そして本論では大連立の典型例と位置づけるブラジルの分析を通じて次の仮説を確認する。それは「大統領制・多党制・二院制によって大連立のメカニズムが働く」という仮説である。ただし,ブラジルの事例で確認する大連立の条件は,文脈的なメカニズムにより予測される効果とは異なる作用があるとも提起する。

Abstract

Oversized coalitions are not unusual in Brazil, but little attention has been given to explaining the causal mechanisms of this government pattern in the context of Latin American politics. Case studies of Brazilian coalitional presidentialism often lack an integrative perspective with coalition research based on European parliamentary democracies. In contrast, theoretically informed studies of Latin American countries add limited value to causal complexity and contextual mechanisms of oversized coalitions. This paper aims to fill this research gap by combining cross-case and within-case analyses. First, our statistical analysis shows that an established model, which consists of bicameral and multiparty systems, is difficult to apply to 18 Latin American countries. However, in parallel with the presidential power effect, we cannot reject an interactional effect of the bicameral multi-party systems on oversized coalitions. Second, the causal mechanism is assessed by a process tracing of Brazilian coalition politics using cases from Fernando Collor de Mello to Luiz Inácio “Lula” da Silva. From the results of these case studies, a causal mechanism of the bicameral multi-party systems cannot be rejected, although it should be noted that a contextual mechanism for oversized coalitions existed in the Brazilian presidential regime. Specifically, a rationale for broader consensus under the bicameral multi-party system worked with the portfolio allocation strategies of Brazilian presidents.

はじめに

Ⅰ 大統領制下の大連立

Ⅱ 大連立のモデル・仮説

Ⅲ 仮説の確認

Ⅳ ブラジルの事例分析

むすびにかえて――ディスカッション――

 はじめに

本論はラテンアメリカ諸国における幅広い政党間協力の成立について問うことを出発点とする。この幅広い政党間協力のひとつである大連立政権は,ヨーロッパではドイツで過去に成立した政権を一例に,議会における多数派をわずかに超える規模の連立政権とは異なるものとみなされる。なぜ議会の多数派として50パーセントを超えるためだけなら不必要な政党とも協力する連立政権が生まれるのか[Volden and Carrubba 2004も参照]。この問いは大連立がまれではなかったヨーロッパで問われるべきである一方,大連立という分析概念それ自体の射程をヨーロッパのみとするのは恣意的に議論を限定化しているだろう[Lijphart 2012を参照]。

ただし,こうした連立の研究はヨーロッパの事例を中心に行われてきており,議院内閣制の事例の研究蓄積が多いことも確かである[Laver and Schofield 1998; Mitchell and Nyblade 2008; Martin and Vanberg 2015]。一見すれば大半が大統領制というヨーロッパとは異なる執政制度を敷くラテンアメリカ諸国で,大連立にまつわるヨーロッパの理論を当てはめる試みは多くの困難に直面することが容易に想定できるのである。

一方,ラテンアメリカの大統領制に関する古典的な研究では,議会が承認を行うだけのラバースタンプ状態に陥りやすいため,政党の合従連衡は政策決定過程で重要な意味をもたないとも評されてきた[Morgenstern and Nacif 2002; Power 2010を参照]。だが権力が個人に集中しているはずのラテンアメリカ諸国でも,現職の大統領の一存ですべてが決まるとはかぎらないことが明らかになってきた。そこではラテンアメリカ諸国の政治理解を深めるため,「強い大統領」と「政党間の連立」の組み合わせで成り立つ政治構造である「連立大統領制」(coalitional presidentialism)に注目した研究が増えている[Amorim Neto 2006; Aleman and Tsebelis 2011; Hiroi and Renno 2014; Abranches 2018]。ここにヨーロッパとラテンアメリカの相違をふまえたうえで,連立理論の可能性と限界を検討する余地があると考える。

本論は,なぜラテンアメリカ諸国で大連立が成立するのかという問いに取り組むことを通じて,従来の研究で十分に議論されてこなかった以下の点を検討する。第1に,大連立の成立それ自体についてである。数ある連立パターンのなかで,大連立は議院内閣制を採用するヨーロッパ諸国の個別研究で扱われてきた[たとえば網谷・伊藤・成廣 2014]。幅広い政党間の連立とは比較研究で取り扱いにくい現象であり,議会で過半数をわずかに超える連立政権(最小勝利連合)や議会多数派を掌握していない政権(少数政権)が第一の分析対象となってきた[ラテンアメリカの分析では,たとえばCheibub 2007]。

第2に,政党間の協力を規定する条件の相互作用および因果メカニズムについてである。政権成立の比較研究では概して,統計手法に基づく各種条件の独立効果に焦点を当てた分析が多かった[Dumont, De Winter and Andeweg 2011]。回帰分析を軸とする統計手法では,独立した条件(X)の結果(Y)に対する効果の大きさがおもな関心事となる[Seawright 2016, 34-39]。ラテンアメリカ諸国の比較研究でも,大統領制と政党政治の特徴に目を向けることはあったかもしれない[Mainwaring 1993]。だが,それらは政権の成立を介して,いかなるメカニズムを働かせて結果(Y)へ至るのかについて多く議論していなかっただろう。統計手法を補うツールとして,因果メカニズムの解明に貢献する事例研究が重要な役割を果たすと考えられるのである。

ここまでの点と連動して第3に,先行研究では積極的に進めていなかった大統領制下における大連立の成立を理論的に考察する必要がある。連立理論は概して現実の連立パターンと整合性がうまくとれていなかった。そのために主流となってきた行為者中心の分析に加えて,行為者の行動を制約する制度も分析に含める修正案が出されている[Martin and Vanberg 2015]。だが,こうした修正案が提示されたとしても,理論から実際の連立メカニズムの複雑性をどのようにとらえるのかという研究課題が解決したわけではない[Dumont, De Winter and Andeweg 2011]。また数少ないラテンアメリカの大連立の研究でも[たとえばMeireles 2016],この点について多くの関心が向けられてこなかった。いまだ行為者と制度のあいだの相互作用とそのメカニズムを精査する余地があると考えている。

以上の問題意識をふまえて,本論はラテンアメリカ諸国における大連立のメカニズムへ考察を加える。結論を先取りすると,本論ではヨーロッパの連立研究で述べられてきた多党制および二院制という個々の条件が独立してラテンアメリカの大連立を説明するものでないことを示す。ただし本論では,この多党制と二院制の相互作用が存在するなかでは,大連立の成立に向けたメカニズムがたとえラテンアメリカ諸国であっても働きうると提起する。

本論の構成は以下のとおりである。まずは,議院内閣制および大統領制下の大連立の概念・類型について明らかにする。次に,ヨーロッパのみならずラテンアメリカでも共有可能なモデル・仮説について探る。これをふまえて,ラテンアメリカ諸国の事例を通じた大連立の仮説の検証を行う。この手続きから典型事例と特定するブラジルの事例研究を通じて,最後に大連立の条件・メカニズムがいかに働くのかについて確認する。

Ⅰ 大統領制下の大連立

議院内閣制において政権は直接選出ではなく,議会における積極的ないし消極的な支持を得ることで発足する。政権を成立させるためには公式であれ非公式であれ,政権が常に議会から多数派の支持を得なければならない。これに対して大統領制では有権者が政権の長(大統領)を直接選び,大統領が組閣を進める。政権発足のために議会の多数派の支持を得る必要はなく,閣僚の任命も議会構成に必ずしも制約されることはない。こうした執政制度の違いから,大統領制と議院内閣制では政党の行動様式が異なると予期できる[Clark, Golder and Golder 2013, 503]。

だが近年では大統領制と議院内閣制での多様性,さらには「政治の大統領制化」に見るような両システムの機能的な類似性が指摘される[Webb and Poguntke 2007]。これらは,政権が議会に責任を負う制度設計なのか否かによって,議会政党にまったく異なる行動様式が生じるだろうという議論へ一石を投じる。また大統領制と議院内閣制には憲法上で違いがある一方,執政制度を導入したタイミングや地域によっても行政府と立法府の関係は規定されるという[Cheibub, Elkins and Ginsburg 2013]。こうした議論は,大統領制下の政党の行動様式が議院内閣制のそれと比べてまったく異なるとはいいきれず,共通の素地があることを示唆している。本論の関心に即して述べるならば,議院内閣制であれ大統領制であれ,政権を作る政党の数・規模は,行政府の長およびその長を輩出する政党にとって関心事になりうる。具体的に議院内閣制と大統領制の下では,次の3つの政権パターンがこれまでの研究のなかで提起されてきた。

まず議院内閣制の下で議会過半数を掌握した政党の政権,大統領を含む行政府のメンバーが議会多数派と同じ党派の政権は,どちらも「①多数派単独政権」とみなされる[たとえばLinz 1990]。次に,議院内閣制で議会の過半数を掌握するために政党間で協力している政権と,大統領の政党以外からも入閣者が存在して議会多数派の支持を得ている政権が,「②多数派連立政権」という同じ範疇に収められる[Lijphart 2012, 99-100]。さらに議院内閣制で議会の過半数を掌握せずに作る政権と,大統領が議会多数派の支持を取り付けることなく作る政権が概して「③少数派政権」という状況にあると考えられる[Cheibub 2007]。以上は議院内閣制と大統領制における①多数派単独政権,②多数派連立政権,③少数派政権という3つのパターンについて示した。そして大連立は,幅広い政党間協力であることから「多数派連立政権」の一種と考えられる。

確かに,大連立とは行為者である政党に焦点を当てたミクロ政治分析,政治構造に焦点を当てたマクロ政治分析の両方で使用される包括的な概念である[Lijphart 2012]。だが近年では,ミクロレベルでの政党間協力の実践を通じて,マクロレベルでの大連立の政治構造が形成されると指摘されている[Schmidt 2015, 43も参照]。このM・シュミットの指摘をふまえると,より多くの政党を包含しようとする政権を経験的にとらえて,それがどれほど実践されてきたのかという点が大連立の特徴を考えるうえで重要と考えられる[Ganghof 2010も参照]。

以上から本論では,幅広い政党間協力である大連立を以下の定義からとらえる。それは,政党間で協力して議会の多数派として50パーセントを超えるためだけなら不必要な政党のメンバーが含まれている政権という定義である[Volden and Carrubba 2004]。この定義を基にどれほど国別で大連立が実践されてきたのかについて検討する。そこでは,国別での大連立の成立頻度を問う。これによって,政党間の合意を重視する政治であるのかどうかの一端をとらえる。以下では,この大連立の定義と頻度を基に西ヨーロッパ(オーストラリア・カナダ・ニュージーランドを含む)の18カ国,およびラテンアメリカ18カ国の特徴を示した(表1)。

表1は議会多数派となるのに余分な政党を含む政権という指標に基づき,西ヨーロッパとラテンアメリカの国別での大連立の頻度を示したものである(注1)。両地域の国ともに年単位で政権の特徴を集計した結果,西ヨーロッパで22パーセント,ラテンアメリカで17パーセントという平均値が得られる。議院内閣制がおもなヨーロッパのみならず,大半が大統領制を採用しているラテンアメリカでも,議会多数派になるための最小限の協力(いわゆる最小勝利連合)を超えた事例が少なからず存在しているといえる。では,こうしたヨーロッパ・ラテンアメリカの双方で見出せる連立パターンに対して,いかなる説明が与えられるのか。以下では両地域で共有可能なモデル・仮説を探っていく。

表1  西ヨーロッパ・ラテンアメリカ2地域における大連立

(出所)Siaroff[2003]およびMeireles[2016]を基に筆者作成。

Ⅱ 大連立のモデル・仮説

本論では,西ヨーロッパの事例を通じて展開してきた連立の理論に着目する[たとえば岡澤 1988を参照]。この理論では,政権内でのポスト配分を最大化するため,政党は議会の多数派を占めるのに最小限の協力しか行わないという考えを出発点にする。ただし,この公職を追求して「最小勝利連合」を目指すというモデルでは,幅広い政党間協力に基づく大連立を体系的に説明できない。そのため,先行研究ではなぜ政党が最小限の多数派をともなう政権を目指さないのか,という問いを基に大連立と関係するモデルが展開されてきた[Volden and Carrubba 2004]。話を先取りすると本論では,このモデルのなかでラテンアメリカの事例でも適応可能な仮説として「二大政党制・多党制」,「一院制・二院制」という条件が挙げられていることを示す[Meireles 2016]。ただし後述のように,これらの条件をラテンアメリカ諸国で実証する先行研究の試みには不備があった。さらには連立理論で一般的に述べられる行為者と制度のあいだの相互作用の可能性についても[Ganghof 2010],先行研究では関心が向けられてこなかったことについて指摘する。

では二大政党制・一院制,多党制・二院制の相互作用を考慮したモデルをラテンアメリカ諸国でどのように実証できるのか。以下では,この点を検討していく。

1. 政党システムに基づく仮説

政党が必要最小限の協力を目指すという選好は,行為者のあいだでの完全情報ゲームという前提に基づいている。そのため,情報が不確実な連立交渉では他党の裏切りを考慮して,議会多数派になるためだけなら不必要な政党との協力を志向することも想定されている[Riker 1962, 88]。議会でひとつの政党が多数派になり,もう一方が少数派となる二大政党制では,そもそも多数派になるための連立交渉を必要としないだろう。しかし多党制の場合は,多数派になるための交渉が潜在的な連立相手の増加にともない複雑になっていくと考えられるのである。

この二大政党制と比べた多党制に見出せる特徴,政権交渉の不確実性という大連立の条件はヨーロッパの地域に制約されない説明力をもつだろう。実際にラテンアメリカの多国間分析で,「有効政党数(注2)」という指標から政権交渉の不確実性について検討されている。そこでは確かに,議会の有効政党数の増加が規模の大きい政権に正の効果をもつことが確認されている[Meireles 2016]。

ただし先行研究の分析のなかで[Meireles 2016],多党制下の政権交渉の不確実性は厳密な意味で実証されているとはいえない。これは大統領政党の議席という統制変数が分析に加わっていることに起因する。大統領政党の議席と分析で使われた議会の有効政党数のあいだには負の相関(- 0.61)があったことから,大統領政党の議席が多ければ交渉する議会政党は少なくなると考えられる。連立理論の一般的説明からすれば,大統領政党の議席が減ることで政権交渉の不確実性が増加する,つまり規模の大きい政権を作る必要が生じるはずである。だが分析では,大統領政党の議席増大が規模の大きい政権に正の効果をもつことが認められている。そこでは少なくとも分析のなかで,政党の数に基づく政権交渉の不確実性仮説を明示的に実証しているとはいえないのである。この問題から本論では,多党制の下での条件について有効政党数を通じて改めて実証する必要があると考えている。そこでは以下の仮説をラテンアメリカ諸国で検討する。

仮説1(多党制・二大政党制):「議会有効政党数が増加(減少)するほど,政党間での交渉の不確実性が増す(減る)ため,保険としての余計な政党との協力可能性が高まる(低くなる)」

2. 制度に基づく仮説

ここまで述べた仮説は,多党制(二大政党制)における政党間の相互作用に焦点を当てていた。そのため,その相互作用を規定するルール・制度を加味した説明とはいえない。この点について西ヨーロッパの事例と共に展開してきた連立理論では,二院制の下では一院制と異なる政党間協力の論理が働くと提起されている。大連立へ至るひとつの道筋は,両院で多数派になることが安定した議会運営につながると政治家が予期することで生じるという[Volden and Carrubba 2004]。

この二院制の影響力に注目した仮説は,F・メイレーレス(Fernando Meireles)によるラテンアメリカでの政権の規模に関する分析でも取り上げられている。この分析では二院制が政権の大きさに正の効果をもつものの,その統計的な有意性は確認できなかったという[Meireles 2016]。だが,この実証手続きでは問題がある。それは,分析で二院制か否かの二値コードを用いている点である。連立研究では,すべての二院制が同様に政党間の交渉に影響を及ぼすのかどうかについて疑問視されている[Eppner and Ganghof 2015]。上院がそもそも立法機関として重要な役割をもっていなければ,両院で多数派になることが安定した議会運営につながるという政治家の予期は生じないとも考えられるのである。

そこで本論では,上院が立法過程でより強い影響力を及ぼすかどうかを考慮して,一院制・二院制の条件を再検討する。そこではJ・ゲーリング(John Gerring)らが126カ国の議会の特徴を比較する際に用いた指標を使って[Gerring, Thacker and Moreno 2005, 571],改めて分析してみる。

この指標は,両院の選挙制度を介した代表の類似性(独自性),権限の下院への集中(両院への分散)に着目して,各国における上院の影響力を3段階で測定する(注3)。まず,そもそも一院制で上院の影響力が皆無である,もしくは上院の影響力が弱い場合を「0」とする。次に,上院の影響力がありうるものの類似した代表が選出される場合に「1」のスコアがあてがわれる。最後に,上院の影響力がありうるなか,それぞれ独自の代表が選出されるケースで「2」がコードされる。本論では,この上院の強さに関する指標に即して以下の仮説をラテンアメリカ諸国で検討する。

仮説2(二院制・一院制):「上院の影響力が強い(弱い)ほど,上院の議会構成も考慮する必要が生じやすい(生じにくい)結果,幅広い政党間協力の可能性も高まる(低くなる)」

この上院の影響力に注目した仮説とは別に,ラテンアメリカ諸国で考慮しなければならない制度的な条件が大統領の権限である。有権者から直接選出された大統領は自ら組閣を行うというのがラテンアメリカ諸国の一般的特徴である。したがって,最大限の公職追求を行う大統領が政治権力を独占することも不可能ではない。

ここで権力独占の可能性を捨てきれないものの,大統領の権限が強い場合にこそ,議会との交渉・取引での裏切りを防げるため,大連立の実現が容易になると指摘されている[Meireles 2016]。この大統領の権限と大連立成立の予想されるメカニズムは,なぜ大統領にとって大連立が「可能」であるのかについて説明するかもしれない。しかしこれは,大統領の所属政党以外の多くの党がなぜ政権にこぞって参加する「必要」があるのかを説明していない。大連立がなぜ「可能」であるのか,そしてなぜ「必要」であるのか。連立研究では一般的に,両方のロジックを考慮することでこそ現実的な説明を与えうると提起されている[Junger 2011]。

これをふまえ本論では,大統領の権限の強さが大連立の可能性を開くという先行研究でのメカニズムを想定する一方,大連立の必要性に関する次のメカニズムも勘案する。大統領制の下では,公職および政策実現を追求する各政党にとって,大統領の近くにいることがより多くの利益を得るために必要となるだろう。そのため,大統領の権限が強い場合には,多くの党が政権へ参画することを志向しやすくなると考えられる(注4)

この大統領の権限の強さに着目した仮説を検討するうえで本論は,G・ネグレット(Gabriel L. Negretto)の作成した「0~100」のあいだで推移する大統領の権限指数を用いる。この指数では,ラテンアメリカ諸国の憲法を比較,規定されている大統領の議会に関する各種権限(排他的な財政法案提出権や予算案の拒否権など)が勘案されている[指数の内訳について詳しくはNegretto 2014]。この指数を用いて,本論では以下の大統領制にまつわる仮説を検討する。

仮説3(大統領制):「大統領の権限が強いほど,大統領は議会政党の裏切りを容易に防ぎうる,あるいは議会政党にとっては大統領政府がより魅力的に映るため,幅広い政党間協力が生じやすくなる」

3. 政党システムと制度に基づく仮説

ここまで述べてきた条件のなかで,多党制・二大政党制および二院制・一院制に基づく一般的な条件には,これまで大連立に独立して効果を及ぼすとみなされて検証が行われてきた[たとえばVolden and Carrubba 2004]。そしてラテンアメリカでの大連立の応用研究でも,この考えが踏襲されて実証分析が行われている[Meireles 2016]。しかし本論では,これら政党システム・制度に関する条件が独立して影響を及ぼすとは事前に想定しない。

これは,行為者である政党と制度の相互作用によって働くメカニズムについて検討を要するという連立理論での一般的な問題提起に基づく[Mitchel and Nyblade 2008]。実際に西ヨーロッパを中心とした分析で,政党システムの多党制的な特徴と政党の行動を制約する二院制を中心とした制度の相互作用によって連立に違いが生じると実証的に示されている[Ganghof 2010]。多党制下の政党間交渉における不確実性増大,それに加えて上院の議会構成を考慮しなければならない状況下では,政治家の安定した政権を作ろうとする動機がより強まる。つまり幅広い政権が生じやすくなると予期できる。他方で理論上では,二大政党制の下で政党間交渉が不要となり,さらには一院制の下で政党間の競合がシンプルなものであるならば,大連立を作り出す理由が失われるとも考えられよう。

これをふまえて,本論のねらいとするラテンアメリカ諸国における実証分析でも,多党制・二大政党制および二院制・一院制の条件のあいだの相互作用について検討する。具体的には,仮説1と仮説2の指標である有効政党数および上院の影響力の相互作用を検討することで,以下の仮説4について考えてみたい。

仮説4(多党制二院制/二大政党制一院制):「上院の影響力がより強い(弱い)とき,有効政党数が増加する(少なくなる)ことで,幅広い政党間協力の可能性が一層高まる(減じる)」

4. 統制変数について

ここまで述べてきた連立理論における仮説をラテンアメリカを対象として検討する際に,本論では以下の3種類の統制変数を考慮する。

統制変数群1:まず政党間相互作用の上位にある要因としてマクロ経済の状況を挙げる。ラテンアメリカ諸国での政党間競合の特徴は経済状況によって規定される部分が大きいと指摘されている[たとえばKitschelt et al. 2010]。そこで本論では,この特徴を各国でのインフレ率の変動からとらえて分析する(『経済状況』)。また,これと関連してラテンアメリカ諸国は深刻な債務危機に陥った1980年代,それへの対応策を打ち出した1990年代というユニークな時期を経験している[Roberts 2014]。そのため本論では1980年代の事例および1990年代の事例にダミーコードを割り当て,それぞれ「80年代」,「90年代」という変数として統制して分析する(注5)

統制変数群2:次に,政党間相互作用にかかわる統制すべき条件として政党の規律という問題を挙げる。議会の多数派になる最小限の協力を予測した連立モデルは,各政党が党内では一枚岩であることを想定していた[Laver and Schofield 1998]。だが実際の政党「間」での交渉とは,政党「内」での交渉と連動していることが少なくない。そこでは議会政党の規律が緩やかである場合,より不確実性の高い政党間交渉が強いられると予測できる。

ただし緩やかな党組織の特徴を体系的に把握するための指標は,ヨーロッパにせよラテンアメリカにせよいまだ精査が必要な段階である[Amorim Neto 2006; Scarrow, Webb and Poguntke 2017を参照]。そのため,本論では政党の規律を選挙中・選挙後の状況に即した2つの指標からとらえる。ひとつ目は非拘束名簿式の選挙制度である。この選挙制度は立候補者個人への投票を促すもので,議員の党への帰属意識を減じさせるという[Carey and Shugart 1995]。そこでは,下院の選挙制度において「非拘束名簿式」を用いている国の事例に「1」,用いていない国の事例に「0」というダミーコーディングを通じて,党の規律を分析で加味する(注6)。2つ目は,ラテンアメリカ諸国の下院の総議席数という指標(『議席数』)である。この指標は党の規律とは直接関係ないものの,総議席数が多いほど各会派の統制は緩みやすく,各党内の不確実性が高まるため,政党間相互作用が歪みやすいと考えられている[Volden and Carrubba 2004]。

これに加えて,政党間相互作用を規定する条件として議会内会派の分極化についても述べておく。最小限の協力を予測するモデルは,公職を追求する政党を想定したもので,政策実現を追求する政党の行動について考慮していない。だが実際には,政党間での政策的な対立(分極化)によって政党間の相互作用が変わるだろう(注7)。この分極化という条件については,M・コペッジ(Michael Coppedge)による政党の政策位置スコアを基に,ラテンアメリカ諸国のそれぞれの事例に見る各党のスコアの分散からとらえる[Coppedge 1997]。

統制変数群3:最後に,ラテンアメリカの大統領制にまつわる特徴を分析のなかでは統制する。第1に,大統領の政策的立場が議会政党とかけ離れている場合,大統領の権限がいくら強くとも幅広い政党間での協力は難しくなると考えられる。そこで,この点については「大統領の政策位置」という変数を設定する。具体的には,大統領の政策位置スコアが議会の中位の政策位置スコアとどれだけ離れているのかについてMeireles[2016]が提示したデータを活用して検討する。

第2に,大統領の個人的な人気が高い場合,議会政党は協力的になりやすいかもしれない。だが人気が低い場合には次回選挙を見越して非協力的になるとも考えられる[Martinez-Gallardo and Schleiter 2015]。そのため,政策位置の問題だけでなく,大統領の人気に便乗しようとする政党の行動動機にかかわる条件も統制する必要がある。もちろん,大統領に便乗して再選追求の利益を最大化させようとする思惑は,大統領の再選規定という制度的な制約によって強まったり,弱まったりするかもしれない。しかし再選規定がたとえあったとしても,大統領の人気が当選時にもっとも高く,年を追うごとに低下するという基本的な特徴は変わらないだろう。ここでは「1~0」のあいだで,年単位で等間隔に推移する「大統領の任期」という指標を通じて,人気に便乗しようとする政党の動きを勘案することにする。

Ⅲ 仮説の確認

以上,3種類の統制変数について述べた。これらを加味しつつ,多党制・二大政党制および二院制・一院制という一般的な連立研究で述べられてきた条件について[Volden and Carrubba 2004],ラテンアメリカ諸国のなかで検討する。ラテンアメリカの連立政権に関する先行研究では,そもそも大連立に対して関心は薄かっただろう[Cheibub 2007]。そのようななかで,政党制と議院構成に関する条件を検討しようした先行研究は重要であった[Meireles 2016]。しかし,これら先行研究の実証分析では,連立理論で提起されている多党制・二大政党制および二院制・一院制の相互作用の可能性について考慮されていなかった。そこで本論ではラテンアメリカで特徴的な制度設計である大統領制の影響を勘案しつつ,上述の相互作用について検討する。

これらの仮説は具体的にラテンアメリカの主要18カ国の事例から検証する。ここでの説明変数は,18カ国の各年のデータから検討する(補遺・表1を参照)。他方で,説明する結果(従属変数)とは幅広い政党間協力となる。そして,この従属変数は議会多数派になるためだけなら不必要な政党のメンバーが政権に含まれているかどうかという「1」と「0」の二値からとらえる(表1も参照)。なお本論での分析の前に,各国の大統領選挙が行われた年のみを取り出して分析も行っているが,以下で述べる結果と同様のものが得られたことをここに付記しておく。

補遺・表1  統計分析で用いた説明変数の国別での平均値

(出所)筆者作成。

1. 分析結果

表2は基本モデルと交互作用項を加えた応用モデルについて,「1」と「0」の二値の従属変数を勘案するロジスティック回帰分析を通じて検証した結果である(注8)。なお本論では年ごとの政権を観測しているため,各事例の独立性に疑問符をつけうる。そこで国別で事例をまとめ,頑健標準誤差(cluster-robust standard error)について考慮した分析結果を示した。

表2  ラテンアメリカ18カ国での分析結果(N = 419)

Pr(>| Z |)*** > 0.01, ** > 0.05, * > 0.1

(出所)筆者作成。

まずは表2の基本モデルの分析結果から見ていこう。ここでは,有効政党数(多党制・二大政党制)と上院の影響力(二院制・一院制)について統計的な有意性を確認することはできなかった。これは,二院制が政権の規模に影響を及ぼすことに疑問符をつける従来の研究結果と整合的である一方,有効政党数が有意な効果をもつという指摘とは非整合的である[Meireles 2016]。本論のこの実証分析の結果からは次のような知見を得られる。そもそも多党制・二大政党制および二院制・一院制という西ヨーロッパの事例を通じて検討が重ねられてきた理論について,直感的にはラテンアメリカの事例で応用することは難しいと考えられていただろう。ここでの分析結果は,その難しさを改めて確認するものであったといえる。

その一方で,本論で統制変数として投入していた「90年代」および「大統領の政策位置」という条件は,基本モデルで統計的に有意であることを確認できた。一方の「90年代」の条件からは,深刻な債務危機への対応策を模索していた1990年代に,ラテンアメリカ諸国では幅広い協力が比較的取り付けやすかったことがうかがい知れる[Roberts 2014]。

他方,「大統領の政策位置」という条件からは,大統領の主張がより穏健である場合に,議会政党間の幅広い協力関係が生じやすくなることが示されている。これは政権の規模について比較した先行研究の成果と整合的ではない[Meireles 2016]。ただしラテンアメリカでは,議会多数派の政権が大統領の中道志向によって生じて,規模の小さい政権が極端な政策的主張の大統領の下で生じるとも提起される[Amorim Neto 2006]。本論の分析では後者を支持する結果が出たといえる。ただし両者の分析では,大統領の政策位置が連立交渉にそもそもどういった形で影響を及ぼしていくのか,そのメカニズムの詳細は十分検討されていない。この点は連立研究で用いられてきたヨーロッパの議院内閣制の事例と対比させる形で,ラテンアメリカでの政策的な要因について理解を深めることがいまだ求められることを示している。

基本モデルの分析ではラテンアメリカ諸国において,多党制・二大政党制および二院制・一院制の条件が独立して予測通りの効果をもつのかどうかについては疑問符をつけうると指摘した。だが応用モデルの分析結果からは,従来の研究が見落としていた点として[Meireles 2016],それらの相互作用が連立形成で無視できないことを提起できる。もちろん応用モデルの結果では,「大統領制」(大統領の権限)の条件も統計的に有意であったことから,議院内閣制であるヨーロッパの国々を対象とした場合とは異なる条件の重要性が示されたとも解釈できる。とはいえ,有効政党数と上院の影響力の相互作用が幅広い政党間協力に正の効果を与えるという西ヨーロッパの事例・理論から導出した仮説は,ラテンアメリカを対象とした場合でも残しうるといえよう(注9)。なお,この推論はたとえ検証に用いたラテンアメリカの事例のなかで,民主的な政治体制であるのか疑わしいものを除いて分析した結果からも同様に行うことができるものである(注10)

以上からは,多党制・二大政党制および二院制・一院制の相互作用がラテンアメリカ諸国でも幅広い政党間の連立に正の効果をもつ可能性があるという洞察を得た。ただし表2の「有効政党数* 上院の影響力」を見るだけでは,どういった類の相互作用を期待できるのかについて議論を尽くしていない[方法論的にはBrambor, Clark and Golder 2006を参照]。この点について表2の応用モデルにおける,有効政党数および上院の影響力の交互作用項の限界効果をプロットしたものから考察を加える(図1)。

図1は,有効政党数と上院の影響力という条件がそれぞれもう一方の条件と相互作用する際の限界効果について示したものである。まず図1-aからは,上院の影響力が強い(2.0)ときに有効政党数の限界効果が正である一方,上院の影響力が皆無ないし弱い(0.0)ときには有効政党数の限界効果が負であることを見て取れる。この結果からは2つの示唆を引き出せる。それは,①上院がより権限をもっており,有効政党数が増大している多党制のときに大連立が生じやすくなる,②ひとつの議会に権限が集中している一院制のときに,有効政党数が減少している二大政党制の場合は大連立が生じにくくなる,という2つの示唆である。

ただし,この2つの示唆のうち②について,ここでは疑問符をつけるべきである。これは,図1-bの二院制の限界効果に関するプロットから得られる知見である。図1-bでは,有効政党数が約5.0を超えたあたりから上院の影響力の限界効果が正になることについて示されている。だが二大政党制とみなしうる有効政党数が2.5以下の場合[Ganghof 2012],その負の限界効果とは,図中の0の点線にかかっていることからも,有意なものとみなすことができない。以上から,図1-aだけみれば①と②の仮説を残しうるが,図1-bも考慮すると,提示できる有効政党数と上院の影響力の相互作用に関する仮説は①のみと,より限定的になることがわかる[方法論的にはBerry, Golder and Milton 2012を参照]。

図1  応用モデルにおける交互作用項の限界効果

(注)図内の濃い網かけの部分は95パーセント信頼区画を,棒グラフは該当する事例の観測事例のなかでの比率について示している[Berry, Golder and Milton 2012を参照]。

(出所)筆者作成。

2. 事例間比較

ここまでは多党制と二院制の相互作用に関しては,ラテンアメリカ諸国においても幅広い政党間の連立に正の効果をもつ可能性があることについて確認した。ただし,この確認作業は原因と結果の関係性に目を向けるものであったため,ラテンアメリカで実際に生じる大連立の因果メカニズムについては踏み込んで議論していない。この点は,先の分析結果から引き出した仮説と整合的な,多党制と二院制の相互作用を通じて大連立が成立していると考えられる事例を中心に据えてさらに検討する必要がある[たとえばSeawright 2016]。そこでまず,ラテンアメリカ諸国のうちで,多党制と二院制の条件を兼ね備えており,大連立が多く成立してきた国はどれであったのかを確認する(図2)。

図2は,X軸を有効政党数と上院の影響力の交互作用項に関する国別平均値,Y軸を大連立成立の国別平均値として,先の分析で用いたデータから図示したものである。この図では,有効政党数が少なく上院の影響力も皆無ないし弱い場合でも幅広い連立が成立する事例を明示化できる。具体的には,コロンビア(COL),パナマ(PAN),ボリビア(BOL),エクアドル(ECU)を挙げることができる。その一方で,二条件の相互作用の帰結として大連立が成立しているとみなせる事例として,チリ(CHL),パラグアイ(PRY),そしてブラジル(BRA)を特定できる。

ただし,図2のなかでブラジルは有効政党数と上院の影響力の交互作用項の国別平均値,大連立成立の国別平均値が他の国と比べて突出して高い。そのため,本論で取り上げたラテンアメリカ諸国のなかでもブラジルは,多党制と二院制の相互作用に基づく大連立メカニズムをもっとも予期しやすい事例とみなせる。

図2  有効政党数と対等な二院制の相互作用に関する国別分析

(出所)筆者作成。

3. 事例内比較

ブラジルは他国と比べて多党制と二院制の相互作用が働きやすいと考えられる。一方で,ブラジル国内で常に大連立が生じてきたわけではない。そこで,ブラジルの各大統領期の特徴へ光を当てつつ,多党制と二院制の相互作用に基づく大連立メカニズムを検討するうえで有用な事例の特定を試みる。まずは,先に用いた国際比較データのなかで,ブラジルにおける有効政党数の増減と大連立の成立の推移について抽出してみよう(図3)。なお二院制のスコアはブラジルで定数となるために割愛して図を作っている。

図3  ブラジルの各大統領の政権期における分析

(出所)筆者作成。

図3は,多党制的な特徴を備えると一般的に考えられる有効政党数のスコア5.0をひとつの区切りとして[Ganghof 2012],ブラジルの各大統領の年ごとでの有効政党数の特徴を図示した。ここでは横軸で大連立の成立⑴ないし不成立について,議会多数派となるのに余分な政党を含む政権か否かという指標を用いて,各年の特徴を測った結果についても合わせて示している。この横軸で見出せる,サルネイ(Sarney),コロール(Collor),フランコ(Itamar Franco),カルドーゾ(Cardoso),ルーラ(Lula),ルセフ(Rousseff)という各大統領の任期時に見出せる特徴からは,大連立のメカニズムを検討するうえで示唆ある事例を次のように浮き彫りにできる。

まず時系列で最初に位置しているサルネイ(Sarney)の時期においては,有効政党数が5.0を下回っていたものの,大連立が成立してきたことが見て取れる。これは本論で予測していた多党制・二大政党制および二院制・一院制のメカニズムと整合的でないかもしれない。しかしブラジル民政移管後の最初の政権運営であったことを考慮すれば,予測から外れていたとしても仮説に対する決定的な反証材料とはいえないだろう。

これと比べたときに,コロール(Collor)の時期は問題が深刻である。確かに,有効政党数が5.0を下回っていた1990年に大連立が成立していないことは,本論でもともと立てていた仮説と整合的といえるのかもしれない。しかし翌年に有効政党数が5.0を上回り,政党間交渉の複雑性が高まった状況で,なぜ大連立が成立しなかったのだろうか。先の分析で上手く扱うことができなかった,大連立を妨げた当時の制約条件について,コロール政権期の事例では探索しておく必要がある。

コロール大統領の後,フランコ(Itamar Franco)の時期は,有効政党数が5.0を上回っているなか,1992~1993年にかけて大連立を観測できる。1994年には大連立が解消されているが,懸念事項であった多党制と二院制の問題に対処するために,当時は大連立が具体的な選択肢になっていたとも推論可能だろう。フランコ政権はコロール政権期と比べて,本論の仮説の予測と整合的と考えられるのである。ただし,この政権はコロール政権後にフランコが副大統領から昇格して生まれた暫定的なものであった。大統領制下の大連立の一般的メカニズムを検討するという本論の目的からすれば,特殊な事例と位置づけられる。そのため,この政権を本論で取り上げる優先順位は低くなる。

このフランコ暫定政権に比べて,続くカルドーゾ(Cardoso)大統領は選挙を通じて選出されている。他方でフランコの時期と同様,有効政党数が5.0を上回っていたなか,継続して大連立が成立してきたことが観測できる。本論で予想する多党制と二院制のメカニズムを確認するのに適した事例とみなせるかもしれない。だがカルドーゾ政権期で注意すべきは,1991年のコロール政権期,続くフランコ政権期に比べて,有効政党数の値が約1.0~1.5ポイントほど減少している。図1では,国際比較の結果,有効政党数が約5.0を超えたあたりから上院の影響力の限界効果が正になると指摘していた。そこではカルドーゾ政権期に有効政党数のポイントが下がったことで,大連立成立の可能性もいくばくか下がっていたとも考えられる。ここにおいて,カルドーゾ政権期は本論の大連立メカニズムを検討するための事例と位置づけうる一方,コロール政権期やフランコ政権期と比べ,なぜ大連立が求められたのかを検討するための事例ともみなせる。他の多党制下にあったブラジルの事例と比べて,大連立の成立メカニズムをより一層働かせた促進条件について検討する余地があるといえよう。

カルドーゾ政権が促進条件の確認という意味でも示唆をもちうる一方で,ルーラ(Lula)大統領の時期は大連立メカニズムを確認するために有用な事例と考えられる。確かに初年度では大連立でなかったものの,他のブラジルの大統領期に比べて有効政党数のスコアが上昇しているなか,2004年以降は大連立が成立してきたことが図3から見て取れる。この時期の事例とは多党制と二院制の問題が実際に認識されるなか,大連立が選択肢になっていたと推察できるのである。なお同様の特徴は,続くルセフ(Rousseff)大統領の時期においても見出せるものの,本論の国際比較の分析時期は2012年までであり,2011年にルセフ政権が発足してから終わりまでを観測できていない。そのため,ここでは注目する事例として取り上げることはない。

以上,ブラジルの6人の大統領の政権期の特徴を概観するなかで,多党制と二院制の相互作用に基づく大連立メカニズムを検討するうえで有用な事例を浮き彫りにしてきた。そこではブラジルの事例のなかで,多党制と二院制に基づく大連立メカニズムの確認にとどまらず,そのメカニズムの制約条件と促進条件も検討できそうであるという知見を得ている。具体的に本論では以下で,①大連立の制約条件を確認するうえで有用と考えられるコロール政権,②大連立の促進条件も確認できそうなカルドーゾ政権,③大連立の因果的仕組みを検討できるルーラ政権に注目する。

なお注目する3人の大統領の政権期とは複数年をまたぐものであり,それぞれの年に特徴があるだろう。ついては以下の事例研究では,ブラジルの各大統領の政権を大まかであるが,「成立期」,「運営期」,「終焉期」とあらかじめ区別しておき,年ごとの違いにも注意を払って分析する。また各政権の誕生から終わりまでの連立の動態に目を向ける際に,ブラジル国内で時系列的に蓄積される特徴も無視できないだろう[Pierson 2004を参照]。そこで以下の事例分析では,民政移管後のブラジルの政治制度を概観した後,多党制と二院制の大連立メカニズム,およびその他の要因をブラジルの古い大統領から順に検討する。なお,本文の末尾に各大統領期の連立の構成および規模についての表を付しているので,併せて参照されたい(補遺・表2)。

補遺・表2  ブラジルにおける与党連合の規模の推移(1988~2010)

(注)50%>は,議会内で与党連合の規模が50 パーセントに達しておらず,議会で少数派連合であることを示している。なお,各数値は少数第一位を四捨五入して計算している。

(出典)Figueiredo[2007], Fleischer[2015]などのデータを参考に筆者作成。

Ⅳ ブラジルの事例分析

ブラジルの執政制度は大統領制を採用している。国家元首であり行政府の長でもある大統領は国民による直接選挙で選出される(注11)。また連邦議会は異なる特徴をもった政治家が選出される(上院と下院で構成される)二院制を採用している。下院の定員は513名で各州とブラジリア連邦直轄区から4年の任期で非拘束名簿式比例代表制により選出される。他方で上院の定員は81名で,各州とブラジリア連邦直轄区は任期8年の上院議員を3名ずつ選出し,4年ごとに各州2名または1名の議員が改選となる。ブラジルの立法過程において,この上院は無視できない影響力をもつ。これは憲法修正案で両院の同意が必要になるからだけではない。ブラジルでは法案提出を両院に認めており,最終的な法案に対する決定はその法案を提出した院に委ねられるという独特な特徴にも起因する[Hiroi 2008, 1589-1590]。

こうした憲法上の特徴に加えて,ブラジルでは政党数の多さも顕著である。しかし全国規模の勢力を誇る政党でも後述する労働者党(PT)以外の政党はイデオロギー的な基盤が強固ではなく,党内規律も緩い。その結果,一党のみで大統領選挙に勝利して,議会の過半数の議席を獲得することはきわめて難しく,大統領にも連立与党を形成する他党に配慮した政権運営が求められる[日本ブラジル商工会議所 2016]。

これら基本的な特徴をともなって民政移管後のブラジルでは,1985年1月15日に国会議員全員と州議会代表からなる代議員の投票による間接選挙方式での大統領選挙が実施された。この大統領選挙では,ブラジル民主運動党(PMDB)と自由戦線(FL)の一部の支持を得たT・ネーヴェス(Tancredo Neves)が当選した。だが,ネーヴェスは就任の直後に急逝したために,選挙戦を通じてPMDBに鞍替えしていたサルネイ副大統領が大統領に昇格した。このサルネイの時代に起草されたブラジルの1988年憲法は,大統領に政治的な権限が集中して政策決定に弊害が生じた軍政期を歴史的な教訓にするもので,行政府に対する立法府の統制権限を強めた。その一方でブラジルの大統領は,法律の起案および国家で成功した法律の一部ないし全面拒否,予算編成など幅広い権限をもつ。さらに政策執行上の強力な手段として法律の効力をもつ暫定措置(medidas provisórias)とよばれる法案提出権が与えられた(注12)。またブラジル憲法には,地方の政治勢力が強い伝統のなかで地方分権なども規定されることで,州知事だけでなく一般に国政のプレーヤーだととらえられる連邦議員も,地方勢力のひとつとしてその地位が認められている。

1. 大連立の制約条件

以上のような議会制民主主義の制度が民政移管後に設計されたものの,当時のブラジルでは親軍政と反軍政,個人主義と政党指向,国家主義と市場主義など伝統的な対立軸のなかで,諸政策を集約する政党が未成熟であった[Kingstone and Power 2008]。政治的有力者を中心とした個人主義的な政党が力をもちやすく,小党分裂の傾向も強かったという。こうしたなか,1988年憲法の下で初めての大統領選出直接選挙が1989年に実施されている。

  • ⑴コロール政権の誕生期

1989年選挙では,軍政期に蓄積した対外債務や肥大化した公共部門の負担からインフレ・経済危機に直面するなか,大統領選挙には22名の候補者が乱立していた。他の候補者・政党が日和見的な離合集散を繰り返すなかで,中央の政界で無名の政治家であったコロールは政治腐敗の一掃を掲げ自ら国家再建党(PRN)を結成,高給取りの公務員を批判するなど政治的な既得権者に対抗した。ブラジルではもともと,個人の利益が公共の利益よりも優先されるフィジオロジズモ(利権誘導主義),議員や知事たちが身内や友人に役職を斡旋するネポティズム(縁故主義)などが横行していた。これに対してクリーンなイメージを与えるコロールの選挙キャンペーンは功を奏した。また対抗馬であるルーラの急進左派の主張への危機感から保守派・穏健派の支持を集めることができたこともあり,1989年大統領選でコロールは勝利している(注13)

  • ⑵コロールの政権運営期

コロールはエリートの利権が優先される既成政治を打開するために,アウトサイダーとして国政に登場した。この点は大統領選での勝利に重要であった一方,連邦議会内においては幅広い政党間の協力を妨げる原因にもなった[Weyland 1993]。ブラジルの政治エリートたちと距離を置くことを目指したコロール大統領は,所属するPRN,自由戦線党(PFL),そして民主社会党(PDS)という右派の政党間での少数派の連立政権を作り上げた(補遺・表2を参照)。

だが1990年に実施された連邦議会選挙により,最大野党のPMDBは上院で8議席,下院で108議席を占めて,両院の議長も担っていた(注14)。コロール政権には,前政権から法務大臣を続投したPMDB所属の議員もいたが,PMDBとの連立は大統領から承認されず,むしろPMDBは議会内の野党派を主導することになる。与党連合を結成する三党は,両議会で議席の過半数を獲得できないまま,コロールが公約に掲げていた新自由主義的な市場開放路線の経済政策を進めた。コロール政権はインフレの終息を目指したコロール計画(Plano Collor)に代表される経済改革を,大統領の暫定措置を乱発して強引に進めようとしたが上手くいかず,政府・議会の運営は行き詰まっていったのである[Weyland 2000]。

  • ⑶コロール政権の終焉期

インフレの終息を目指したコロール計画は逆にさらなるインフレを生み,政権の経済政策の失敗が浮き彫りになった。苦境にあったコロール大統領は,1992年4月に省庁改革を通じてブラジル労働党(PTB)と自由党(PL)を与党に引き込み,政権の基盤拡大を試みた(補遺・表2を参照)。だが,連立与党はあくまで大統領の既成政党に対抗する戦略に基づくものであった。両院の議長職と多数の議席を野党PMDBが占めるなか,大統領政党と与党連合は議会で影響力を発揮できなかったのである。

他方で同年5月,側近や親族の登用,地元アラゴアス州への資金還流など,大統領の側近,身内,コロール大統領自身をも巻き込んだ汚職事件が発覚した。政治エリートに対する不信のなかでコロールは登場したものの,伝統的な政治文化から距離を置くことはできなかったといえよう。汚職事件発覚の結果,議会は9月に大統領の訴追を検証するために両議院委員会も創設すると,大統領弾劾プロセスはPMDBが中心となり進められた。与党連合は,下院だけでなく上院でも少数派であったことで弾劾プロセスは進み,最終的には12月に弾劾裁判の開廷が決定したことで,コロールは大統領の辞任を表明した。

2. 大連立の促進条件

コロール政権が大連立を好まなかった理由は,ブラジルの既成政治から距離を置いて登場したことにあった。一方,二院制と多党制という分析視点から見れば,コロールのアウトサイダーとしての立ち振る舞いは,下院のみならず上院も無視できないブラジル議会での多数派形成の軽視とみなせる。結果的にコロールは両院で支持が不十分となり,政治的な行き詰まりを招いた。そして最終的には,コロールは汚職の発覚と弾劾裁判の開廷とともに退陣した。以下ではコロール政権とは異なり,議会多数派を確保することを目指し,さらには余分な政党のメンバーをも含めようとしたカルドーゾ政権の事例へ焦点を移す。

  • ⑴カルドーゾ政権の誕生期

コロールの辞任にともない,フランコ副大統領が大統領に昇格して暫定政権を発足させた。暫定政権下のフランコ大統領はPFLとの連立を維持しつつ,コロール政権期に野党だったPMDBやブラジル社会民主党(PSDB)とも連立を結成する(補遺・表2を参照)。ただし債務危機の結果として招いたインフレを食い止めることができずにいた。そこでフランコは外務大臣であったカルドーゾを財務大臣に任命,インフレ対策を立案させた。このインフレ抑制のためのレアル計画(Plano Real)が評価されて,カルドーゾはPSDBから大統領選への出馬機会を得た。

この1994年大統領選挙でPSDBから出馬したカルドーゾの勝利は,ブラジル政党政治のひとつの転換点とみなせる。大統領と与党連合との関係をめぐる駆け引きにより,カルドーゾ大統領は新自由主義改革を優先する政策位置(注15)をとったことや,反新自由主義を掲げるルーラ率いるPTとの競合が常態化したことで,小党分裂状態だった連邦議会内でのおもな争点は新自由主義改革の是非に収斂したのである。この収斂によりブラジルにおいて政党システムの制度化が促されたと評される[Mainwaring et al. 2018]。

政党の収斂が幅広い政党間協力を抑制するという大連立の一般的な仮説にしたがえば,民政移管直後のサルネイ政権期や先述のコロール政権期と比べ,カルドーゾ政権期は同程度に大連立を予想できる状況でなかったといえよう。だが実際には大統領選で勝利したカルドーゾは,大統領の権限である人事権と地方自治体に給付する財政移転などのポークバレル(pork barrel)を政治的資源として積極的に活用して,地方ボスを含むPFLやPMDBなどの有力議員を幅広く閣僚に任命していった。そして,このように積極的に大連立へ向けて動いたひとつの理由として,コロールの少数政権の末路をカルドーゾが目の当たりにしていたことを挙げることができるのである。

  • ⑵カルドーゾの政権運営期

コロール政権期の失敗からカルドーゾは多数派を作る実利的な連合戦略を練ったのであろう。このなかで,大連立を目指した理由として当時のカルドーゾが置かれていた状況も見逃せない。カルドーゾのPSDBは,1994年の連邦議会選挙において右派政党のPFL,PTBとの選挙連合を結成したが,下院議員182議席(35.6パーセント)と過半数に遠く及ばなかった。そこでカルドーゾは大統領選挙に勝利した後に,PFLに加えて中道政党のPMDBとの与党連合を結成する(補遺・表2を参照)。これは大統領政党のPSDBが両院での過半数掌握に遠く及ばず,政治運営での不確実性をできるかぎり減らしたいとの思惑に起因するだろう[Raile et al. 2011]。最大野党であったPMDBは上院で14議席,下院で107議席を占めて,下院での議長職を継続した。またPFLは上院で11議席,下院で89議席を占めて,政党別で第3位となった。カルドーゾ政権は,(コロール政権期の教訓でもある)議会審議での政治的行き詰まりを避けるため,フランコ政権から継続してPFLとPMDBとの協力を行ったと考えられる。

連立政治の制度化を進めることで政治的な不安定を克服しようとするカルドーゾ大統領の試みは政権の一連の政治改革にも見て取れる。1995年選挙法では,幅広い公的資金受給の容認と,現職政治家が選挙戦出馬時に政党に所属することが規定された。これは,脆弱なブラジルの政党により強固な組織形成を促すものであったという。また政党連合の議会占有率による交付金や政見放送時間の配分方式が決定したことで,アウトサイダーの勝利を防ぐとともに,他政党との選挙連合を形成しやすくしたとも指摘される[Mainwaring et al. 2018]。この時期のカルドーゾ政権はさらなる政治改革(大統領再選禁止規定の撤廃)も検討しており,そのためには両院で憲法修正に必要な5分の3の議席を必要としていた[Fleischer 2015]。こうしたなか,選挙制度改革の1年後にカルドーゾ大統領は新たにブラジル進歩党(PPB)を連立に迎え,与党連合による議席占有率は約77パーセントという最大の規模に達したのである(補遺・表2を参照)。

そして続く1997年には両院で議長選挙が実施された。そこでは下院議長をPMDBが引き続き務めることになった。その一方で上院議長には,PFL党首であり,前回の大統領選挙において北東部の票集めによりカルドーゾの勝利に貢献した右派の有力政治家A・C・マガリャエンス(Antônio Carlos Magalhães)が就任した。ブラジルの上院議長は非公式的に議会内でもっとも議席を獲得する政党から選出されてきた[Fleischer 2015]。ただし,これは非公式のルールであり,ブラジル経済が回復基調に入るなか,高い支持率を背景に,当時のカルドーゾ大統領および所属政党はその慣行を破ることも不可能でなかったかもしれない。だが多党制と二院制の問題を抱えるカルドーゾ大統領は慣行を無視できなかったのだろう。政治改革関連法案を通過させるためにも上院で最大勢力であるPFLを政権に取り込むことが必要だったと考えられるのである。

  • ⑶カルドーゾ政権の終焉期

こうした政党間での協調を重んじた大統領の戦略は,第2期カルドーゾ政権期でも継続した。そして,この大連立政権は,任命された閣僚が恩顧主義のもとで所属する議会政党の支持を調達することで,安定した政権運営をもたらしたという[Madrid 2003, 159]。ただし,こうした安定政権に影を落としたのが1998年の連邦議員選挙の結果である。この選挙でPSDBは議席を増やしたものの,第一党に躍り出たのはPFLだった。またPMDBが議席数を減らしたことで,大統領政党と連立相手の協力関係に変化が生じることになった。加えて2000年前後の世界的な経済不況にともない,新自由主義の路線を敷いたカルドーゾ政権の高金利政策や民営化政策がブラジルでの経済成長の低迷や経済格差を拡大させたことで,大統領政党の議会内での影響力が低下していた。さらに2001年からのブラジルを襲った電力危機で国民に節電を強いる苦しい社会状況が,カルドーゾ政権に追い打ちをかけた。

こうしたなかでPTを中心として野党の挑戦を受けたPSDBは,2002年大統領選挙・連邦議員選挙に単独で勝利できる見込みはなかった。そこでPMDBと再び選挙連合を確認,その見返りにPMDBから副大統領候補の選出を約束した。その一方,政権を共同で担ってきたPFLは与党連合からの離脱という選択肢を選んでいる。この背景には,上院議員の議員権利はく奪の投票に際しての不正操作が暴露されて,PFLのマガリャエスが議員辞職に追い込まれたことがある。この事件を通じてPFLはPMDBとの対立を深めると,2001年に翌年の大統領選挙で自党の候補者を支援することについて表明した。ここにおいて第二期カルドーゾ政権は,議会内で議席の過半数を獲得できない少数政権となったのである(補遺・表2を参照)。

3. 大連立の「典型的な」メカニズム?

カルドーゾの大連立志向は,二院制と多党制の下にあったコロール政権期の少数政権の教訓によって強まっていたと提起した。もちろん,この大連立への動きには,前節の統計モデルでは有意性が示されなかったものの,ブラジル研究ではカルドーゾ大統領の人気・求心力も重要な要因であったと指摘されている[Hunter 2010, 52も参照]。この協力者を引きつける要因が働きえたかもしれない一方,カルドーゾは大連立に向けて大統領の権限を介在させたポークバレルというコストを払っていた。ここにおいて少数政権に至るカルドーゾ政権の末期とは,コロール政権期の失敗を防ぐべく協力者をつなぎとめる大連立のコストをもはや払えない状態であったと考えられる[Raile, Pereira and Power 2011も参照]。では次の大統領はどうであったのか。2002年大統領選では,PTが大衆層を中心とした国民の不満の受け皿となったことで,PTに所属していたルーラが勝利した。以下では,カルドーゾから政権交代を果たしたルーラ政権期の大連立メカニズムを確認する。

  • ⑴ルーラ政権の誕生期

1989年の大統領選挙からPTの大統領候補として出馬してきたルーラは,4度目の大統領選挙で初めて当選した。大統領としてのルーラはこれまでの左派ポピュリストとしての政治姿勢から,新政権の発足当初,急進的な社会改革を断行するのではないかとの見方が強かった。しかし,こうした周囲の予想に反してルーラ大統領は,カルドーゾ大統領が推進した新自由主義に基づく政治経済運営を踏襲した[Alston et al. 2016, 126も参照]。

選挙後の前政権の踏襲の象徴としては,カルドーゾ政権期の中央銀行総裁からの推薦を受けて,社会民主党(PSD)の下院議員だったH・メイレーレス(Henrique Meireles)を中央銀行総裁に任命したことを挙げることができる。ブラジルにおいて中央銀行総裁は他の大臣と同等の地位をもち,政権の経済政策を運営する重要な担い手である。この重要なポストを決める過程で,カルドーゾ政権期の中央銀行総裁が影響力をもったことは,ルーラ大統領による前政権からの転換よりも踏襲という色彩を際立たせた。

他にもルーラ大統領は,選挙活動中に協力関係だった左派政党に加えて,経営者層と福音派を支持基盤とする右派政党である自由党(PL)所属の上院議員J・アレンカール(José Alencar)を副大統領に任命した。このPLとの連立は,PTにブラジル最大の工業連盟のひとつであるサンパウロ州工業連盟(FIESP)との和解をもたらしただけでなく,選挙活動の資金調達や,テレビCM広告の増加など実利的なメリットを生み出した[Almeida 2006, 271]。

こうした右派政党の取り込み,政治的エリートの人気取りを試みる方針への転換は,PTを支えてきた支持層から「日和見主義」との非難を受けた。それにもかかわらずカルドーゾ政権期の政治様式を捨てきれなかった背景のひとつとしては,PSDBが失った議席を別の小さな政党が獲得,主要政党への議席の集中が行われなかった当時の政党システムの破片化があっただろう。2002年の連邦議会選挙の結果,PTやブラジル共産党(PCdoB)など左派政党が躍進して議席の47パーセントを獲得し,PTは下院議会で第一党となった。しかし,ルーラ政権の発足当初,連邦議会におけるPTの議席占有率は17パーセントと過半数に遠く及ばなかった。ルーラ政権は,連邦議会で過半数の議席を得るために選挙連合時より多くの他政党との連立が必要であったと考えられる。

対してPTへの政権交代により野党となったPMDBは,上院でPMDB所属のサルネイ元大統領が議長に選出されるなど,その存在感を保持していた。ただし1998年に続き2002年でも連邦選挙において両院の議席数を大幅に減らしており,議会第一党の地位をPFLに奪われていた。ここにおいて党内規律が緩いため大統領候補を出せずにいるPMDBには,カルドーゾ政権期と同様に大統領政党と協力することに利があったとされる[Hunter 2010]。できるだけ多くの公職を追求し,党内政治家のパトロネイジを獲得するという動機が,独自の大統領候補を選出できない内部事情と相まって働いたと考えられるのである。こうして,ルーラ政権成立の1年後にPMDBとの連立を決定すると,与党連合の規模は62パーセントまで拡大した(補遺・表2を参照)。もちろん2002年大統領選挙においてPSDBの候補者を支持したPMDBとの関係は,政権の発足当初から問題となっていた。この正式な政権参画の決定にはPMDB内でも意見が割れ,さらに与党連合では中道政党の民主運動党(PDT)が反発して離脱するに至っている。

  • ⑵ルーラ政権の運営期

ルーラ政権の運営期においては,カルドーゾ政権期以上に政党間の幅広い合意を取りつけることに注力している。それは,連立政権を維持するためのポスト配分の必要性から,省庁数を意識的に増加させたことに見て取れる。ブラジルではサルネイ政権下で23の省庁が設けられて以来,省庁の数が増大する傾向にあった。コロール政権では新自由主義改革の一環として政府のダウンサイジングを行い,省庁の数を23から12に減らしたものの,2003年以降のルーラ政権から再び増加傾向が顕著となっていた[たとえば浜口 2013, 313]。カルドーゾ政権期にはコロール政権期の反省として大連立メカニズムを働かせたという側面があったと指摘した。対して,カルドーゾ期でもポークバレルが見られたが,ルーラ政権には今まで以上に役職・省庁を肥大化させることで,大連立メカニズムを働かせようとする側面があったといえよう。

2005年には政権の重要閣僚の解任に発展した国会議員買収事件等の政治スキャンダルが続発した。これによって与党連合を組んでいた社会人民党(PPS)や緑の党(PV)は,与党連合から離脱していた。そこでルーラ政権は,党派的な違いを越えて右派の急進党(PP)とも連立を行っている。これは議会内での占有議席数の減少と翌年の連邦議員選挙を見越して,安定した連立政権の維持を目指そうとした結果と考えられる。

そして,その1年後の大統領選では政権1期目での実績と低所得者層向けの現金給付金制度の効果を強調して,ルーラ大統領は再選している。ただし同年の連邦議員選挙では,労働者党が両院とも議席を大きく減らした。これは,ルーラ政権下で元閣僚や有力政治家を中心とした贈収賄事件「メンサロン」(Mensalão)が発覚して,与党への有権者の信頼が低下したことに起因する。この労働者党の議席数の減退は他の政党が躍進する契機となり,議会政党の数の増加,すなわち議会のさらなる破片化が促されることになった。この結果としてルーラ連立政権は,与党連合による議会内での過半数の議席数を維持するため,さらに新しい複数の政党との協力が必要になっている[Samuels and Shugart 2010]。また同議会選挙では,PMDBが議席数を増やし,両院でPMDB所属議員が議長に選出されるなど,PMDBが議会での勢力を維持した。ルーラ大統領は下院のみならず,上院でのPMDBの影響力の増加に対してもさらなる目配せを要する状況になっていたと考えられるのである。

  • ⑶ルーラ政権の終焉期

2007年発足の第2期ルーラ政権下ではPMDBなどに加えて,連立から離脱していたPDTや,中道右派のブラジル共和党(PRB)とも連立を組んだ。これによって,与党連合の議席占有率は約69パーセントまで膨れ上がり(補遺・表2を参照),ルーラ政権は左右の政策位置にまたがる一層規模の大きなものとなっている[Hunter 2010; Samuels and Shugart 2010]。ここにおいてルーラ大統領は,大連立を維持するために重要な政策の大臣ポストを連立する政党に配分していたことを見て取れる。これに対して大統領のポークバレルを受ける政党側にも,大統領の政権側につくことが利益を追求するうえで魅力的に映っていたのだろう。この点はさらに,ルーラ大統領が再選したことで,大統領の行使できる任命権や政策決定権の正当性が確固となっていたためとも指摘される[Samuels and Shugart 2010]。

ただし第2期ルーラ政権下では,協力する政党数が拡大することで,さらに政権の政策位置が中道に向かった[Hunter 2010; Samuels and Shugart 2010]。両院の議長を担うPMDBを政権内に取り込んでいたものの,第2期ルーラ政権では,政党間で争点が分かれる法案に関しては,議会で承認を得ることができない硬直状態に陥った。具体的には,議員特権が損なわれる政治改革や,労働者の権利保護が損なわれる可能性のあった経済開発のための構造改革に対して決定に踏み切れなくなっていた。さらに北東部・北部を中心とした伝統的勢力出身の地方議員たちのみならず,連立を組む複数政党の議員からも反発にあうようになった。ルーラ政権期に顕在化した政府と議会間で生じた膠着の問題は,ルーラ政権の任期中に解決されることはなく,次のルセフ政権にもち越されることになったのである。

 むすびにかえて――ディスカッション――

本論は,なぜラテンアメリカ諸国において大連立政権が成立するのかについて検討することを出発点とした。大連立とはヨーロッパ諸国の個別研究でよく取り上げられる現象であったものの,第Ⅰ節「大統領制下の大連立」で示したようにラテンアメリカ諸国でも観測事例は少なくない。そこで第Ⅱ節「大連立のモデル・仮説」では,西ヨーロッパの事例を基にした連立研究で述べられてきた大連立の条件を手掛かりに,そのラテンアメリカ諸国への応用可能性を論じた。具体的には多党制・二大政党制および二院制・一院制の特徴に着目した仮説を取り上げ,第Ⅲ節「仮説の確認」において実際にラテンアメリカ18カ国で検証している。この結果,多党制と二院制の相互作用が大連立の成立条件になりうるとの知見を得た一方,その相互作用による大連立メカニズムの内実を深くは検討していなかった。そこで第Ⅳ節「ブラジルの事例分析」では,コロール,カルドーゾ,ルーラの3人の大統領におもに焦点を当てて,多党制と二院制の相互作用と大連立の成立を結びつける因果関係を検討してきた。

そこではまず,多党制と二院制の相互作用による大連立メカニズムが予期されたものの,実際には大連立が成立しなかったコロール政権に注目した。コロールは既成政治を打開するためにアウトサイダーとして国政に登場した。ブラジルの伝統的な政治文化に基づくエリートの利権争いのなかでの,彼の立ち振る舞いは大統領選での勝利に重要であった。その一方で,彼のその立ち振る舞いはさまざまな政党がひしめく議会での幅広い協力を妨げる制約条件にもなった。最終的にはコロール自身も汚職の疑惑がかけられて弾劾裁判の設置が決定した時点で辞任したものの,当時は上院と下院において十分な支持を集められず,大統領の強権だけでは克服できない政治的な行き詰まりも観測できた。

次に,多党制と二院制のメカニズムを確認するうえで有用とみなせた一方,ブラジルの他の大統領と比較すると,大連立が余計に促されていたようにも推察できたカルドーゾ政権の事例を取り上げた。そこではカルドーゾが多党制と二院制の下にあったコロール少数政権の失敗を教訓にしていたと提起した。大連立が促されたのは,当時の多党制と二院制の状況に対してカルドーゾが過敏に反応したためであったと考えられるのである。ただしカルドーゾの多党制・二院制への適応行動では,大統領の権限と結びつくメカニズムも確認できた。具体的には大統領自身の権限を行使しながら,閣僚任命や連邦議員へのポークバレルを行い,大連立の成立を可能にさせるコストを払っていた。これは先行研究で述べられていたように[Meireles 2016],大統領の権限の強さが議会政党の裏切りを防げることを可能にしていた結果かもしれない。ただしその一方で,公職・政策追求を目指す各党にとって強い権限の大統領の近くにいることがより多くの利益を得るために必要であったなか,その要請に大統領が権限を利用して応えたとも考えられよう。

最後に,多党制と二院制の相互作用を通じた大連立の成立メカニズムを確認するうえで有用な事例として,ルーラ政権に光を当てた。ルーラ大統領の就任は左派政権への交代であった一方で,カルドーゾ政権の実践の踏襲もあったと指摘した。ただしルーラ期には連立政権維持のために,省庁数を意識的に増加させて複数の政党に閣僚ポストと予算を振り分ける,という大統領を介した大連立メカニズムの特徴が際立つものであった。そして,この大連立の自己強化メカニズムというべき現象は結果的に,ルーラ政権の中道化を促して,争点が分かれる法案に関しては議会で承認を得られない硬直状態を招くことになったことも見て取れた。

以上の事例からは一方で,大連立の抑制条件としてコロール大統領のアウトサイダーとしての立場,大連立の促進条件としてコロール政権期の反省を提起できる。前者は,極端な主張を掲げる大統領の下では政権の規模が小さくなりやすいという本論の統計分析の結果を裏づけうる[Amorim Neto 2006も参照]。そして後者は,過去の少数政権の失敗という経路依存性に関する分析が大連立の研究で必要かもしれないという本論の統計分析では見えなかった示唆をもっている。

こうした抑制条件と促進条件の分析の傍らで,連立一般の理論から引き出された条件(多党制と二院制)が,大連立のメカニズムを働かせていたこともカルドーゾ政権およびルーラ政権の事例で垣間見えた。ただし,この多党制と二院制の相互作用に基づく大連立メカニズムが働きうる一方で,権限の強いブラジルの大統領のポークバレルという役割は無視できなかった。議院内閣制における首相と比べて,大統領制の下では大統領に権力が集中しやすい。そこでは,公職・政策追求を試みる各党にとって政権参画することで得られる利益も,大統領制のほうが議院内閣制に比べて大きくなりやすいと考えられる。本論では,この議会政党が政権につくことを必要として,大統領がそれを許容できたとき,大統領が自らの強い権限を用いて議会政党の要請に応えていたことを確認した。ただし,この大統領の権限仮説を裏づけるメカニズムは,あくまでも多党制と二院制の相互作用があるなかで確認したにすぎない。そこでは多党制と二院制のメカニズムと大統領制のメカニズムを切り離すことが可能であるのか。それとも多党制・二院制・大統領制の相互作用こそが本論で推論しようとした因果関係の本質にあったのか。さらなる検討の余地があると考えている。

またブラジルの事例を見ていくなかでは,大連立の実践が制度化されていく過程を見て取れた。具体的にはコロール政権期に対する反省,カルドーゾ政権期の政治様式の踏襲を通じて,ルーラ政権期に大連立メカニズムがより強く働いていたと提起した。ただし,この経路依存は大連立の予測される効果とは別の効果を発揮することになったのではないだろうか。もともと大連立は,コロール政権に見たような政治の行き詰まりを防ぐ作用をもっていたかもしれない。だがブラジルでは大連立の自己強化メカニズムが働いていたことで,ルーラ政権期に見たように政治の硬直化を促したとも考えられる。

確かに前政権からの継続性という議論は,連立の一般理論で議論が行われているものである[Martin and Stevenson 2001を参照]。そのなかで大連立が成立(X),その自己強化メカニズムを通じての大連立成立(Y)という継続性は,ラテンアメリカの連立研究に示唆があるかもしれない。ラテンアメリカの研究では,大連立成立(X)が政治の不安定化(Y)に寄与すると提起されてきた[Hiroi and Renno 2014を参照]。これに対して本論では,大連立の成立(X)それ自体が政治の不安定化(Y)に直結したとは結論づけられない。そこではむしろ,大連立が成立(X),その自己強化を通じての再度の大連立成立(Y1)という連鎖のなかで,政治の不安定化(Y2)が生み出されていったと考える。ただし,この「大連立の逆説」はブラジルの事例内から導いた仮説である。そこでは,いつ,どのタイミングで大連立が逆効果になるのか,もしくは大連立成立がやはり政治の不安定化に直結するのか。さらなる検討が必要であるだろう。今後の課題としたい。

 [付記]

本論文は,日本国際政治学会2017年度研究大会(D-5ラテンアメリカ分科会)およびInternational Political Science Association Annual Convention 2018(RC34.06: The Political Parties at The Crossroads)での報告ペーパーを基にしている。これらの学会参加者のなかでも,宮地隆廣先生(東京大学)およびFernando Casal Bértoa先生(University of Nottingham)には草案のコメンテーターを務めていただいた。またブラジリア大学(University of Brasília)の研究会で示唆に富む指摘を頂戴したAdrián Albala先生にもこの場を借りて御礼申し上げる。そして最後に,忍耐強く査読を続けて有益な指摘を多くくださった二人の査読者に感謝したい。

(新川・上智大学外国語学部特別研究員,舛方・神田外語大学外国語学部専任講師,2017年12月26日受領,2018年12月14日レフェリーの審査を経て掲載決定)

(注1)  国の表記は国際標準化機構(International Organization for Standardization: ISO)による三文字の略号を用いている(ISO3166-1 alpha-3)。

(注2)  この指標は,議会政党の実数を数えることでは,どの政党が交渉で重要な意味をもっているのかを明らかにしていないという問題から考案されたものである。まず各国の観測事例ごとで,各議会政党の総議席数に占めている割合を算出する。次に,それぞれの議席占有率を二乗して,合計値を算出する。そして,この合計値を1で割ることで議会有効政党数を算出する[Taagepera 2002]。

(注3)  この3段階の指標は,さまざまな地域を射程に入れた他の二院制の指標よりも包括性が高い[たとえばLijphart 2012]。ただし本論で扱うボリビア,メキシコ,ベネズエラの指数が欠落するため,ラテンアメリカ諸国の上院に関する地域内比較にしたがって追加でコードしている[Llanos and Nolte 2003を参照]。そこでは,ボリビアとベネズエラ(1999年以前)を上院の影響力が弱い例「0」,メキシコを影響力が強くない例「1」として分類している。なお,上院の重要性についてはダミー変数を用いて精査することも考えられるが,ここでは先行研究に基づき3段階の特徴をもつひとつの指標として扱っている[Gerring, Thacker and Moreno 2005]。上院の重要性に関する概念とその測定へのさらなる考察は,今後の課題としたい。

(注4)  本論では有権者から直接に選ばれる大統領とは別に,議会が組閣を行う半大統領制の効果について想定していない。確かに,大統領の権限に着目することで議院内閣制・半大統領制・大統領制の違いは相対的なものになると指摘される[たとえばDoyle and Elgie 2014]。だが本論ではシステム間で共通の素地がある一方,連立パターンに影響を及ぼすシステム別での違いもあると想定しているため,半大統領制を本論の議論に入れていない。今後の課題としたい。

(注5)  こうしたマクロレベルの要因のなかで,ラテンアメリカ諸国の政党間相互作用が制度化していないことに注目できるかもしれない。民主制度下の政党政治が未成熟なことで,競合のパターンも定まりにくいと考えうる。だが,この制度化を分析するために考案されたS・メインワリングらの指標[Mainwaring and Scully 1995]は,あくまで新党の不参加をとらえるものであり,競合パターンの定着を推し量るためには十分でない。そのため,政党間競合の定着をそもそも促進する歴史的な要因の検討が行われて,国別での政党システムの制度化に関する指標が提起されている[Kitschelt et al. 2010, 203-205]。ただし,この指標は政党間競合のパターンを説明する政党システムの特徴の背景をつかむもので,先に挙げた有効政党数と並べて挙げられる条件でない。以上から本論では,この政党政治の制度化という変数は除外して分析を行う。なおS・メインワリングらの指数[Mainwaring and Scully 1995],ないしH・キッチェルトらの指数[Kitschelt et al. 2010]を加味した11カ国・300事例の分析でも,本論の多国間分析と大差はなかった。ただしキッチェルトらの指数を含めた分析では,多重共線性の問題が大きく,条件の効果を適切に推定していたのか疑わしかったことも付言する必要がある。

(注6)  ラテンアメリカ諸国の多くは比例代表制が採用されている一方で,小選挙区制の並立・併用がなされている国も見て取れる。ここでは比例代表制を採用している国のなかで,小選挙区制の有無を問わず,非拘束名簿式を用いている場合に「1」をコードしている[Negretto 2014, 74-86も参照]。なおコロンビアとウルグアイでは,複数の名簿を選挙で提出することが可能であった。複数名簿は党の統一的な候補者選出とは異なる特徴を有していると考えられるため,本論ではそれらの観測事例に「0.5」という非拘束名簿式と拘束名簿式のあいだの中間値を付した。

(注7)  この分極化が幅広い政党間の連立を促すのか否かについては議論が分かれる。一方で,分極化していない求心力の高い議会において幅広い政党間協力は可能になると提起されている[Luebbert 1986]。他方で,分極化している議会では困難な立法過程となるため,事前に必要最小限を超えた協力が志向されるとも述べられている[Volden and Carrubba 2004]。本論では公職追求に基づいた,政党間相互作用の不確実性に関する仮説を第1に検討する。そのため議会の「分極化」を変数として投入するものの,統制すべき一因として挙げるにとどまる。また,ラテンアメリカ諸国ではヨーロッパ諸国と比べて社会的亀裂の特性に違いがあると考えられている[たとえばCoppedge 1998]。ついては分極化が必ずしもヨーロッパの事例と同じメカニズムを働かせるとはかぎらないことも想定しておく必要がある。

(注8)  連立研究では,議会内での可能な連立の組み合わせを数えるという方法がある[たとえば条件つきロジットに基づく分析,Martin and Stevenson 2001]。この方法は,事例数を飛躍的に増やせる利点がある。だが,現実には想定し難い連立の組み合わせを勘案しなければならない点で問題があるため,本論ではロジスティック回帰分析を用いている。

(注9)  応用モデルでは,VIFの値が多党制(2.5),二院制(7.0),大統領制(2.0),多党制二院制(12.3)となっている。一般的に,VIFの値が10を超えると多重共線性の疑いがあるとされる。だが,9.8であるから多重共線性がなく,10.2であるから多重共線性があると判断するのは問題的であるだろう[Brambor, Clark and Golder 2006も参照]。そのため本論では,政党政治の制度化に関するキッチェルトらの指数を含めた応用モデルのVIFスコア(23.9)を基準に,多重共線性の強い疑いがあるかどうか判断した(注5も参照)。

(注10)  具体的には,Polity IV Projectの政治体制に関する±10の21段階評価の指標(polity 2)で,より民主的であることを意味する「6」以上の事例のみで同様の分析を行った。このラテンアメリカの主要18カ国・376事例による検証でも,ほぼ同一の結果が出ている。

(注11)  かつて大統領の任期は5年であったが,1994年の憲法修正により4年に短縮された。その代わり,1997年から連続再選が1回だけ認められている。

(注12)  ただしこの暫定措置は,軍政が多用した大統領令の名称を変えて厳しい制約を加えたうえで残したいわば政府-議会関係の妥協の産物でもある。

(注13)  対してルーラは,サンパウロ州知事やリオデジャネイロ州知事を2期務めた当時の政治有力者などからの支持を決選投票では得ていた。

(注14)  ブラジルの議長選挙は議員間の投票制を採用し,第一回投票で勝利するには候補者は投票の絶対多数を獲得する必要がある。その数に達したものがない場合,投票数の上位2名のあいだで決選投票が実施される。決選投票で引き分けの場合,2名のうち,高齢の候補者が選出されて,その後,直ちに議長に就任する。

(注15)  カルドーゾ大統領と大統領政党となったPSDBのあいだでも政権運営をめぐる意見が一致していたわけではなかった。党内では社会民主主義,社会自由主義,保守などを掲げる党派勢力に分かれていた。当時のPSDBは党内で社会民主主義を掲げる党派勢力が優位を占め,「第三の道」を標榜する中道左派政党であった。しかし1994年の大統領選挙と連邦議会選挙を通じて,大統領とPSDBは政策位置を社会民主主義よりも新自由主義を優先した[Guiot 2010]。

文献リスト
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top