アジア経済
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書評
書評:Aysegul Aydin and Cem Emrence, Zones of Rebellion: Kurdish Insurgents and the Turkish State
Ithaca: Cornell University Press, 2015, xvii + 192pp.
今井 宏平
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2019 年 60 巻 2 号 p. 95-98

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Ⅰ 

本書は1984年から30年以上にわたって続く,トルコ政府と非合法武装組織であるクルディスタン労働者党(PKK)の抗争に関して,地帯(zone)と人々の動員に着目して,抗争の長期的な因果連鎖とPKKの多様な暴力行為を明らかにしようとした著作である。

近年,トルコ政府とPKKの抗争に関しては,優れた研究が出始めている。本書の紹介に入る前に研究潮流について整理しておこう。第1の潮流はPKKに焦点を当てる研究で,とりわけ組織の実態,組織化の過程,メンバー間の関係,イデオロギー,闘争の戦略の解明に主眼を置くものである[İmset 1992; Özcan 1999; Marcus 2007]。こうした研究はおもに社会学,文化人類学,そして安全保障研究の視点からの考察である。

第2の潮流は,トルコ政府とPKKの闘争を単にトルコの内政の問題としてだけではなく,トルコ,イラク,イラン,シリアに跨るトランスナショナルな問題としてとらえた研究である[Olson 1996; 2001; Kirişci and Winrow 1997]。この潮流は国際関係の視点からの考察を主としている。

第3の潮流は,PKKの攻撃とそれに対するトルコ政府の対応,さらに両者の抗争と一般市民との関係を考察する研究である。抗争と一般市民との関係に着目した研究は,たとえば,人々の動員,参加,犠牲について検証するものである[Jongerden 2007; Unal 2012; Belge 2016; Tezcür 2016; Tezcür and Gurses 2017]。この潮流は政治学の視点から分析されることが多い。近年活性化しているのはこの第3の潮流である。

本書は第3の潮流に位置づけられる研究であるが,人々だけでなく,地理的概念である地帯も重視している点が他の研究と一線を画する。また,本書はトルコ政府とPKKの抗争を「インサージェンシー」(反乱)と「カウンター・インサージェンシー」(COIN)の一事例としてとらえ,安全保障研究に資することも試みている。

Ⅱ 

本書を足早に要約していこう。まず,分析の方法に関して,本書は歴史的にどのように制度が規定され,政策に影響を及ぼすのかに焦点を当てる歴史制度論,そのなかでも過程追跡の方法論をとっている。また,PKKとトルコ政府を比較するスタイルをとっており,第1章から第3章までがPKKの組織,イデオロギー,戦略について,そして第4章から第6章までがトルコ政府の組織,イデオロギー,戦略について論じている。また,本書の考察対象の時期は1984年から2008年までである。

本書の分析の鍵概念である地帯に関して,アイドゥンとエムレンジェは大きく,統制地帯,競合地帯,統制が及ばない地帯という3つに分類している。地帯は「戦闘員と現地に住む人々に代表される闘争に活用できる諸々の資源のつながりの強さを反映する」とされ,トルコ政府とPKKはそれらの地帯においてそこに住む人々のコミュニティを変容させ,人々の政治的アジェンダを統合することで統制を行う。競合地帯は戦闘地帯と移行地帯に分けられるが,いずれも南東部アナトリア特別行政地域,通称OHALと呼ばれる地域である。ここではPKKとトルコ政府軍が地域の掌握のために激しい綱引きを展開している。トルコ政府とPKKがいかに統制地帯を管理し,競合地帯で有利に活動するかが焦点となる。

第1部(第1~3章)はPKKの説明であるが,組織的特徴とイデオロギーに関しては,これまで出版されてきたPKKに関する研究書やルポルタージュで述べられてきたことと大差はないので,ここでは地理と戦略に関する部分についてのみ,記述しておきたい。

本書によると,トルコ政府と抗争を始めた当初,PKKは「国境の専門家」であり,反乱活動はトルコ・イラク国境,特に辺境地に集中していた。PKKは都市部から隔絶された国境沿いの村を攻撃し,トルコ政府の治安組織が駆けつける前に撤収する戦略をとった。PKKは1984年から2008年までの24年間で1000以上の村を襲撃しているが,その90パーセント以上が都市部から隔絶された地域であった。PKKは村を襲撃するだけでなく,村を包囲したうえで自分たちの活動に協力することを強要し,若い男性を組織へとリクルートした。1990年代になると,PKKは活動範囲を拡大したが,道や線路を破壊し,工業インフラや学校も攻撃したことで人々の反感を買い,支持を失うこととなる。また,PKKは統制地帯においてすら,トルコ政府に代わるガバナンスを確立できず,健康や教育に関するサービスを住民に提供することができなかった。2000年代になると,工業インフラや学校などではなく,国境周辺でトルコ軍の兵士を直接襲撃するなど,「国境の専門家」へと逆戻りした。

第2部(第4~6章)はトルコ政府の組織,イデオロギー,戦略について述べられているが,やはり目を引くのは地理と戦略の関係である。トルコ政府は行政的解決,特別ルール,行政区分の再編成,そして辺境地の切り捨てによって,PKKを辺境地帯へと封じ込めようとした。行政的解決として,OHAL地域を確立することによってPKKの活動を食い止める方法がとられた。しかし,OHAL地域の欠点は,その地域がPKKの統制地帯ではなく,行政区分に基づいて設置された点にあった。特別ルールは,OHAL地域全体を統制する特別知事を設置し,中央政府との連帯のもとで統治する政策であった。この特別知事の制度は,1925年におきたクルド人の部族長だったシェイフ・サイドの反乱に対抗する際にとられた制度と同様であった。アイドゥンとエムレンジェはここでのトルコ政府の対応に経路依存性があることを指摘している。特別知事制度の主目的は一般の人々とPKKの連帯を断ち切ることであり,行政区分の再編成の目的は領域管理によるPKKの封じ込めであった。たとえばシュルナク県やバトマン県は領域管理によるPKK対策を強化するため,1990年に県という行政単位となった。辺境地の切り捨ては,PKKの物流支援を切断するために1990年代から始められたが,これは国内避難民発生の一要因となった。1990年代に約100万人がトルコ政府とPKKの抗争のために住居を手放したと見られている。難民が流入した地域では人口過密,スラムの発生などの社会問題を生み出した。

トルコ政府は統制地帯の都市部の防衛に最も注力してきた。都市部ではPKKの協力者の逮捕を中心に活動し,戦闘地帯では軍事行動を展開した。また,移行地帯では軍事行動と逮捕の両方が実施された。都市部での協力者の逮捕は1989年に当時のネジップ・トルムタイ統合参謀総長が「PKKへの協力者も敵とみなす」と発言し,1993年に国家安全保障理事会のCOINの規定が改訂されたことで本格化した。

結論では,PKKとトルコ政府の抗争において重要なのは統制地帯と競合地帯における人々の動員であること,そしてトルコ政府のCOINはオスマン帝国後期およびトルコ共和国初期からの経路依存性に基づく対応であったことが分析を通じて明らかになったと結んでいる。

Ⅲ 

本書は地帯という地理的要素をトルコ政府とPKKの抗争の分析に含めた点が斬新であった。とはいえ,紛争研究に地帯の分析を持ち込み,精緻化したのはスタシス・カリヴァスであり,本書も地帯の区分の際に参考文献に挙げている[Kalyvas 2006]。中東においては主権国家が人工的に創られたため,その主権性,つまり統治の及ぶ範囲は限定されていた。しかし,その統治の実際についてはこれまで検証されることは少なかった。地帯に着目した分析により,本書はトルコの統治が徹底されていないトルコのイラン・イラク国境地帯の状況の一端を明らかにしている。

一方で,本書にはいくつかの問題点も指摘できる。まず,PKKのリーダーシップに関する分析が不足している。確かに,PKKはオジャランの絶対的な権限の下で活動する組織であった。しかし,1999年にオジャランが逮捕されて以降,オジャランの意向を引き継ぎながらも,PKKの活動を牽引してきたのはトルコ・イラク国境地帯で活動を続けるジェミル・バユクやムラト・カラウランであった。最近ではオジャランを直接知らない若いPKKの党員も多くなっており,オジャランのリーダーシップのあり方,受け止められ方の変遷もPKKを研究するうえで大きなトピックといえよう。

また,ギュネシュも指摘しているように,PKKの組織とイデオロギーに関する分析に関して本書は新規性がなく,リーダーシップの部分と同じで,オジャラン逮捕後のPKKの分析に厚みがない[Gunes 2017]。たとえば,2005年に設立されたクルディスタン共同体同盟(KCK)に代表されるトランスナショナルな自治に関する分析が不十分である。本書が扱っていない最近のPKKとトルコ政府のトルコ南東部における戦略と衝突に関してはイェシルタシュとオズチェリクが包括的に論じている[Yesiltaş and Özçelik 2018]。

3点目として,本書は抗争におけるPKKとトルコ政府の間の相互作用がわかりにくくなっている。これまでPKKはトルコ政府とのあいだで6度の停戦を行っているが,どうして停戦したのか,トルコ政府のCOINの影響によるものなのか因果関係が本書ではまったくわからない。

4点目として,データセットの不完全性と量的分析の不足である。本書は付録としてPKKの反乱とトルコ政府のCOINに関するデータセットをつけているが,詳細で客観的なものとは程遠い[Aslan 2016]。たとえばトルコ政府のPKKに対するCOINの効果について分析したウナルや,PKKの人々のリクルート活動に関して検証したテズジュルは,量的な分析を行うとともに,トルコ政府のCOINとPKKの抗争に関する詳細なデータセットを提示している[Tezcür 2016; Unal 2012]。また,テズジュルは自身のウェブサイトでもPKKの死亡した兵士に関するデータセットを公開している(http://www.tezcur.org/kim/ 最終閲覧日:2019年1月20日)。それらの研究に比べると,本書のデータセットは不完全である。

加えて,反乱とCOINの研究におけるトルコの位置づけについて,もう少し説明を付してもよかったのではないか。たとえば,2014年にRoutledge社から反乱とCOINを網羅的に取り扱ったThe Routledge Handbook of Insurgency and Counterinsurgencyが出版されているが,そこではPKKの事例も,トルコ政府のCOINについてもまったく触れられていない[Rich and Duyvesteyn 2014]。しかし,PKKがトルコ政府への対抗のために欧米の世論に訴えている点や,トルコ政府の経路依存的なCOINは事例として他とは異なっており,独自性がうかがえる。その意味では,PKKとトルコ政府のCOINを詳細に検討することは,反乱とそれに対するCOINの既存の研究に一石を投じることが期待できる。一方でPKKとトルコ政府のCOINに関する研究においても,他のアクターおよび他国の事例と比較することで,その特徴をよりはっきりと浮かび上がらせることができるはずである。

こうした問題点や課題があるにせよ,地帯という地理的側面に注目し,過程追跡を用いて分析した本書は,トルコ政府とPKKの問題を考察するにあたり,多くの示唆を与えてくれる。

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© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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