アジア経済
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書評
書評:Mason W. Moseley, Protest State: The Rise of Everyday Contention in Latin America
New York: Oxford University Press, 2018, 264pp.
三浦 航太
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2019 年 60 巻 2 号 p. 91-94

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Ⅰ はじめに

ラテンアメリカでは,権威主義体制からの民主化以後の時代のなかで,市民による抗議運動が減退すると予想されたにもかかわらず,2度にわたりその予想と反する結果が見られた。第1に,1990年代に各国が新自由主義の時代に突入したとき,それまで人々を抗議運動へと動員していた労働組合などの旧来の組織が力を失い,抗議運動は減少すると思われていた。しかし現実には,反新自由主義の抗議運動が数多く生じることとなった。第2に,2000年代に新自由主義の嵐が過ぎ去ったとき,いよいよ市民による抗議運動は減少するものと思われた。しかしながら,予想に反して,ポスト新自由主義の時代もまた,多くの抗議運動をともなう時代となったのである。なぜ今日のラテンアメリカで抗議運動が恒常化したのか,本書の言葉を借りるならば,なぜ「抗議運動が市民の日々の政治生活に溶け込むほどに日常化したレジーム」(pp.28, 179)である「抗議国家」(protest state)が生じているのか,という問いに答えることが本書の目的である。以下,本書の構成と内容に関して要約したのち,本書の特長ならびに疑問点を提示する。

Ⅱ 本書の構成と内容

本書は全8章で構成されており,大きく4つの部分に分けられる。第1に,第1章でラテンアメリカにおける抗議運動の恒常化に関する上述のパズルを示したのち,第2章では抗議運動への参加・動員を説明する諸理論について検討し,以後の章で検証される仮説を提示する。大きな枠組みとしては,「質の低い政治制度」と「政治・社会参加に積極的な市民」が組み合わさることで抗議国家は生じている,という仮説を検証していく。

第2に,第3章と第4章はラテンアメリカ全域を対象としたクロスナショナル分析となる。第3章では,ラテンアメリカ世論調査プロジェクト(Latin American Public Opinion Project:LAPOP)のサーベイデータ(2008年,2010年,2012年)を用いて,政治制度と市民の日常的な政治・社会参加が抗議運動への参加(注1)にどのようにつながっているのかということについて計量分析を行っている。政治制度については,世界銀行の世界ガバナンス指標をもとに政治制度の質に関する指標(Institutional Quality Index)という制度レベルの変数を作成し,市民の日常的な政治・社会参加については,LAPOPの調査項目にある住民組織,PTA,職能団体などの組織の会合への参加頻度から,地域社会参加指標(Community Engagement Index)という個人レベルの変数を作成した。分析結果としては,政治制度の質の高低によって,政治・社会参加に積極的な市民の動きが異なるという結果が出た。具体的には,政治・社会参加に積極的な市民は,政治制度の質が低い国では抗議運動に向かう一方で,政治制度の質の高い国では投票行動に向かうということが示された。第4章では,政党や政治エリートによる上からの動員,クライエンテリズムに焦点を当て,政治制度の質の高低と政党員であることの関係を分析する。分析結果としては,政治制度の質が高い場合には政党員は選挙活動に向かう一方で,質が低い場合には政党員は抗議運動に向かうという分析結果が示されている。さらに,政治制度の質が低い場合に,政治エリートから買収提案を受けるほどデモ行進や道路封鎖への参加につながる一方で,ストライキへの参加にはつながらないという結果が示された。

第3に,第5章から第7章はアルゼンチン一国を対象としたサブナショナル分析となる。第5章ではまず,サブナショナル分析を行うための前提知識として,メネム政権期からキルチネル政権までのアルゼンチンにおける抗議運動の歴史を辿っていく。歴史的な叙述のみならず,抗議運動に関するイベントデータ(注2)を用いて,アルゼンチンにおいて抗議運動が恒常化していったことが数値的に客観的に示される。本書では,アルゼンチンこそが,政治制度の質が低く抗議運動が恒常化した「抗議国家」(protest state)の代表例として扱われている。第6章では,地方の政治制度の質と抗議運動の形態のあいだにある非線形な関係について分析を行う。地方の政治制度を閉鎖的,中程度,開放的という3段階に分類し,サンルイス(閉鎖的),ブエノスアイレス(中程度),メンドーサ(開放的)を事例に,現地でのフィールドワークやインタビューを通じて,市民が現地の政治制度をどのように認識し特定の抗議形態をとるのかが明らかにされる。具体的には,攻撃的な形態の抗議運動は政治制度が閉鎖的であるほど取られやすいという線形な関係が見られる一方,穏健な形態の抗議運動は政治制度が中程度の開放度のもとで最も取られやすいという非線形な関係が見られることを示している。第7章では再び計量分析に戻り,アルゼンチンの地方の政治制度の質と抗議運動の関係について分析する。まず,地方の民主主義の質に関する指標(Subnational Democracy Index)を作成したうえで,イベントデータも用いつつ,民主主義の質が低い地域ほど抗議運動数が多いという分析結果が示される。さらにLAPOPのデータも用いて,民主主義の質が低い地域ほど攻撃的な抗議形態に対する支持が大きいこと,民主主義の質が中程度であるほど穏健な抗議運動への参加が多くなるという結果が示されている。これは第6章で質的に分析された政治制度と抗議運動の非線形な関係が,量的にも明らかにされたことを意味している。

最後に,第8章で今後の課題として,抗議運動の帰結,他の政治参加の形態と比較した抗議運動の代表性,抗議運動のレパートリー,抗議運動におけるソーシャルメディアの役割,警察と抗議運動のレパートリーの関係についての分析の必要性が示されている。

Ⅲ 本書の特長

本書の特長としては,第1に,ポスト新自由主義の時代という新しい時代を対象に,ラテンアメリカにおける抗議運動の恒常化という事象を見出し,その要因を政治制度と市民社会という2つの要素の組み合わせから分析した点にある。先行研究ではポスト新自由主義の時代にも抗議運動が活発であることが事例レベルで確認できる一方で,本書はラテンアメリカ全域におけるより一般的な傾向として示し,分析している。さらに,抗議運動の発生に対する説明として,ラテンアメリカ各国の政治制度の脆弱性にのみ着目する先行研究が多いなかで,政治制度や市民社会の組み合わせが抗議運動や政治参加のあり方を決定するということを示した点も,本書の大きな貢献のひとつである。

第2の特長は,著者自身も本書の独自性として提示しているが(pp.38-42),抗議運動のデータソース,分析範囲・手法において複数の要素を効果的に組み合わせている点にある。まず抗議運動のデータソースとしては,サーベイデータとイベントデータの両方を用いている。これによって,抗議運動を個人レベルと集合レベルという異なるレベルから見ることができる。具体的には,サーベイデータは抗議運動以外の情報も豊富に含んでいるため,個人が抗議運動に向かう要因について様々な変数を考慮した分析が可能になる。それに対して,イベントデータは抗議運動そのものについて豊富な情報を提供し,とりわけ抗議運動件数といったマクロの動態を時系列や地域別に示すことも可能になる。

次に分析範囲・手法としては,クロスナショナル分析とサブナショナル分析の両方を行っている。これら両方の分析を行い,異なる分析結果が得られた点が興味深い。クロスナショナル分析では,政治・社会参加に積極的な市民は政治制度の質が低いほど抗議運動に向かうという線形な結果が得られた一方で,サブナショナル分析では,政治・社会参加に積極的な市民は政治制度の質が中程度なところほど抗議運動に向かうという非線形な結果が得られている。とりわけサブナショナル分析において,分析結果がより説得的であるのは,量的分析と質的分析を効果的に組み合わせているためである。第6章において,政治制度の質の程度が異なるアルゼンチンの都市3カ所を選択し,現地調査とインタビューを通じて現地政治と市民の関係,特に市民や活動家が現地政治をどのように認識しているのかが示される。この質的調査で得られた結果が,第7章で計量分析を通じて確認されるという流れとなる。政治制度が閉鎖的なサンルイスでのインタビューでの困難さなど,現地調査の難しさが正直に示されていることも,現地調査を行う読者にとって非常に参考となる部分である。本書のサブナショナル分析のキーとなる政治制度の質が中程度の地域の例として,首都ブエノスアイレスが選択されているが,国政との近さや市民社会の活発さなどを考慮すると際立った特徴を持つ地域であると思われ,質が中程度の他の地方で異なる因果メカニズムが見られるか気になるところである。

Ⅳ 本書に対する疑問

本書に対する大きな疑問点として,本書のなかで繰り返し提示される,抗議運動の恒常化につながる因果メカニズムに関する疑問を指摘したい。本書の大きな枠組みとして,ラテンアメリカにおける2000年代のコモディティブームによる堅調な経済成長によって,日々積極的に政治・社会参加を行う市民が増加し,その結果ラテンアメリカにおける抗議運動の恒常化につながった,という因果メカニズムが提示されている(pp.30-33)。本書は,この前提をふまえたうえで,LAPOPの2008年,2010年,2012年のデータを用いて分析を行っている。

しかしながら,本書の計量分析があくまで示しているのは,世論調査を実施した時点において政治・社会参加に積極的な市民のほうが抗議運動に参加する傾向にあるということであり,これは2000年代の経済成長のなかでそうした市民が増加したこととは同義ではない。したがって,2000年代のコモディティブームによる経済成長によって政治・社会参加に積極的な市民が創出されたということを主張するのであれば,それについての証拠が必要となる。まず,経済成長や福祉政策の増大,それにともなう貧困率の低下といった,出発点となる情報は示されている(pp.46, 47)。次に,政治・社会参加に積極的な市民の増加を示す証拠のひとつとして,2004年から2014年の10年間での市民の学歴の上昇が示されている(p.49)。しかし,本書のなかにこれ以外に直接的な証拠は見当たらないため,本書が用いているLAPOPのデータ(2008年,2010年,2012年)に加えて,LAPOPの調査が開始された2004年,および2006年のデータを評者は参照することとした。すると,本書のなかで地域社会参加指標として用いられている組織・会合参加の頻度は,ほとんどの組織で2004年がピークであり2012年にかけて低下傾向にあることがわかる(注3)。たとえば,地域共同体組織への参加については,2004年では毎週6.25パーセント,月1・2回16.73パーセント,年1・2回11.80パーセント,参加しない65.21パーセントであったのが,2012年には毎週3.06パーセント,月1・2回10.96パーセント,年1・2回11.46パーセント,参加しない74.53パーセントへと,参加の程度が低くなっていることがわかる。また,政治的関心に関するデータとして,ラテンアメリカ全域をカバーする別の世論調査である「ラティノバロメトロ」(Latinobarómetro)の「政治に関して友人とどの程度話すか」に関するデータを参照した(注4)。1995年から2015年までの推移を見てみると,「とても頻繁に話す・頻繁に話す」が約3割,「ほとんど話さない・まったく話さない」が約7割のままほぼ横ばいで推移しており,2000年代に政治的関心の高い市民の割合が増えたということをこのデータから読み取ることは難しい。つまり,少なくともこれらのデータからは,本書が抗議運動の恒常化の前提とする,2000年代に政治・社会参加に積極的な市民が創出されたという事実を見出すことは難しいのである。

では2000年代のコモディティブームを仮に出発点にするのだとしたら,抗議運動に至る因果メカニズムをどのように解釈すればいいのだろうか。まず,本書が示す経済成長による市民社会の活発化という説は必ずしも否定されるわけではない。それ以前の時代とは質的に異なる政治・社会参加に積極的な市民が現れていることもあり得る。他方で,別の可能性を考えるときに大きな参考になるのが,同じくLAPOPのデータなどを用いて岡田が行なった,資源レントと抗議運動の関係についての分析である。分析結果としては,2000年代の資源レントの中期的な増加が抗議運動への参加率を高めるという結果が示されている。さらに,資源レントの増加が抗議運動へとつながる因果メカニズムとして,利益分配期待と,環境汚染や有限資源をめぐる利益衝突が仮説として提示されている[岡田 2016]。この分析をふまえると,2000年代のコモディティブームを議論の起点としたとき,市民社会の活発化というルートを辿るのか,資源をめぐる争いのルートを辿るのか,異なる因果メカニズムが想定されることがわかる。この因果メカニズムの違いは国によっても異なるとも考えられるため,因果メカニズムの国家間比較を行うことも,本書の次の課題のひとつとして考えられるだろう。

Ⅴ さいごに

2019年1月から2月にかけて,ベネズエラの情勢が連日日本の各種メディアでも注目を集め,与党・野党両陣営の大規模デモ・集会の様子が映像で報じられた。本書の分析結果では,下からの動員,上からの動員にかかわらず,抗議運動は政治制度の質の低さとセットになっている。本来政治制度を補完するはずの社会運動が,政治制度の質の低さを示し続ける方向に向かうのか,質の向上につながるのかという問題が残っている。この点に関して,著者自身も,今日のラテンアメリカの抗議運動の帰結に関する分析の必要性を示している(p.191)。いずれにしても,こうした視角を含め,今日そして今後のラテンアメリカの抗議運動を分析するうえで持つべき重要な視角を提供する一冊である。

(注1)  本書のなかでおもに用いられるLAPOPの抗議運動への参加に関する質問項目において,抗議運動とはデモのことを指している。

(注2)  本書ではイベントデータとして,アルゼンチン社会の運動に関する調査プログラム(Programa de Investigación sobre el Movimiento de la Sociedad Argentina:PIMSA)と新多数派(Nueva Mayoría:NM)によって作成された抗議運動のイベントデータを用いている。

(注3)  http://lapop.ccp.ucr.ac.cr/(2019年2月8日,データアクセス)。

(注4)  http://www.latinobarometro.org/lat.jsp(2019年2月8日,データアクセス。政治的関心に関するデータはLAPOPでは2008年以降しかなかったため,それ以前の時代も含めた推移を知るためにここではラティノバロメトロを参照した)。

文献リスト
  • 岡田勇 2016. 『資源国家と民主主義——ラテンアメリカの挑戦——』 名古屋大学出版会.
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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