アジア経済
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
紹介
紹介:Letian Zhang, Fuqun Xi and Yunxiang Yan eds.,Work Journals of Zhou Shengkang, 1961-1982, Vol. 1 and 2.
Leiden: Brill,2018,xi+ 1392pp.
中兼 和津次
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2019 年 60 巻 3 号 p. 93-94

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本資料は,中国浙江省海寧県聯民村の基層幹部だった周生康氏による活動(工作)記録である。周氏は1926年に聯民村の貧農家庭に生まれ,若い頃には近隣の都市で徒弟として働き,1951年に村に戻ると,引退する1983年まで水利ステーションの所長,生産大隊の副隊長・党副書記を務めた。周氏は2012年に他界されたが,1954年から記録をつけ始め,とくに詳しくつけた1961年から1982年に至る記録が,遺族の同意を得て,また復旦大学民間社会資料センターによる整理・修復を経て,公開出版されることになった。序文だけは英語だが,本文はすべて中国語である。この記録はもともと手書きだったが,原文の誤字・脱字も直され,かつセンターによる注記が付け加えられ,われわれ外国人にとって読みやすくなっている。

この資料が優れているのは,1961年以降の人民公社制度と実態を長期にわたり,克明に,ありのままに記録している点にあり,公式情報と対照させることで,中国農村の動きを多角的に把握できる。その中身はきわめて多岐にわたり,毎年の生産隊別農産物生産量,食糧分配額といった統計記録,借金(透支)農家の実態,水利・灌漑に関する会議の記録,上級機関(県・公社)からの指示や会議記録,大隊内部の生産隊責任者を集めた会議記録,民兵組織に関する人員配置,さらには農村内で展開された政治運動の記録など,さまざまな統計や記録が本資料に載っている。農村が実際どのように変化していったのか,それに末端の幹部がどう対応していったのか,日記のようにこの資料に記述されている。たとえば1966年から1969年はこの村にも文化大革命が押し寄せてくるが,いわゆる村の中の「階級闘争」の実態を知るうえでも本資料はきわめて興味深い。また,評者の知るかぎり,個別農村における民兵の活動を記した記録は本資料が初めてである。

記録は毎日きまってつけられているわけではなく,1日分が数ページ,ときには10ページ近くにわたって記録されているかと思えば,わずか1行で終わっている場合もあり,時々の会議や指示,事件の重要性によってさまざまである。また経済統計は時系列でみるとけっして一貫したものではなく,その意味で,本資料は経済学的というよりも,むしろ政治学的,あるいは社会学的視点から取り扱うべきなのかもしれない。対象となる村は本資料の編者の1人である張楽天氏がかつて生産大隊会計係を務めた村でもあり,その村の歴史と制度的変遷を追いかけ,分析した好著『告別理想――人民公社制度研究――』(張楽天,東方出版中心,1998年)とあわせて読めば,立体的にこの村の推移と人民公社制度の現実をよりよく理解できるに違いない。

さらに,1959年から1961年の大飢饉による餓死者の発生とか,1966年から始まる文化大革命中における吊し上げや殺人事件とか,他の農村では見られた悲惨な事態について記録はされておらず,こうした不都合な事象については意図的に記録から省いているのではないか,と推測されるかもしれない。しかし,上述の張氏の著書を読んでも,その村にはそうした悲劇が実際には起こらなかったようである。

この資料から浮かび上がってくるひとつの重要な事実は,記録者の周氏をはじめとして,対象地域における基層幹部の真面目で朴訥な性格である。文化大革命中に叫ばれた「毛沢東語録」や上級機関からの指示が数多く,細かくそのまま採録されていたり,参観した他の公社の見学会の記録があったり,自らの自己批判が長々と記されていたり,記録者の誠実な性格が映し出されている。ユニークなのは文化大革命中における村の動きを記しているなかで,本人に対する(それほど重大なものではないが)村人からの批判も正直に取り上げられており,この記録の信頼性を示している。

このことは,毛沢東体制下農村のある種の「安定性」を考えるうえでひとつの示唆を与えているように思われる。「大躍進」に関してはこの記録は十分な情報を提供しているとはいえないが,文化大革命については,真面目で信頼される基層幹部が農村社会の安定性に大きく寄与しているらしいことが,この記録から浮かび上がってくる。周氏の属する生産隊の幹部間の関係については推察可能であるが,公社や県の書記といった上級幹部との人間関係がどうだったか,必ずしも明らかではない。しかし,上級機関からの激しい批判や村と公社との闘争がなかった(より正確には,記録されていなかった)ことから想像すると,ここでも比較的温和な,安定した関係が築かれていたらしいことをうかがわせる。

中国の農業集団組織はけっして自立・自律したものではなく,農業税の徴収,重要作物の生産や調達といった面で,いわば国家の出先機関でもあった。しかし改革開放後,人民公社制度は廃止され,伝統的な郷村制度が復活し,そのうえ市場が大々的に浸透,拡大していくと,従来の農家⇔集団⇔国家の対抗・協調関係が,農家⇔市場+国家の関係に変わっていったのである。このような大きな農村社会変動を理解するうえで,浙江省海寧県聯民大隊(村)という限られた地域のケースであるが,この工作記録と張楽天の著作はきわめてリアルな情報を与えてくれる。

 
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