アジア経済
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論文
南アジア5カ国における政治認識の構造――政治トラスト,政府評価,民主主義――
近藤 則夫
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2019 年 60 巻 3 号 p. 39-65

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《要約》

南アジア諸国では民主主義が好ましいという認識はかなり広く共有されているが,政治の実態はそのような願望に必ずしも応えるものではない。そのような状況で政治の安定性を考えるうえで重要なのは,政府・行政に対する人々の信頼=政治トラストである。本稿は人々がいだく政治社会的脅威感,政府に対する評価,民主主義への願望などさまざまな認識が政治トラストにどのような影響を与えるかを南アジア5カ国の2000年代半ばの意識調査データに基づき探った。分析では,経済・生活に関する政府評価が高いことが政府へのトラストを高めること,民主主義への願望は身近な政治・行政へのトラストを高めること,暴力的紛争にゆれる南アジアでは政治社会的脅威感が高ければ経済・生活に関する政府評価でさえも低めること,所得の低い層ほど民主主義を重要視していない可能性があること,社会一般へのトラストである社会トラストは南アジアではこれらの諸変数と相関がないことなどが実証的に確認された。

Abstract

While it is widely believed in South Asian countries that a well-functioning democracy is desirable, the political realities do not necessarily correspond to such expectations. In order to understand the political stability in such countries, it is important to examine people’s political trust in the government and administration. This paper explores the relationship between political trust and various perceptional variables such as feelings of political and social threat, evaluation of the government and administration, and the desire for democracy. The study uses opinion poll data from the mid-2000s in five South Asian countries to examine public perception of these issues. The main conclusions are as follows: (1) A higher evaluation of the government’s economic performance is likely to raise the level of political trust in government. (2) Political trust in the government and administration is likely to be enhanced by a favorable opinion on the democracy. (3) Perceptions of political and social threats often result in a lower evaluation of the government, including its economic performance. (4) People of lower economic status tends to be ignorant of democracy. (5) Social trust, which is the generalized trust of society, does not have any correlation with these variables.

 はじめに

Ⅰ 政治トラストをめぐる問題

 1.「政治トラスト」の重要性

 2.南アジア諸国の政治状況

Ⅱ 分 析

 1.データ,観測変数,および,分析プロセス

 2.パス図の分析と考察

 おわりにかえて

はじめに

南アジアの人々のあいだでは「民主主義が好ましい」という認識は,パキスタンを除くとかなり広く共有されているといえる。たとえばインドの発展途上社会研究センター(Centre for the Study of Developing Societies)が2004~2005年に行った調査では「民主主義が好ましい」と答えた者の割合はバングラデシュ69パーセント,インド70パーセント,ネパール62パーセント,スリランカ71パーセント,パキスタン37パーセントであった。この時期,インドはさまざまな問題を抱えながらも,一応安定した民主主義体制が維持されていた。しかし,バングラデシュは民主主義体制下にあったが,有力政党の対立で選挙など民主主義制度が安定せず混乱が続いていた。ネパールでは国王が専制的姿勢を強め,2005年2月に非常事態宣言を発し民主主義勢力の押さえこみを図った。スリランカは政党政治に基づく民主主義体制が維持されていたが,休戦状態にもかかわらず政府とタミル人分離主義武装勢力とのあいだで深刻な紛争が続いていた。一方,パキスタンは形式的には民政であったが実質的には軍政下にあった。この時期,これら諸国ではインドを除いて,内政上の非常に大きな問題を抱え,とくにバングラデシュ,ネパール,パキスタンでは民主主義の定着は困難な状況が続いていたにもかかわらず,上記の調査では,パキスタンを除いて,南アジアの人々のあいだで民主主義を選好する姿勢は明確であった。

もっとも,民主主義(注1)を選好する方向性が強いということは,民主主義体制の実態に対する評価も高いということを意味しない。むしろ高い選好性をもつがゆえに民主主義政治の実態をみると失望するということは珍しくない。たとえばネパールの民主主義体制に対する満足感を探った2004年の調査では,「とても満足」3.8パーセント,「いくらか満足」39.4パーセント,「いくらか不満」36.4パーセント,「まったく不満」20.4パーセントであった[Hachhethu 2004, 16]。後2者を足すと56.8パーセントとなり,実態を不満とするものが半数以上となる(注2)。このような民主主義への選好性と実態評価に大きな乖離がある状況は他の国でも多かれ少なかれ同様であろう。

南アジアのように社会的,あるいは暴力的紛争が多発する不安定な地域で,しかも,民主主義を選好する姿勢とその実態の評価に大きなギャップがある場合,政治の安定性を支える要素はなんであろうか。さまざまな要因が考えられるが,ひとつの重要な要件と考えられるのは人々の社会,あるいは,政府に対する信頼感=トラストであろう。政治を安定化し民主主義を定着させるためには,人々のあいだのトラストや人々の政府に対するトラストは重要な必要条件と思われる。本稿は人々の政治認識の構図のなかで政府に対するトラスト,民主主義選好などがどのように位置づけられるのかを探った論文である。

具体的には2005年に行われたアジア・バロメーター(AsiaBarometer)の調査に基づき,南アジア主要5カ国の約5000弱のサンプルを統計的に分析することによってこの課題に接近する。5カ国を同一時期に同じ質問票を使いサンプルサーベイした調査は近年はこれだけである(注3)。分析手順としては,まずこれまでの主要研究を概観した後,人々の政府に対するトラスト,民主主義選好,社会不安感,政府の業績評価などの変数がどのような構図を描くのか緩い作業仮説をたてる。ただし,この分野では強力な証拠で実証された仮説があるとはいえない状況なので,分析は緩い仮説から出発し,帰納的に変数間の関係を定めるという手順をふむ。たとえば,緩い仮説段階ではどの変数が説明変数あるいは被説明変数なのかという点も「仮決め」であり,それは実証分析の過程で決定される。以下では,統計的分析によって作業仮説の検証とその修正を繰り返すことにより,人々の認識構造を描き出す。

Ⅰ 政治トラストをめぐる問題

1.  「政治トラスト」の重要性

政治の安定性を考えるうえで信頼=トラスト(注4)は重要な概念である。いかなる体制でも政治の円滑な運営のために,政府や制度に対する人々の最低限のトラストが必要とされるからである。政府や制度に対する人々の信頼がまったくなくても成立し得る政治体制は,完全な専制体制だけであり,現代では権威主義体制でさえもなんらかの形で人々のトラストを必要としているといってよい。また,人々の,他者一般すなわち社会に対するトラストも民主主義体制が安定的に機能するうえで重要である。なぜなら社会トラストがあってこそ,人々はお互いに協力しあえ社会は自律的に機能できるからである。

このような広い意味でのトラストは,とくに民主主義の伝統が長い欧米諸国の研究で「社会関係資本」(social capital)という概念のなかでその重要性が強調されてきた。「社会関係資本」とはコールマンやパトナム等の主張によれば,人々の協調行動を促し,社会の諸制度を円滑に作動させる社会関係とされ,具体的にはさまざまな社会組織およびそのネットワーク,そしてそれらの構造を支えるトラストや互酬的関係などである。社会関係資本に含まれる諸概念のなかでも中心的に重要な要素がトラストである[Coleman 1990, 300; Putnam, Leonardi, and Nanetti 1993, 170; 174]。人々のあいだのトラストに基づく社会的紐帯が密に広がることによって集合的行為が可能となり,政治社会は自律的かつ有効に機能し,また政府は能力をうまく発揮でき,実績をあげることができると論じられる。

ただし,社会関係資本という概念はかなり曖昧な広い概念で,実証研究で使われるとき,どのような具体的指標を当てはめるかなど,分析に多くの困難をもたらすため,欧米の研究者あるいは発展途上国の研究者などからその概念の有用性に疑義が出されている[Knack, Stephen 2002, 772-774; Prakash and Selle 2004]。

このような状況のなかでも,社会関係資本概念に含まれるトラストの研究は盛んで,近年非常に多くの研究がなされている。その理由は社会関係資本と比べて概念が明確であること,そしてトラストが民主主義政治のなかでもつ重要性ゆえにである。また,「世界価値観調査」(World Values Survey)や各大陸の大規模な世論調査である「バロメーター」でトラスト関連の諸質問項目が設定され,データを研究者が比較的に簡単に入手できるようになったという事情も研究が盛んになった理由であろう。

トラスト研究は研究が深化するにしたがってその概念もより実態に即したものに洗練されてきた。たとえば,従来,「トラスト」は,広く社会一般を信頼の対象とする「一般トラスト」(generalized trust)と,特定の組織や集団のみを信頼対象とする「特定トラスト」(particularized trust)という概念に分けて理解される場合が多かった。たとえば政府に対する「政治トラスト」は「特定トラスト」の一種とされる。トラスト研究で影響が強いウスライナーの研究も,基本的にはそのような枠組みをベースとしている。ウスライナーは,彼がモーラル・トラストとよんだ人々の一般トラストの形成には楽天的価値観がプラスに,経済的不平等感がマイナスに影響すると実証的に示し,また,それは市民社会や民主主義に欠くべからざるものであると主張した[Uslaner 2002]。

「一般トラスト」は実際上「社会トラスト」ともよばれるが,しかしながら,それは社会のどの範囲までをカバーする概念なのかなど,実証研究で同概念を使う場合は曖昧さが問題となる。たとえば一般トラストの及ぶ範囲の計測を試みたデルヘイなどの研究では裕福な国ではその範囲(「トラスト半径」とよばれる)は広いが,儒教の伝統のある東アジア諸国では範囲は狭い,とした[Delhey, Newton, and Welzel 2011]。しかし,宗教の影響については,たとえばムスリム国家のほうが社会に対するトラストの範囲は狭いという研究もあり議論は分かれる[Bjørnskov 2008, 276]。また,民族,エスニシティ,階層,イデオロギーにおいて多様性あるいは分裂性が顕著な社会で「一般トラスト」や「社会トラスト」という概念を使うことが適切なのか,あるいは意味があるのか否か,問題になる。ビヤンスコウの世界102カ国を対象とした研究では,所得不平等や政治イデオロギーの分裂は社会トラストを弱めるが,しかし,エスニックな多様性は社会トラストに対して明確な影響はないと結論づけられている[Bjørnskov 2008]。ヨーロッパのデータで検証したゲステュイゼン等の研究でもエスニックな多様性が一般トラストに与える影響には統計的有意性は検出されていない[Gesthuizen 2009]。

「一般トラスト」概念は以上のような曖昧さという問題を抱えるが,加えて,他の変数との因果関係における位置づけも定まっていない。コールマンやパトナム等,そしてウスライナーなどのおもに欧米先進国の事例をベースとした議論では,社会関係資本の中心となる一般化された社会的なトラストの存在があってこそ,政府行政はスムースに機能し,それによって国家は成果を出し人々の信頼を得られる,という因果関係を主張していると理解できる。いわば,社会トラスト→国家の高い実績,あるいは,政府へのトラスト,という関係である。クナックの研究もこの線にそった研究である[Knack 2002]。アメリカの例を時系列分析したキーレの研究も,トラストを中心とする社会関係資本,そして政府の実績が,政府に対する信頼の拡大を引き起こすとの検証結果を示した[Keele 2007]。

しかし,このような議論に対して異議を唱える研究は多い。後述するズメルリとニュートンによる研究は,これらの変数の因果関係は国,状況の違いで変わってくることを示しており,たとえばアメリカの分析(キーレの研究など)が他の国で成立する保証はない。また,もし社会的なトラストが政府のパフォーマンスや政府へのトラストの必須の条件である,という主張が一般的に正しいとすると,国民国家形成の途中にあって政府と国民のあいだ,および,多様な人々のあいだでそもそも社会トラストが希薄な国家,あるいは,政治社会,民族的,階層的亀裂が甚だしく国民統合に深刻な問題を抱え幅広い社会的なトラストが形成されていない国では,政府は実績をあげ得ないという論理に陥ってしまいかねない。たとえば,第2次世界大戦後独立し,国家統合が多民族統合や社会統合に先行したような発展途上国は,なんらかの形で社会のトラストが一定のレベルに達しないかぎり,国家的発展は難しいということになる。

現実には社会トラストのレベル如何にかかわらず,国家が政策実施において実績をあげ発展し,それによって政府が人々のトラストを得た国もある。ハチソンとジョンソンのアフリカを対象とする実証研究でも国家の諸制度が適切に機能することが,政府に対する人々のトラスト=政治トラストを高めるということが示されている[Hutchison and Johnson 2011]。また,パキスタンでは司法に関する知識の普及が部族民のあいだで国家の司法制度へのトラストを高めるという実証結果もある。すなわち,国家の役割の適切な知識普及だけでも人々のあいだで制度に対する一定のトラストの普及が見込めるということである[Cyan, Price, and Rider 2017]。社会トラストは政府のよりよいパフォーマンスの必要条件とはなり得ても,十分条件ではないといえよう。いずれにせよ,「一般トラスト」や「社会トラスト」概念を使い分析する場合,概念の曖昧さや因果関係における位置づけに定説がないなど,一般化には問題がある。

(1) 特定化された概念としての「政治トラスト」

一方,社会トラストと対照的に「政府に対するトラスト」=「政治トラスト」(注5)は,より特定化された概念であり,比較的に明確である。近年,「政治トラスト」概念が多くの研究者によって研究対象とされているひとつの理由がこれである。しかし,それ以上に重要な理由は「政治トラスト」の現実的重要性である。たとえば,国家(政府)が人々から評価される実績をあげることでその政治的なトラストが高まり[Newton and Norris 2000; Kumlin and Haugsgjerd 2017],結果として社会トラストが広まるというプロセスは,「社会トラスト」→「政治トラスト」という社会関係資本的な議論とは逆の因果関係であり,もし一般的に実証されれば,国家建設やポスト紛争後の政治社会の安定化を考えるときに現実の世界で重要な知見となる。このような因果関係を支持する統計的研究が近年なされている。

たとえば,ロスシュタインとストーレは世界価値観調査のデータに基づいて,国家の秩序を維持する警察や司法などが公正に機能することによって,市民のあいだで政治制度へのトラストが強化され,さらには一般トラストが拡大するとした[Rothstein and Stolle 2008]。また,ディネセンとソンデススコフのデンマークの研究は,自分の居住地域の近隣に自分と異なる移民などエスニック集団の者が多いほど,つまりエスニックな多様性が高いほど,一般的に他者を信頼できないという認識をもつ可能性が大きくなる,すなわち,社会トラストが低下することを実証した。ところが,移民増加のなかでもデンマークの社会トラストのレベルはむしろ実際には増加しているとした。それは彼らによるとエスニック多様性のネガティブな影響を相殺し,人々のあいだの信頼を高める政府の教育などの施策があったからとされる。すなわち国家が,政治トラスト,さらには社会トラストを積極的に育むことができるということを示した[Dinesen and Sønderskov 2015]。ヨーロッパ諸国を対象としたヘッレロスとクリアドの研究でも,能力が高い国家は第3者として公平で効率的な制度を社会に適用し,人々の政府機関への政治トラストを膨らませ,それによってさらには人々のあいだの社会的なトラストを拡大させることを実証している[Herreros and Criado 2008]。また,そのような効果はエスニックな少数派より多数派のグループにとってより大きいと報告されている。フレイタグとビュールマンの58カ国6.76万人のサンプルを使った研究では,国が公正で腐敗が少ない制度をもち,効率的であれば,人々のあいだの一般トラストのレベルは高くなることが示されている[Freitagand Bühlmann 2009]。すなわち国家が一般トラストの普及を促進するということである。

要するにこれらの研究では,政府のあり方・政治行政実績→(公的機関に対する)政治トラスト→社会トラストの拡大,というメカニズムがあることを実証的に主張しているのである。そして社会トラストの拡大は,人々の民主主義を選好する姿勢を強化することを示唆する。このような議論に基づくと,政府のあり方・政治行政実績→「政治トラスト」は問題の全体像を考える起点として重要である。

(2) 近年における研究の精緻化

近年の研究では「社会トラスト」と「政治トラスト」にせよ,トラストを考える場合,対象となる社会や政府機関・機能を細分化して考えることも重要なポイントであることが指摘されている。

ズメルリとニュートンによる世界価値観調査に基づいた「社会トラスト」と「政治トラスト」の関係性を探った研究は,両者の相関は固定的ではなく,条件によってプラスに相関することもあるし,互いに独立な場合もあることを示したが,加えて重要なポイントは2つのトラストを体現するさまざまな構成要素には階統的関連性があると指摘した点である。「社会トラスト」の場合は,家族や隣人>個人的知人>一度しか会ったことのない人>他宗教の人>他国の人の順で,「政治トラスト」の場合は,警察>裁判所>政府>政党>議会>市民社会の順にトラストは弱くなる,という[Zmerli and Newton 2017]。いずれにせよ,「社会トラスト」や「政治トラスト」を分析する場合,トラストの対象を明確にして分析することが重要となる(注6)

政治トラストの対象を分けて研究することの重要性は他の研究でも研究の前提として次第に認識されている。たとえば,政治経済危機に遭遇している社会で,どのような要因が人々の政府に対する政治トラストをつなぎ止めるか,ギリシャを対象としたエッリナスとランプリアノウの研究では,政府のマクロな経済実績に関する認識よりも,むしろ教育や保健が十分に機能しているかなど社会福祉行政の実績が高いという認識によって人々は政治トラストを高めるということが示された[Ellinas and Lamprianou 2014]。また上述のフレイタグとビュールマンの研究では,なによりも警察へのトラストが高いほど一般トラストのレベルは高くなる,との統計的結果が示されている[Freitag and Bühlmann 2009, 1551]。

関連して,ワッレンは,民主主義国家はどんな種類のトラストを必要とするか,という設問に対して,政府一般に対する「政治トラスト」という概念化ではその問いに答えることは難しいとする。民主主義体制とは不断に生じる問題に政府がどう対処するか,市民に監視と制裁の手段を提供することにより,問題処理を行うシステムであるが,彼によると,それがスムースに機能するためには,安定してポジティブな政治トラストを確保することが必要な政治システムの基本的部門(たとえば警察や司法部)と,市民の監視と制裁の対象となる不信感(ディス・トラスト)を引き受けるより政治の現実に向かい合う部門(たとえば議会や政党)の,いわばトラストの分業が必要であるという。要するに政府の基本的機能維持に必要な部門が,不断に生じる不信感の対象となることを避けるため,政治システム内でディス・トラストを制度的に引き受ける部門が必要であるとの考え方である[Warren 2017]。このような仮説の検証のためにも政治トラスト概念を主要な部門ごとに分けて検討する必要があろう(注7)

さらに,政府のレベルの違いも考慮すべきである。ムノーズはユーロ・バロメーターやアメリカズ・バロメーターのデータを使って地方政府,全国政府,ヨーロッパ連合などに対する政治トラストの決定要因を検討したが,それによると,地方政府と全国政府を比べると,市民はより身近な制度である地方政府により大きなトラストをもつこと,各レベル間の政治トラストは相関が高いこと,また他の研究と同様に各政府部門の業績をどう評価するかが,その部門へのトラストに重要であることなどを見いだした[Muñoz 2017]。

ただし,身近な地方政府のほうをより信頼するという指摘に対しては,それは欧米の地方政府がより効率的で腐敗レベルが低いことに起因しているかもしれず,地方行政で非効率・腐敗が蔓延している発展途上国では違った様相があらわれる可能性があることを予想しておかねばならないであろう。

(3) 作業仮説の設定

以上の検討から,検証過程の出発点となる作業仮説は次のようになろう。

第1に,「政府のあり方・政治行政実績」→「政治トラスト」→「民主主義」という因果関係が想定される。多くの研究がこの前半の「政府に対する業績評価」が高まれば,「政治トラスト」は拡大するという関係を支持している。しかし,後半の「政治トラスト」が拡大すれば民主主義への評価も拡大するという点については,実証的研究は不十分であると思われる。

第2に,第1の仮説は「政府のあり方・政治行政実績」と「民主主義」を分けているが,人々の認識のなかでは「政府のあり方」には「民主主義」も含まれるかもしれない。よって「政治行政実績」・「民主主義」→「政治トラスト」とい仮説も想定される。政治行政の実績が政治トラストを強化するのと並行的に,政治が民主主義であること自体に価値を見いだし,それが政府へのトラストを強めるという考えである。

第1と第2の仮説はどちらがよいか,あるいはこれらと違った関係が正しいのか,実証過程で判断されよう。いずれにせよ,上記2つの仮説の検討では政治トラストは政府一般に対するトラストよりも,可能であれば政府の部門やレベルに分けて実証研究すべきであろう。

第3に,「社会トラスト」の位置づけは,そのなかに多様な概念を含むこともあって,従来の研究でも理論的にも実証研究的にも不確かであり,また,対象国の状況によっても違う可能性がある。その位置づけは実証的検討のなかで判断したほうがよいであろう。

最後に,以上の変数に影響を与える可能性がある変数も考慮する必要がある。そのような変数として,紛争,犯罪,暴力,腐敗などに関する「政治社会的脅威感」は重要と思われる。南アジアの政治は次項に簡単に説明するように,概して不安定で暴力的事象が多発する。したがって,これらの事象から引き起こされる脅威感覚は人々の「政府に対する業績評価」や「政治トラスト」,「社会トラスト」などの諸認識に影響を与える可能性が強いと考えられる。また「政治的有力感」も伝統的に重要な説明変数候補とされ,分析に加える(注8)。加えて個人の社会経済属性,たとえば所得や教育レベルなども認識に影響を与えると考えられ,検討に含める必要があろう(注9)

次節では,以上のような緩い作業仮説を出発点として統計的分析により実態にせまるが,そのためには2000年代初めの南アジア諸国の政治状況を把握しておくことが重要である。以下に状況を簡単に点描しておきたい。

2.  南アジア諸国の政治状況

各国の主要政治変動を簡単にまとめれば,2000年代は,インドを除けば各国とも政治体制を揺るがす大きな政治変動にみまわれていたことが特色である。

インドでは選挙政治は一部では暴力的な対立を生むことはあるが,1975~1977年の非常事態宣言の時期以外は基本的に選挙に基づく議会制民主主義は安定しているといえる。1990年代以降,連立政権が一般的となるが,政治体制をめぐる大きな混乱はない[近藤 2015, 第3章]。

バングラデシュでは,1982年に無血クーデターで政権を奪取したH.M.エルシャド大統領が民主化運動に圧されて1990年に大統領を辞任し民政復帰したが,バングラデシュ民族主義党とアワミ連盟という2大政党の激しい競合で選挙政治は街頭での暴力をともなう社会不安を引き起こし,反政府運動が政権への信頼を絶え間なく危機にさらす事態が続いた。そのような事態を避けるため1996年には選挙のときには中立で公正な選挙管理内閣をまず構成し,選挙管理内閣が選挙を執り行うことにより次政権を成立させるということが憲法改正で決まった。この改正で,政局は安定化にむかうが,完全に安定化したわけではなく,2006年には選挙管理内閣の正統性をめぐり対立が激化し,軍の一時的介入を招いている。バングラデシュの民主主義の不安定性は暴力的な選挙政治,広範な腐敗(注10)など利益分配をめぐる個人や派閥のパトロンークライアント政治の弊害がひとつの大きな要因となっている[Lewis 2011, 90-108]。

ネパールの政治は1990年代以降,王政から議会制民主主義への移行,ネパール共産党(毛沢東主義)の反乱と内戦,そして憲法制定による民主化と連邦制をベースとする議会制民主主義への移行という激しい体制変動を経験した。一連の体制変動の発端は1990年の第1次民主化運動で,これによって国王中心の権威主義的なパンチャーヤト体制は,新憲法制定により国王をいただく議会制民主主義体制に移行し,翌年には国会下院議員選挙でネパール会議派が政権についた。その後も選挙で1994年には政権交代を果たしたが,しかし,政党の派閥抗争,選挙政治の暴力化,政権の腐敗,社会経済開発の失敗などで人々の不満が高まり,政府の正統性は失墜した[Kumar 2010; Baral 2012]。これが1996年のネパール共産党(毛沢東主義)の蜂起と人民戦争開始の背景にある。人民戦争期には国王により政権が掌握されたが,それがかえって政党とネパール共産党(毛沢東主義)の反政府勢力を結集させることになり,2006年には第2次民主化運動による国王から民主化勢力への権力移行,内戦終結となる。その後2008年には憲法制定議会選挙が行われ,正式に王政が廃止された。しかし民主主義の伝統が定着していない状況で政治は安定せず,政権崩壊がくり返された。新憲法制定にこぎ着けたのは2015年であった(注11)。人民戦争期の1996~2006年のあいだ,内戦は約13000人の犠牲者と多数の行方不明者(注12)を出し,社会に大きな傷跡を残した。また1990年からの民主化,内戦など大きな変動によって従来抑圧されてきた民族問題が噴出[Lawoti and Hangen 2013]するなど民主主義体制は安定しない状況が続いている。

スリランカの特徴は深刻な民族問題と内戦にもかかわらず民主主義体制が維持されたことである。内戦の直接的発端は1983年の反タミル人暴動で,これによりシンハラ人とタミル人分離主義組織の「タミル・イーラム解放のトラ」(Liberation Tigers of Tamil Eelam: LTTE)を中心とするタミル人の対立は決定的となり,実質的に内戦に突入することとなった。内戦は2009年にLTTEの軍事的敗北で終わる。特筆すべきは深刻な内戦にもかかわらずシンハラ人地域では大統領選挙,国会議員選挙がほぼ定期的に行われ,選挙政治が維持されたことである[近藤 2016]。内戦後,現在も民族間の亀裂は癒えたとは言い難く,タミル人の軍,中央政府,警察など権力機関に対する信頼感ははっきりと低いままである[Centre for Policy Alternatives 2011]。

パキスタンは,1977年に軍事クーデターで政権に就いたジア・ウル・ハック大統領が1988年に事故死したことをきっかけに民政移管がなり,パキスタン人民党が政権に就いたが政党政治は安定しなかった。パキスタン人民党やパキスタン・ムスリム連盟(ナワーズ)など政党はお互いに激しく競合するなかで党利党略,選挙や行政における不正の横行[Khan 2011]などで,人々の十分な信頼を獲得できていない。また,政党は,国家の統合や運営において人々のあいだで依然として隠然とした正統性をもつ軍に共同で対抗する姿勢にかけていた[Barracca 2016]。そのため政党は民主主義体制を定着・強化することができなかった。そのような背景から1999年にはパルヴェーズ・ムシャラフ将軍による軍事クーデターで,1997年の国民議会選挙で政権を掌握したナワーズ・シャリーフ率いるパキスタン・ムスリム連盟(ナワーズ)は政権を失った。ただし,軍もかつてのような影響力はなく(注13),政党勢力に圧される形で2008年には国民議会選挙が行われ,パキスタン人民党がパキスタン・ムスリム連盟(ナワーズ)の協力を得て政権を樹立し,ムシャラフ大統領は辞任した[Misra 2014]。2013年にも国民議会選挙が行われたが,それは民政下での初めての政権交代をもたらした(注14)

以上のように,2000年代半ばの各国政治は,インドを除けば政治体制は不安定であったことがわかる。加えて,本稿が扱う政治トラストの議論との関係で,南アジア5カ国のガバナンスの評価がきわめて低いレベルにあることを指摘しておく必要がある。ガバナンスの低さはおそらく政府の主要機関に対するトラストに大きな影響を与えることが考えられるからである。表1のように「国別腐敗認識指数ランク」や「国別経済競争力ランク」をみても南アジア各国の実績は最低のレベルに近い。後述するように,アジア・バロメーターから作成された表2における「政治的有力感」は軒並み低い値を示すが,それはガバナンスの低さに関係すると考えられる。

以上のような政治的コンテキスト,あるいはガバナンスの状況で,本稿の諸変数はどのような構図をみせるのであろうか。次節では,個票データを統計的に分析することで,問題に接近する。

表1  南アジア5カ国のガバナンス指標ランク

(出所)「国別腐敗認識指数ランク」Transparency International [2018] (https://www.transparency.org/news/feature/corruption_perceptions_index_2017#table, https://www.transparency.org/research/cpi/cpi_2005/0, 2018年3月6日アクセス)「国別経済競争力ランク」World Economic Forum [2018] (http://www3.weforum.org/docs/WEF_GlobalCompetitivenessReport_2006-07.pdf, http://www3.weforum.org/docs/GCR2017-2018/05FullReport/TheGlobalCompetitivenessReport2017%E2%80%932018.pdf, 2018年3月6日アクセス)

(注)*:2006年の値。

表2  諸指標の国別平均値(2005年)

(出所)AsiaBarometer Survey Data 2005より筆者計算。

(注)

 1)各変数の内容については後述の表3を参照。

 2)各値は最小が「0」,最大が「1」となるように基準化したデータの平均。

 3)*:9つの変数のうちひとつでも欠損値が含まれる場合はそのサンプルすべてを除外して計算した。

Ⅱ 分 析

本節では,構造方程式モデルリング(Structural Equation Modelling: SEM)を使って南アジア5カ国において人々がいだく,政治トラスト,社会不安,政府業績評価など,民主主義を認識するにあたって重要な諸概念の関係を描き出す。SEMは想定される因果関係のモデル=パス図をつくり,それがデータにどれだけ適合しているか,統計的各種適合度を使って検証する手法であり,多くの変数が複雑な関係を構成する現象を柔軟に扱える(モデル化できる)手法である。モデル作成は一回限りの検証だけではなく,データへの適合度などを参照しつつよりよいモデル=パス図に接近していく。この意味で帰納的手法である。ただし,適合度から自動的にモデルを決めるのではなく,既存の理論,地域の実態などの知見などを勘案して総合的にモデリングを行う。依拠するデータはアジア諸国を網羅する調査,「アジア・バロメーター」である。同調査は2005年に20歳以上の男女に(ほぼ男女同数)を対象に対面インタビューで行われた調査である(付表参照)。サンプルの地域的分布に関してはパキスタンが都市部と農村部で半々であるのに対して,他の国は圧倒的に都市部が多い。その意味で全地域を比例的に代表しておらず,結果の一般性はある程度限定されるが,南アジア全体の政治トラストと民主主義の比較研究の第1歩とはなるだろう(注15)。分析は5カ国のデータを込みにして行うことで,南アジアの人々の平均な的認識構造に接近する。

1.  データ,観測変数,および,分析プロセス

表3が2005年アジア・バロメーターにおいて関連する質問群と,それらから導き出された観測変数の一覧である。個々の質問項目は2値から5値をとる順序尺度データである。観測変数は,「トラスト-軍」を除き,内容が類似した質問項目を加算して作製した。類似の質問項目をまとめる理由は以下のようである。すなわち,類似した質問項目の背後には共通の「構成概念」があると考えられること(いわば,構成概念に具体的に接近するためのものが個々の質問項目である),そして,個々の質問項目には個人で測定誤差が生じる可能性が大きいが,複数の質問をまとめて構成概念とすれば誤差は相対的に小さくなる可能性があること,これらが「構成概念」を使う理由である。どの変数どうしを組み合わせるかは,質問内容自体の類似性や,候補となる変数群を探索的因子分析にかけ因子負荷量を見て類似性を判断することにより決定した(注16)。すべての変数は4値以上の値をとる変数である(注17)

表3  観測変数の作成

(出所)AsiaBarometer Survey Data 2005より筆者計算。

(注)答えが「わからない」などは「欠損値」として扱う。

表3で注意を要する点について以下説明を加える。5カ国のデータを込みにした観測変数の統計的概要と変数間の相関行列は表4に示した。

まず,政府機関に対するトラスト=政治トラストの対象は因子分析などを適用して統計的に類似性を確認した後,中央・地方政府,軍,司法・警察,議会・政党,教育・保健の5種のトラストに細分化した。軍は単独で観測変数としたが,それは因子分析でも軍を単独で扱ったほうがよいと判断されたことに加えて,この時期,ネパールやパキスタンでは軍が政治で重要な役割を果たし,政治的アクターとして存在感が際立っているからである。わかりやすいようにトラストが高いほうが高得点となるようにした。評価が高い場合ほど高得点とするやり方は他の変数についても同じである。

「社会トラスト」は多くの研究で一般トラストとしてまとめられている,特定の団体,個人ではなく他者一般に対するトラストを問うた質問である。

「民主主義選好」は民主主義を好ましいと判断する価値観を問うた質問をまとめたものであるが,答えの方向性が逆の質問であるので,2つめの質問回答にはマイナスをつけて加算した。質問回答の方向性をそろえて加算するのは以下同じである。

「政治的有力感」については政治行政に対して個人がより大きな有力感をもっている場合を高得点にした。

「政府評価-経済・生活」,「政府評価-エスニック・宗教紛争」については,質問「q28」は中央政府の10分野の実績に関する主観的評価を含むが,因子分析を参考として,それぞれ表のとおり3項目,2項目の質問回答が類似していると判断し,それぞれ加算して観測変数とした。

「政治社会的脅威感」も同様に質問「q25」に含まれる29変数から因子分析を参考として5項目を加算した。

「所得」については表の説明のとおり各国のデータを込みにした場合でも比較できるように2005年の1人当たり所得で調整した。

「教育」については各人の達成段階を使用した。

また注意すべき点として,本稿のSEM分析では各変数の関係はモデルの単純化のため線形関係を想定していることを述べておく。

分析手順の主要ポイントは以下の通りである。

SEMは,観測変数の共分散構造または相関構造をパス図で表現する手法であるが,その際,複数の観測変数の背後に,前述のように,構成概念の存在が考えられるときは,構成概念を表す因子(潜在的な変数)を設定する。表4の相関係数行列の部分を参考にすると,5つの政治トラスト変数は比較的に高い相関を示しており,とくに「トラスト-中央・地方政府」,「トラスト-軍」,「トラスト-議会・政党」は中央政府に関連するトラストであり,人々の認識において中央政府関係機関に対するまとまった政治トラストがその背後にあると考えられる。それを「上級政治トラスト」という構成概念で表現する。「トラスト-司法・警察」と「トラスト-教育・保健」についても同様で,これらの背後に「身近な政治トラスト」という構成概念が存在すると考え,因子を設定する。

次に相関係数行列や既述の理論を参考にして,因果関係が想定される変数間にパス(矢印)を設定しモデリングを行う。

既述の理論の利用に関しては前節の既存研究紹介で,政府の施策に対する高評価が人々の政治トラストを上昇させるという研究結果を報告したが,それに沿って「政府評価-経済・生活」および「政府評価-エスニック・宗教紛争」が2つの政治トラスト因子を高めるという関係を想定した。どちらの政治トラスト因子にパスがつながるのがよいか,は適合度によって判断した。

「民主主義選好」は既存研究も参考にするが,パス図におけるその位置は表4の相関係数および適合度を考慮して決定した。

「社会トラスト」や「政治的有力感」は,パス図に入れるかどうかの段階から検討した。

表4  5カ国データを込みにした相関係数行列と観測変数の統計的概要

(出所)AsiaBarometer Survey Data 2005より筆者計算。

(注)

 1)5カ国データを込みにして計算。サンプル数は欠損値を含むデータを除いて3170。

 2)絶対値0.3,0.1を基準としてセルの濃さを分けた。

以上の主要ポイントは,いわばモデル構築の出発点であり,作製したパス図ごとに適合度を参照し,適合度がより向上するように試行錯誤によってパスの設定を変更していく。

欠損値は,完全情報最尤推定法(FIML)によって処理した。そのためには平均値,切片の推定も必要となるので平均共分散構造分析を適用している。以上のような試行錯誤の結果最終的に到達したのが,図1のパス図である。

図1  南アジア5カ国の政治トラスト,政府評価,民主主義の認識構造:構造方程式モデリングによる標準化推定値

(出所)データベースAsiaBarometer Survey Data 2005より筆者計算。用いたソフトウェアはAmos 18.0.0。

(注)

1)サンプル数は5カ国あわせて, 4945(バングラデシュ:1008,インド:1238,ネパール:800,パキスタン:1086,スリランカ:813)。欠損値は完全情報最尤推定法(FIML)によって処理した。

2)「e*」「d*」(*は数字,または英子文字):観測変数および因子に対する誤差変数をあらわす。

3)各パスについた数値は標準化パス係数。すべて0.01パーセント以下の確率で統計的に有意である。矢頭がひとつの矢印は想定された因果関係を,双方向矢印は相関関係をあらわす。

4)通常外生変数同士には共分散を設定する。しかし,この場合「社会的脅威感」と「所得」のあいだで共分散を設定しないのは両変数の実際の共分散がゼロに近く,また,論理的に両変数のあいだに関連性が希薄と考えられるため。

適合度は表5のとおりである。まず,モデル全体のカイ二乗(\(\chi\)2)の確率値は「0.000」であり,実際の変数の共分散構造とモデルは同じとは判断し得ないという結果となっている。しかし,これはサンプル数が4945と大規模なため致し方ない。NFI,CFIについては最良とされる0.95は超えていないが通常許容される0.9以上を示している。またRMSEAについても最良とされる0.05以下ではないが,通常許容される0.1以下を示している。AICに関しては変数間にまったくパスを設定しない独立モデルよりは大幅に良好なモデルと判断されるが飽和モデルに比べて高い値であり,改良の余地があることを示唆している。この試行錯誤の結果たどり着いた図1は許容範囲のパス図であるといえよう(注18)表6は説明変数が被説明変数に総合的にどれだけ影響を与えるか計算した標準化総合効果である。

表5  適合度

(注)欠損値を含むデータセットであるため,GFIなどは出力されない。

表6  標準化総合効果

(出所)筆者作成

2.  パス図の分析と考察

図1のパス図は標準化解であるので,各パスの係数は標準化されており,相互に比較可能である。本稿の分析結果で重要なのは,変数間の関係を総合的に表した図1と変数間の標準化総合効果である。これらを基に全体の構造を念頭に置きつつ主要変数間の関係を検討する。

まず第1に,2つの構成概念=「上級政治トラスト」と「身近な政治トラスト」については,ともに個々の変数との因子負荷量は比較的高く,これら2つの構成概念を想定することには問題がないと判断される。また表4の相関係数から因子を構成する個々の変数間の相関が高く,論理的にも双方向性があると想定できるので双方向性を検証した。そのほうがどちらか一方の方向性を想定するよりも自然でまた適合度も向上する(注19)

結果はパス係数は「上級政治トラスト」→「身近な政治トラスト」のほうが,「上級政治トラスト」←「身近な政治トラスト」よりも非常に大きいということになった。それが意味するところは,人々は中央政府や政党,あるいは軍を信頼するほど,その影響で身近な公的機関へのトラストも増すが,逆に,身近な公的機関へのトラストが増した,あるいは,減ったとしても,それは上級の政治機関にはそれほど投影されないということである。本来あるレベルの政府・行政に対するトラストは他のレベルの政府・行政にも投影されるのではないかと思われる。この考え方が正しいとすると反対方向の2つのパスの係数は同様に高いレベルにあるべきであろう。しかし,実際の計測結果はそうではない。大きな要因として考えられるのは,表1に示されるような腐敗の広がりなど南アジアにおける身近な政府・行政機関のガバナンスの劣悪さである。身近な政府・行政が劣悪であるとの認識が,人々のトラスト認識が中央政府など上級の政府・行政へのトラストに延伸するのを妨げているのではないかと考えられる。南アジアでは政治トラストは,いわば「下から上に」積み上がっていかないことが大きな特徴である。

第2に,「政府評価」であるが,これは作業仮説に沿う結果となっており,政府の実績に対する評価が高ければ,政治トラストも高くなるという関係が確認された(注20)。ただし本稿では政治トラスト,政府評価とも2つに細分化したので,より詳細な関係が示される。すなわち,「政府評価-経済・生活」や「政府評価-エスニック・宗教紛争」が作用するのは「上級政治トラスト」であって「身近な政治トラスト」ではない。これは物価や雇用などの経済・生活に関する問題や,エスニック・宗教紛争などの問題に対処するのはおもに中央政府や地方政府,軍など上級の政治行政機関であり,身近な政治行政機関でないことを人々が認識しているからであると考えられる。

また,2つの「政府評価」の変数のうち,重要なのは「政府評価-経済・生活」であることがパス係数の比較から示される。表6の標準化総合効果から「政府評価-経済・生活」と「政府評価-エスニック・宗教紛争」の影響を比較すると,前者は「上級政治トラスト」,「身近な政治トラスト」を説明するうえで後者の約3倍の効果をもつ。経済・生活は人々が日々意識する直接的な経験であり,したがってそれに関する政府評価はより鮮明に2つの政治トラストに影響するものと考えられる。それに対して,多くの人にとってエスニック・宗教紛争に対峙する経験は稀で,したがって認識対象としては遠い存在である。このような状況から「政府評価-経済・生活」のほうが,「政府評価-エスニック・宗教紛争」よりも強い影響を及ぼすと考えられる。それは前者が後者にも強い影響を与える,すなわち経済・生活面での政府評価が高まれば,それに引きずられてエスニック・宗教紛争面での政府評価も高まることからもわかる。いずれにせよ,人々の政治トラストにつながる政府評価でより重要なのは経済・生活で上級の政府がどれだけのことをしてくれたかという点である。

第3に,「民主主義選好」については2つの政治トラスト,2つの政府評価との関係は,「民主主義選好」→「身近な政治トラスト」という関係だけが確認された。当初の予想ではなんらかの政治トラストが広まれば,民主主義への選好も広がるという関係を想定したが,検証の結果,逆の関係を想定するほうがよいモデルとなることが確認された。図のように「民主主義選好」→「身近な政治トラスト」のパス係数は0.14であるが,矢印を逆にして「身近な政治トラスト」→「民主主義選好」とすると0.06となり,かつ,全般的に適合度が悪化する(注21)。よって「民主主義選好」→「身近な政治トラスト」という関係を採用した。

大きな理由は「民主主義選好」という変数が,人々の政治姿勢あるいは志向・願望を示すものであって,民主主義の実態に対する評価を示すものではないから,と考えられる。すなわち,「民主主義選好」という志向・願望は,2つの政治トラストが形成される以前に形成されているのではないか,と考えられる。そして民主主義への志向・願望が高い者が政府・行政に求めるものは,中央・地方政府,軍,議会・政党など高次のより抽象的なレベルの政治パフォーマンスの改善というよりも,むしろ,公的な学校,保健制度,警察,司法機関など相対的に身近な政治・行政機関のパフォーマンスの改善であろうと思われ,そこに身近な政治・行政機関への先験的なトラストが発生するのではないかと考えられる。このような心理的メカニズムが「民主主義選好」→「身近な政治トラスト」というパスにあらわれていると考えられる。

この心理的メカニズムは別の視点からみると,「民主主義選好」が低い者は,身近な政治・行政機関へのトラストのレベルも低いということになる。たとえば国別にみると,表2で「民主主義選好」が最低となっているパキスタンで「トラスト-司法・警察」や「トラスト-教育・保健」という身近な政府行政機関への政治トラストが最低を示すのはそのあらわれである。

いずれにせよ,以上の3点から,先に提示した作業仮説の1,2に関しては2のほうが支持されることは明らかである。

第4に,他の変数に関しては,「政治社会的脅威感」が高い人ほど,「政府評価-経済・生活」は明確に低くなる結果となっており,政治社会の暴力的紛争が日常生活に大きな影響を及ぼすことも珍しくない南アジアの現実において,その影響は経済・生活面における政府評価をも下げることが示された。また教育レベルが高い人は経済・生活に関してより厳しい政府評価となることも確認できる。南アジア諸国は表1で示されるように腐敗が広範囲に広がり,経済運営も多くの問題を抱える。そのような状況で教育が高い人ほど政府に批判的となるのは,当然であるといえよう。

また所得の総合効果としてポジティブに「民主主義選好」に影響することがパス図で示されるが,それは,逆にいえば所得の低い層ほど,民主主義を重要視していないことを意味する。南アジアが世界的にみて貧困な地域であり,貧困大衆にとって喫緊の課題は生活の質を上げることであって,おそらくは,民主主義への願望ではない。このような状況が反映された結果であると考えられる。

それに加えて,所得が総合的にみると「身近な政治トラスト」にプラスの影響を与えていることが確認できる。直接効果の比重が大きいが,それは所得の高い人々が身近な政府行政機関に対して信頼が高いというよりも,むしろ,貧困あるいは低所得の大衆が,身近な機関に対する政治トラストが低いという実態が反映した結果であろうと考えられる。これは政治・行政機関のガバナンスのレベルが一般に低く,それに依存している貧困,低所得階層が根強い不信感をいだいている状況である。また所得が高い層が「民主主義選好」をより強め,それが前述のように高い「身近な政治トラスト」につながるというポジティブな間接効果もある。一方,間接的で,より弱い効果ながら,ネガティブな効果もある。それは一般に所得の高い人々が政府のエスニック・宗教紛争への対処に批判的で(「政府評価-エスニック・宗教紛争」にネガティブに影響),また中央政府,地方政府,軍などの高いレベルの政府機関に対するトラスト(「上級政治トラスト」にネガティブに影響)も低くなりがち,という南アジア市民社会の現実が反映した効果である。それが結果的に「身近な政治トラスト」を減じることになる。以上の直接・間接効果を総合すると,所得が高いことが「身近な政治トラスト」を高めるということが確認されるのである。

また,所得は「上級政治トラスト」や「政府評価-エスニック・宗教紛争」にはマイナスの影響を与えるが,それは貧困大衆よりも,中産階級など所得が高い層ほど政府に批判的なことを意味する。

最後に,「政治的有力感」や「社会トラスト」がパス図に組み込まれなかったことも重要である(注22)。なぜそうなるのであろうか。「政治的有力感」については表2で示されるように,全般的に低評価が定着していることが基本的理由であろう。ほとんどの人が低評価であるならば,「政治的有力感」は図1のどの変数とも関係をもち得ない。

「社会トラスト」がパス図の因果関係に入ってこないことについては,民族,カースト,宗教,経済階層など社会の亀裂あるいは多様性が複合的に存在する南アジア社会の性格が大きな要因であろう。このような政治社会構造では人々の社会認識も細分化され固定的になりやすく,そのような認識をベースとする社会トラストは,国家全体を対象とする政府評価や政治トラスト,さらには民主主義選好などの諸変数と相関をもちにくいと思われる。より具体的に考えれば南アジアの現実では社会トラストはおそらく宗教,地域社会,カースト,氏族などをベースとする部分が大きく,近代的な市民社会に拡大される部分は相対的に大きくはないと思われる。

たとえばパキスタンのようないまだ封建的で分裂した政治社会で表2のように社会トラストの値がかえって高い値を示すのはそのあらわれであると考えられるが,そのパキスタンでは民主主義という近代的制度に対する人々の志向・願望が弱く,また,司法・警察や教育・保健などの身近な政府機関に対するトラストが最低なのである。また,2000年代半ばの状況として民族紛争,内戦で深刻な紛争を抱える国が多いことも大きな要因と思われる。表2の「政治社会的脅威感」でネパールが飛び抜けて高い脅威感を示しているのは内戦の影響であることは間違いない。そのような状況からも社会トラストが広がるのは難しい。

このような現実を考えれば南アジアにおいては,政治トラストや民主主義選好を説明する場合,社会トラストがパス図に入ってこないことのほうがむしろ現実に対応しているといってよい。本研究でも,既存研究の検討で述べたように「一般トラスト」あるいは「社会トラスト」という概念を使うことには限界があると確認できる(注23)

おわりにかえて

SEMで試行錯誤のうえ導き出されたパス図は政府に対する評価,とくに経済・生活面での業績評価が政治へのトラスト,とくに上級政治トラスト,そして身近な政治トラストを強化することを実証した。しかし,政治トラストが民主主義は望ましいとする姿勢を強める役割があるという因果関係は確認できず,むしろ逆の,すなわち,民主主義への選好=指向性・願望が,身近な政治・行政機関へのトラストを高める,あるいは逆に民主主義への選好が低い者は身近な政治・行政機関へのトラストが低いという関係が見いだされた。一方,南アジアでは社会トラストや政治的有力感といった,いわば,各人が政治社会と調和し,そのなかで一定の役割を占めるという感覚は,国家や政府との関係においては希薄であることも明らかになった。

このような得られたモデルからは,南アジアにおいて人々のあいだで2つの政治トラストを高め,また,民主主義への願望を高めるためには,「政治社会的脅威感」を除去し,「政府評価-経済・生活」と「所得」という2つの変数を高めることが重要であるといえる。「政治社会的脅威感」の除去とは内戦やエスニック紛争などの暴力的紛争の終結である。これらの大きな紛争が終結した段階にくれば,経済や生活が重要でそれは政府の政策で達成されるか,民間の経済発展による所得増大によって達成されるであろう。その場合,政府の役割が民間の経済発展に大きな影響を与えるとしたら,結局のところ政府の経済政策がキーポイントとなる。そして,経済政策が成功し所得が向上するとすれば,それは,政治・行政諸機関へのトラストを高め,一方で民主主義にそれほど重きを置かない貧困層,低所得者層の割合を小さくし,結果として民主主義選好を強めるであろう。パス図から敷衍されるこのような考え方が正しいとすると,ポスト紛争社会における政府の経済開発政策が非常に重要になることがパス図から実証的に改めて確認できる。

最後に,本稿の分析の限界を指摘しておきたい。ひとつはやはり5カ国をまとめて分析することの限界である。南アジア地域は一定の社会的,文化的共通性はあるものの,2005年時点の国家体制,内政の状況はかなり異なり,政治トラストや民主主義に対する認識という国家体制,内政の状況に大きく依存するテーマを扱う場合,確かな共通モデルを構築することは,やはりかなり困難がともなう。本稿は5カ国の平均的構造を描き出した,いわば今後の研究の出発点であり,その意味では一定の意義はあると考える。しかし今後は5カ国の差異も考慮し,かつまとまりのある多母集団平均共分散構造分析モデルなどの探求が必要とされよう。

民主主義に対する認識を探るため「民主主義選好」を使ったことからくる限界も指摘しておきたい。この変数は民主主義の実態に対する評価ではなく,民主主義への,いわば,願望を代表する変数である。やはり,この地域の民主主義の定着という重要な問題を考える場合,民主主義の実態への認識を変数としてモデルに組み込むことが必要である。しかし,この時期はネパールとパキスタンは民主主義体制ではなく,内戦に揺れる国もあり,そもそも5カ国共通に民主主義の実態の評価自体を行える状況になかったと思われる。将来的な調査・研究ではこのような限界を乗り越える工夫が必要とされるであろう。

 [付記]

本稿のデータは,以下のデータ・ベースに依拠している。データの使用を心よく許可していただいた“The AsiaBarometer Project Executive Committee”に感謝いたします。

Inoguchi, Takashi, et al., AsiaBarometer Survey Data 2003 and 2005. (These data were downloaded from AsiaBarometer Project (http://www.asiabarometer.org/) on October 26, 2011 with the prior permission of the The AsiaBarometer Project Executive Committee.) “AsiaBarometer” is a registered trademark of Professor Takashi Inoguchi, Japan, Director of the AsiaBarometer Project (E-mail address: info@asiabarometer.org). (former President of University of Niigata Prefecture).

(アジア経済研究所地域研究センター,2018年3月15日受領,2019年4月12日レフェリーの審査を経て掲載決定)

付表  サンプリングの概要

(出所)https://www.asiabarometer.org/en/surveys/2005 の説明より筆者作成。

(注)インド,ネパール,パキスタン,スリランカのサンプルの年代別分布は出所に提示されているデータを参照。バングラデシュの年代別分布は提示されていない。調査員が質問票を使って対面インタビューによって調査。調査年は2005年。

*:上記出所ではサンプル総数は「1086」と表示されている。本稿で実際に分析に使ったサンプル数も「1086」である。上記のパキスタンのサンプル数の説明の一部に間違いがあると考えられるが,原資料の説明のまま呈示した。分析には影響ない。

(注1)  一般に現代の「民主主義」は,実際上は「自由主義」が結合した「自由民主主義」である。このような意味での民主主義は,多くの人々にとって日常の暮らしから離れた政府,とくに中央政府に対する認識とかかわる高次の政治認識であることに注意すべきである。

(注2)  サンプル数はネパール全土を対象に3249人である[Hachhethu 2004,5-6]。

(注3)  近年,World Value Surveyではインドの調査は数回行われている。たとえば第6次調査(Wave6)で2012年にインドとパキスタンの調査が行われている。しかし,南アジアの他の国については調査は行われていない。

(注4)  英語文献では本稿のように「信頼」を分析テーマとする場合,多くの場合,“trust”が使われるが,“confidence”もしばしば用いられる。両者は概念としてはかなり重なるが,本稿では前者を示すので「トラスト」を用いる。

(注5)  政治トラスト,政治支持などの関連諸概念の整理についてはNorris[2017]を参照。

(注6)  両者の2008年の研究[Zmerli and Newton 2008]では政治行政制度に対する政治的信頼(political confidence)と一般化トラストとのあいだには高い相関関係があることが示された。しかし両者の2017年の研究では2つの変数間の相関は一定しない。2つの研究結果の違いは調査時の状況の違い,依拠したデータの違い,計測尺度の違いなどによると考えられる。

(注7)  さらに深く追求するならば,応答者の支持政党が与党か野党かによっても政治トラストのレベルは変わってくることが考えられ,そのような変数も分析に組み込むことが必要かもしれない。ランバート等は応答者の支持政党が与党の場合,政党帰属意識と共に政治的なトラストも高まることを示した[Lambert et al. 1986]。

(注8)  筆者は2003年と2005年のアジア・バロメーターのインドのデータを使って民主主義とトラストを分析したが,そこでは「政治的有力感」が重要な役割を果たすことを見いだした。近藤[2014]を参照。

(注9)  ただし本稿はモデルをできるだけ簡単なものにとどめるため,個人属性としては多くの研究で重要な変数として認められている「所得」,「教育」のみを検討対象とした。年齢,男女,その他の変数も重要な可能性があるが,今回の検討では省いた。

(注10)  人々のあいだで警察に対するトラストは最低レベルである[Haque 2015, 137]。

(注11)  この時期の民主化,内戦に関する邦文文献として,南真木人・石井溥(編著)[2015],名和[2017]がある。

(注12)  United Nations Office of the High Commissioner for Human Rights [2012] Geneva (http://www.ohchr.org/Documents/Countries/NP/OHCHR_ExecSumm_Nepal_Conflict_report2012.pdf), p.3を参照。

(注13)  2002年と2007年に行われた軍と政党へのトラストの調査では,2002年では信頼を表明した人の割合は軍:73パーセント,政党:30パーセントであったが,2007年にはそれぞれ55パーセント,41パーセントとなっており,政党へのトラストが上昇していることがわかる[Gilani 2010, 16]。

(注14)  このようにパキスタンの民主主義は定着したとはいえない。Gallup Pakistanの2017年11月の調査でも信頼(トラスト)できる対象として政治家は24パーセントと警察の23パーセントと並んで最低レベルに位置する[Gallup Pakistan 2017]。

(注15)  この時期の南アジアは内戦のまっただ中にあるネパールやスリランカのように調査には非常に厳しい制約があったことは疑いない。国によってサンプリングの時期や条件を統一できないのは致し方ない。

(注16)  類似する変数の決定は,同じ因子内で因子負荷量の絶対値が高いことを目安にした。計算結果から類似変数の因子負荷量の絶対値はほぼ同じレベルにあり,よって各変数の加算のウェイトがすべて「1」である単純加算でも因子分析の因子得点とほぼ比例した値になる。

(注17)  通常,順序尺度変数が内生変数として使われるためには,最低限,4値以上の値をとることが望ましいとされている[豊田 2011, 64]。

(注18)  当初,5カ国のデータを国ごとに分けて多母集団平均共分散構造分析,すなわち5母集団平均共分散同時解析を行うことを目指し,本稿のパス図に基づいて5母集団平均共分散構造分析を行った。しかしその適合度は良好ではなく,また,一部の国のパス図で不適解が部分的に発生した。5カ国の比較のためには,おそらくモデルを大きく簡略化するか,データをよく検討したうえで,国ごとの個別モデルを構築することが求められるように思われる。この論考では南アジアの平均的な構図を提示するだけにとどめたい。

(注19)  方向性を「上級政治トラスト」→「身近な政治トラスト」とする場合,そのパス係数は0.80と非常に高い。また,方向を逆にするとパス係数は0.70となり,また,適合度が全般的に悪化する。いずれにせよ,双方向モデルのほうがモデル的にも理論的にも適切であると思われる。その場合,いわゆる変数間の「内生性」が問題になるが,両変数ともお互いに関係しない変数を説明変数としてもつので問題は回避される。

(注20)  パスの方向を逆にした場合パス係数,適合度とも明確に低下するのでパスの方向性は図のものでよいと判断される。

(注21)  2つの変数間で双方向性を設定すると,「身近な政治トラスト」→「民主主義選好」の標準化係数はマイナスとなり,反対方向はプラスとなる。これは常識を大きく外れる結果であり,内生成の問題があらわれていることから生じたものと思われる。よって双方向性は採用しない。また「民主主義選好」と「上級政治トラスト」とのあいだでパスは設定したとしても,係数(の絶対値)は小さく,また全体的に適合度を悪化させる。

(注22)  このパス図ではこれら変数を関連性が高い変数とパスを結んでも適合度は低下する。パス図にはあえて示していない。

(注23)  ただし,特定の一国を対象とした分析では「社会トラスト」は意味のある位置づけが与えられる可能性はあるだろう。

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