アジア経済
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書評
書評:栗田和明編『移動と移民――複数社会を結ぶ人びとの動態――』
昭和堂 2018年 x + 262 + vi ページ
鹿毛 理恵
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2019 年 60 巻 2 号 p. 81-84

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Ⅰ はじめに

2010年代半ばより,日本では再び外国人労働者受け入れ拡大に関する議論が活発化し,その制度変更が進められた。少子高齢化と人口減少の影響は,地方や中小零細企業ではとりわけ深刻である。今後は人口減少国家の身の丈に合った生産規模へ縮小させる選択肢もあるのかもしれない。しかし現場の声に耳を傾けると,人手・人材不足による倒産・廃業や伝統文化消失の不安が語られる。その一方で,有識者などのあいだでは,労働市場において外国人は日本人と競合的か補完的かの議論や,国内の賃金率や社会保障制度への負の影響の懸念も出ている。

中国はじめ近隣アジア諸国の経済発展は,日本への短期滞在の観光客や商用などの訪問者数を拡大させた。同様に就労者や留学生などの中長期滞在者も増えている。この他にも帰化者や,特別永住者,日系人,日本人の配偶者と子,永住権取得者,家族呼び寄せの存在もあり,実に多くの外国ルーツの人々が日本で暮らしている実態がうかがえる。日本のなかに多文化・多民族社会が形成されようとしているといえよう。外国人受け入れ拡大が進めば定住者の増加も生じ,日本人と外国人の二分法に基づくエスニック・ネーション志向を見直すべき時期もいずれ近づくことになるだろう[柏崎 2018]。

政府は,入国管理局の出入国在留管理庁への格上げと,在留資格「特定技能」の創設など外国人の受け入れ拡大に向けて2018年12月8日に「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」を成立させ,2019年4月に施行した。本来ならば少子高齢化と人口減少問題は予測できていたのだから,少子化対策なども含め早くから外国人の受け入れの具体的議論を醸成すべきであった。しかし,日本では移民受け入れについて,犯罪が増加する,若者の職を奪う,世界の移民政策は失敗しているなどのネガティブイメージが先行してきたために議論は遅々として進まなかった[毛受 2014]。

多くの日本人は日常的に異文化・異言語,異民族と接触する機会がまだほとんどない。外国人の増加で社会や生活はどう変わるのか,未知なる出来事に警戒心や不安感を抱くのは当然であろう。外国人の受け入れ拡大が進められている今こそネガティブな感情を払拭させなければならないのではないか。国内外の先行研究や具体的事例を把握し,その対応策について政府や自治体に任せるだけではなく,日本人も外国ルーツの人々も共に豊かになり,平和的に共存できる社会を築こうとする意識と実践が今後ますます必要になるだろう。

そうした状況において,本書は満を持して出された学術書であろう。執筆陣の専門分野・領域は,文化人類学をはじめ,経済人類学,政治地理学,観光地理学,比較教育学,都市人類学,社会人類学,国際社会学,都市社会学など幅広い。また,移動者にまつわる国籍と地域はアジアとアフリカの国々,ロシア,イタリア(ミラノ)であり,本書はそれぞれの事例を丁寧に紹介している。その結果,各国で制度や体制,社会経済状況が異なるなかで,人がどうやって国境を越えて生活し,ネットワークを構築し,どの程度またはどのように外国の文化と社会に適応しているのか,本書ではわかりやすく描かれている。本書は多岐にわたる人文・社会科学の視点をもってその現象を俯瞰でき,日本の将来について議論できる材料を私たちに提供している。

Ⅱ 構成と概要

本書は,第Ⅰ部(第1~4章),第Ⅱ部(第5~8章),第Ⅲ部(第9~11章)の3部11章で構成されている。それぞれの章立ては以下のとおりである。

  • 第Ⅰ部移動の広がり

第1章 人の移動の普遍性――定住者の視点を離れて(栗田和明)

第2章 南アフリカのグローバル特区と移動者――市民/非市民の分断と部分的つながり(宮内洋平)

第3章 訪日外国人旅行者の訪問先の分布――スマートフォンGPSデータの解析より(杜国慶)

第4章 カトリック聖職者のフィリピン訪問――養成中の修道者が通う語学学校をてがかりに(市川誠)

  • 第Ⅱ部移動先と故地

第5章 「ソーシャリスト・モビリティーズ」の現代的展開――ベトナムと旧ソ連・ロシアとの関係を中心に(大橋健一)

第6章 韓国滞留アフリカ人の移動と集合――首都ソウルのイテオォンと郊外アンサンの比較から(和崎春日)

第7章 ベトナムから韓国への労働移動――ベトナム流コミュニティの形成と改変(長坂康代)

第8章 中国から東アジア諸国への労働「移植」――人材募集会社による移住管理システム(項飆)

  • 第Ⅲ部移動する者の生活戦略

第9章 在日アフリカ人と東アジア交易――ヒップホップ文化をめぐる人とモノの移動(松本尚之)

第10章 中国系ニューカマーズがもたらす地域社会の変容――東京豊島区池袋地区とミラノ市サルピ地区の比較から(田嶋淳子)

第11章 シンガポールの日本人社会――海外駐在家庭を中心としたエクスパトリエイト・コミュニティ(水上徹男)

第Ⅰ部は多様な人々の移動の諸相と広がりを描いている。本書の導入的役割である栗田の第1章は,本書がいかなる視点から人の移動を分析するのかについて解説している。栗田は移動者と移民社会の関係性を把握し,移民社会研究が看過してきた点を指摘しつつ,本書全体の分析視点を定義づける。その指摘は,受入国社会では(1)移民コミュニティの結節点は数年内に変化・消滅し,(2)長期滞在者よりも交易人など頻繁に移動する者の方がはるかに多いという事実である。栗田は分析概念として「頻繁な移動者=FT(Frequent Travelers)」と「緩慢な移動者=ST(Slow Travelers)」を提案する。頻度を意識することで交易人,聖地巡礼者,留学生,観光客も対象となり,複数社会の関係性が明らかになると締めくくる。第2章以降の論考からは,栗田の分析視角と事例研究を踏襲する形で,各著者が実施した現地調査から多様な移動のありようが描かれている。

第2章で宮内は,南アフリカのグローバル特区(ヨハネスブルグ)の移動者に着目している。そこには,人種隔離政策「アパルトヘイト都市」から「ネオ・アパルトヘイト都市」への転換があり,新たな社会的分断が生まれているという。

第3章では,杜がスマートフォンGPS機能のデータ解析によって,来日外国人旅行者の移動実態の把握を試みている。

市川の第4章はカトリック聖職者のフィリピン留学を取り上げている。送出国のイメージが強いフィリピンだが,聖職者養成「センター」として多くの外国人宗教者を受け入れている。第Ⅰ部では人々のさまざまな移動のありようを確認できる。

第Ⅱ部は,移動者の故地での諸条件と移動先での生活との関連性を浮き彫りにしている。第5章で大橋は,シュウェンケルが提唱した,国家が人の移動に関与した「ソーシャリスト・モビリティーズ」(socialist mobilities),すなわち「ソビエト連邦崩壊以前の共産主義国家間における人,モノ,知識,資本の移動・流通」に着目している。ロシアのハノイ・モスクワ多機能複合センターや在露ベトナム人コミュニティと,ベトナムのロシア人観光者とロシア語話者コミュニティについて,故地と移動先で調査を行い,それらの機能と役割を論じている。北ベトナム(当時はベトナム民主共和国)は,ソ連型社会主義体制を確立した1950年頃から80年代にかけて経済相互援助会議(COMECON)加盟国への留学生派遣,労働協力協定に基づく労働者・研修生の派遣を展開してきた。帰国者は現在もベトナムの社会・経済・文化に影響を与え続けている。

長坂の第7章は,1986年に始まるドイモイ政策とグローバル化の影響をみている。ドイモイの市場開放によって農村から都市への人びとの移動が起こり,資本主義世界への移動も活発化した。同章はベトナムから韓国への労働移動について,在韓ベトナム人コミュニティの形成と実態をみている。上記第5章と第7章の2章は,社会主義体制を堅持しつつグローバル化に対応してきたベトナムの姿を描き出している。

第6章で和崎は,雇用許可制度を導入した韓国におけるアフリカ人コミュニティを分析している。雇用制度の整備によって滞在期間が延長されたものの,最長4年半までであるため,彼らはアフリカへ帰ることを想定していた。多民族のカメルーン人にとって,韓国に来て国籍が同じというだけでは同胞意識は生まれにくい。在韓アフリカ人にとってエスニシティや国名,言語はひとつの目印であり,生存確保や利益取得のときにゆるやかな集合体を形成するのだという。

第8章で項は,政府管理の合法的な中国人労働者の国際移動を「労働移植」と呼び,この現象について社会学的視点から分析している。社会主義国家時代には個人は国家の指示がなければ仕事を変えることはできず,それぞれの持ち場で働いてきた。市場経済化改革を契機に「労働移植」は民間人材募集業者らの手によって個人化されたが,中国と受入国の政府管理の下に中国人労働者は「自由な」国々においても身動きの取れない状況におかれていると指摘する。

このように第Ⅱ部は,故地の中国やベトナムなどの移行経済諸国が市場開放と自由化へ進むなかで,国際的な人の移動がどのように変容しているのか,また,グローバル化のなかで移動先の国の外国人受け入れのあり方の変化,移動先での移動者・移住者のコミュニティのありようなどを丁寧に描いている。故地と移動先との関連性を明らかにしている点から,第Ⅱ部は示唆に富む章で構成されているといえよう。

第Ⅲ部では,移動先の環境に適応しながら外国人が生活を確立していくさまが描き出されている。第9章で松本は,ナイジェリア人の来日と定住化の過程について,「頻繁な移動」の概念をもとに考察している。日本に住むアフリカ人は少ないが,ナイジェリア人コミュニティはその中で最大であり,8割以上が20歳以上の男性だという。本章は,アフリカ系アメリカ人文化を象徴するヒップホップ関連ビジネスにたずさわるナイジェリア人の頻繁な移動の様相を明らかにしている。

田嶋の第10章は,1980年代以降に表出した日本(東京都豊島区池袋)とイタリア(ミラノ市サルピ)の商店街における中国系ニューカマーズ・コミュニティの形成プロセスと,受け入れ地域の視点に着目して,コミュニティが同質化に向かっているのか異質化に向かっているのかについて論じている。田嶋は,各文化が融合する一方で,異質性が顕わになる力も働いており,次世代にはそれを乗り越える可能性があると述べている。

水上の第11章はシンガポールを事例に,日本から海外へ移動する人びと,なかでも海外駐在員社会の特徴を紹介する。海外駐在員の多くは大都市圏に住んで日本人コミュニティを形成している。日本人会はグローバル化の影響を受けて多様化・複雑化が進んだが,古いメンバーが帰国すると新しいメンバーが組織運営を引き継ぐことでその組織の継続性が保たれているという。

Ⅲ 外国人受け入れの視点から本書を読む

本書は,外国人受け入れ拡大策を押し進め,社会の関心も高まりはじめた2010年代後半に出版されている。本書は世界各地で「移動する人」を対象にし,従来の「滞在している様態」に着眼する分析視点にこだわらず,むしろ「動いている様態」を重視して現象をとらえようとしている。その視点によって本書では,観光客,商用で訪れる交易人,駐在員,宗教者の移動も研究対象になった。また,グローバル・エリートという「積極的な移動者」と,国境線の制約を受け,民間事業者や雇用者の管理下におかれる「消極的な移動者」の存在を指摘し,移動の不平等の実態を浮き彫りにした。その結果,本書は多種多様な人の移動の諸相を描き出すことに成功している。

日本の外国人受け入れをめぐる制度や動向を理解するには,社会科学的な分析視角が必要である。本書はいくつかの章でそれをカバーする。宮内は第2章の冒頭で領域国家(近代国民国家)についてふれている。領域国家が登場してからしばらくは,国家は滞在概念だけで人々を区別し管理することに対して不都合はなかった。しかし1980年代以降,ヒト・モノ・カネ・情報の移動の頻度と速度が増すようになり,人の移動や移民の実態が見えにくくなると,国家は滞在概念だけですべてを把握・管理することが難しくなった。そのためナショナリズム的視点を越えて世界の移動現象,移動者,移動生活,移動を成り立たせる仕組み,などに注目する研究が増えていると指摘する。

外国人労働者の送り出しと受け入れの政策をめぐる興味深い分析を展開したのが項(第8章)である。近年,受け入れる側の東アジア諸国では,中小企業雇用者の需要ニーズに対応した外国人労働者の受け入れ策を打ち出しているが,それはあくまでも中央政府主体で実施されてきた。中央政府は法的制度などの策定を駆使して,外国人を管理できる仕組みをつくる(注1)。具体的には,①職種ごとに細分化して労働者を分類する,②労働者は雇用者に縛られる,③労働者を退出させるという3つの対策である。とくに,新たな労働者を受け入れるために,期限を迎える外国人労働者をいかに退出させるかが重要事項になっている。また,外国人労働者が許可なく転職すれば自動的に違法状態になってしまう問題がある。しかし,上記3つの対策においてミクロな取組みとなると,国家は第三者すなわち仲介役(人材募集業者),組合,雇用者などに依存せざるを得ないと指摘する。項は,上記のような特徴をもつ労働移動について,とくに中国と東アジアの状況を表わす際に,「労働移動」(labor migration)ではなく「労働移植」(labor transplant)という造語を用いて明らかにしようとしている点は,非常に興味深い。

移民や外国人労働者の入退は,外国人受け入れに関する制度変更や景気変動,母国の家族や社会経済環境の変化などによる影響を受けやすい。このため,外国人の移動者および長期滞在者を受け入れ国でつなぐ機能を果たす結節点は,往々にして変化または消滅しやすい。従来の「滞在者」に焦点を当てるよりも,多種多様な「移動者」の実態とその行動の背景にあるものに着目した調査研究の蓄積が今後は重要になるのではないか。この蓄積を行いながら,今後の日本の外国人受け入れのあり方の議論を国内で醸成していく必要があろう。

最後に,本書の多くの章は移動者の移動先での文化や宗教活動,生活,生きざまを紹介している。ホスト国における多文化共生の取組みの有無や受け入れ制度のあり方のなかで,外国籍の移動者または移住者による異文化適応の様子を描いている。とくに印象的だったのは宗教である。和崎(第6章)は,韓国に移動したカメルーン人の宗教観や民族・国民意識が,同胞とのかかわりや他のアフリカ出身者などとの関係性のなかでいかに変化するのかに注目している。近代国民国家の枠組みを離れ,移動者の民族や宗教などによるつながりを見ることでその実態を明らかにしているのである。たとえば,モスレム(イスラム教徒)のカメルーン人は国民国家に基づくカメルーン人会よりも,イスラームによる紐帯を重視していた。たしかにクリケットなどの国際試合では,モスレムが自国チームよりもイスラーム国家チームを応援する傾向が見られる。国民国家を超える感情を駆り立てるものが宗教で表出されるようだ。

外国人労働者の受け入れを進めることで,日本国内では農業,建設業,製造業などの生産力や,運輸・通信業,介護福祉,飲食・宿泊業,清掃業などのサービス産業の維持と発展,外国人材派遣事業などの関連ビジネスの拡大といったメリットが見込めるのかもしれない。しかし,外国から移動してくる労働者は,同じ生身の人間であり,生活があり,家族があり,自文化に対する尊厳があり,そして人権がある点を忘れるべきではない。本書は,具体的な国内外の事例から,異文化の外国人がいかに受入国の社会や制度と直面し変化または適応していくのか,外国人たちがどのような人々とつながるのか,私たちに今後の日本の国としてのあり方について深く考えるきっかけを与えている。

(注1)  たとえば2012年に外国人も日本人同様に住民基本台帳法が適用対象となったことで,外国人の管理が自治体レベルで可能となった。

文献リスト
  • 柏崎千佳子 2018.「日本の社会と政治・行政におけるエスノ・ナショナリズム」移民政策学会設立10周年記念論集刊行委員会編 『移民政策のフロンティア』 明石書店.
  • 毛受敏浩 2014.「移民についてのネガティブイメージの払拭と『アジア青年移民受け入れ事業』」 『移民政策研究』 (6) 207-218.
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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