アジア経済
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書評
書評:藤澤潤著『ソ連のコメコン政策と冷戦 ――エネルギー資源問題とグローバル化――』
東京大学出版会 2019年 iv + 255 + 51ページ
山本 武彦
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2019 年 60 巻 4 号 p. 64-66

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 はじめに

1989年12月にマルタで開かれたアメリカのブッシュ(George H. W. Bush)大統領とゴルバチョフ(Mikhail S. Gorbachev)ソ連共産党書記長との米ソ首脳会談で冷戦の終結宣言が発せられてから,30年の節目を迎えようとしている。ヤルタ体制と呼ばれた東西冷戦体制の終焉が刻印され,冷戦後の世界新体制に期待を込めて「ヤルタからマルタへ」というキャッチ・フレーズが飛び交ったのを,つい昨日の出来事のように思い起こす。

その後,内外で冷戦史研究が進められたが,その多くはソ連とアメリカを中心とする東西冷戦の政治的側面や軍事的側面に研究関心が注がれてきた。それに比し,冷戦の経済的側面に焦点を合わせた研究が進んでいるとは決していえない。その点で,1949年にソ連の主導で結成された「経済相互援助会議」(コメコン)の内部で演じられたソ連と東欧社会主義諸国との経済関係の変転に光を当て,とりわけ,天然資源のうちエネルギー資源に焦点を合わせてソ連・東欧圏内部での資源相互依存の力学変化を体系的にトレースした本書は,少なくとも我が国では前例をみない成果である。本書の価値は,我が国における冷戦史研究のなかでも経済的側面の一面を照射した出色のもの,といって過言ではない。以下,本書の内容をたどりつつ,この研究が投げかけた冷戦史研究上の意義について検討してみよう。

I 本書の構成と内容

本書は,全8章,255ページからなる。さらに詳細な脚注と文献目録がこれに加えられており,重厚感を抱かせる本格的な研究書である。簡単な索引も付けられており,気になる事項や人名をチェックするのに便利である。

序章では,エネルギー資源問題を軸にコメコン体制内部で演じられた協調と対立の交互作用の展開を追うことによって,冷戦の経済的一面に光を当てることの意義と著者の問題関心が示される。まず第1章では,戦後冷戦の主舞台となったドイツの戦後処理をめぐってソ連の採った戦略をドイツ経済の非武装化からドイツの工業製品による賠償へと転換していく過程をトレースした後に,フルシチョフ(Nikita S. Khrushchev)時代に定式化された体制間経済競争の論理に絡めとられていくコメコン体制内部での相互作用の実相が描き出される。

次いで,第2章ではブレジネフ(Leonid I. Brezhnev)時代に実施された通貨・価格・貿易など広範な分野でのコメコン域内制度の改革の経緯が語られ,部分的ながらもコメコン域内の経済関係を自由化するよう求めるポーランドなどの提案とコメコンの経済統合を目指すソ連との確執が詳述される。と同時に,1960年代以降コメコン諸国の原燃料不足が進むなかで,ソ連が脱植民地化の進む中近東・北アフリカ諸国からの資源輸入を東欧諸国に求めていくさまが素描される。

第3章では,この動きを受けて,地政学的な観点からソ連がイランとアフガニスタンの天然ガス開発とパイプラインの建設に深く関与していく過程が検討される。たとえば「第2イラン縦断ガスパイプライン」(IGAT2)計画をめぐって,資金不足を補う役割を西ドイツが果したという注目すべき指摘がなされる。次いで第4章では,産油国による「反帝国主義闘争」の支援を掲げて,ソ連やコメコン諸国がイラクでの石油開発に関与していく様子が活写される。加えて,イラクが東西双方の石油企業との間でバランスを取りながら自国の石油産業の発展を模索していくさまが描き出される。自立経済を志向するイラクのしたたかな戦略が浮き彫りにされる。

第5章では,第1次石油危機に直面したコメコン体制内部で,エネルギー資源の輸出国であるソ連と輸入国である東欧諸国との対立が強まっていく過程が分析される。また,ブレジネフ政権が打ち出した西シベリアの資源開発戦略が,国内の経済問題の解決と東西デタントの促進,東欧諸国の離反防止,そして中国を封じ込める手段として推進された点が強調される。第6章では,ブレジネフ体制下で進められようとしたソ連の資源超大国化構想と,これに東欧諸国が関与するソユーズ・ガスパイプラインなどの資源セクターにおける共同投資の実態が詳しく描き出される。最後に終章では,本書の第1章から第6章までの論旨を辿りながら,冷戦体制の崩壊に伴うソ連・東欧体制の解体によって,ソ連の天然資源に依存した「ユーラシアのラストベルト」としてのソ連・東欧圏が崩壊したと結論づけられる。

Ⅱ 本書に対する評価

(1) もともと日本ではコメコンを真正面から研究した文献が少なく,冷戦史研究のひとつの穴場となってきた。ソ連と東欧諸国との域内関係を深く検討しようにも資料面で大きな制約を伴ったこともあって,冷戦当時でさえ,国内外を含めまとまった研究成果に乏しかった。冷戦終結にともないロシアなどで公文書が公開されるようになり,冷戦期のソ連・東欧諸国における政策決定の詳細に接近することが可能になった。だが,こと冷戦の経済・技術的側面に関する限り,内外ともに研究が進んでいるわけでもない。その点で,ソ連時代のロシア公文書と旧東ドイツの公文書を丹念に追うとともに,コメコンに関係する外国語文献にも広く目を通しながら,エネルギー資源セクターに焦点を合わせてコメコン体制内部におけるソ連と東欧諸国との協調と対立の相互力学を分析した本書は,我が国で初めて著された経済冷戦にかかわる本格的な研究文献であり,刮目すべき研究成果といってよい。

(2) ただ,本書ではコメコンがなぜ結成されたのか,その詳細な契機と経緯にはふれられていない。常識的には,スターリン体制下のソ連が,第2次世界大戦終結後に社会主義体制化を次々と成功させていった東欧諸国を糾合し,資本主義体制をとる西側諸国に経済的に対抗する目的で設立の主導権を握って発足させた,とされる。アメリカによるマーシャル・プランに対抗する「ソ連版マーシャル・プラン」と西側世界で呼ばれた所以である。コメコンは,冷戦の経済的側面を象徴する東側世界で成立した初めての国家間制度であった。

それと同時にコメコン体制の発足には,その直後に西側世界が仕掛けた共産圏を「封じ込める」一環として結成された「対共産圏輸出統制委員会」(ココム)に対抗する意図も込められていたことにも留意する必要がある。しばしば指摘されるように,東側世界のひいた「鉄のカーテン」に対抗する「技術のカーテン」がココム体制であり,冷戦終結までの40数年にわたって機能することとなる。コメコンの参加国がターゲットになり,戦後復興に不可欠な戦略物資を西側世界から容易に調達できない状況が続いていく。

大戦終結後しばらくは,ソ連・東欧諸国は生産財や中間財の供給を西側の資本主義諸国に依存せざるをえない状況におかれ,これらの国々では構造的に産業技術上の比較劣位におかれるのを余儀なくされていた。これが,終戦直後から冷戦期にかけてソ連・東欧諸国がおかれていた国際経済場裏における偽らざる位置であり,西側資本主義体制下の国々との間に横たわっていた格差である。とくにコメコン体制の盟主であるソ連の状況はそうであった。ソ連・東欧諸国にとって不利なこうした状況をめぐり,コメコン体制内部でどのような議論が交わされ,どのように対処しようとしたのか。とくに本書の主要テーマであるエネルギー資源問題をめぐって西側世界の資源戦略や産業技術戦略に対してどのように立ち向かおうとしたのか,協調と対立の実態のリアルな変化をぜひとも知りたいものである。

本書との関連でいえば,石油・天然ガスを東欧や西欧に輸出するための命綱ともいうべきパイプライン関連製品と技術を西ドイツやイギリスなどの西側諸国からの輸入に依存せざるをえなかったのは,その端的な例である。鉄鋼生産セクターでの比較劣位を象徴的に示す例といってよい。1979年のアフガニスタン侵攻事件直後に発動された対ソ経済制裁に際して,西欧や日本からの大口径鋼管やアメリカのジョン・ブラウン社の保有する天然ガスの長距離輸送に不可欠なローター技術が禁輸対象となり,ソ連の石油・天然ガス産業が大きな打撃を受けたのは,その好例である。資源インフラ面での西側世界の比較優位の構造に対抗してコメコン体制はどのような策を講じようとしていたのか。今後の研究活動によってぜひとも明らかにして欲しい点である。

(3) この点とも関連するが,コメコンは,1952年の「欧州石炭鉄鋼共同体」(ECSC)と1957年の「欧州経済共同体」(EEC)の結成に強い刺激を受けたことはいうまでもない。とくにエネルギー分野での西欧諸国との協力関係について,エネルギー関連資機材の西側からの調達をめぐるコメコン体制内での対立と協調の交互作用がどのような展開をみせたのか,ぜひとも知りたいものである。

(4) また,本書でも随所でふれられているソ連主導の「コメコン経済統合=社会主義共同体創生」への試みがなぜ挫折を余儀なくされたのか。「自立と統合」のジレンマに直面してきた相貌は本書でも随所で分析されてはいる。が,なぜこのジレンマに直面し続けざるをえなかったのか,西欧における政策統合の成功への道程と対比して分析されれば,一層迫力に富む分析となったであろう。この点についても,経済冷戦の相貌の複雑な変化との関連で分析の射程を延ばしていただきたい。

(5) 他方,コメコン体制の中心的な協力テーゼであったエネルギー資源協力の鍵を握っていたのは資源超大国化を国家目標にしてきたソ連であり,そのソ連に対して資源弱者の東欧諸国,とりわけ東ドイツが西ドイツとの経済競争に勝ち抜くという論理でフルシチョフ体制下のソ連に対して資源供給の大幅増を要求して揺さぶった,という事実を本書は指摘する(第1章)。「資源強者=ソ連」に対する「資源弱者=東欧諸国」の「脅し」の論理が脈打つ。ほかの箇所でも,エネルギー資源の供給先をソ連以外のイランやアルジェリア,イラクなどの第三世界にも広げるよう求める「資源強者=ソ連」が,逆に「資源弱者=東欧諸国」から更なるエネルギー供給を迫られる様子が活写される(第6章)。これはいわば,「弱者による強者への脅し」にほかならない。本書での詳細な分析から,国際関係の原点ともいうべき「脅し」の相互作用力学をここでもみてとることができる。本書での分析をとおして,われわれはあらためてコメコン体制内で社会主義共同体の継続を求めるソ連と,共同体継続のこの論理を逆手にとってソ連からエネルギー資源のさらなる供給を求める東欧諸国が,ともに「天然資源の罠」にいかに慄いていたかを知ることができる。冷戦終結後30年経ったいまも,この構図は変わらず続く。資源超大国の地位を失うことなく輸出所得を天然ガスや石油の輸出から得るロシアとそれを輸入する欧州諸国は,いまも「資源の罠」に陥る危険性に慄く。1980年代初めの対ソ経済制裁以来,天然ガス(natural gas)が何らかの政治的要因が引き金になってある日突然,「非天然ガス」(unnatural gas)に激変しかねない危うさをわれわれは学び取った。本書での緻密な分析をとおして,あらためてこの危うさを痛感せざるをえない。

(6) だが,このような要望を述べたからといって,本書が提起した冷戦史研究上の意義を決して軽んじるものではない。国際関係で経済・技術手段(パワー)を駆使して国益を達成しようとする行動は,「ほかの手段による戦争」行為といえば,果たして言い過ぎであろうか。エネルギー資源超大国ロシアは,冷戦時代と変わらず巨大な資源パワーを保有し続ける。その意味で,冷戦史の経済的側面でもソ連・東欧圏内部でのエネルギー・セクターにおける矛盾に満ちた相互作用といった一隅を鮮やかに照らし出し,後世への教訓を導き出してくれた本書の貢献は極めて大きい。評者の知る限り,日本でこのセクターに焦点を据えたコメコン体制内での相互作用のダイナミクスについて,これほど腰を据えて本格的に分析した研究書を目にしたことがない。その点でも,本書が我が国の冷戦史研究に投じた一石には実に重いものがある。本書が,我が国における経済冷戦史研究の更なる発展への一里塚になることだけは確かである。

 
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